作品タイトル不明
裏切りと理不尽の支配する世界
二千年か、それよりも前のディルヘイドだった――
ゴアネル山のふもとでテントを張り、たき火を燃やし、野営をしている集団があった。
外套を纏った魔族たちだ。幻名騎士団である。
彼らの魔法ならば、< 創造建築(アイビス) >でそこに快適な住居を用意することは容易かったが、あえて殆ど魔力を使わずにいた。
その存在を、徹底して隠すためである。
魔力を使わなければ、強者の魔眼にさえ殆ど映る心配はない。
そこへ、また一人、外套を纏った男が歩いてきた。
団長(イシス) と呼ばれる彼らの長、セリス・ヴォルディゴードだ。
「報告しろ」
幻名騎士団たちは、かしこまることなく、だらだらと野営の準備を続けている。
統率が取れていないように振る舞っているのだ。
「ゴアネル領を統治する冥王イージェス・コードの姿は影も形も」
たき火の上に鍋を置き、煮炊きしながら、 二番(エッド) が言った。
「配下はかなりの練度。街は治安もよく、入り込む隙はない。ただ妙なことがあります」
「なんだ?」
セリスの問いに、 三番(ゼノ) が答えた。
「亡霊のやり口を知っている者がいる。我らに尻尾をつかませないのは、そのためでしょう」
幻名騎士たちはゴアネル領に潜入し、そこを支配する冥王イージェスを調べ上げた。
だが、その正体は依然として不明だ。
冥王が用意した偽の情報ばかりをつかまされ、実体は蜃気楼のように消えてしまうのだ。
「我々の中に、禁を破った者がいます」
四番(ゼット) が言った。
「亡霊になりきれぬ、裏切り者が」
セリスは冷めた表情でその場にいる幻名騎士たちを見つめた。
ザッと草花をかき分ける音が響き、また名もなき騎士がそこへやってきた。
セリスの弟子である 一番(ジェフ) だ。
「遅いぞ、 一番(ジェフ) 」
二番(エッド) が言った。
しかし、 一番(ジェフ) は訝しげな表情を浮かべている。
「 一番(ジェフ) は今回調査から外した。まともに仕事をできぬだろうからな」
セリスが言うと、彼はそちらに顔を向けた。
「どういうことです? なんの調査を?」
一番(ジェフ) が、セリスに詰め寄っていく。
「冥王イージェス。ゴアネル領を治める王にして、ディルヘイド随一の魔槍の使い手、との噂だ」
セリスの言葉に、 一番(ジェフ) は真顔で応じる。
「お前もよく知っているだろう?」
「……ええ」
「冥王イージェスは領土の統治を配下に任せ、滅多なことでは表に姿を現さぬ。 二番(エッド) たちにさえ正体をつかませぬほどの徹底ぶりと、こちらの手口を知っているかのような振る舞い。どうやら我々の中に、亡霊になりきれぬ愚か者がいるようだが」
表情を崩さず、 一番(ジェフ) は黙って聞いている。
脅すようにセリスは言った。
「心当たりはないか、 一番(ジェフ) ?」
心中を見透かすような魔眼を向けられるが、 一番(ジェフ) は淡々と応えた。
「いいえ」
「ゴアネル領に来て、お前はまもなく街へ行ったな」
一番(ジェフ) は微動だにせず、ただセリスに視線を返すばかりだ。
「なにをしていた?」
彼が答えずにいると、続けてセリスは言った。
「あの小僧が、どこに消えたか気になるか?」
すると、 一番(ジェフ) は初めて動揺を見せた。
「アノスの居場所を知っているのですかっ? 団長(イシス) 、まさかあなたがなにかをっ!?」
「 一番(ジェフ) 」
冷たく言い、セリスは< 根源死殺(ベブズド) >の指先で 一番(ジェフ) の喉をつかみ上げる。
「……うぐぅっ…………!」
「何度言えばわかる? 何度言えばわかるのだ? お前は亡霊ぞ。あの小僧には関わるなと言ったはずだ。俺の目を盗み、何度会いにいった?」
喉を絞められ、苦しみながらも 一番(ジェフ) は言葉を絞り出した。
「……縁もゆかりもない街に我が子を捨て、たまたまゴアネルの兵団に拾われたからよかったものを……。あのような後ろ盾も、力もない魔族たちのもとにいれば、アノスはいずれ死にます……」
「死ぬのならば、それまでだ」
セリスの腕をぐっとつかみ、 一番(ジェフ) は言った。
「力ない魔族は、自らの息子でも必要ないというのですかっ?」
「力ない? 情に流され、深淵も覗けぬとは愚かな。貴様が思うよりも、あの小僧は遙かに強いぞ」
一番(ジェフ) の喉から、手を放すと、セリスは踵を返す。
戸惑ったような表情を見せる彼に、セリスは言った。
「ついて来い」
< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >で身を隠し、セリスは歩き出す。
同じく< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >を使って、 一番(ジェフ) はその後を追っていった。
彼らはゴアネル山をひたすら登っていく。
やがて、ゴロゴロと雷鳴が轟き始め、燃えたぎる赤い溶岩が流れる光景が見えた。
そこは、別名、 雷雲火山(らいうんかざん) と呼ばれている。
魔力に満ちた火口から吹き上げる噴煙は、空に雷雲を作りだし、山頂一帯を赤い雷で覆いつくす。
これらが自然の結界を作りだし、周囲の魔力場をかき乱す。
ここでは魔法の行使が困難となり、魔眼の働きすら阻害されるのだ。
二人はその中を突き進み、火口にまでやってきた。
中心にはぐつぐつと煮えたぎり、魔力の充満したマグマが溢れている。
