軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

球技場のある街

外伝13話

ロルムンド帝国からの逃亡奴隷たちが築いた、ミラルディア北部。

クウォールなど南方大陸からの冒険家たちが切り開いた、ミラルディア南部。

ミラルディアの中央部には、両地方を隔てる広大な平野が存在している。

かつては「不和の荒野」と呼ばれていた。

もう十年以上前の話だ。

その場所には今、ミラルディア第十八番目の都市がある。

開拓都市ドニエスク。

またの名を戦球都市ともいう。

広大な田園地帯を、馬車がゆっくりと走る。

「あ、見えた!」

ガタゴト揺れる馬車の中で、フリーデが目を輝かせる。

フリーデ団の仲間、シリンとユヒテも窓から外を眺めた。

「本当に城壁がないんだね……信じられない」

シリンの言葉にユヒテがうなずく。

「太守のウォーロイ様は街を発展させやすくするために、あえて城壁を作らなかったそうですよ。おかげで今もどんどん拡張が続いているんですって」

「城壁のない街って不安じゃない?」

すると馬車に同席していたマオが、こうつぶやく。

「ウォーロイ様はロルムンドからの亡命貴族、それも帝位継承権を持っていた皇子ですからね。何かと警戒されやすく、それだけに慎重な振る舞いをされているんですよ」

「そう……なんですか」

シリンが真顔で問うと、マオも真顔でうなずいた。

フリーデはというと、少し考えてからまた窓の外を見る。

「あれ、誰か立って手を振ってるよ?」

マオがちらりと窓の外を見て、小さくうなずく。

「ああ、あの人が今日の案内役ですね。ウォーロイ様のとこの古株ですよ」

ウォーロイ卿の家臣はゼオムと名乗る、頬に刀傷のある老人だった。

「うちの家臣団は、みんなアタシみたいに見た目が悪いんですよ。若い方のお相手にはあんまり向いてないとは思うんですがね、まあ堪忍しておくんなさい」

確かに迫力のある風貌をしていたが、にこにこ笑うゼオムは好々爺といった印象だ。

ゼオムは馬車に併走する形で軽やかに馬を駆り、フリーデたちと雑談をする。

「アタシも他の連中も、昔は山賊だの食い詰め傭兵だのでしてね。ウォーロイ様に拾っていただけなけりゃ、今頃どうなってたことか」

城門がないので一行はそのまま街の中に入り、ゼオムはますます楽しげにしゃべりまくる。

「ここが『徒歩組四番隊通り』ですよ」

「変な名前ですね」

フリーデが首を傾げ、シリンがそれをたしなめる。

「ダメだよ、そんなこと言ったら失礼だよ」

するとゼオムは笑った。

「変な名前だと自分でも思いますよ。でもね、これはウォーロイ様の家臣、その中でも歩兵の四番隊の名前を取ったんですよ」

ゼオムは頬の刀傷を撫でる。

「この通りができた頃は、アタシも徒歩組の四番隊でしてね。今は徒歩組全体の組頭なんかやらされてますが」

ゼオムはそう言い、通りから左右に延びる小路を順番に指さした。

「こっちがハルノフ小路、こっちはサビィ小路、あっちはボノー小路です」

「人の名前なんですね」

ユヒテが何かに気づいたようにつぶやくと、ゼオムは皺だらけの顔を歪めて笑った。

「ええ、そうなんですよ。この街の小路や橋なんかにはね、みんなウォーロイ様の家臣の名前がついてるんです。街を作るときに事故や戦いや病気で死んだ、アタシの仲間たちの名前がね。ウォーロイ様の御配慮なんですが、まったく名誉なこって……」

そう言って、遠い目をするゼオム。

「アタシもあのとき死んでたら、今頃はどっかに名前が遺せてたんですがねえ。一番いいとこで死に損なっちまったと、今でもみんなで悔しがってますよ」

フリーデたちは顔を見合わせ、黙ってしまう。

さすがにこれは何か言える雰囲気ではない。来た早々、重い歴史を見せつけられてしまった。

だがそのとき、ゼオムが上機嫌で街の広場を指さした。

「御覧なさい。あれが『黒狼広場』ですよ」

「黒狼……まさか、お父さんの!?」

フリーデが驚くと、ゼオムがしてやったりといわんばかりの顔で笑う。

「ええもちろん! 黒狼卿ヴァイト様の名を冠した、名誉ある広場ですとも!」

「でもうちのお父さん、まだ死んでないです……」

フリーデの困惑した声に、ゼオムはもうたまらないといった表情で腹を抱えて笑う。

「いやいや、それはそうですがね! この街、ドニエスクがまだ何もなかった頃にヴァイト様がアタシらを守ってくださいまして」

「お父さんが?」

その瞬間、ユヒテとシリンが同時に口を開く。

「秘宝事件ね」

「うん、秘宝事件だ」

フリーデは少し沈黙し、それからハッとする。

「秘宝事件じゃん!」

「だからそう言ってるよね?」

シリンが溜息をついた。

ゼオムはこの話をしたくてたまらなかったようで、どんどんしゃべりまくる。

「あのときは骸骨どもの群れが押し寄せてきて、さすがに覚悟を決めましたよ。実際、結構な数の仲間がやられちまいましたしね。でもそのとき、ヴァイト様が月から舞い降りてきたんですよ」

