軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

災厄の日の預言

「エレオノール、ちょっといいかな?」

レイが言うと、酒戦の最中だったエレオノールが振り向いた。

「わーおっ! 会ったばかりの女の子を酔い潰しちゃうなんて、いけないんだぞっ」

エレオノールが< 水球寝台(リライム) >の魔法を使い、水の寝台を用意する。

レイはその中に、昏倒したシルヴィアを放り込んだ。

< 水球寝台(リライム) >を押せば、ふわふわと浮かびながら、それは竜騎士団のもとへ移動した。

「< 水球寝台(リライム) >は解毒魔法と違って、気持ちよーくお酒が抜けるから、しばらく寝かせておいた方がいいぞ」

「かたじけない」

騎士たちは恐縮したような面持ちでエレオノールに頭を下げている。

「――さあ、次は、ゼシアお嬢ちゃんの番ですぞ」

舞台上で、果実水の飲み比べをしていたゴルドーが言った。

「…………」

ゼシアが酒杯に注がれた果実水を見つめる。

もうお腹いっぱいといった表情だった。

「さすがに限界ですかな。いや、手強かった。なかなかいい勝負でしたね」

「……ゼシアは……負けません……! 魔王の配下……です……」

くいっと彼女は果実水を一口飲む。

「……お腹がいっぱいだからといって…………飲めないと思ったか…………です……」

そう言ったものの、やはりゼシアはもうお腹が限界のようで、それ以上は飲めないようだ。

彼女は悔しそうに、目に涙を浮かべた。

「……ぐすっ……ゼシアは……もう……ぐすっ……」

瞬間、ゴルドーは膝を折った。

「ぐ、ああぁぁぁ……ここにきて、腹痛がぁ……」

棒読みだった。

「も、もう一秒も我慢できませぬぅ。き、棄権いたします。私の負けですっ!」

「……ゼシアの……勝ちですか?」

こくりとゴルドーはうなずいた。

「いや、ゼシアお嬢ちゃんはお強い。まさか、こんな子供に、私が負けるとは……」

すると、彼女は嬉しそうに笑った。

「……子供だからといって、酒が飲めないと思ったか……です……」

酒は飲んでいない、とゴルドーの顔に書いてあった。

ゼシアがちらりとちらりと< 水球寝台(リライム) >に入ったシルヴィアとゴルドーを交互に見る。ゴルドーが酔い潰れていないと言いたげだった。

「む、無念」

バタン、とゴルドーは倒れた。

「ゼシアはっ、勝ちましたっ。< 水球寝台(リライム) >です」

嬉しそうにゼシアはエレオノールに報告する。

「よしよし、偉いぞ」

< 水球寝台(リライム) >の魔法を使い、ゴルドーをそこへ放り込むときに、エレオノールは言った。

「ごめんね。ゼシアの遊びにつき合ってくれて、感謝だぞ」

「なんの……子供に花も持たせられなくては、騎士の名折れ。団長に叱られますゆえ……」

負けても叱られるのだから、副官が叱られる運命は決まっていたか。

彼は< 水球寝台(リライム) >に放り込まれ、気持ちよさそうに微睡み始めた。

「アノス殿。申し訳ございませぬ。娘が配下の方に、失礼な真似をしでかしてしまい……なんとお詫びすればいいやら」

沈痛な表情で、リカルドが頭を下げにやってきた。

「なに、なかなか面白い見せ物だったぞ」

「そうおっしゃってくださいますと気も楽になるのですが……」

とはいえ、リカルドの表情は暗い。

「しかし、ずいぶんと色恋沙汰に恨みがあるようだったな」

「はい。娘は子竜ゆえ、竜から生まれ落ちました。親代わりの私が、男女の恋を教えられればよかったのですが……むしろのその逆でして。私は短命種のため、剣に生き、騎士道にすべてを捧げる覚悟でこれまでを生きて参りました」

短命種ならば、どうあっても先に逝くことになるだろうからな。

後に残す者を悲しませぬため、伴侶を作らぬように生きてきたか。

「実は一度、娘に問われたことがあります。自分のせいで、恋人ができないのではないか、と。私は騎士道を重んじ、シルヴィアを育てること以外に幸せなことはないと答えたのですが、どうも、それを勘違いしたようで……」

