軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ 最初の代行者

遠い昔――

それは地底に起きた始まりの審判。

勝ち抜いた選定の神とそれに選ばれた者の結末だった。

果てしない荒野に佇むのは少女の姿をした創造神と、彼女が選んだ選定者。

たった今、熾烈を極めた聖戦は終わった。

立っているのは神と人、二人だけである。

天が鳴くが如く、けたたましい音が頭上から轟く。

耳を劈く轟音とともに、天蓋が堕ちてきていた。

それは 震天(しんてん) と呼ばれる、地底の秩序。

地上で地震が起こるように、地底の空は震え鳴く。

天蓋はゆっくりと落ちてきて、やがて止まった。

平時よりも沈み込んだ地底の空は、半分ほどの高さになっていた。

そのとき、終わりを告げる声が響いた。

「審判は下された。創造神が選びし、超越者よ。汝こそ、神の力を手にし、秩序となる者に相応しい。傾いた天秤を調整する、神の代行者となるがよい」

荒野の丘に、光輝く巨大な天秤が姿を現す。

その周囲には、大小様々なサイズの天秤が浮かんでいた。

傾き方はそれぞれ多少の違いがあれど、小さな天秤はどれも殆どが均衡していた。

最も調和が取れていないのは、その中心に位置する巨大な天秤である。

厳かな黄金のその秤は、左側には盾の、右には剣の意匠が施されており、大きく左に傾いていた。

「 整合神(せいごうしん) エルロラリエロム」

創造神が静かに声を発した。

「それは正しい?」

その問いに、整合神と呼ばれた巨大な天秤から返答があった。

「秩序の天秤は傾いてはならぬ。ここは汝が創りし世界、整合を尊ぶ大地なり」

「わたしは間違えた」

「否、秩序は間違わぬ。我らに正誤はなく、ただ世界をあるべき道へ導くのみ」

「わたしは間違えたと思った。その考えが間違っていても間違っていなくても、どちらでもわたしは間違えている」

創造神は言った。

「整合神、あなたの論理は破綻している」

創造神はその小さな手を、エルロラリエロムに向けて伸ばす。

「わたしは、選定審判を止め、そして永久に終わらせる」

「否、この審判に終わりなどない。世界がある限り、秩序は保たれ続ける。そのための選定審判なり」

「命を犠牲にする秩序は優しくない」

「左様。秩序に優しさなどない。秩序あっての命、生きるも死ぬも秩序の前では些末なこと。整合なき世界はただただ滅びの一途を辿る」

創造神は口を閉ざす。

そうして、瞳を閉じ、言葉を発した。

「ごめんなさい」

ひらり、ひらり、と無数の雪月花が舞い降りる。

空には<創造の月>アーティエルトノアが輝いている。

「わたしの秩序とともに、あなたは深い眠りつく。悲しい審判はそれで終わり。これは秩序を救っても、人を救うことは決してない」

黄金の天秤に、白銀の光が指す。

ゆっくりとアーティエルトノアが降りてきて、月の中に黄金の天秤を飲み込んだ。

「……愚かなり。愚かなり、創造神……自らが創った世界の秩序に背こうというのか……」

「あなたの言う通り。わたしは愚かだった」

創造神の体から膨大な魔力の塊がすっと抜けていき、それは<創造の月>と整合神を包み込む。

月に溶けていく天秤は、ぐにゃりとその輪郭を歪め始めた。

「秩序が滅べば、世界の滅びは避けられぬ。数多の命は消え失せ、やがてすべてが無に帰すであろう。すべてを創り直すか、創造の神よ」

ゆっくりと創造神は首を左右に振った。

「二千年もてばいい」

確信めいた瞳で、創造神は言った。

「秩序の天秤が滅びに傾いても、きっと、滅びることはない」

「……ありえぬ……秩序は曖昧に非ず、神の理は絶対なり。汝は推測を論じるか」

創造神はこくりとうなずく。

「そう。すべてが決まっているという悲劇は、人を苛み、神をも傷つける。あやふやで曖昧な世界こそ、唯一の救い」

「理解ができぬ」

「わたしは、わたしの妹が歩んだ道を、他の誰かに歩ませたくないだけ」

ゆっくりと創造神はその丘を歩いていき、天秤を飲み込んだ<創造の月>に触れる。

「ごめんなさい。優しく創ってあげられなくて」

我が子を撫でるように、創造神はその月にそっと指を這わせた。

アーティエルトノアが、形を変えていく。

「さようなら――」

創造神の体が光り輝く。

真っ白な明かりに包まれる荒野の丘に、走る人影があった。

その人影は、紫に煌めく白刃を手にし、そして無防備な創造神の体を貫いたのだ。

「……っ……」

苦しげな吐息が漏れ、僅かに光が収まった。

彼女の胸に突き刺さっているのは、 万雷剣(ばんらいけん) ガウドゲィモン。溢れ出した紫電が、創造神の体を蝕んでいく。

「……超越者……」

剣を突き刺した人影に、創造神は言葉をかける。

「……誰が憎いの……?」

優しい声であった。

「神が憎い? 人が憎い?」

自らの命を奪おうという相手に、創造神は手を伸ばす。

「それともこの世界が、憎い?」

返ってきたのは、ただ憎悪に溢れる視線である。

「ここでわたしを消しても同じ。代行者になっても、あなたは救われない。神の力を得ても、あなたの憎しみはあなたを焼き、その魂を焦がし続ける」

構わず、超越者は創造神に雷の剣を押し込んだ。

「あなたは、憎悪に満ちている。だから、あなたを選び、あなたに手を差し伸べた。だけど、その憎しみから、わたしはあなたを救うことができなかった。あなたを止めてあげることができなかった」

創造神の体が薄く透明になっていく。

その命が終わろうとしていた。

「だけど」

最後の望みにかけるように、彼女は言う。

「今ではないいつか、ここではないどこかで、あなたの憎悪から、あなたを解放してあげる」

創造神の体に魔法陣が描かれる。

目映く発せられたのは、転生の光だった。

超越者は万雷剣に紫電を走らせ、光を突き刺して、その魔法に干渉する。

転生の光が、歪んだ。

「苦しめればいい、貶めればいい。それであなたが少しでも救われるのなら、わたしは慰みものとなる。だけど、覚えておいて」

光の粒子が霧散するように、創造神の体が消滅した。

「いつかその燃えるような憎悪さえ焼き焦がす、魔王がここにやってくるから」

そんな言葉を残して。

超越者は、万雷剣を<創造の月>に突き刺した。

目映い雷光が、荒野を照らす。

秩序の柱に持ち上げられるように、沈み込んだ天蓋がゆっくりと上へ上がっていく。

かくして、選定審判が完了し、最初の代行者が誕生した。