フリーデたちが顔を見合わせるが、ゼオムはますます勢いづいてしゃべりまくる。

「人狼に変身したヴァイト様が吼えると、骸骨どもも一発で吹き飛びましてね。後はアタシたちも剣を振り回して、もう大暴れしましてねえ」

皺だらけのたくましい腕に、ぎゅっと力がこもる。

「ウォーロイ様と剣聖のバルナーク様も凄かった! あんな大戦はアタシも最初で最後でしたよ! いやあ、心底恐ろしかったが、思い返すと不思議と心が躍るもんだ!」

馬車は広場に入り、屋台や雑踏の間を縫うようにして進む。

「そのときアタシらが立てこもった資材置場が、この黒狼広場になったんです」

するとずっと黙っていたマオが、ぼそりとつぶやく。

「秘宝事件のとき、カイトもここにいたんですよ。あんまり恐ろしい目に遭ったので、彼は今でもドニエスクに来るのが苦手なんです」

そう言って、マオはクックックと悪役っぽい笑みを漏らした。

フリーデたちはまた顔を見合わせ、とりあえず黙ることにした。

大人たちの昔話は長い。何か口を挟むとみんな機嫌が悪くなるので、好きなだけしゃべらせておこう。

目と目でうなずきあい、フリーデたちは二人に好き勝手にしゃべらせておくことにした。

「そのときに骸骨どもの矢を受けたのが、こっちの古傷……あ、いや、こっちだったかな……?」

「秘宝事件といえば、リューンハイトも大変だったんです。ヴァイト様が下水道を崩落させるから、私も修繕費を……」

大人たちの追憶を垂れ流しながら、馬車はドニエスクの球技場へとゆっくり向かっていく。

ドニエスクの誇る球技場は、高い外壁を持つ巨大な建物だった。

「さあ、着きましたよ。中にウォーロイ様や他の太守様がいらっしゃいますからね。アタシは見回りがあるんで、これで」

「ありがとうございました」

三人が声をそろえてお礼を言うと、ゼオムは照れくさそうに頭を掻いた。

「いやなに、ちょっとおしゃべりが過ぎましたかね。はっはっは」

笑いながらゼオムが手を振り、馬を駆って去る。

それを見送った後、一行は馬車を降りて球技場に入った。

シリンが球技場の壁を撫でながら、しみじみとつぶやく。

「ここは球技場という名目の建物だけど、実際には砦や避難所としての機能も備えているんだ。秘宝事件みたいなことがもう一度起きても、市民全員をここで守れるって」

「じゃあ最初から砦か避難所にして作っちゃえばいいのに」

フリーデがそう言うと、ユヒテがくすくす笑う。

「『大人の事情』ですよ、フリーデ」

「大人の事情かー」

今はよくわからないが、いずれわかる日が来るヤツだ。

フリーデはひとまず納得する。

球技場の選手用通路を通ってグラウンドに出ると、そこでは異様な光景が繰り広げられていた。

半裸の人馬族たちが土煙を立てて、グラウンドを走り回っている。

軍馬より小柄とはいえ、その迫力はまるで騎馬戦だ。

「フィル走れ! いいから突っ走れ!」

しかもベンチで年頃の美女が絶叫している。

「そこでパス! 違う、そっちじゃない! もういい、そのまま突っ込め!」

フリーデは叫んでいる彼女に見覚えがあった。

「あれ? ザリア太守のシャティナお姉ちゃんだ」

「迷宮都市ザリアの?」

「うん。よくうちに遊びに来るから」

ただ、アインドルフ家に遊びに来たときのシャティナ卿は、ヴァイトを「先生」と呼んで必要以上に畏まっている。

こんな猛々しい姿は初めて見た。

彼女が怒鳴っている相手は、人馬族たちの中にいた。

屈強な男だらけの人馬族たちの中で、たった一人の女性。だが誰よりも素早く、縦横無尽に駆け回っている。

フリーデは彼女にも見覚えがある。

「フィル姉ちゃんだ」

「ということは……工業都市トゥバーン太守のフィルニール卿?」

「うん。相変わらず走るの早いなあ」

こっちはアインドルフ家に来るときと全く変わらない。

「シャティナー! そんな難しいこと言われてもわからないよ! とにかく早く走ればいいんでしょー!?」

「甘い! それで勝てるほど、この競技は甘くないぞ!」

深謀遠慮の才女で「迷宮の美女」と称えられるシャティナ卿だが、今はまるで子供だ。

「フィルも何年これやってると思ってるんだ! ほら、両サイド攻め込まれてる! 味方を回して!」

「めんどくさい!?」

「つべこべ言うな! お前たちの出資者はザリアだぞ!」

「選手出してるのはトゥバーンじゃん!」

「そういうこと言ってると、もうヒヨコ豆の煮物作ってやらないからな!」

「やだー!」

その光景を眺めて、シリンが呆然とつぶやく。

「太守同士の会話とは思えない……。あとフィルニール様って、見た目の年齢は僕たちと大差ないけど、魔王軍のベテランで最高幹部だよね? 何であんな……」

「バカだと思うかもしれないけど、ああ見えてものすごい名将なんだって。お父さんが言ってた」

フリーデは笑い、のんびりと続けた。

「シャティナお姉ちゃんとフィル姉ちゃんは、街が隣同士だから仲良しなんだよ。ザリアの地下迷宮で一緒に探検したこともあるんだって」

「に、人間や人馬族は、旧友になるとみんなああなるのかな?」

「どうだろ……」

拳を振り回し、絶叫する美女。

「フィル! お前ちょっとこっちに来い!」

「やだよ、シャティナすぐ怒るんだもん。あっ、ボール取られた!?」

「ほら見ろ! だから今のは後衛のラインを上げて……」

「大丈夫、すぐ取り返すから! いっくぞー! うおりゃー!」

「おい、監督の話を聞け!」

お気楽に笑いながら、人馬族の選手たちをスイスイと追い抜いていく少女。

フリーデたちは漂ってくる土煙にまみれながら、それをぼんやりと眺めていた。