軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恋愛嫌いの女竜騎士

エレオノールが舞台の方へ歩いていき、床で倒れている少女二人の様子を窺う。

「わーお、二人とも完全に潰れてるぞっ」

彼女は人差し指を立て、< 水球寝台(リライム) >の魔法を使う。

舞台でころんと倒れているサーシャとアルカナをその中に放り込んで、寝かせた。

「よぉーし、じゃ、ボクも一献、勝負しちゃうぞっ! 飲み潰されたい相手は、だーれだっ?」

エレオノールが声を上げ、酒杯竜戦の舞台に上がる。

竜騎士団の一人がそれに応じるように歩み出た。

「……ゼシアも……やりますっ……!」

両拳をぐっと握り、ゼシアも舞台に上がった。

「果実水で……飲み潰します……! 樽を……ください……!」

ゼシアは、ジュースでの飲み比べを所望している。

竜騎士団の者たちは、互いに牽制するかのように顔を見合わせた。

「……貴公、出番ではないか? 先程やりたいと言っていただろう」

「いやいや、負けだ、負け。果実水では、まるで飲む気にならんっ。あんな可愛いお嬢ちゃんとじゃ、勝負になどなりはせん。貴様こそどうだ? 確か、甘党であったな?」

「なにを馬鹿な……。あくまで、酒のつまみの話。酒あってこその甘味。ジュースなど一杯で限界である……!」

竜騎士団たちは皆尻込みしている様子だ。

「……ゼシアと勝負は……ないですか……?」

ゼシアは肩を落とす。

「馬鹿者ぉぉっ!!」

浴びるように酒を飲みながら、ネイトが部下を叱咤する。

「挑まれた勝負を逃げるとは、己らそれでも騎士かぁっ! 果実水だろうと泥水だろうと、勝利のためならば、すすってみせるのが我らアガハの騎士ぞぉっ! お前が行けい、ゴルドー」

