軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アガハの騎士

地底の空を飛び、俺たちはアガハを目指していた。

ミーシャたち以外は、ここへ来たとき同様、アルカナの雪の竜に乗っている。

この速度ならば、さほど時間はかかるまい。

「「「「せっ!」」」

生徒たちは雪の竜の背に立ちながら、魔王聖歌隊の指導の下、正拳突きを繰り出している。

別の竜の背では、女子生徒たちが「うっうー♪」と声をあげていた。

「「「せっ!」」」

汗を流しながらも、生徒たちは拳を揃える。

「だめだよ、それじゃっ! もっとこう愛情を握り込んで、感謝の気持ちで突きだしてっ! 敵を倒すんじゃないよっ! 征服するんだよっ!!」

そう声を上げたのはエレンである。

魔王聖歌隊には、今回の歌と踊りの指導教官を任命した。

なかなかどうして、生徒たちは一糸乱れぬ動きで拳を突き出しているが、魔王聖歌隊にとっては不服らしい。

「……んなこと言われても、具体的にどうすりゃいんだよっ? さっきから精神論ばっかりで、全然わかんねえって」

ぼやいたのは、ラモンだ。

他の生徒たちも、半ばお手上げといった表情を浮かべている。

「うーん、どうすればわかるのかなぁ?」

「やっぱり、あれかな? 具体的に相手を想像するとか?」

と、ジェシカが言う。

「うんうんっ、それだと思う。好きな人を想像して突くといいんじゃないっ?」

ノノの言葉にエレンがうなずく。

「わかった。じゃ、それでもう一回行ってみようっ!」

エレンは男子生徒たちに向き直る。

「みんないいっ? 好きな人のことを想像してみてっ。その人に向かって、拳を突き出すイメージで、それならわかるでしょっ?」

男子生徒たちに困惑が広がる。

「……好きな人って……好きな人に正拳突きすんのかよ……」

「さすがに、なあ……余計にわからないっていうか……」

「ていうか、全力で殴れないだろ……」

生徒たちの言葉に、エレンは前のめりになってうなずいた。

「それだよっ、それっ! 全力で殴れない、その気持ちが大事なんだよっ! でも、激しくしなきゃいけないとしたら、じゃ、どういう風に突き入れるのか、もうこうやって、慈しむように、突くしかないよねっ!」

