軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

巨頭竜の霊薬

巨頭竜がやられたからか、竜の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

「立てるか?」

青年騎士に手を差し出す。

彼は俺につかまり、身を起こした。

心なしか、先程よりも顔色がよくなっているように見える。

「かたじけない。私はアガハ竜騎士団の一人、近衛騎士リカルド・アービシャスと申します。名をお聞かせいただけますでしょうか?」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

「アノス殿。黒き巨頭竜を神の力なしに倒すとは、お見それいたしました。もしや、あなた様は子竜なのでしょうか?」

地底で常識外の力を持つ者は、神かそうでなければ子竜なのだろうな。

「俺は竜人ではなくてな。地上の魔族だ」

言いながら、天蓋を指した。

「地上の……」

リカルドは驚いたような表情を浮かべる。

しかし、すぐに気を取り直したように、口を開いた。

「すると、ディルヘイドの?」

ふむ。どうやら地上のことを知っているようだな。

アガハ竜騎士団ということは、剣帝であるディードリッヒとも近しいのかもしれぬ。

「ああ、そこから来た」

「我が国、アガハの預言にて、いつか騎士道を重んじる地上の英雄たちが地底を訪ねてくると聞いておりました。お会いできて光栄です、アノス殿」

「さて、その預言の者が俺たちかはわからぬ。だが、勇敢な騎士に出会えて嬉しく思うぞ」

改めて、俺はリカルドと握手を交わした。

「ところで、リカルド。一つ訪ねるが、巨頭竜をわざわざ誘き寄せたのはなぜだ? お前の力ならば、あの竜が出てくる前に逃げることは造作もあるまい」

うなずき、リカルドは厳しい面持ちで答えた。

「実は娘が、病に伏せっておりまして」

「ほう」

「巨頭竜の体内にて精製される、稀少な 竜珠(りゅうしゅ) が必要でございました。それを使い、霊薬にすれば、娘の病にも効果があるのです。それゆえ、ここしばらく、竜の群れに挑んでは、巨頭竜を誘き寄せようと奮闘していた次第であります」

僅かに彼は苦笑する。

「しかし、少々、無理がたたったようです。アノス殿が通りかからなければ、危うく命を落としていたところでした」

「ならば、早々にそれを手に入れ、霊薬を持っていってやるがよい」

すると、リカルドは戸惑ったような表情を浮かべた。

「あ……いや、しかし、そういうわけにはいきませぬ。巨頭竜を仕留めたのは、アノス殿です。稀少な竜珠は、価値のあるもの。魔法具の素材にもなりますし、売りに出せば相当な値段がつくことでしょう。使い道が不明ということでしたら、命を救っていただいたお礼、わかる限りのことはお教えいたしましょう」