「恋や愛など取るに足らぬと思ったか」

「お恥ずかしい。それとなく、誤解を解くように試みたのですが、どうにも上手いようには話せませぬ。そもそも、これまで騎士の道一筋できた私には、恋愛の素晴らしさを語ることも、荷が重くございました」

「ままならぬこともあろう。だが、これからは心おきなく、伴侶を作ることもできるはずだ。短命種などではなかったのだからな」

なにか言いたげな顔をしつつも、リカルドはうなずいた。

「……ええ。その通りです。だからといって、今更生き方を変えるのも難しくはあるのですが。はは」

笑い話のように、彼は言った。

「魔王アノス、リカルド。酒宴の席だが、少しばかし真面目な話をしてもよかろうか?」

酒杯を置き、ディードリッヒが言った。

いつのまにか、俺たちの周囲には人がいなくなっている。

「外す?」

隣にいたミーシャが尋ねる。

「なあに、お前さんは魔王の信頼も厚い。構うまいて」

ディードリッヒはそう言うと、本題を切り出した。

「王竜の生贄の件は聞き及んでいよう」

ふむ。俺が気にかけていることもわかっているといった口振りだな。

「一週間後、リカルドを生贄にするという儀式のことか?」

「そいつはなしだ。まだ内々の話だが、今回は代わりの生贄が見つかったものでな」

リカルドは表情を崩さずに言った。

「どの者が?」

「王竜を盗んでいったジオルダルの元枢機卿、アヒデを捕らえたものでな。そいつを一週間後の供物の儀にて、王竜に捧げる」

リカルドは初めて聞いたという表情を浮かべている。

霊薬を手に入れるため、ここしばらく巨頭竜を探していたからだろう。

「リカルド。お前さんは老衰病を克服した。もう短命種ではあるまいて。生贄の騎士たる資格を剥奪しよう」

「は」

リカルドは跪き、ディードリッヒに深く頭を下げた。

「今後は近衛騎士として、アガハのため、命剣一願となって取り組む所存です」

「ああ、期待してるぜ。大いに励め」

「は!」

どうやら丸く収まりそうだな。

アヒデのことはまあ仕方あるまい。自業自得というものだ。

「なあ、魔王や。少しばかし、酔い覚ましといくまいか?」

特に酔ったようには見えぬ。

二人だけで話があるということだろう。

「つき合おう」

返事をすると、ディードリッヒは歩き出し、宴会場を後にした。

彼の後についていき、通路を進んでいく。

荘厳なガラス戸を開け、やってきたのは、広いバルコニーだ。

城の上階にあたるその場所からは、アガロフィオネの街並みが一望できる。

手すりまで歩み寄り、遠くに視線を注ぎながらも、ディードリッヒは言った。

「一週間後、供物の義にて、生贄に捧げる前にアヒデはガデイシオラにさらわれる。幻名騎士団の仕業だ」

「ふむ。預言というわけだ」

「おうよ。外れるこたあ、あるまいて」

妙な話だな。

「わかっているのならば、防ぐ手段はいくらでもあろう。ここはお前の国だ」

その言葉に、ディードリッヒは無言で応えた。

珍しく、剣帝の眼差しには諦観のようなものが見てとれる。

「なるほど。防ぐ気はないということか?」

彼は静かにうなずいた。

「ガデイシオラに入るための名目がいる。奴らはアガハやジオルダル、またその二つの教えに従う他の国との交流を持たんのよ。ガデイシオラに入国する条件は二つ、神への信仰を一切捨てるか、あるいは無理矢理押し入るかだ」

「アガハの剣帝としては、どちらも選ぶわけにはいかぬな」

「おうよ。だが、ガデイシオラの覇王と話し合う必要があるものでな。それと、さらわれたゴルロアナともな」

「なにを話し合うつもりだ?」

大真面目な顔でディードリッヒは答えた。

「平たく言えば、地底世界の今後についてになるであろうな。ジオルダル、ガデイシオラ、そしてアガハには、その王以外には知らされていない教えがある。ジオルダルの教典、アガハの預言、そしてガデイシオラの 禁書(きんしょ) 」

「ふむ。確か、ジオルダルの教典は口伝で伝えられると聞いたが?」

「アガハとガデイシオラも同じだ。端的に言やあ、この二つの教えを聞き出すのが第一の目的だ」

未来を見ることのできるナフタがいて、今それがわからぬということは、つまり、それが今後、誰かに語られる未来がないということか?

