軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼女の居場所

エミリアがそれを見るなり、立ち上がり、彼らに駆けよる。

「……皆さん、どうしたんですか? とりあえず、今は大事な話をしていますから、教室で待っていてください。すぐに行きますから」

そう言って、エミリアは先頭にいたラオスの肩に手をやった。

「ほら、行きますよ」

エミリアがラオスを応接室の外へ出そうとすると、彼は彼女の手首をつかんだ。

「…………ねえ……でくれ…………」

俯き加減に、ラオスはぼそっと呟いた。

「ラオス君……? 大丈夫ですか……?」

ラオスは顔を上げ、声を上げた。

「……やめねえでくれ! 頼むよ……!」

懇願するような瞳で、ラオスはエミリアを見つめる。

「……そりゃ、俺らはクズで、どうしようもねえ生徒ばかりだけどよ……。ここから出ていきゃ、祖国で偉くなって、苦労もせずに生きていけんだろう……! 俺らみてえのに目をかけてくれた人に、こんなこたぁ、本当は言えた義理じゃねえ……だけどよっ!」

ラオスはぐっと拳を握り締める。

「……やめねえでほしいんだ……エミリア先生に、ここにいてほしいんだ……!」

驚いたように、エミリアが彼を見つめ返す。

「勇者じゃないってわかった俺たちに、まともに向き合ってくれたのは先生だけだった。何度も叱ってくれたのは先生だけだった。俺たちが死ぬしかねえって思ってたときに、逃げろって言ってくれたのは先生だけだった!」

エミリアを引き止めるように、ラオスがその手を強く握る。

「俺たちには、エミリア先生しかいねえよ……! 先生がいてくれたから、絶対逃げないって言ってくれたから、あんな馬鹿みてえな数の竜とだって戦えた……。勇気なんて俺たちだけじゃ出せねえよ……。先生がいなきゃ、俺たちはまたどうしようもねえクズに戻っちまう……! あんな最低野郎の自分には、もう戻りたくねえ……!」

瞳に涙を溜めながら、ラオスは彼女に訴えた。

「……戻りたくねえんだ……」

「エミリア先生」

レドリアーノが一歩前に出て、エミリアに言った。

「わたしたちは、まだエミリア先生から十分に学んでいません」

先生、と彼もまたエミリアのことを初めてそう呼んだ。

「先生の言葉を、先生の誇りを、わたしたちはもっと大切にするべきでした。そのことに気がつき、ようやく、これからと思っていたんです。恥ずかしくて直接口にすることができませんでしたが、皆で集まって、先生を驚かせてやろうと、先生が恥をかくことのないように、これからはもっとちゃんとがんばろうと話していたんです」

眼鏡の向こうからレドリアーノが真摯な瞳を彼女へ向けた。

「わたしたちは、これからも、他でもないエミリア先生に導いてほしい。先生のために、今度こそ、わたしたちは本物の勇者になりたいと思っていました」

レドリアーノが冷静に、けれども熱さを秘めた口調でそう打ち明ける。

「……エミリア……先生…………」

ハイネが半べそをかいていた。

「ぼくが悪かったんだよぉ……。ぼくが、トイレでさぼってばかりで、先生のことを馬鹿にしていじめたから……。これからは、ちゃんとやるから……授業だって出るし、早弁もしないし、テストも真面目に受けるからさっ……!」

