軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

酒杯竜戦

「誇りをかけた酒戦にて、手心を加えられては騎士の名折れ。酒も飲めぬ男に、祖国を守れるはずもなしっ!」

ネイトはそこに置いてあった酒樽を天高く掲げた。

まるで合戦の最中の如く、威風堂々彼は言う。

「竜騎士ネイト・アンミリオン、推して参るっ!」

蓋の開いた酒樽を、ネイトはくるりとひっくり返した。

勢いよく体に浴びせられた竜牙酒だったが、しかし、それは一滴たりとも地面を濡らしてはいない。

まさに浴びるように、ネイトが全身で飲んでいるのだ。

「で、出たぞぉっ! ネイト団長の浴び飲みっ……!!」

「いつもながら、常軌を逸している……」

「しかし、団長がこれほど早く切り札を使わざるを得ないところまで追い込まれるとは、あのシンという男、底知れぬ……」

ふむ。変わった体質だな。子竜ゆえか?

酒を浴びるように飲んだことで、魔力が上昇している。

見たところ、魔法を使っている気配はない。

体内器官が酒を魔力に変えているといったところか。

とはいえ、酔いは回っているようだが。

「なかなかの飲みっぷりですね」

シンは大樽を片手で軽く持ち上げ、口元でくいっと傾けた。

トン、と床にそれを置くと、中はもう空になっていた。

「二杯目にもかかわらず、なんという早飲み……」

「まったくペースが衰える気配すらない……!」

「ネイト団長の酒技が剛だとすれば、シン殿のは迅」

「この勝負、まるで読めん……!」

シンとネイトはまっすぐ視線を交錯させる。

「酒杯竜戦は、アガハのお家芸。私は剣帝より国を救う英雄と預言を賜った竜騎士だ。偉大なるディードリッヒ王の名にかけて、後れを取るわけにはいかん」

「それはこちらも同じこと。いかなる勝負であれど、魔王が敗北することは世界が滅びてもありえない話。その右腕たる私が、我が君が見ている前で無様な姿を曝すわけにはいきません」