義理堅い男だな。

命がけで取りにきた薬の材料を、恩人とはいえ、見知らぬ他人に譲ろうとは。

「遠慮はいらぬぞ。俺には必要のないものだ」

「騎士の道に背くわけにはいきませぬ。きっと、アノス殿にも竜珠の使い道があることでしょう」

ふむ。立派なものだ。

「では、リカルド。俺には一つ、目的がある。その竜珠を使って、なせるものか教えてもらおう」

「は。どうぞ、おっしゃってください」

「なんともままならぬこの世界を、義理と誠実さが報われるものにしたい。正直者が馬鹿を見るなど、不憫でならぬ」

リカルドは、俺の言わんとする意味に、はっと気がついたような表情を浮かべた。

「さて、その竜珠でそれをなすにはどうするとよいか?」

彼は恐縮したように、深く深く頭を下げた。

「……かたじけない。このご恩には必ず報いましょう……」

そのとき、上空から声が響いた。

「と、トモ~ッ! どこ行くのっ? だめだよっ、そっちは!!」

ナーヤの声が聞こえたと思った次の瞬間、ザザッと奇妙な音が響く。

なにかと思えば、巨頭竜の体がみるみる縮み、ボール大にまで小さくなった。

「クゥルルーっ」

可愛らしい鳴き声はトモグイのものか。

同時に小さくなった巨頭竜の姿が消えた。

「トモ~っ」

「クゥルルー?」

ナーヤの声に反応するように、さっきまで巨頭竜がいた場所に、小さな竜の姿が現れた。ぺろぺろと口周りを舌で舐めまわしている。

「ふむ。トモグイ、巨頭竜を食べたな」

「…………クゥ……?」

甘えるような声でトモグイは鳴いた。

神竜を食べた成果か。

先程の奇妙な音が、以前までの魔力球と同じ効果があるのだろうな。

「と、トモッ! アノス様がお話中だからっ。めっ」

ナーヤが飛び降りてきて、トモグイを胸に抱える。

「も、申し訳ございませんっ!」

彼女はぺこりと頭を下げると、また上空で旋回している雪の竜のところへ帰っていった。

「すまぬ。俺の学院の生徒とその召喚竜だ」

「……いえ……元々、アノス殿が仕留められた竜ゆえに……」

そうは言うものの、リカルドの表情は暗い。

命がけで巨頭竜を倒しにきたのだ。娘の病は相当重いのだろう。

「一度、くれてやったものだ。責任は取ろう。娘の病を見せてもらえるか?」

「……はい……それは、構わないのですが……しかし……」

「気休めを言っているわけではない。地上では病を治す魔法が発達している。俺も医療魔法には多少の覚えがあってな。霊薬とやらで治せるのならば、魔法も効果があるはずだ」

そう申し出ると、リカルドはまた恐縮したような表情で、深く頭を下げた。

「かたじけない。是非とも、お願い申します」

「では行こう。娘はどこに住んでいる?」

「アガハの首都、アガロフィオネにおります」

「ならば、ちょうど目的地だ。案内してくれるか?」

うなずくと、リカルドは< 飛行(フレス) >の魔法陣を体に描いた。

「ふむ。体はいいのか? なんなら、俺の配下に運ばせよう」

「お気遣い痛み入ります。しかし、問題はありませぬ」

リカルドは飛び上がった。口にした通り、支障はないようだ。

俺も空へ浮かび上がり、上空を旋回していたミーシャたちと合流する。

「私はアガハ竜騎士団が一人、近衛騎士リカルド・アービシャス。地上から来た英雄たちよ。助太刀感謝いたします。アノス殿の厚意により、アガロフィオネまで道中を共にさせてもらうこととなった。よろしくお頼み申しますっ!」