魔王学院の生徒たちと違い、彼らは本当に年端もいかない子供ばかりだ。

十代の子供が勇者とおだてられ、< 魔族断罪(ジェルガ) >の意志に翻弄されてきた。

誰を信用していいかわからぬ中、ようやく師と仰げる人物に出会えたのだ。

ようやく心から信頼できる者に。

それが、大人の事情に振り回されてきた彼らの人生で、どれほどの僥倖であったか。

その手を放してはならぬ、と、なりふり構わず追いかけねばならぬ、と彼らは肌身で感じていたのだろう。

「ちゃんと一人前の勇者になるからさぁ……。だから、お願いだよ、それまでは見ていてくれよぉっ、先生っ……!」

しかし、エミリアは口は重い。

彼女はここに来る前に、すでに俺と約束を交わしている。

「……わたしも、できれば、そうしたいですが…………」

エミリアが俺を気にするように振り向くと、レドリアーノがその脇を通り過ぎた。

「レドリアーノ君っ……!」

俺の前にレドリアーノは歩み出て、そこに跪く。

頭を垂れて彼は言った。

「僭越ながら、偉大なる暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードに、お願いがございます」

「申すがよい」

「どうか。我が師エミリア・ルードウェルに、今しばらくの猶予をくださいますよう」

すると、勇者学院の生徒たちが整列するようにその場に並び、俺の前に跪く。

「先生の指導のもと、必ずやディルヘイドの国益になるだけの力をつけて参ります」

口にしたのはラオスだ。

「この命、この心、すべてあなた様に捧げ、忠誠を誓います」

ハイネが堂々とした口調で言った。

「いかような命令にも従います。ですから、この場は、我々がこの学院を卒業する間だけは、何卒、何卒、ご寛大なお心を賜りますよう、お願い申し上げます」

勇者学院全員が、その場に平伏した。

魔族は敵と教育されてきた彼らが、魔族の教師のためにそれを行った。

最早、< 魔族断罪(ジェルガ) >の影響など微塵もない。

彼らは自らの目でものを見、自らの頭で考えられるようになったのだ。

「アノス様」

エミリアが前に出て、俺の前で膝を折る。

そうして、地面に頭をつけるように平伏した。

「優秀な配下というお言葉、身に余るほどの光栄。しかし、このアゼシオンでわたしは学びました。七魔皇老と同じ地位など、この身には分不相応です」

未練はない、といった風に彼女は言う。

「約束を反故にした罰はなんなりと。もう二度と、祖国の地を踏めなくなろうと構いません。今、望むものは一つだけです」

大切なものを守るために、エミリアは深く頭を下げる。

それは、彼女の戦いだった。

「わたしに彼らを教える機会をください。彼らを立派な勇者に育て上げ、必ず、ディルヘイドとアゼシオンの友好の礎とします。かつての、二千年前の悲劇的な大戦を、もう二度と起こさないためにも」

「面を上げよ」

口にすると、エミリアがゆっくりと顔を上げる。

勇敢な表情をしている。俺を前にして、処罰を下されることを微塵も恐れてはいない。

彼女にはその信念と自らの教え子達に、殉じる覚悟がある。

「馬鹿者共めが」

応接室の入り口から、この場にそぐわない、不協和音が響いていた。

「雁首揃えて、あろうことか敵国の王に頭を下げるとは何事かっ!」

傲慢な顔でやってきたのは、学院長のザミラである。

「それも、卒業後は魔王に忠誠を誓うだと? わかっているのか? これはアゼシオンに対する立派な反逆行為だっ! 貴様ら全員、国家反逆罪で死刑にしてくれようかっ! ん?」

あまりの言葉に、看過できず、エミリアが立ち上がる。

「……ザミラ学院長。無法なことを言うのはやめてください。それぐらいのことでは国家反逆罪にも、死刑にもなりません……。アゼシオンの法では、どの国で生き、働こうとも、自由を侵害されることはないでしょう」