酒樽を手に、シンとネイトは、忠義の火花を激しく散らす。

「行くぞ、 竜技(りゅうぎ) ――」

ネイトは先程シンが飲んだ一杯に加え、更に一〇杯を追加、合計一一個の酒樽を、魔力の力で持ち上げ、浮遊させる。

その一一個の酒樽と周囲に浮遊する魔力は、あたかも竜の姿を彷彿させた。

「いっ、いきなり竜技かっ……!?」

「アガハ広しと言えど、あれを使えるのは竜騎士のみ。自らの内に眠る竜の力を、最大限解放する奥義――」

「団長があれを使うのは何年ぶりだ? シン殿は、それほどの相手だということか……」

騎士たちが敬意を表すかのようにシンを見る。

すると、彼はまるで見えない剣を構えるように、すっと右手を動かした。

「 鯨飲剣(げいいんけん) ――秘奥が壱」

シンの手が煌めいた瞬間、樽が宙を舞う。

「あっ、あれはっ……!?」

「シン殿の手の上に積み上げられた樽が、まるで剣を模すかのようにっ!」

二千年前は過酷な世界。

悲劇と理不尽にまみれていた。

酒席でお前なにかやってみろと言われ、もしも場を白けさせようものなら、いつ首が飛んでもおかしくはない。

本来は、酒瓶を高く積み上げては剣のように模し、それを振り下ろすとともに飲むというシンの鯨飲剣。

それを樽でやるとは、なかなかどうして、見ない内に剣を磨いていたか。

「< 酒乱一刀(しゅらんいっとう) >!」

一○個の樽がまるで一本の剣と見紛うが如く振り下ろされ、床に飛び散る。

コン、コロンと音を立てて転がる酒樽は、そのどれもが空になっていた。

「なんのっ! < 竜ノ暴飲(ヨ・イドレ) >」

ひっくり返された一一個の樽から、大量の酒がネイトの頭に降り注ぐ。

それを彼は全身ですべて飲み干した。

勝負は以前として互角。

だが、舞台に上げられた酒は、今の一合ですべてなくなっていた。

「酒だ。酒を持ってこい!」

まるで酔っぱらいの如く、ネイトは声を大にして言った。

「は! た、只今っ!!」

すぐさま騎士たちが酒を取りに宴会場を出ていった。

「ふむ。しばし休戦か」

すると、俺の背中に誰かがぴたりとくっついてきた。

振り向くと、それはアルカナだ。

「……お兄ちゃん……」

ぎゅっーっとアルカナは俺を抱きしめる。

彼女の顔は赤かった。

「神が酔うとは珍しい」

「えへへ……」

アルカナが笑う。

「……あのね……お兄ちゃんの言う通りにしたんだよ……」

いつもと口調まで違っているな。

まるで夢で見たアルカナのようだ。

「言う通りとは?」

「弱さを知らないと、救うことができないから。わたしは酔っぱらいを救うために、酩酊を知ったんだよっ」

確かに酔っぱらいらしいことを言う。

神は秩序、秩序が酔うわけは本来ないはずだが、まあ、創造魔法で酔うようにできなくもないか。

「勉強熱心なことだ。なにかわかったか?」

「……あのね……」

舌っ足らずな口調で、アルカナは言う。

「今日は、お兄ちゃんと一緒に寝たいなっ……」

完全に酔っぱらいの呼吸をつかんだか。会話になっていない。

「仕方のない」

「……わたしは、弱さを知った。酩酊を知ったんだよ……」

僅かに元のアルカナに戻ったか、独り言のように彼女は言う。

「お兄ちゃん……」

「どうした?」

「えへへ、お兄ちゃんっ……」

満面の笑みを浮かべ、ぎゅっとアルカナが抱きついてくる。

そうして、彼女は背伸びをして、俺に顔を近づける。

「……裏切らないよ……わたしはお兄ちゃんの味方……裏切らないからねっ……」

「ああ、わかっている」

アルカナの頭をそっと撫でてやる。

「良いことを思いついたよっ」

にっこりと笑い、アルカナが言う。

「お兄ちゃんがぐっすり眠れるように、今日はわたしがおまじないしてあげるっ」

言った途端、すぐにアルカナは不安そうに目を伏せる。

「……いらない、かな……?」

「いや、ありがたい」

そのときだった。ダンッと大きく足音が響く。

サーシャが唐突に舞台に上がっていたのだ。

「次はわたしがやるわよっ、酒杯竜戦っ! シンの仇はとってあげるっ!」

「私はまだ負けておりませんが……」

シンがそう言うと、サーシャはふっと微笑する。

「負けてないからと言って、仇をとれないと思ったかしら?」

シンが目を細くし、言葉を失った。

今のサーシャにはいかなる正論も通じないと、一瞬にして悟ったのだろう。

「魔王軍が目指すのは完全勝利よっ。シンが勝って、そしてわたしが仇をとる。一石三鳥だわ! 敵を蹂躙するわたしたちのやり方を、アガハの騎士たちに見せつけてあげるっ!」

非の打ち所のない見事なまでの酔っぱらいであった。

あの本物に比べると、アルカナはまだ酔いが足りぬか。

「ディードリッヒ王、わたしは魔王の配下サーシャ・ネクロン。破滅の魔女と呼ばれているわ。僭越ながら、今度はこちらから、お相手を指名してもいいかしら?」

「そいつは構わんぜ。誰が希望だ、魔女のお嬢ちゃんよ」

サーシャはビシィッと人差し指を突きつけた。

「舞台に上がりなさい、アルカナッ! 飲み潰してあげるわ!」

アルカナは、味方だ。

けれども、指さされた彼女は目の前にあった竜牙酒をくいっと飲み干すと、正気に戻ったかのように、こう言った。

「彼女に救いを与えるときがきた。わたしはただ救うための神、彼女を酔いから醒ましてあげる」

ふらーとアルカナは歩いていき、舞台に上がった。

ふむ。正気に戻ったかのように見えて、酔いがますます回ったか。

「はっはっは、こいつは一興っ! 魔王よ、お前の配下も、お前の神も、酒宴の場というのを弁えているではないか。これぞ、酔っぱらい共が覇を競う。酒杯竜戦の醍醐味に他なるまいてっ!」

ディードリッヒが上機嫌に笑い、くいっと酒を呷る。

ちょうどそこへ、出ていった騎士たちが戻ってきて、舞台に酒樽を並べていく。

シンとネイトが酒戦を再開するその脇で、アルカナとサーシャが、とろんとした視線をぼんやりと合わせた。

「うー……」

と、サーシャが声をあげ、じーとアルカナが彼女を見つめる。

「……なによっ」

「なにがだろうか……?」

「アノスの妹だからって、一緒に寝たりとか、お、おまじないとか、そんなのずるいんだもんっ! わたしの目が魔法陣の内は絶対許さないのっ! 大体、妹なんて、所詮、妹なんだからっ。いい? わたしが勝ったら、妹の座は明け渡してもらうわっ!」

