軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ 天の隔たり

< 転移(ガトム) >を使い、俺はジオルヘイゼの竜着き場に戻ってきた。

「あー、アノス君おかえり。おつかれさま」

魔王城の正門前にいたエレオノールが、こちらを向いてにっこりと笑う。

「ゼシアたちが一番……です……」

ぴっと人差し指を立てて、ゼシアは最初に戻ってきたことをアピールしている。

「ふむ。よくやった」

褒めてやると、彼女はとことこと俺のもとへ歩いてきた。

こちらを見上げると、地面に人差し指を向け、上下させている。

しゃがめということだろう。

「どうした?」

俺はその場にしゃがみ、ゼシアと目線を等しくした。

「……一番のご褒美は……」

ゼシアが顔を寄せ、くりくりとした瞳を俺に向ける。

「……アノシュ……です……!」

ふむ。配下の働きに、答えぬわけにはいくまい。

自分の体に魔法陣を描き、< 逆成長(クルスラ) >で六歳相当に身を縮めた。

「これでいいのか?」

すると、ゼシアは満足そうに笑顔を浮かべた。

そうして、まるで俺を守るようにくるりと身を翻し、えっへんと胸を張る。

「……ゼシアは……守りました……!」

「よしよし、偉いぞ、ゼシア。それでこそ、魔王様の配下だっ」

エレオノールがゼシアの頭を撫でる。

ついでとばかりに、反対の手で俺の頭も撫でてきた。

「アノシュ君も偉いぞ。ディルヘイドも地上も守れたね」

「当然だ」

くすくすと笑い、エレオノールは俺の頭をぐしゃぐしゃにする。

「その大きさで言うと、ちょっぴり生意気だぞ?」

目の前に二つの魔法陣が浮かび上がり、そこにレイとミサが姿を現した。

「ですけど、ミッドヘイズどころか、地上そのものが狙われているとは思いませんでしたわ」

真体を現したミサが言う。

教皇との会話は、< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線を通して彼女たちにも伝わっている。

「地底に来てなかったら、危うく気がつかない内に地上がなくなってるところだったね」

爽やかにレイが微笑む。

「縁起でもないわ」

聞こえてきたのはサーシャの声だ。

ミーシャと共に、彼女たちも転移してきた。

「きっと、アノスが守った」

ミーシャが呟き、俺の方を見た。

「さて、どうだろうな。運が良かったのは確かだ」

< 神竜懐胎(ベヘロム) >が発動する間際は、神竜の歌声が大きく響き渡り、地上にも魔法の影響が及んでいただろう。気がつきさえすれば、リヴァインギルマでどうにかなったかもしれぬが。

「でも、あれよね? せっかく勝ったんだし、ジオルダルともうちょっと交渉できるかと思ったら、教皇はさらわれるし、なんていうか徒労だわ」

そうサーシャがぼやく。

「カッカッカ、なにを言っている、破滅の魔女。一五〇〇年もかけた大魔法を防ぎ、地上を守れたのだ。これ以上の成果はないのではないか?」

エールドメードとシンが戻ってくる。

「その上、こちらはなにも失ってはいない。まさに完勝といったところだ! それどころか、魔王が新たな力を手に入れたではないかっ!」

両手を広げ、奴はぐっと拳を握る。

「< 涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴィエム) >ッ!! なんだあの魔法はっ!! 万物の痕跡で構成された世界を、踏みつぶしたっ!! カカカカ、カーッカッカッカ、魔王、魔王、まさに魔王だっ!! 末恐ろしい」

「ふむ。ところで、熾死王。セリスの計画についてだが、お前は本当になにか知っていたのか?」

「いやいや、まさかまさか。ただのブラフ、そう、ブラフに決まっているではないか、魔王アノス。このオレが、あんな強そうな男のなにを知っているというのか。いやぁ、わかっていれば、どうにかしてオマエに伝えたものだが、残念極まりない」

