軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼女の懺悔

その数日後――

勇者学院アルクランイスカ。

学院交流最終日の今日、俺はアノシュの姿ではなく、暴虐の魔王としてその廊下を歩いていた。

異竜によって半壊した校舎は、エールドメードが< 創造建築(アイビス) >で立て直した。

以前よりも頑丈になり、所々に物騒な魔法陣がついているのは、奴の遊び心といったところか。

足を止め、俺は魔法図書館の扉を開ける。

そこでたむろっていた生徒たちが、こちらを向いた。

「……てめえは…………」

ラオスが俺の顔を見た途端に、立ち上がった。

かつてのことを思い出し、一瞬カッとなった彼を、レドリアーノが手で制する。

ラオスは気を落ちつけ、その手を静かに握り、下に降ろす。

「わーってるよ。大丈夫だ」

本を読んでいたハイネが立ち上がり、俺に顔を向けた。

「久しぶりじゃん。魔王さまが一人でこんなところまで来て、どうしたのさ?」

相も変わらず生意気な口を叩くものだ。

しかし、かつてと違い、その視線に敵意はない。

「なに、エミリアとの約束を果たしにきただけだ。応接室へ行こうと思ったのだが、道を違えたようだ。邪魔をしたな」

踵を返し、図書館を後にしようとすると、後ろから声をかけられた。

「おいっ。待てよ」

立ち止まり、背中越しにラオスを振り返る。

「……なんだよ、その約束っていうのは?」

「ほう。魔王学院から派遣された魔族の担任がそんなに気になるか?」

罰が悪そうな顔でラオスはそっぽを向く。

「別に。そんなんじゃねえ……」

「くはは。荒れていたお前たちをこうも手懐けるとは、なかなかどうして、さすがは我が魔王学院の教師だ」

魔王学院の教師という単語に、レドリアーノが僅かに息を飲む。

「気になるというのならば、教えてやろう。エミリアは、あんまりな惨状のアルクランイスカを立て直すために赴任させた。一年ここで教師を続けるか、それなりの成果を上げれば、魔王学院に栄転させるという約束でな」

「……栄転……」

「エミリアは尽力し、そして見事お前たちに勇者の誇りを取り戻させた」

なにも言わぬラオスたちに続けて説明した。

「魔王学院が学院交流にやってきたのはアゼシオンに蔓延る竜の討伐が目的でな。エミリアとお前たちが竜の大群を引きつけてくれたおかげで、黒幕にも辿り着いた。このまま、ガイラディーテの膿を出し切ることもできよう。彼女の功績は大きい。約束では七魔皇老と同等の地位を用意すると伝えてあるが、相応のものを用意せねばなるまい」

呆然といった様子の三人をよそに、俺は魔法図書館を後にする。

その途中で言った。

「ああ、そうだ。晴れの場ではもう少しまともな口を利いてやれ。言葉使いを気にする魔族は少ないが、彼女はそうではない。人間ならば、それぐらいはお手の物だろう。いらぬ恥をかかせるな」

今度こそ、俺はその場から立ち去った。

向かったのは、来賓を迎え入れるための応接室である。

扉を開け、中へ入る。

だだっ広い室内には、豪奢な机と、煌びやかな刺繍の施された絨毯、高級なソファや調度品があった。

待っていたのは、エミリアだ。

彼女は入ってきた俺を、じっと見つめている。

「座れ」

「……いえ、このままで大丈夫です」

「ならば、好きにするがいい」

俺は奥の机にある椅子を引き、そこに腰かける。

エミリアは気まずそうにこちらを向いた。

なにを言われるのかと、少々怯えているようにも見える。

「竜の大群を討伐するために、大量の聖水を使ったそうだな」

「……はい」

「無茶をするものだ。いくら勇者の魔法に適していようと、その体は魔族。聖痕に侵された体はやがて根源さえ蝕む。そうなれば、俺の呪いで転生したとしても助からなかったかもしれぬ」

エミリアがこくりとうなずく。

「なぜ命を投げ打ってまで戦った?」

「……わたしは教師です」

言葉を探すようにして、彼女は答えた。

「生徒を守る責任がありました」

「よくぞ果たした」

居心地が悪そうに彼女は小さく頭を下げる。

「……ありがとうございます」

「ふむ。聖痕はもういいのか? 具合が悪いのならば、治してやろう」

エミリアが静かに首を振る。

「アノシュ君が……その、学院交流に来ていた魔王学院の生徒が治してくれました。まったく問題はありません」

どうやら、その後も支障がないようだな。

「一つ、訊いてもいいですか?」

「なんだ?」

「彼は、何者なんですか? ただの魔族にしては、異常な力を持っています。あなたはなにか知っているんじゃ……」

さすがに、疑問に思わぬわけはないか。

俺とのつながりを考えるのも無理はあるまい。

「アノシュ・ポルティコーロか。確かに、尋常な魔力ではないな。俺の幼い頃を彷彿させるほどだ。成長し、反旗を翻せば、戦乱の種になるやもしれぬ。お前の予想通り、俺の目の届くところにおいておくといったところだ」