エレンが愛情を持って正拳突きを繰り出す。

「はい、やってみてっ!」

「「「せっ……!!」」」

男子生徒たちが、不安そうに拳を突き出す。

一言で言えば、自信のなさげな拳だった。

「もう一回っ!」

「「「せっ……!!」」」

空を飛びながらも、その様子を横目で見ていたサーシャが言った。

「あのへっぴり腰で、アガハに着くまでに間に合うのかしら……?」

何班かに分かれて練習しているため、アノス班は順番待ちだ。

彼女たちならば、振り付け程度すぐに身につけられるということで後回しになっている。

「経験があれば違うんだろうけどね」

レイが言うと、サーシャが渋い顔で振り向いた。

「なんの経験よ、なんの……」

にっこりとレイが無言で微笑む。

サーシャがため息をついた。

「ほんとに、これだから、毎日イチャイチャしている人は……」

言いかけて、サーシャが口を開けたまま、固まった。

その視線の先には、寒々しい冷気を発する瞳があった。

「毎日、ですか。それは、いったいなんの経験なのか、私も気になりますね、レイ・グランズドリィ。詳しく説明していただきましょうか?」

気配を殺したシンが、いつのまにかレイの背後にいた。

レイは固まった笑顔のまま、サーシャに視線で訴える。

おかげで面倒なことになったと言わんばかりだ。

「なんの経験……ですか……?」

ゼシアが近くを飛んでいたミサに尋ねる。

「あ、あははー……なんの経験でしょうねーっ……」

「あー、ミサちゃん。カマトトぶっちゃだめなんだぞっ」

エレオノールが人差し指を立て、ミサの鼻先をツンとつく。

「そ、そうは言いますけど、ゼシアちゃんにはまだ早いと言いますか」

エレオノールがくすくすと笑う。

「大丈夫だぞ。うちは英才教育だから」

「それ、全然大丈夫じゃないわ……」

と、サーシャが突っ込む。

「ほら、ゼシア、好きな人のことを考えて、「せっ!」だぞっ」

「わかり……ました……」

ゼシアは両拳を握って意気込むと、俺のところまでやってきた。

「……せっ……です……!」

突き出されたゼシアの拳を、俺は軽く手で受けとめた。

「ふむ。なかなか良い拳だ。アガハの剣帝も気に入るだろう」

「……ゼシアは、突き……得意です……」

自信を得たか、ゼシアがコツン、コツンと殴ってくる。

可愛らしいものだ。

「振り付けの自習する?」

ミーシャが小首をかしげて訊いてきた。

「うーん……自習はいいんだけど、できれば、うっうー組がいいわ」

サーシャがげんなりした様子で言う。

「歌の方は?」

「歌って……なによ……?」

ミーシャが、サーシャを指す。

「サーシャが歌う。『隣人』」

「馬鹿なのっ! あんなの歌うの、絶っ対、無理だわっ!」

ぱちぱちとミーシャは目を瞬かせた。

「サーシャは歌も得意だから」

「ふむ。それは初耳だな」

俺はサーシャの近くに飛んでいく。

「聞かせてみよ」

「……き、聞かせてみよって……えっ……わ、わたしが、あれをっ? わたしが歌うのっ? あれをっ!? 正気っ!?」

慌てふためいたように、サーシャは声を上げた。

「嫌なら構わぬ。なに、一度ぐらいはお前の歌も聞いておきたいと思ったまでだ」

すると、途端に顔を赤らめて、サーシャはそっぽを向く。

小さな声で彼女は訊いた。

「…………な、何番?」

「好きな歌で構わぬ」

「じゃ、その……」

サーシャは俺のそばに寄り、耳元に唇を近づけた。

他の者に聞こえぬぐらい小さな声で、彼女は歌を囁く。

「……開けないで……………………♪」

緊張気味に、サーシャは俯きながら俺を見ている。

「……開けないで……………………♪」

更に俯き、その頬が朱に染まる。

歌声は小さいが、心のこもった良い歌だった。

「……開けないでっ……それは……」

サーシャは俺の顔から完全に視線をそらし、呟くように声を絞り出す。

「………………禁断の門………………」

ふむ。魔王聖歌隊が歌ったものとはまるで別物だが、なかなかどうして味わい深いものがある。

羞恥心を捨てれば、人前に出せるかもしれぬな。

「うっうー♪」

と、ミーシャが合いの手を入れた。

視線を向ければ、彼女は微笑む。

「サーシャは上手」

「お前のうっうーも悪くないぞ」

すると、ミーシャがはにかむ。

「嬉しい」

「僕も歌おうかな」

珍しくレイがそんなことを言いだしたのは、シンの追及を逃れるためだろう。

彼は俺のもとに飛んでくる。

「男は全員、正拳組がいいだろう。聖歌隊の歌声と合わせるにも時間がないことだ」

「それは残念。じゃ、 拳舞(けんぶ) みたいにするのも面白いんじゃないかな?」

「ほう。具体的には?」

「歌に合わせて、君が拳舞を舞うように、何人かの相手を倒していったりとか? 僕やシンなら、即興でできるしね」

ふむ。悪くない。

「生徒たちの振り付けがうまく行き次第、試してみるか」

もう少々人数がいればいいのだが、それは言っても始まらぬ。

派手に立ち回れば、見栄えはしよう。