「は、はっ!」

ゴルドーと呼ばれた騎士が返事をして、舞台に上がる。

すぐに果実水の樽が運ばれてきた。

「……勝負……です……!」

「負ければ、団長になにを言われるかわかりません。竜騎士団副官、このゴルドー、子供相手とはいえ、ここは全力を出させていただきますっ!」

酒戦の火蓋が斬って落とされ、ゴルドーとゼシアが果実水を一気に呷る。

なかなか盛り上がってきたようだな。

「レイさんは、参加されないんですか、酒杯竜戦?」

レイの酒杯に、竜牙酒を注ぎながら、ミサが尋ねる。

「お酒はゆっくり飲みたいからね」

言いながら、彼はミサに微笑みかける。

「それに、こっちのお酒の方が美味しいよ」

「あははー、向こうのは確か一二〇度とか言ってましたっけ? もうお酒というか、毒みたいなものですよ……ね……」

レイにじっと見つめられ、ミサは戸惑ったような表情を浮かべる。

静かに彼は首を横に振った。

「えと……違いましたか……?」

「きついお酒はけっこう好みだよ。二千年前だったらね」

「……その、それじゃ、どうして、ですか?」

くすっと笑い、レイは甘く囁く。

「どんな味でも、君に注いでもらうお酒が一番美味しいよ」

言葉に撃ち抜かれたように、ミサは上気した顔でレイを見返す。

「……お、おかわりは、いつでも言ってくださいね……」

「軟弱な。戦士ならば、手酌で行け!」

叱責するような鋭い声が飛んだ。

レイとミサが視線をやると、入り口に二人の男女がいた。

一人は赤い髪の竜騎士シルヴィア・アービシャス。

もう一人は、その義理の父、荒野で助けた騎士、リカルド・アービシャスである。

シルヴィアはまだしばらく目を覚まさないと思ったが、なかなかどうして、凄まじい回復力だ。さすがはアガハを救う竜騎士といったところか。

「おお、副団長っ!」

竜騎士団の一人がそう声を発すると、彼らは皆、嬉しそうな表情で、二人のもとへ駆けよっていく。

「シルヴィア副団長、リカルド殿も。お加減はよろしいのか?」

「問題ない。すでに聞き及んでいるとは思うが、アノス殿に治してもらった」

シルヴィアが毅然と言葉を発する。

「……しかし、欠竜病を完治させるとは……いや、実際にこうして健常な姿を見ても、信じられませぬな……」

「ああ、さすがは預言にあった地上の英雄よな! 聞きしに勝る魔法の使い手のようだ」

騎士たちから、俺に崇敬の視線が注がれる。

「だが」

シルヴィアが騎士たちをかきわけるようにして、レイのもとへ歩いていく。

俺に聞こえないように配慮した声量で、彼女は言った。

「その配下には、王の偉業をかすませてしまう軟弱者がいるようだ」

まるでレイを目の敵にするように、シルヴィアは彼を睨んだ。

そんな視線もどこ吹く風で、レイはいつも通りの笑顔で応じる。

「なにかかんに障ったなら謝るよ。せっかくの酒席だ。仲よくやろう」

「なにかかんに障ったなら、だとっ!?」

シルヴィアは、ますます激昂し、ミサに指を突きつける。

「その女はなんだっ!?」

「愛しいと思っている人だよ」

「愛しいと思っている人っ!?」

目を剥き、赤い髪を怒りに震わせるようにして、シルヴィアはレイを睨めつける。

「よくもまあ、そんな歯の浮くような言葉が並べられるものだっ! 貴様、それでも王を、国を守ろうという戦士かっ!?」

シルヴィアが言い放つと同時、後ろから騎士たちがやってきて、彼女の腕をつかんだ。

「ふ、副団長っ。もしかして、もう飲んでいらっしゃるんですかっ? 病み上がりで!?」

「なんだ、貴様ら、放せっ。飲んでなどいないっ? たかだか一杯や二杯や三杯や四杯や、そこらのことで、飲んだ内には入らないっ!」

「何杯飲んだかも覚えていらっしゃらないじゃないですかっ!!」

相当できあがっているようだ。

途中合流だというのに、すでにサーシャ級の酔っぱらいか。

「ま、まあまあシルヴィア副団長っ。地上には地上の文化があるもんでさぁ。そう目くじらを立てることでも」

「なんだとっ!?」

ぎろり、と睨まれ、騎士は萎縮したように視線を逸らす。

レイに近寄った一人が、こそこそと小声で言った。

「申し訳ない、地上の客人よ。シルヴィア副団長は、少々酔ってしまっているようで。見ての通り、恋愛嫌いというか、カップルが許せないというか、ちょおっとばかしこじらせておってな……強すぎて男に相手にされないもんだから、なんというか、その――」

「人は一人で生まれて、一人で死んでいくのだ。いつ死ぬかわからぬ戦士に、伴侶など不要っ。ええい、放せっ、貴様ら。私は猛獣かなにかかっ! 病み上がりだぞっ!」

取り押さえようとする部下たちを、シルヴィアはいとも簡単に振り払う。

さすがは子竜、並の力ではない。

「端的に言えば、独り身の悔しさなのだ……本当にすまぬ……」

「それはいいんだけど」

レイはにっこりと笑う。

「大丈夫かな? 君たちのところの団長と副団長」

レイの言葉に、騎士は苦い表情を浮かべるしかなかった。

「ふんっ。ここまで挑発されても、乗ってこないとは、所詮は愛だ恋だのにうつつを抜かす腰抜けか。そんなにイチャイチャしているのが楽しいかっ!?」

「楽しいというか、幸せだよね」

「な……臆面もなく……」

ぎりぎりとシルヴィアは歯を食いしばる。

「ふ、ふんっ! そんな軟弱な考えでは、どうせ酒もまともに飲めないんだろ。そのような男と乳繰り合っている女も、程度が知れるというものだ。見たところ、大した魔力も感じないっ!」