つまり――

「ジオルダルとガデイシオラの教えが絶えるのか?」

「有り体に言えば、そういうことになるだろうよ」

教皇と覇王が死ぬ。それとも、記憶が消されるか?

いずれにしても、代々王に伝えられてきた教えが絶えるというのは、よほどのことだろう。

「聞き出してどうなる?」

アガハの街を眺めていたディードリッヒは、ゆるりと俺に視線を向けた。

「アガハの剣帝として、一つ、どうしても覆さねばならぬ預言があるのだ」

「ほう。なんだ?」

「あいにくとお前さんには言えんのだ。言えば、ますます預言が確実なものとなるであろうからな」

ふむ。俺の行動が、その預言に関わっているということか。

「ならば、それはよい。ともあれ、お前は王として、ガデイシオラへ赴き、覇王と教皇、二人と対話を望むというわけか」

「おうよ。なんの理由もなしにガデイシオラに乗り込んでは、争いは避けられまいて。こちらの罪人であるアヒデを連れ戻しに来た、という名目があれば、覇王にも落としどころが生まれるというものよ」

ややこしいことだがな。

ガデイシオラにはガデイシオラのルールがある。

それを他国の王がただ破っては、民も黙ってはいないだろう。

覇王が望む望まぬにかかわらず、戦争に発展することもある。

先に向こうに非を作っておきたい。

そのために、黙ってアヒデをさらわせるわけだ。

「それで? これぐらいのことならば、わざわざ二人きりで話す必要はなかったはずだ。もっと悪い預言があるだろう」

神妙な顔でディードリッヒはうなずいた。

「俺と竜騎士団は、ガデイシオラに潜入する。教皇、覇王と話し、ジオルダルの教典、ガデイシオラの禁書にも幾分か迫ることができる。目的は達成できるが、一つ犠牲が生まれるのだ」

「なんだ?」

「リカルドは、命を落とす。王竜の生贄となるのだ」

なるほど。それが言いたかったことか。

「なぜ救えぬ?」

「理由は一つではないものでな。王竜の生贄はアガハにとって必要不可欠、我が配下リカルドは、この国を憂う騎士として、自ら命を捧ぐ決意をする。目的を達し、リカルドをも救う。その未来は、一〇万回繰り返し、一度しか訪れないのだ」

ディードリッヒは断固たる決意を瞳に秘め、言った。

「俺は彼を見殺しにするだろうよ」

「一〇万に一度あるならば、それをつかめばよい」

「未来が見えていてなお、一〇万に一度だ。思いも寄らぬ偶然に頼る以外に、術はないだろうよ」

「それが事実としよう。だとしても、それほどまでに子竜とやらが必要か?」

ディードリッヒはうなずく。

「違えねばならぬ預言があると言ったであろう。そのために、王竜から生まれし、子竜が必要なのだ。ネイトも、シルヴィアも、俺も、その使命を真っ当するために、このアガハの地に生まれ落ちたのだ」

「力を貸してやろう。子竜がどれほどのものか知らぬが、一〇人分ぐらいの働きにはなろう」

アガハの剣帝は唸るように息を吐き、首を横に振った。

「そいつはありがたいが、お前さんの力を借りて届くようならば、なんの問題もなかったろうよ。それでは足りぬから、力を集めているのだ。先のない者とはいえ、民を生贄に捧げ、犠牲にしてきた。あと一人、どうしても子竜が必要なのだ。それでさえも、預言は覆るまいて」