「お兄ちゃん」

先頭を飛んでいたアルカナが振り返った。

「前方に竜の群れを見つけた。竜人が襲われている」

眼下に 魔眼(め) を向ければ、確かに前方の大地にかなりの数の竜がいる。

どうやら、一人の男を取り囲んでいるようだ。

竜に襲われているのは、紅い騎士服と鎧を身につけた青年である。

「あれは、アガハの騎士の正装」

ふむ。確かに、ディードリッヒの纏っていた騎士服と鎧に似ている。

「でも、あの竜人、結構強くない?」

サーシャが言う。

次々と襲いかかる竜を、青年は剣で斬り裂き、頭部を蹴り飛ばし、または口から冷気を吐き出して、退けている。

竜を刈るのに慣れているのだろう。

まるで危なげない戦いだった。

「しかし、妙なことだ。竜を殺すつもりがないように見える。逃げるつもりならば、逃げられるだろうに」

青年は、竜に傷を負わせていくも、あえて致命傷は避けるように竜を攻撃している。

包囲を突破するだけならば、あの竜人の力を持ってすれば容易いだろう。

「アガハ近くの竜の群れには、それを率いる 巨頭竜(きょとうりゅう) がいる。恐らく、それを誘き出すのが狙い」

アルカナがそう口にすると、ドッガァァァァァンッと地面が爆ぜた。

そこから現れたのは、二本の角と鋭利な翼を持った黒き異竜である。

その図体は群れのどの竜よりも巨大であった。

「あれが巨頭竜とやらか」

「そう」

青年は、手にした剣に魔法陣を描き、そっと呟く。

「< 神具召喚(プレセズ) >・< 赤刃神(ガグナ) >」

剣に神が宿り、赤く染まる。剣身が伸び、厚みが数倍に膨れあがった。

巨大な大剣を、彼はおもむろに振り上げ、迫りくる巨頭竜と対峙する。

彼が眼光鋭く竜を睨めつけ、地面を蹴ろうとしたそのとき、口から血が滲んだ。

騎士は咳き込むように、手で口元を押さえ、何度も何度も血を吐き出す。

すでに手傷を負っていたか?

それにしては、急激に魔力が減少したものだ。

「ふむ。あれは死ぬな」

力が抜けていくかのように、青年の手から大剣がこぼれ落ちる。

もう一度、柄を持ち、それを持ち上げようとしているが、体が思うように動かぬ様子だ。

巨頭竜は彼の目前まで迫っていた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!」

けたたましい咆吼を上げ、竜はその顎を開く。

獲物を食らわんとばかりに、牙を剥き、アガハの騎士に突っ込んだ。

ズゴオォォンッと巨頭竜の顔面が土中に埋まり、砂埃が舞った。

しかし、青年は食われてはいない。

寸前のところで、俺が彼の体を抱え、竜の顎から身を躱したのだ。

「動けるか?」

「……かたじけない。しかし、どうにも体が言うことを聞きませぬ。私のことは捨ておき、お逃げください……。あれは巨頭竜。竜の群れが束になっても敵わぬ恐るべき異竜です……」

青年騎士が言葉を発すると同時、巨頭竜は咆吼を上げ、俺たちに襲いかかってきた。

「さあっ! 早くお逃げくだされっ! ここは、なんとか私が時間を――」

騎士は目を見張った。

俺が巨頭竜に真っ向から向かっていったからだろう。

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!」

竜が口を大きく開き、漆黒のブレスを吐き出した。

懐に潜り込み、それを避けると、竜の足に指の爪を立て、ぐっとつかむ。

力を入れてやれば、巨大な巨頭竜が、ふわりと浮いた。

青年騎士が驚きの声を漏らす。

「……な……なんという力……」

ドゴオオォォンッと竜を地面に叩きつける。

「旅の御方っ! この剣をお使いください。」

青年は、力を振り絞って大剣を持ち上げると、それを放り投げる。

「ぐっ……がはっ…………」

その途中で彼は血を吐き、膝をついた。

手元が狂い、投げた大剣はあさっての方向に飛んでいってしまう。

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!」

巨頭竜の口から吐き出された黒きブレスが剣を飲み込む。

大剣は遥か彼方に吹き飛ばされていった。

「……くっ……!!」

青年は魔法陣から剣を抜くと、そこに再び魔力を込めた。

「やめておけ。その有様で魔法を使えば、死ぬぞ」

「……そうも言ってられませぬ……。黒き巨頭竜の鱗は< 赤刃神(ガグナ) >の剣以外では傷つけられ――」

騎士の言葉は途中で引っ込み、唖然とした視線が俺を貫く。

倒れた巨頭竜に、< 根源死殺(ベブズド) >の指先を思いきり突きだしたのだ。

< 赤刃神(ガグナ) >の剣以外では傷つかぬという竜の鱗は脆くも砕け、俺の指先は皮膚を突き破っては、肉を貫く。

ぐしゃり、とその根源を潰すと、巨頭竜は断末魔の叫びを上げて息絶えた。

「……な…………なんと…………? 黒き巨頭竜を一撃で……それも、 赤刃神(せきじんしん) の力もなしに…………」

青年騎士は驚愕の表情で俺の顔を見つめていた。