軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

議場の群狼

外伝14話

グラウンドで繰り広げられる人馬族の球技を、ぼんやり眺めているフリーデたち。

そこに背後から、張りのある声がかかった。

「そこにおわすは、ヴァイト殿の御息女だな? 最後に会ったのは何年も前だが、大きくなったな!」

慌ててフリーデたちが振り返ると、体格のいい中年男性がのしのしと歩いてくるところだった。どう見ても歴戦の戦士か選手だが、太守のような身なりをしている。

マオが素早くフリーデたちに告げた。

「あちらがウォーロイ殿下ですよ」

「いやマオ殿、殿下は勘弁してくれ。俺はもう皇子ではない」

いかつい顔をしているが、ウォーロイが笑うと子供のように無邪気だ。親しみのある雰囲気をしている。

ウォーロイは三人の前に立つと、改めて挨拶をした。

「方々、ドニエスクにようこそ。俺がドニエスク太守のウォーロイ・ボリシェヴィキ・ドニエスク・ロルムンドだ」

元服前の子供に対しても、堂々と正式な名乗りをあげるウォーロイ。

大人扱いしてもらえたことがうれしくて、フリーデは背筋を伸ばして一礼した。

「お久しぶりです。フリーデ・アインドルフです! このたびは留学のお許しをいただき、まことに感謝に堪えません! よろしくお願いします!」

道中ずっと練習してきた口上なので、何とか噛まずに最後まで言えた。

頭を下げたまま、ほっとするフリーデ。

するとウォーロイは大声で笑った。

「どうやらお父上は相変わらず厳しいようだな! だが同時に、たいそうな子煩悩でもあるようだ!」

「え、そう……ですか?」

「ああ。大事に育てられているのがわかるぞ」

何が嬉しいのか、ウォーロイは満面の笑みだ。

シリンとユヒテも続いて挨拶し、ウォーロイは彼らにも言葉をかけた。

「バルツェ殿の嫡男に、ユヒト殿の孫娘か。この国の未来を背負う人材を預かるとなると、さすがの俺も緊張するな」

全く緊張しているようには見えない。

むしろワクワクしているように見える。

フリーデたちはヴァイトから、「ウォーロイ殿は豪快だが繊細な人物だ。知謀と剛勇を併せ持つ偉大な太守だから、しっかり見習うように」と言われている。

どうもイメージが違う。

マオがウォーロイと世間話を始めたので、フリーデたちはひそひそと話を開始する。

「そういえばウォーロイ様って、あのウォーロイ様だよね? 氷壁の皇子、白虎公ウォーロイ」

「あれは劇だからね。でも活躍はどれも本物らしいよ」

シリンがそう言って、さらに続ける。

「帝国や戦球での活躍だけじゃなくて、クウォールで逆賊の残党を鎮圧したりしてるし、風紋砂漠の調査隊にも参加してたし、武勇伝の集合体みたいな人だよ。君の父上と同じタイプだ」