リカルドは魔王学院の生徒たちへ律儀に挨拶をし、先導するように一番前を飛んだ。

事情がつかめぬといった顔をしていたサーシャたちに説明をしつつ、俺はアガロフィオネまでの空を飛んでいく。

無論、歌と踊りの練習は続けられていた。

やがて、見えてきたのは、剣に囲まれた都市だ。

防壁代わりとでもいうように巨大な剣が隙間なく何本も地面に突き刺さり、それが街を覆っているのである。

中心には城があり、その周囲には民家や商店が建ち並ぶ。

人々が往来を行き交う姿が見えた。

「あちらが竜着き場です」

リカルドが指した方向へ、俺たちはゆっくりと降下していく。

竜着き場に足をつくと、魔王学院の生徒たちに言った。

「所用をすませてくる。俺が戻るまで歌と踊りの練習を続けているがよい。アガロフィオネではさほど問題は起きぬだろう。多少、羽を伸ばしても構わぬが、油断はするな」

そう告げると、シンに視線をやった。

「しばらく任せる」

「御意」

リカルドを振り向き、俺は言った。

「では、案内してもらえるか?」

「は。こちらへ」

歩き出したリカルドの後に続く。

ミーシャとサーシャ、アルカナがついてきた。

「一緒に行ってもいい?」

ミーシャがそう俺に問いかける。

「ふむ。練習はいいのか?」

「もう完璧だわ。羞恥心さえ捨てれば、楽勝だもの」

サーシャがふっと微笑しながら言う。

「ほう。この短時間で羞恥心を克服したか。以前からずいぶんとファンユニオンの歌には抵抗を持っていたようだが、どんな手を使った?」

「……ど、どんな手って、別に、き、気合いよ」

「ふむ。精神論か。まあ、羞恥心も精神からなるものだからな。精神には精神でもって対抗したというわけだ」

「そう真面目に分析されても返答に困るわ……」

サーシャが呟く。

「違ったか?」

「一番恥ずかしいことをしたから?」

ミーシャが言うと、一瞬でサーシャは頬を朱に染めた。

「なっ、なに言ってるのっ!?」

「違った?」

「……それは、その……だ、だったら、ミーシャもやりなさいよっ……」

ふむ。脈絡のない。

ミーシャも小首をかしげている。

「……開けないでっ……♪」

「なんでわたしに向かって歌うのっ!?」

「サーシャがやれって」

「あっちよ、あっち。アノスにっ」

サーシャが俺をぴっと指さす。

「まあ、完璧だというなら、構わぬ。ついてこい」

なにやら騒がしいサーシャを微笑ましく見ながら、竜着き場を後にする。

アガロフィオネの街並みを眺めながら、俺たちは往来を歩いていった。

「ジオルヘイゼと違って、教会みたいなものってないのね」

サーシャが街を見物しながら、そんな感想を漏らす。

「神父さんもいない」

ミーシャが言った。

「アガハは、剣帝に治められた騎士の国。この国の民にとって、祈りとは剣を振るうこと。その手で道を切り開いてこそ、神の救いが訪れるとされている」

二人の疑問に、アルカナがそう説明した。

「地上の方なのに、詳しいのですね」

リカルドがこちらを振り向く。

「わたしは地底の神。彼の選定神」

「選定神……」

そう呟き、リカルドは頭を下げた。

「そうでしたか。確かに強い力を感じます。選定の神よ。ようこそ、アガハへいらっしゃいました。心から歓迎いたします」

リカルドは再び、歩き出す。

俺が選定者であると知っても、余計な詮索をするつもりはないようだ。

「アガハには、古くから、 命剣一願(めいけんいちがん) という教えがあります」

先のアルカナの発言を受けてか、リカルドはそう切り出した。

「自らの命を剣として、一つの願いを成し遂げる。一生に一度、誰しも命をかけるべき戦いが訪れる。そのときのために、体を鍛え、剣を磨く。それは、命を研ぎ澄ますこと。<全能なる煌輝>は、その命にこそ宿る。ゆえに我らアガハの民は騎士であり、そして一人一人が<全能なる煌輝>の輝きと言えます」

「ふむ。命の輝きこそが、神というわけだ」

「ええ。神は常にここにある」

リカルドが自らの胸に手を当てる。

「ゆえに、何事も恐るるに足らず。すでに我らは神なのだから、全身全霊をもって、事に当たればいい、とそういう教えです。それこそがアガハの根幹であり、最も尊ぶべき教え。私たちの誇りでもあります」

朗らかにリカルドは笑う。

「もっとも、人が神というアガハの教えは、神を崇拝するジオルダルの教えとは相反し、受け入れられないものでもありますが……」

神を信じる、という言葉に変わりはないが、アガハとジオルダルの教えはまるで異なる。

俺としては、ただ祈ることしかできぬジオルダルよりも、自らが神と言い切るアガハの教えの方が、いっそ清々しくよいがな。

しかし、これでは両国が相容れぬのも、当然か。

「こちらです」

リカルドは大きな門の前で足を止める。

近くにいた兵士が、彼の顔を見て、その門を開いた。

「アガロフィオネ剣帝宮殿。アガハの剣帝、ディードリッヒ様が政務の一切を執り行う宮殿です」

「ほう。宮殿にいるとは思わなかったな」

「申し訳ございませぬ。最初に説明するべきでした」

リカルドが門を越え、宮殿の中へ入っていく。

俺たちはその後ろに続いた。

「娘は、ディードリッヒ王の側近。王竜より産み落とされし子竜にして、このアガハに二人しかいない竜騎士の称号を持つ者なのです」