「 団長(イシス) ……どこまで……?」
一番(ジェフ) が尋ねたそのときだ。
ザッパァァァァァンッとマグマが噴水のように噴き上がると、それに突き上げられたのは、マグマの中を泳ぐ魔物、 魔鯨(まげい) ディラヘミルである。
「もらったぞ」
幼い声が響く。
溶岩の中から勢いよく飛び出してきた六歳児は、アノス・ヴォルディゴードだった。
彼はその手に魔力を込め、宙に舞った魔鯨ディラヘミルの体を軽々と貫く。
そうして、魔物の体内に< 灼熱炎黒(グリアド) >を放つ。
マグマの海を住処とする魔鯨ディラヘミルが、瞬く間に焼けるほどの魔力であった。
「……これは…………」
驚いたように、 一番(ジェフ) は目を見張った。
「子供と言えど、賢しい者には自分のおかれた環境がわかるものだ。小僧はお前に見られていることを知り、力を隠し、こうして牙を研いでおったのだ」
二千年前のディルヘイドでは、弱き者はいつどんな理不尽に襲われ、殺されても不思議ではない。
強く、賢くあることが、生き延びる最善の道だ。
幻名騎士団がそうであるように、力を隠さなければ、強者とてたちまち狩られる時代だった。
アノスはそのことに、子供ながらに気がついていたのだろう。
それゆえ、自分の力を悟られないよう魔眼が乱されるこの雷雲火山で、牙を研いでいたのだ。
「生まれながらに持ったその滅びの根源の力を、あの小僧は徐々に使いこなしつつある」
セリスがそう口にし、アノスに視線を向ける。
「末恐ろしいほどにな。あと数年もすれば、こうして隠れ見ることすらできぬ手練れとなるだろう」
その直後、セリスは僅かに視線を険しくした。
アノスが振り向いたのだ。
その魔眼がはっきりと、名もなき騎士を捉える。
< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >を使っているにもかかわらずだ。
「そこにいるのは誰だ?」
アノスが問う。
一番(ジェフ) はおろか、セリスでさえも驚きを隠せなかった。
姿を隠し、魔力を秘匿するのは、彼ら幻名騎士団が最も得意とする魔法だ。
二千年前の強者とて、警戒し、備えをしていなければ、とても気がつくものではない。
それを、彼らのことを知らないはずの、年端もいかぬ子供が勘づいたのだ。
セリスの目算さえ軽く凌駕し、数年どころか、すでに彼はその域に達している。
並大抵の才ではなかった。
「 一番(ジェフ) 」
セリスが小さく言う。
「……確信したぞ。あの小僧は王の器だ。必ずや、このディルヘイドの支配者になるだろう……」
それが喜ばしいことではないといった風に、セリスは暗い表情を覗かせた。
「貴様はそこにいろ。まだ人数は判別できていまい」
そう 一番(ジェフ) に釘を刺し、セリスは、アノスのいる火口へ下りていく。
彼は< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >を解除した。
姿を現したセリスをじっと見つめ、彼は幼い声で堂々と言った。
「名を名乗れ」
「彷徨うだけの亡霊だ。名は不要」
いつもの如く、セリスはそう答えた。
「俺になんの用だ?」
数メートル離れた位置で立ち止まり、セリスはアノスと対峙した。
「小僧。貴様を教育してやる」
「いらぬ」
アノスは一蹴するが、セリスは続けた。
「先程貴様が見抜いた魔法は、< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >。泣こうが喚こうが、今からそれを、その体に叩きこんでくれるぞ。貴様は力を隠さねばならぬ。この魔族の国には、その才能を、その根源を、求めてやまぬ亡者共が蔓延っている」
「お前もその一人か、亡霊?」
セリスは< 拘束魔鎖(ギジェル) >の魔法を使い、アノスの体を縛りつける。
「黙って従え。それだけの魔眼があれば、俺に勝てぬことは承知していよう」
ゴオォォッと< 灼熱炎黒(グリアド) >の火が魔力の鎖を焼く。
脆くなった< 拘束魔鎖(ギジェル) >を、アノスはその手で引きちぎった。
「断る」
地面を蹴り、接近したアノスはその指先を思いきりセリスに突きだした。
彼は漆黒の指先にてそれをつかみ、ぐしゃりと潰す。
アノスの指から鮮血が散った。
「従えと言っている」
「断ると答えた」
左手をアノスは突き出すが、それもセリスの< 根源死殺(ベブズド) >につかまれ、潰される。
いかに強くとも、 戦(いくさ) も知らぬ子供ならば、それで音を上げるだろう。
しかし、アノスはまるで怯まず、その魔眼でセリスを睨みつけた。
彼は言った。
「小僧。親のことを知りたくはないか?」
僅かに、アノスが興味を示した。
「貴様の母と父のことを」
「知っているのか?」
「亡者共に狙われる理由の一つだ」
「言え」
「貴様がディルヘイドの支配者となった暁に、教えてやろう」
両者は視線の火花を散らせながらも、睨み合う。
やがて、アノスは静かにその手を引いた。
回復魔法で傷を癒しながら、彼は言った。
「亡霊。一つ教えろ」
セリスは黙って、アノスの顔を見つめている。
「俺をいつも見ているのはお前か?」
「言葉は平気で嘘をつく」
突き放すようにセリスは言う。
「なにも信じず、その 魔眼(め) でひたすら深淵を覗くがいい。そうして、この世界は、裏切りと、理不尽が支配していると知れ」
彼は父であることを明かそうともせず、冷たい表情でアノスを見つめていた。