「ですが、全く偉そうになされませんね……」

ユヒテがそうつぶやくと、フリーデもうなずいた。

「本当に偉い人は偉そうにしないんだって、お父さんがいつも言ってるもん。やっぱり偉い人なんだよ」

フリーデたちは子供だが、本当に偉い人かそうでないかはいつも自分たちで判断している。

見た感じ、ウォーロイ卿はどこからどこまでも立派な人物のようだった。

ウォーロイはそんな会話を聞いていたのか、楽しそうに笑った。

「真に偉大な男とは、貴殿たちのお父上たちのような方々を言うのだ。俺などはまだまだ未熟者、この街同様にこれからも成長していかねばならん」

謙遜やお世辞ではなく、ウォーロイは本心からそう思っているようだった。フリーデは人の心が匂いでわかる。

どうやらやっぱり、この人は凄いらしい。

ウォーロイはフリーデたちと共にベンチに腰掛けると、よく冷えたレモン水を振る舞った。シャティナやフィルニールも同席する。

「それにしてもヴァイトめ、一番いい時期に娘御をよこしてきたな」

ウォーロイが苦笑すると、シャティナもうなずいた。

「先生は心配性ですから。でも私なんかは幾つになっても、先生に心配してもらえるのが嬉しいのですよ」

「あ、わかる! ボクもね、センパイに困ったヤツだなって言われるのが楽しくて!」

「いや、それは改めろ……」

シャティナが溜息をつき、フリーデたちに笑いかける。

「実はもうすぐ、ここで評議会の特別会議が開かれるんだ。君たちも特別に会議に出席させてあげるよ」

「いいんですか?」

ユヒテが目を丸くすると、シャティナがうなずいた。

「そのための留学だろう? 今のうちから政治の世界に慣れておいたほうがいい。私のように、急に跡目を継ぐことだってあるからな」

シャティナの父、先代のザリア太守が暗殺されたのは有名な話だ。

暗殺を指示したのは、当時のミラルディアを支配していた元老院。

シャティナの父の仇を討つため、ヴァイト黒狼卿が元老院を滅ぼしたのも語りぐさになっている。

実際にはロルムンドの進攻があったせいなのだが、庶民はみんな「黒狼卿の怒りに触れたせいだ」と噂しあっているのだという。

それから数日後、三人がドニエスクでの生活に少し慣れてきた頃に評議会の特別会議が開かれた。

ウォーロイの屋敷で居候しているフリーデたちは、留学生として特別に見学が許可される。

「どきどきするね……」

「静かにしてないとダメだからね、フリーデ」

「わかってるよ」

ドニエスク市の球技場は、非常時には災害対策本部や防衛の本陣となる。そのため立派な会議室も設けられていた。

ウォーロイの側近で剣聖と名高いバルナークが、老いを感じさせない足取りで入室してくる。

「御前、ロッツォ太守ミュレ様がお見えになられました」

「おお、時間通りだな。お通ししろ」

議長を務めるウォーロイがうなずくと、緊張した面もちの青年が入ってきた。

「ウォーロイ殿、昨日は深夜の到着になってしまい、大変申し訳ありませんでした」

ガチガチに固くなっている新米太守のミュレに、ウォーロイが楽しそうに笑顔を向ける。

「南端のロッツォから日数をかけて来れば、予定が狂うこともある。俺もヴァイトのヤツと戦をしていたときは、予定を狂わされ続けてな」

「すみません、次からは日程に余裕を持たせます……」

恐縮しきっているミュレ。

ミュレはミラルディア大学の一期卒業生であり、大学の図書室には肖像画まで飾られている秀才だ。

たまに講演をしてくれることもあるが、颯爽としていて女子生徒たちの憧れの的だった。

その秀才ミュレも太守としては最年少であり、先輩たちに気を使っているようだ。

「フリーデも太守になったら、きちんとしないとね」

「きちんとしてるよ?」

「してないよ……」

シリンとひそひそ言い争うフリーデ。

ユヒテが無言で両者の肩に手を置き、そっと黙らせた。

そうこうするうちに太守たちが続々と集まってきて、会議室は太守やその側近、それに魔王軍関係者で埋め尽くされる。全部で四十人ほどだ。

そして最後に、魔王がやってくる。

「魔王アイリア・リュッテ・アインドルフ陛下!」

魔王軍の犬人の士官が叫ぶと、議場に正装のアイリアが入ってきた。

傍らには魔王の副官、ヴァイト黒狼卿。

その後ろに魔王軍のカイト魔術総監、クルツェ技術総監など最高幹部たちが続く。

全員が父の友人であり、フリーデにとっては顔見知りなのだが、議場に入ってきた彼らの顔つきは真剣そのものだ。いつもと違う雰囲気に、フリーデは意外な一面を見た気がした。

アイリアとヴァイトは一瞬だけフリーデたちの方を見るが、ほんのわずかに微笑んだだけで着席してしまった。

フリーデは両親に手を振りたかったが、公私の別をわきまえるよう、幼少時から厳しくしつけられている。

だからフリーデはぐっとこらえ、おとなしく座っていた。

と同時に、後でいっぱい甘えようとも思う。

そして会議が始まった。

議長のウォーロイが開会を宣言し、司会を務めるリューニエ卿が立ち上がる。

彼はウォーロイの甥で、今は彼の副官を務めている。次期ドニエスク太守になると目されている若手のホープだ。

「事前にお届けした資料の通り、今回の議題は神聖ロルムンド帝国についてです。過去に数回の内乱があり、その度にロルムンド製の魔撃銃がミラルディア国内に流入してきました」