エミリアが冷静に反論した。

だが、ザミラは不愉快そうに表情を歪める。

「学院長? 無礼であるぞ、教師風情が」

その肥満体で彼は見せつけるように胸を張る。

「私は第一〇七代ガイラディーテ王、ザミラ・エンゲロ・ガイラディーテである。今や、アゼシオンは私の国、私が法律だ」

エミリアが絶句する。

勇者学院の生徒たちが顔をしかめた。

「……それは、どういう……?」

「どうもこうもない。リシウス王を始め、王族が全員亡くなったのだ。唯一、王位継承権を持つ私が、王となるのは当然であろう。頭が高いぞ、魔族の女」

エミリアはぎりっと奥歯を噛む。

「ん? なんだ、その反抗的な顔は? 私の一存で勇者学院を潰してやってもいいのだぞ? こんな反逆者どもの学院、我が国には必要がないからなぁ……んん? どうする?」

エミリアは屈辱的な表情を浮かべながらも、膝を折ろうとする。

その怒りに震える肩を俺はそっとつかみ、彼女を制止した。

「これはこれは暴虐の魔王。いくら、あなたの配下とて、一国の王に跪きもしないのは、無礼ではないか?」

「まだ王のつもりだったか。おめでたい男だ」

「……なにぃ?」

ザミラが不可解そうに表情を歪めると、応接室の机から声が響いた。

「ザミラ・エンゲロ。あなたはすべてを知っていた」

それは透明な響き。少女の姿をした神の声である。

「アヒデが最初に接触したのはあなた。危険だと知りながら、あなたはリシウス王にアヒデを紹介した。リシウス王に嫌悪されていたあなたは、王の弑逆を企んだのだ」

いつのまにか、アルカナが机の上に座っていた。

「とぼけても意味はない。わたしはすべてを知っている」

「……なるほど」

アルカナを見て、言い訳は無駄と悟ったか、彼は反論しなかった。

「なるほどなるほどなるほど。確かにとぼけても意味はなさそうだ」

うんうんとうなずき、開き直ったかのようにザミラは言う。

「いかにも。あの王と王族どもめが死んだのは、私の手引きによるものだ」

「あなたたち王族は、アゼシオンに竜を放ち、民を襲わせた。神竜の国ジオルダルと共謀して、勇者カノンを亡き者にしようとした。霊神人剣を奪い、自らが勇者となるために」

「まあ、それはリシウス王が企んだことではあるが、見過ごしたのも事実だ。共倒れになってくれれば、王の座が近づくのでな」

ペラペラとザミラが饒舌に語る。

自分の計画が見事成功したのを自慢しているかのようである。

「ついでに言うならば、前の学院長ディエゴと共謀していたのも私だ。< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法で、馬鹿な生徒たちが洗脳されているのも放置した。ディルヘイドとの戦争のどさくさに紛れて、王族が減ってくれればと思ってな。そのときはうまくいかなかったが、とうとう運が回ってきた」

「ふむ。そこまで口にして、運が回ってきたとはよく言ったものだ」

ニヤリ、とザミラは下卑た笑みを覗かせる。

「馬鹿めが。証拠など残してはおらぬ。魔族やできそこないの勇者の言葉など誰も信じぬよ。勇者カノンも偽物だったことにすればよい」

権力を握った全能感からか、ザミラは大胆にもそう言い放った。

「それとも、魔王よ。お前が私を殺してみるか? 仮にも今は友好を結んでいる関係。殺すのは容易いだろうが、それでは再び戦争が起きようというもの。それは貴様の本意ではないだろう? ん?」

「確かに、戦争をしているわけではない。俺はお前には手を出さぬ。この国がいくら腐敗したところで、ディルヘイドに害はない。それはこの国の問題だ」

「ハッハッハ、そうであろう。そうであろう。なにが暴虐の魔王だ。今は暴力の時代ではない。力自慢の馬鹿など、無能でしかないわ」

そのとき、声が聞こえた。

『いかにも。あの王と王族どもめが死んだのは、私の手引きによるものだ』

聞こえてきたのはザミラの声だ。

「な、なんだ?」

ザミラが室内を見回す。

『まあ、それはリシウス王が企んだことではあるが、見過ごしたのも事実だ。共倒れになってくれれば、王の座が近づくのでな』

再び、ザミラの声が響く。

アルカナが< 遠隔透視(リムネト) >の魔法を使っており、そこに先程のこの場の映像が鮮明に映し出されていた。

「……な、こ、これは…………!?」

「アゼシオン全土に流れている魔法放送だ」

ザミラは顔面を蒼白にした。

だが、すぐに思い直したかのように声を上げる。

「……ね、捏造にすぎないっ! この部屋には、聖水を利用した強力な反魔法がかかっている。< 遠隔透視(リムネト) >や映像記録の魔法は使えないはず……!」

「脆弱な反魔法などものの数には入らぬ。先程までは、お前がアヒデと交渉している姿が流れていたぞ。あの男は、それでお前をゆすろうと考えていたようだな」

ザミラが驚愕の表情を浮かべる。

『ついでに言うならば、前の学院長ディエゴと共謀していたのも私だ。< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法で、馬鹿な生徒たちが洗脳されているのも放置した。ディルヘイドとの戦争のどさくさに紛れて、王族が減ってくれればと思ってな。そのときはうまくいかなかったが、とうとう運が回ってきた』