負け惜しみのように彼女はそう吐き捨てた。

「それは聞き捨てならないね」

柔らかく、けれどもはっきりとレイが言う。

「ミサは世界一素敵な女性だよ」

「……う……ぁ…………」

シルヴィアはこの上なく動揺していた。

「僕はレイ・グランズドリィ。竜騎士シルヴィア・アービシャス。君に酒杯竜戦を挑むよ。僕が勝ったら、彼女への侮辱を取り消してくれるかい?」

最早、シルヴィアは負けたといった表情を浮かべているが、後に退けぬか、戦意をあらわにし、自らを奮い立たせるようにうなずいた。

「う……う……受けて立つっ! 私が勝ったら、金輪際、私の目の届くところで乳繰り合うのはやめてもらおうっ! こそっとやれ、こそっとなっ!」

「あいにくと人目を気にしていられない事情があってね。僕たちは本当の愛を探しているんだ」

「黙れっ! 耳が腐るわっ! いいから勝負だっ! その甘い囁き、二度と吐けぬようにしてやるっ!」

「教えてあげるよ、愛の力を」

二人は酒杯竜戦の舞台に上がった。

そこにあった酒を一瞥するなり、シルヴィアは言った。

「こんな弱い酒では話にならない。竜狩り用のヤツを出せ!」

シルヴィアが言った瞬間、騎士の顔が強ばった。

「しかし、アレは……」

「いいから出せ!」

「……は! おい、 逆鱗酒(げきりんしゅ) だっ!」

騎士たちが一度去っていき、そして金の酒樽をかついできた。

蓋を開ければ、それはキラキラと黄金に輝く酒であった。

「これは逆鱗酒。本来は飲む酒ではなく、竜狩り用の酒だ。これを体に浴びせたが最後、どんなに体の大きな竜とて、あっという間に酒が回り、正気さえ失う。口から飲もうものなら、量によっては死ぬことにもなるだろう」

シルヴィアは酒杯で逆鱗酒をすくった。

「勇気なき者は舞台にすら上がれない。真の騎士のみが挑むことのできる酒杯竜戦だ。貴様が女にうつつを抜かすだけの戦士でないというなら、受けて立つことができるはずだ」

レイを試すように、彼女はそう脅す。

「構わないよ」

怯まず、レイも逆鱗酒を酒杯ですくった。

「その軽口がどこまで持つか。この逆鱗酒の恐ろしさ、とくと味わえ」

開戦の合図とばかりに、シルヴィアは酒杯同士をコツンと鳴らした。

「見せてやろう。騎士道に殉じる私の勇気を!」

ぺろり、とシルヴィアは逆鱗酒を舐めた。

レイはなんとも言えない表情で彼女を見ている。

「おかしいか?」

「可愛らしい勇気だと思ってね」

「笑いたくば笑え。だが、逆鱗酒を甘く見るなよ。一舐め、これが適量だ。二舐めすれば、まともに立っていることすら困難になる。しかし――」

シルヴィアが再び逆鱗酒を舐める。

「ハンデだ。逆鱗酒を飲み慣れ、耐性がついている私とお前がまともにやっては勝負にならないからな。見ているがいい」

ぺろぺろぺろ、と猫がミルクを飲むようにシルヴィアは酒を10度ほど舐めた。

がくん、と膝が抜けるように折れ、彼女はあっという間にふらふらになった。

「……大丈夫かい?」

「なにがだ? 愛だ恋だのにうつつを抜かす軟弱な男など、これぐらいのハンデがあってちょうどいい」

凛々しく言ったシルヴィアの足は、生まれたての子鹿のようにがくがくと震えている。

レイは心配そうに、彼女を見つめた。

「くくく。どうやら、私の駆け引きにかかったようだな。いくら逆鱗酒でも、10舐めぐらいで酔うはずもない、と考えるのが道理だ。それは事実だ。こうやって、酔ったフリをすることで、私が酒に弱いと思わせる。レイ・グランズドリィ。そうして油断し、逆鱗酒を普通に飲んだが最後、お前は彼女の前でみっともなく醜態を曝すことだろう。裸踊りでもするか? さぞ見物だろうな。騎士の誇り? 酒席でそんなものが通用するか。騎士道とは、飲むか、飲まれるかだっ」