< 契約(ゼクト) >により、エールドメードはセリスにとって不利になることは口にできぬ。

本当にブラフだとすれば、ブラフと言うだろう。そうでなくとも、ブラフと言うだろう。

「うまくやったものだ」

「カッカッカ、暴虐の魔王の期待通りに、術中にハメてやったのだ」

いずれにせよ、リスクなく時間を稼げたことは間違いない。

セリスの力の底がまだ見えぬ以上、最善の策ではあっただろうがな。

「そうそう、セリス・ヴォルディゴードから伝言だ。お前も聞いていたかもしれないが」

エールドメードが、ニヤリと笑う。

「『想定外だった。今日は僕の負けのようだから、大人しく帰るとするよ』とのことだ」

想定外、か。

「さて、どこまで本当のことを口にしているのやら?」

「……わたしたちが背理神ゲヌドゥヌブだって言ってたけど、あれはわかっていて、嘘をついたのかしら……?」

サーシャが考え込むような表情で、俺に訊く。

「そうだろうな。背理神ゲヌドゥヌブを祀るガデイシオラの者だ。あるいは、アルカナが背理神だということも知っていたのかもしれぬ」

知っていて、教皇の思惑もわかっていて、アイシャを背理神ゲヌドゥヌブと口にした。

なにが目的かはわからぬ。ただ引っかき回したかったという可能性もあろう。

「奴にとっては、取るに足らぬ、ほんの悪戯気分だったのかもしれぬ」

「我が君の記憶が、目的なのかもしれませんね」

シンがそう口にした。

リーバルシュネッドは滅び、痕跡の書を持つ教皇はガデイシオラにさらわれた。

確かに、俺に記憶を取り戻させぬようにしているともとれる。

「ねえねえ、アルカナちゃんは、どうしたんだ?」

エレオノールが周囲を見回す。

しかし、彼女の姿はここにない。

「あそこにいる」

ミーシャが天蓋を見上げた。

ミッドヘイズの方角、唱炎を防いでいたときと変わらず同じ場所にアルカナはいた。

「んー、遠すぎて全然見えないぞ」

手を眉の辺りにかざし、エレオノールは目を細くして天を見つめる。

彼女の魔眼では、アルカナの姿が映らぬようだ。

「どうして……戻ってきませんか……?」

ゼシアが不思議そうに言った。

「ふむ。確かに妙だな」

アルカナに、< 思念通信(リークス) >を飛ばす。

「なにかあったか?」

しばらくの沈黙の後、彼女から返答があった。

『……なにもない……。後で行く……』

なるほど。

「なにを恥ずかしがっている? 早く来い」

『……わたしは、恥ずかしがっているのだろうか……?』

「そうでなければ来ればよい」

また沈黙が続き、アルカナが言った。

「神が恥ずかしさを覚えても、良いのだと、きっとあなたは言うだろう」

「無論だ」

「……だから、わたしは行かない。顔向けできない気持ちとは、こういうことを言うのだろう」

「くははっ。ずいぶんと人の弱さを学んだようだな。しかし、アルカナ、それは許さぬ」

< 成長(クルスト) >の魔法でまたアノスの姿に戻ると、魔法陣に収納してあった盟珠の指輪が、俺の指に現れる。

「弱さを克服するのが勇気だ。ついでに覚えておけ。< 神座天門選定召喚(グアラ・ナーテ・フォルテオス) >」

盟珠の指輪に魔法陣が積層されていき、目の前に光が集中する。

それが人型を象ったかと思うと、恥ずかしげに俯くアルカナがそこにいた。

「……これだけのために、< 神座天門選定召喚(グアラ・ナーテ・フォルテオス) >を使うのは……どうなのだろう……」

僅かにアルカナは不服を訴える。

俺の目を、彼女は決して見ようとはしなかった。

「なに、恥ずかしがり屋の妹を引っ張り出すには、ちょうどいい魔法だ」

俯く彼女の顔を、俺はじっと見つめる。

「皆に申し訳が立たぬと思っているのだろう?」

こくり、とアルカナはうなずく。

「そんなことは気にするな。裏切りと偽りの神、それがどうした? 過ちを犯さぬ者などおらぬ。現に俺の配下は皆、過ちを犯しながら共にここまで歩んできた」

俯いたまま、まるで盗み見るようにアルカナは俺に視線を向けた。

「今でこそ忠実な配下の顔をしているサーシャは、会ったときはいきなりこの俺に因縁をつけてきてな。あまつさえ配下になった後も、ミーシャを刺すなどして裏切ったのだ」

「ちょっ、む、昔の話でしょっ!」

サーシャがあわを食って叫んだ。

「ミーシャはミーシャで足掻きもせず、簡単に死を受け入れようとしてな。俺が暴虐の魔王であることも、すぐには信じることができなかった」

ぱちぱちとミーシャが瞬きをする。

「…………反省……」