フリーデたちには資料が渡されていないが、引率者として同席しているマオが教えてくれる。

「女帝エレオラ陛下は慈悲深い方ですが、反逆者に対しては容赦しないですからね。逃げ場を失った連中が、北壁山脈を越えて逃げてくるんですよ」

「行軍不可能な山脈でしょう? 可能なんですか?」

シリンが驚いた顔をすると、マオが笑う。

「逃亡奴隷たちが三百年前、真冬に踏破した事実がありますからね。他にも越境ルートがありそうです。もっとも、どれも細く険しい道でしょうが」

マオがひそひそ話す間も、リューニエは説明を続ける。

「エレオラ陛下に対しては、アシュレイ大使を通じて要請をしています。ただ、逃亡した謀反人については『彼らはすでに帝国の臣民ではなく、帝国は責を負わない』と言われています」

ここでリューニエが苦笑し、一同も和やかに笑う。

ウォーロイとリューニエがロルムンドの政変で追放された皇子たちなのは、みんな知っている。

リューニエは照れくさそうに笑いながら、説明を続けた。

「ヴァイト殿が帝国からの追放者を受け入れて下さった前例がありますので、こちらも強い態度には出づらいのです」

みんなの視線がヴァイトに集まり、魔王の副官は居心地悪そうに頭を掻いた。

「私はただ、有能で清廉な人材を無駄に死なせたくなかっただけだ……」

するとアイリアが微笑みながらうなずいた。

「人口拡大を目指すミラルディアの政策としても、人命尊重は間違っていないと考えています。ミラルディアの法と秩序に敬意を払う者は、出自を問わず慈悲の心で遇しましょう」

魔王陛下の意見なので、一同がうなずいた。

フリーデは会議を見学しながら、いつもとは違う両親の姿をじっと見つめていた。

小さい頃は両親が何をしているのか全くわからなかったが、今は違う。

やっぱりお父さんもお母さんも凄い。改めて、そう思っていた。

会議は対ロルムンド政策について、主にウォーロイやリューニエ、それにロルムンドからの亡命貴族たちが発言する形で進んでいった。

太守たちがそれぞれの立場から質問や意見を発する中、ヴァイトもしみじみとつぶやく。

「今まではお互いに干渉を避ける形で外交を進めてきたが、それも限界だな。今後は太いパイプを構築する必要がありそうだ」

「同感です」

「帝国は未だに最大の脅威ですからな……」

北部の太守たちがうなずく。

ヴァイトは立ち上がると、魔王軍最高幹部として発言した。

「ロルムンドとミラルディアは、互いに無視できない存在です。政治体制や国情はかなり異なるが、かといって相手を征服することも滅ぼすこともできない。であれば……」

黒狼卿は言葉を切り、一同を見回してから続ける。

「違いを乗り越え、何とかうまくつきあっていくしかないでしょう。そう思いませんか?」

全員が無言でうなずいた。

ヴァイトは続ける。

「おおかた、エレオラも同じことを考えているはずです。今後は対ロルムンド政策を転換し、積極的に関わっていきたい。軍事同盟や国家規模の貿易は時期尚早だが、まずは技術や人材の交流から始めてみてはどうでしょうか」

するとウォーロイがニヤリと笑った。

「名案だ。エレオラは高位の魔術師であり、優れた技術者でもある。技術交流と言われれば、あいつなら絶対に断らんだろう」

ウォーロイはエレオラ帝の従兄であり、彼女のことは良く知っている。対ロルムンドの切り札の一人だ。

そしてウォーロイは何かを思い出したのか、苦笑してみせた。

「相変わらず、獲物が一番好きな餌をちらつかせるのが上手い男だな」

「相手の立場を考え、双方に利益となる提案をするのが最も堅実だからだよ。人聞きの悪いことを言わないでもらえないか?」

迷惑そうな顔でヴァイトが返すと、議場は笑いに包まれた。