「あー、サーシャちゃん、羨ましかったんだ」

エレオノールが酒を飲みながら、そんな風に突っ込んだ。

「お兄ちゃんは、わたしのお兄ちゃんっ。妹になりたいなら、わたしの妹になればいい」

アルカナが真っ向からサーシャに言葉を突きつける。

「あなたの妹になっても意味ないもんっ! わたしはアノスの妹がいいのっ!」

「わたしの妹になれば、お兄ちゃんが、あなたのお兄ちゃんになる」

「……そんなのっ――いいわね。間接お兄ちゃんってことかしらっ?」

素早い変わり身だ。

「どちらかと言えば直接」

「直接お兄ちゃんっ!?」

サーシャは顔を真っ赤にしている。

「いいわ。それなら、わたしが勝ったら、妹の座を明け渡してもらう。もしも、負けたら、あなたの妹になってあげてもいいわよ」

「いずれにしても、この酒戦を経て、魔族の子、あなたは救われる」

「さあ、そううまくいくかしら?」

不敵にサーシャは笑い、アルカナを見下す。

「じゃ、いくわよ」

酒杯を手に、サーシャは酒をすくった。

アルカナも同じく酒杯に酒を満たす。

「一つ提案がある」

「冥土の土産に、聞いてあげるわ」

「妹になったときの呼び方を決めておいた方がいい」

「よっ、呼び方……」

サーシャは顔を赤らめ、俯いた。

そうして、か細い声で言ったのだ。

「……じゃ……その…………お、お兄様……」

「魔王様からお兄様へ、それがあなたの夢なのだろうか」

「その代わり、わたしが負けたら、あなたのことをお姉様って呼んであげるわっ! こんなの恥ずかしくてしょうがないんだからっ」

「それはこちらも同じこと」

酔っぱらい同士の会話は、けれども不思議と噛み合っている。

「わたしの家族も増える?」

隣でちびちびと竜牙酒を舐めながら、ミーシャが小首をかしげる。

サーシャに姉や兄が増えれば、必然的にミーシャにも増えることになるだろう。

「賑やかになるぞ」

「飲む?」

空になった俺の酒杯に、ミーシャが瓶を向ける。

「もらおう」

とくとくと、彼女は酒を注いでくれた。

「どっちが勝つ?」

「さて、どちらも今にも倒れそうだがな。強いて言えばアルカナか」

「じゃ、わたしはサーシャ」

少々驚きつつ、ミーシャを見れば、彼女は微笑んだ。

「酔っているのか?」

「アノスは勝負のとき、いつも楽しそう」

ふむ。相変わらず、健気なものだ。

俺が勝負が好きだと思って、挑もうというわけだ。

確かに、嫌いではないがな。

「乗ろう。お前が勝てば、なんでも褒美をくれてやる」

「< 契約(ゼクト) >?」

「応じよう」

< 契約(ゼクト) >の魔法陣を描き、ミーシャと賭けを交わした。

直後、舞台上の少女二人が動いた。

「破滅の魔女の力で、アルコールをぜんぶ滅ぼしてあげるわっ!」

サーシャは、今にもアルコールに身を滅ぼされそうだ。

「神は酔わない。わたしの勝利とあなたへの救済は定められた道」

アルカナは、すでに酔っている。

二人はゆるゆるの視線を交換し、一気に竜牙酒を呷った。

そうして、ごくごくとその液体をすべて飲み干していく。

コツン、と両者の酒杯がテーブルに置かれる。

がくんとサーシャの膝が抜ける。

アルカナの勝利、と思いきや、彼女は彼女で前のめりに倒れていく。

受け身をとった二人は、しかし、そのまま仲よく床を転がった。

起き上がる気配はなさそうだ。

「ふむ。引き分けか。褒美を言うがいい」

ミーシャが首をかしげた。

「……褒美?」

「引き分けはお前の勝ちだ。配下との賭けに、それぐらいの度量を見せぬ俺ではないぞ」

ぱちぱちとミーシャが瞬きをする。

「なにか欲しいものはあるか?」

「時間が欲しい」

ミーシャは即答し、俺を指さした。

「俺の時間ということか?」

こくりとミーシャがうなずく。

「構わぬが、いつだ?」

「今夜。アルカナを寝かしたら、わたしの部屋に来て」

彼女は柔らかく微笑んだ。

「朝まで、アノスの時間をちょうだい」