エミリアが険しい視線を俺に向ける。

「……自分の力を超える前に、彼を始末するつもりじゃないでしょうね?」

エミリアの言葉に、くつくつと俺は喉を鳴らして笑う。

「面白いことを言うものだ。アノシュ・ポルティコーロが俺の力を超える? エミリア、そんなことはありえぬ。天地がひっくり返ろうとな」

彼女は俺の真意を探るような 魔眼(め) を向けてくる。

少々言い方が悪かったか、余計に俺がアノシュを始末しようとしている疑惑を持たれたのかもしれぬ。

「きっとあなたの幼い頃とは似ても似つかないと思いますよ」

「ほう。なぜそう思う?」

「アノシュ君はあなたとは違って、優しい魔族です。決してディルヘイドに反旗を翻すようなことはありません」

「くははははははっ!」

俺が笑うと、エミリアは怪訝そうな表情を浮かべた。

「……なんですか、いきなり笑い出して。なにがおかしいんですか?」

ふむ。うっかり噴き出してしまったな。

まあ、いいだろう。

「いやいや、会ってまもない子供をよくもまあ、そこまで信用できるものだと思ってな」

「……わたしは、あなたと違って、あの子と直に接しましたから。アノシュ君は賢くて、純粋で、とても優しい。周りの大人がちゃんと導いてやりさえすれば、きっと誰よりも素晴らしい魔皇になります。あなただって超えるぐらいに」

これだけ言われるとこそばゆいものがあるのだが、とはいえ、正体を明かすわけにもいかぬ。

「ふむ。エミリア、お前は教師になったようだな」

「……恩に着せる気ですか?」

「生徒をよく見ていると言ったのだ。その曇りなき 魔眼(め) で、俺のことも見てもらいたいものだがな」

そう口にすると、エミリアは一瞬顔を背ける。

だが、すぐに思い直したようにまた俺の方を向いた。

彼女は覚悟を決めた表情を浮かべている。

「暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードに伝えたいことがあります」

真剣に彼女は訴えた。

これまでの世間話とは違い、口調も正式に魔王と謁見するものに変わっていた。

「許す」

そう口にすると、彼女はその場に跪き、頭を下げた。

「わたしは過ちを犯しました」

第一声で、彼女はそう口にした。

「皇族こそ、至上の存在と勘違いし、自らの血を尊きものだと思い込んでいました。そのために、わたしはあなたに悪意を持って接し、あなたの母親の殺害を企て、自らの生徒さえ手にかけようとした」

その言葉の一つ一つに、後悔と罪の意識が滲む。

前を向き、真っ当にこれからを生きようとする彼女だからこそ、その罪は消すことができないだろう。

他でもない彼女自身が、それを許しはしない。

「そんな罪人であるわたしに、あなたは手を差し伸べてくれた。わたしを殺さずに、その罪に気がつく機会をくれました」

かつてあれだけ恨んでいた俺に、自ら跪き、頭を下げるのは、真実彼女がそうしたいと思えたからだろう。

「……我が君に、大きな感謝を……。それと同時に、お詫びしたいことがあります……」

「申してみよ」

「この罪を、わたしは、いかようにも償います。靴を舐めろというならば舐め、どのような責め苦にも耐えてみせます。しかし、どうか、今更浅ましいお願いではありますが、どうかこの命だけはお許しくださいますよう」

懇願するように、彼女は言う。

「理由を述べるがいい」

「まだ、やらなければならないことがあります。それが済んだのでしたら、ご随意に」

「許さぬと言えばどうする?」

彼女は顔を上げ、覚悟を決めて言った。

「わたしが犯した罪です。せめて、身辺の整理をする猶予だけでも賜りたく存じます」

その言葉に、俺は許しを与えるように笑う。

「お前にはもう罰を下した。それ以上は必要あるまい」

エミリアは狐に顔をつままれたような表情を浮かべる。

「あのとき、許さぬと言った言葉は取り消そう」

「……わたしが罪を心から認めた後に、存分に苦しめるつもりじゃ……?」

くつくつと喉を鳴らして俺は笑う。

「ふむ。お前は俺を、鬼畜か外道とでも思っているのか?」

「いえ…………暴虐の魔王と……」

くはは、と思わず笑い声がこぼれ落ちる。

どうやら、混血に転生させてやったときのことが、相当なトラウマになっていると見える。

どうりで罪を認めた後も、俺に対する態度が堅いままなわけだな。

「済んだ話だ。気にするな。そんなことよりも、約束を覚えているな?」

「……それは、覚えていますが…………」

「お前は十分に務めを果たした。元ジェルガカノンの生徒に誇りを取り戻させ、人間たちの力で竜を討伐させた。彼らにとっては小さな一歩かもしれぬが、それは二千年前から< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法に支配され続けてきたこの国が蘇るきっかけとなるだろう。よくやった」

そう口にすると、エミリアは喜びでもなく、安堵でもなく、身構えるように表情を強ばらせた。

「優秀な配下を遊ばせておく趣味はない。約束通り、七魔皇老と同じ地位を用意した」

「……アノス……様……その、わたしは――」

彼女が言いかけたそのときだった。

応接室のドアが勢いよく開かれたのだ。

「待ってくれっ!!」

ラオスを先頭にして、レドリアーノ、ハイネ、そして緋色の制服を着た生徒たちが一斉に部屋へ入ってくる。

エミリアが担任を務めるクラスの生徒全員が駆けつけていた。