彼の声がまた魔法放送から流れていた。

「さて、この国の腐敗はこの国の問題だ。俺は手を出さぬが、しかし、この国の人間はどう思うだろうな?」

次に< 遠隔透視(リムネト) >に映し出されたのは、王宮前の映像だ。

ガイラディーテの人間が何百人とそこへ押し寄せている。

「どういうことだっ!? ザミラを出せっ!!」

「故郷の街が竜の被害にあったんだっ。それもお前ら王宮の仕業なのかっ!!」

「いい加減、俺らを舐めんじゃねえぞっ! そんなに戦争してえなら、出てきやがれっ!」

「おらぁっ! 相手してやんよっ! ザミラを出せっ!」

「ザミラはどこだっ!? おめえら王族のやり方にゃ、もうついていけねえっ!」

「おうよっ! 今度という今度はぜってえ許さねえぞっ! おらぁっ! さっさと出てこいっ!」

「ぶっ殺してやるっ! 出てきやがれっ!!」

怒号が飛び交う。

民衆を抑えている兵士たちは、今にも限界を迎え、正門を突破されそうだった。

「……お……おのれ……この魔王が、卑劣な真似を……覚えているがよい」

そんな捨て台詞を吐いて、ザミラが応接室を逃げだそうとすると、ちょうど鎧を着た兵士の集団に出くわす。

「おお。迎えに来てくれたか。まったく、とんだ災難だ。これではしばらく身を潜めておらねばならぬな。まあ、ちょうど良い休暇ではある。よいか、お前ら、私に相応しい場所を用意せよっ!」

ザミラが言った途端、兵士たちは槍を彼に突きつける。

「な……!?」

すぐに彼はその腕を拘束された。

「な、なにをしている……? なにをしているのだっ!? 王である私に無礼であるぞっ!!」

「残念ながら、あなたはもう王ではありません」

やってきたのは、王宮の大臣たちや、アゼシオンの貴族である。

「国を売り、王族を殺し、民の命を奪おうとした男、ザミラ・エンゲロ。国家反逆罪でその身柄を拘束するっ!」

「まっ……待てっ! 騙されるな。これは魔王の企みっ! こんなことをすれば、ディルヘイドの思うつぼ――がばぁっ!!」

大臣の一人がザミラを思いきり殴りつけた。

「腐敗した王族には我々もうんざりしていました。仰せの通り、あなたに相応しい場所を用意しましょう」

大臣はザミラを睨みつける。

「牢獄を」

「……な、ぶ、無礼な。誰がこれまでこの国を守ってきたと……王族がいなくなれば、この国は終わりぞっ」

「あなたは死刑台に上がる日の心配だけしていればよろしい。連れていけっ!」

兵士たちがザミラを連行していく。

「や、やめろっ! 放せっ! 私は王であるぞっ!! 放せぇぇっ……!!」

大臣や貴族たちが引き返していく。

その中の一人が、こちらを向き、俺に頭を下げる。

イガレスだ。転生前は人間である彼が王宮や貴族たちの中で、まともな志を持った人物を探し、ザミラを逮捕する根回しをしていたのだ。

「よくやった」

「後ほど、報告に参ります」

そう口にして、イガレスは立ち去っていった。

「さて」

俺が振り向くと、エミリアたちは半ば呆然とした表情を浮かべていた。

めまぐるしく変わる事態に、頭が追いつかないのだろう。

「先程の続きだが、エミリア、お前には約束通り、七魔皇老と同じ地位を用意した」

「……ですけど、それは…………」

困ったように彼女は言い淀む。

勇者学院への残留を嘆願したとはいえ、俺が決めてしまえば、頑なに拒否できるわけもない。

元はと言えば、エミリアから言いだしたことだ。

意に沿わないからと、やはり、やめたなどというのは、筋違いだ。

彼女が教師ならば、生徒の前では規範を示さねばなるまい。

「見ての通り、アルクランイスカの学院長の席が空いてしまった。あいにく後任がいなくてな。王族の潰えた王宮はそれどころではないだろう。またいつ竜がやってくるやもわからぬ中、唯一討伐が可能な勇者学院に責任者がいないというのは、大臣たちにとっても、なんとも都合が悪いそうでな。生徒たちからの人望も厚い、ちょうどいい人材がいると話を持ちかけておいた」

俺の言葉にエミリアははっとした。

そうして、姿勢を正し、表情を引き締める。

「罪を犯し、それを償おうというお前の姿に、俺も教えられた。お前がその過酷な日々で培ったものを、このアゼシオンの地に返してやれ」

彼女は俺に跪く。

勇者学院の生徒たちが、それに倣うように跪き、頭を下げる。

「エミリア・ルードウェル。お前に、勇者学院アルクランイスカの長を任じる。王族を失ったアゼシオンには、長く続く試練が訪れるだろう。それを乗り越える国の宝を育ててみせよ」

彼女は深く頭を下げ、誓うように言葉を発した。

「謹んで拝命いたします」