「すべてを見通しているお前に、こんなことを言うのは詮無いがな」

そう前置きし、ディードリッヒに言葉を告げる。

「生贄にするために、助けたと思ったか」

「……感謝しよう。ゆえに、告げたのだ」

「ディードリッヒ。お前は言ったな。覆らぬ預言に意味はない、と。一〇万回に一回の可能性もつかめぬ者が、そんな大望を果たすつもりか?」

「大望だからよ。存在しない未来をつかむからこそ、覆らぬ預言を覆すからこそ、最善の道を歩まねばなるまいて。お前さんの力は認めよう。このアガハの国力を持ってしても、魔王ただ一人には敵うまい。しかし、そのお前さんの力とて、すべてが預言の範疇なのだ」

預言の範疇、か。

「災厄の日、と言ったか。アガハの預言にあるのは」

ディードリッヒは真顔で俺を見つめる。

「子竜はそのとき、このアガハを救う英雄となる。もう一人の子竜を求めているのならば、お前が変えたい未来は、その災厄の日のことだろう」

「否定はせん」

「俺の手に余るほどの、いったい、なにが起こるのだ?」

「さあて、なんであろうな?」

答えるわけにはいかぬといった調子で、ディードリッヒは言った。

「預言者が預言を口にした時点で、その預言は覆りやすくなる。見えた未来が悪いものなら、現実とならぬように振る舞えばいいだけだからだ」

俺はまっすぐディードリッヒの顔を見据え、言葉を発する。

「預言を口にしないのは、その未来をどうしても現実にしたいからに他ならぬ。お前にとっても、ナフタにとってもそれは同じだ」

「おうとも。わかっているならば、話は早い。最後に預言を覆すその瞬間までは、俺はこの最善の未来を歩まなければならんのだ。僅かたりとも、足を踏み外すわけにはいくまいて」

だから、俺には言えぬというわけだ。

「本当に、そう思うか?」

続けて、奴に問う。

「未来神ナフタと盟約を交わしたお前には、数多の未来が見えている。その数は人の身に余るほど膨大であり、検証しようがないほどに無数。一度の人生ではそれ以外の未来を辿ることなど不可能に等しい。ゆえにお前はこう勘違いしたのではないか?」

断言するように俺は言った。

「すべての未来が見えている、と」

「さあて、勘違いであれば、どれほどよかったか」

即座にディードリッヒは言葉を返した。

「俺に未来は見えぬが、それでも見えていることはあるぞ」

一瞬、黙り、ディードリッヒは口を開く。

「……言ってみるがいい」

「よく考えることだ。お前がナフタにもらった 神眼(め) には盲点がある。ナフタの 神眼(め) にもな。俺がその盲点に、見えなかった未来に導いてやろう」

返事に窮するように、ディードリッヒは考え込む。

この未来は見えていただろうが、今ここに至るまでに、まだ決心がついていないのだ。

「ガデイシオラへ俺たちもつれていくがよい。まずは、お前の邪魔はせず、リカルドを救ってみせよう。預言を覆すのはその後だ」

ディードリッヒは再びアガロフィオネの街に視線をやった。

「条件を出そう」

「構わぬ」

即答すると、ディードリッヒは厳しい面持ちを僅かに崩した。

配下を犠牲にする。数多の未来を見てきたこの男にとって、それは苦渋の決断というほかあるまい。預言に支えられ、限りなく理想に近いアガハは、けれども最善以上には決して届かぬ。

預言が絶対であるからこそ栄えた国は、ときとして、残酷なまでの未来を突きつけてくるだろう。

だが、ディードリッヒは、民に絶望の預言は伝えなかった。

わかっていても口にせぬことが、最善の未来に辿り着く唯一の方法だったからだ。

そうして人知れず奮闘し、これまでいくつもの絶望の預言を覆せなかったのだろう。

奇跡を願っているのは、一人で負の未来を抱えこんできたこの男に他なるまい。

「魔王アノス。預言者たるこのディードリッヒの預言に挑むがよい。お前さんが勝ったならば、共にガデイシオラへ行こうぞ」

彼の預言を、違えてやらねばならぬ。