「レイなどは大嘘つきもいいところだ。あろうことか、暴虐の魔王に成り代わり、勝手にディルヘイドとアゼシオンの戦争を引き起こした」

困ったようにレイが笑う。

「……耳が痛いね……」

「その結果、生まれたアヴォス・ディルヘヴィア、すなわち俺の偽者がミサだ。魔王を滅ぼす秩序であった彼女は、魔族たちを洗脳し、この俺に戦いを挑んだ」

不服そうに、ミサが唇を尖らせる。

「そういう噂と伝承で生まれたんですもの。ぜんぶ、天父神が悪いんですわ」

「俺を裏切るぐらいならば、いかにも命を断ちそうなシンでさえ、俺に刃を向けたことがある」

恥じ入るようにシンは顔を背ける。

「慚愧に堪えません」

「エールドメードに至っては、今まさにどう裏切ろうかと画策してやまぬ」

カッカッカ、と熾死王が笑い声を上げた。

「暴虐の魔王を裏切るなど、滅相もないことではないか!」

「わかったか?」

アルカナは恥ずかしげに、けれどもまっすぐ俺に顔を向ける。

「お前が背理神ゲヌドゥヌブだろうと構わぬ。過去にお前がなにを偽り、誰を裏切ってきたか、そんな些末なことはどうでもいい。重要なことは一つだけだ」

「……それは、なに?」

「俺がお前の兄で、お前は俺の妹だということだ」

うっすらとアルカナは瞳に涙を溜める。

震えるその肩を、俺は優しく抱きしめてやった。

「いつだったか、ミーシャがお前を指して、水のない砂漠を永遠にさまよい続けているみたいだと言ったことがある」

俺の胸に抱かれながら、小さな神は、ぽろぽろと涙の粒をこぼした。

「心細かったか?」

「……記憶はなかった……」

ぽつり、とアルカナが呟く。

「だけど、理由のわからない、寂しさがあった……空しさだけがわたしにあった……背理神だと思い出し、それが悲しみの傷痕だったのだと、わたしは知った……」

「もう心配することはない。いかなる寂しさを、いかなる悲しみを思い出したとて、お前のそばにはこの兄がいる」

細い体をぎゅっと抱きしめる。

「忘れるな。なにを思い出しても、とるに足らぬ」

「……この心さえ、偽りだとしても……?」

「些末なことだ。偽りのお前も愛している」

アルカナが俺の体に手を回し、ぎゅっとくっついてきた。

「……お兄……ちゃん…………」

僅かに嗚咽をもらしながら、彼女は俺の胸で泣いた。

枯れ果てた砂漠に泉が溢れるように、とめどなく、その金の瞳から、涙が次々とこぼれ落ちる。

その姿を、皆微笑ましく見守ってくれている。

アルカナは、なかなか俺から離れようとはしなかった。

やがて、ぼそっとサーシャが言った。

「……ちょっと、長くない……?」

彼女の背中から、ひょっこりとミーシャが顔を出す。

「やきもち?」

「ち、違うわよっ」

すぐさま否定し、サーシャが独り言のように呟く。

「大体、妹なんだし、アルカナは妹になりたかったんだしね」

うん、とうなずき、サーシャは拳を握った。

「か、勝ったわ」

ふふっとミーシャが微笑んだ。

「アルカナ」

俺が呼ぶと、彼女は静かに体を離し、泣き腫らした目で俺を見上げた。

「一度、地上に戻るとしよう」

魔法陣からリヴァインギルマを引き抜き、アルカナに差し出す。

天蓋が全能者の剣の恩恵を受けた状態では、いかなる破壊も通じない。

あのままでは、魔法で穴を掘ることもできぬ。

「わかった」

彼女は両手で捧げるようにその剣を手にすると、僅かに膝を折った。

雪月花が彼女の周囲に舞い散り、光が溢れる。

「月は昇りて、剣は落ち、次なる審判のときを待つ」

全能者の剣リヴァインギルマが一際大きく瞬いた。

<創造の月>アーティエルトノアの白銀の光が周囲を照らす。

そして――

「あれ……?」

光が収まった後、エレオノールが不思議そうな顔をした。

アルカナの両手には変わらず、全能者の剣リヴァインギルマが置かれていたのだ。

「……えっと、終わったの?」

サーシャの疑問に、アルカナが首を左右に振った。

「戻せない」

「……戻せないって、どうして……?」

「わからない。この身に何者かの制約がかけられている」

アルカナの体を魔眼で見つめる。

「記憶失う前、名もなき神になる以前にかけられたものか?」

「恐らく、そう。あるいは、背理神であるわたし自身がかけたのかもしれない」

自らも偽り、裏切る背理神、か。

アルカナが思い詰めたような表情で、天を見上げた。

「リヴァインギルマを持つ者以外、通ることはできない」

彼女は、危惧するように言う。

「あの天蓋は、永久不滅の隔たりと化した」