シルヴィアはきりりと表情を引き締める。

「さあ、騎士の誇りにかけて、尋常に勝負だ、レイ・グランズドリィ」

怪訝な表情でレイは口を開く。

「……一ついいかい?」

「なんだ?」

「心の声が駄々漏れなのは、もう酔っているんじゃないかい?」

「……心の声だと? さあ、なんのことだ? わからないな、レイ・グランズドリィ」

「お酒に弱いフリをして、僕に彼女の前で醜態を曝させる作戦だって言ったよね?」

すると、シルヴィアは口をあんぐりと開けた。

「どうしてそれを……!?」

「君が自分で言ってたんだけどね」

「……バレてしまっては仕方がない。確かに私は酔ってなどいない。この通りだ」

ふらついていた足を整え、シルヴィアはすっと立つ――

いや、立てない。立てなかった。途端にぐらぐらと膝が笑い、彼女は前のめりに倒れていく。

「あうっ!」

なんとか酒杯の酒だけは死守し、彼女は床を手をついた。

キッとシルヴィアはレイを睨む。

「つまり、そういうことだ。飲み慣れた私でさえも、酒量を見誤り、こんなにもみっともない姿をさらしてしまう。それが逆鱗酒だ」

なんとか体裁を保とうと、竜騎士シルヴィアは凛々しい口調で言った。

膝はぷるぷると笑い、最早立つこともできぬ様子である。

「恋だ愛だのとうつつを抜かし、気取ったお前に醜態をさらす覚悟があるかっ! 生き恥を曝し、泥をすすってでも勝つのがアガハの流儀っ! この国の騎士のあり方だっ!!」

勢いだ。最早勢いしかないと思ったか、シルヴィアは怒濤の如く言葉を放つ。

「なるほどね。アガハの騎士がどういうものなのか、僕にも少しわかってきたよ」

さすがはレイだ。シルヴィアがいたたまれなくなったか、彼女の言葉にぴたりと寄り添った。相手に恥をかかせぬとは、それでこそ勇者よな。

だが――

「今の私、かなり格好良かったか?」

「…………」

シルヴィアの心の声が駄々漏れでは、それ以上のフォローのしようもない。

「はっ……!!」

どうやら今度は自分がなにを言っていたか、気がついたか?

「そうだ、この醜態が、逆鱗酒の恐ろしさだっ!」

最早、目も当てられまい。

せめてもの情けだ。介錯してやるがよい、レイ。

「相手が悪かったね。僕はどんな強い酒でも、絶対に潰れない体質なんだ」

そう言って、レイが逆鱗酒を一気に呷った。

ごくごくごく、と喉を鳴らし、レイはみるみる逆鱗酒を飲み干していく。

シルヴィアが血相を変えて叫んだ。

「ばっ……馬鹿っ……よせっ! 醜態どころではないっ! それ以上飲むと死ぬぞっ!!」

制止の声を気にも留めず、レイは酒を飲んでいく。

「くっ、このっ……!!」

シルヴィアがレイの酒杯を弾き飛ばそうと立ち上がる――

だが、足がぷるぷるしてしまって、手は空を切るばかりだ。

「おのれぇっ……この体さえっ……! まともに動けばっ……!!」

そのうちに、がくん、と糸の切れた人形のようにレイは脱力した。

手からこぼれた酒杯が空になっているのを見て、シルヴィアは絶望的な表情を浮かべた。

そうして、床に酒杯が落ちそうになる寸前だ。

レイの足がそれを柔らかく受けとめ、上に弾いた。

パシッと彼は右手でそれを受けとめる。

逆鱗酒を飲み干し、完全に潰れたかに思えた彼は、しかし、両足でまっすぐ立っていた。

「……な……な……ぜ…………?」

「僕には根源が七つあってね。お酒を飲み干したことで、酔い潰れた。あえて酔い潰れて、根源を一つ潰したといった方が正しいかな。おかげで、こうして根源が切り替わって、シラフに回復したんだよ」

「……なんだと、それじゃ……」

足をぷるぷるさせ、手をぴくぴくと震わせながら、シルヴィアは言う。

「恋人がいるくせに、お前はそんなにも華麗に逆鱗酒を飲み干したが、私はみっともなく醜態を曝したあげく、独り身だというのかっ!? 所詮、人としての魅力のない私は異性に好かれることもなく、あまつさえ唯一の心の支えであった酒戦でさえ、お前の引き立て役にすぎない、ゴミ同然の女だということかっ!?」

「そこまで卑下することはないんじゃないかな」

「やめろっ、恋人のいる奴が私のフォローをするなっ!」

ぷるぷると体を震わせながら、シルヴィアは酒杯を口につける。

「やめた方がいいと思うけどね。僕の根源は時間が経てば復活する。どれだけ飲んでも、七つの根源全てが酔い潰れることはないと思うよ」

「黙れぇぇぇっ!! わかっていても、負けられない戦いがあるっ……! 恋人のいるお前なんかに、私の気持ちがわかってたまるかぁぁっ……!!」

酒杯を傾け、ごくごくごく、とシルヴィアは喉を鳴らす。

だが、半分ぐらい飲んだところで、ぴたりと止まった。

「ぐっ……はぁぁっ……はぅぅ……!!」

呻き声を上げ、無念の表情を滲ませながら、シルヴィアは床に倒れた。