軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談/渦中の児

外伝1話

大賢者ゴモヴィロアはイスに深く腰掛け……ると足がぶらぶらするので、よっこらしょと浅く腰掛け直した。

そして俺を見上げる。

「フリーデについて、今できる限りの検査は全て行った」

師匠の話によると、我が娘フリーデはやはり俺や師匠と同じ能力を持っているという。

「叫ぶことで周辺空間の魔力に流れを起こし、自分の方へと吸い寄せる力を持っておる。おぬし同様、吸収できるのは純粋な魔力だけじゃな」

「遺伝するもんなんですか、これって」

「わからぬ。魔術は未だわからぬことだらけじゃ」

数百年を生きた大賢者にそう言われてしまっては、浅学の徒である俺などは黙るしかない。

ただ幸いなことに、フリーデの力はまだまだ弱いという。

師匠は魔除けの紋章を教えてくれた。

「この紋章は魔術紋をあしらったもので、身に着けた者の魔力の出入りを減らしてくれるのじゃ。わしも使っておるから信頼性は保証しよう。この紋様を肌着などに刺繍するがよい」

「ありがとうございます。……でも何でこんなものを使ってるんです?」

すると師匠は溜息をついた。

「あまり魔力を吸い込むと、わしが本当に魔王……いや、戦神化してしまうでの」

最近は「魔王」にも社会的な意味が出てきたし、勇者と魔王が同じものだというのもわかった。

そのため魔力が振り切れた方の「魔王」は、クウォール流に「戦神」と呼ぶのが定着しつつある。

「カイトに測ってもらったが、わしの魔力は三千カイトほどあるようじゃ」

「そんなに」

「クウォールの争乱前は二千八百カイトぐらいじゃったようじゃがの」

増えてるじゃないか。

師匠は法衣に縫いつけた紋章のアップリケを見せながら、こう続ける。

「わしに限らず、魔力を扱う者は知らず知らずのうちに魔力を蓄積していくのじゃよ」

石灰を含んだ水が滴って鍾乳石が育つように、あるいは運動すれば筋肉がつくように、体内の魔力を循環させていくと魔力の最大値も大きくなるのだという。

ベテランの魔術師ほど強いのも、これが一因だ。

「なに、わしが戦神化するにはまだまだ猶予はある。試算によれば十万カイト以上、百万カイト以下の魔力で戦神化するようじゃ」

「十倍の開きがあるんですが」

俺が思わずそう言うと、師匠は恨めしそうな顔で上目遣いになる。

「一桁の精度にまで絞り込んだと言ってほしいのう」

「すみません」

確かに研究者としては、そう言いたくもなるだろう。

「小さな水滴はすぐ乾いてしまうが、海の水は乾くことなどない。それと同じなのか、魔力も一定の値を超えると急激に安定し、汲めども尽きぬ無限の力を放つようになるようじゃの」

「重力崩壊でブラックホールができるときみたいですね」

「またおぬしはそうやって、わしの知らん面白そうな知識を口にする」

師匠が恨めしそうな顔をした。

俺が転生者だというのはお産のときにバレているので、後でまた質問攻めだろう。

「シュポ……いやフリーデは赤子ゆえ、自制などできぬ。衝動のままに魔力を喰らい続ければ、ほんの数年で戦神になってしまう可能性もある」

戦神の強さを持つ幼児か。

悪夢だ。

しつけできないぞ。

あと「シュポリン」は不採用になったので諦めてください。

師匠は困惑する俺の表情を読み取ったのか、くすくすと微笑んだ。

「フリーデの魔力は、まだ十カイトほどじゃよ。成人の人狼よりも多いが、おぬしの手に負えぬほどの力をつけるのはまだまだ先じゃ。この紋章でそれをさらに先延ばしにしてやれば、生涯戦神化せぬじゃろう」

「そうでないと困りますね」

戦神が誕生すれば大陸規模で魔力のバランスが大きく乱れ、正反対の魔力傾向を持つ戦神が自然発生する。

両者は触れるだけでお互いの魔力を消滅させていくので、共存は難しいだろう。

「これって俺やアイリアが大量の魔力を持っていたせいですかね? だとすれば、フリーデには申し訳ないことをしてしまいました」

「まあそう気に病むでない。わしがついておる」

師匠は誇らしげにちっこい胸を張り、とんとんと拳で叩いてみせた。

「幸い、大魔王職になってからは公務の大半をアイリアに丸投……いや委譲できたからの」

「師匠、いま本音が」

「ええい、わしに二代目魔王なんぞやらせおったおぬしが悪い」

あのとき他に誰がいたんだよ。

ともかく、これで俺の使命がひとつ増えた。

愛娘フリーデを正しく教育し、戦神にならないよう育て上げること。

幼くして強大な力に溺れてしまえば、きっと悲劇を招く。

親の責任だ。

胃が痛くなってきた。

すると師匠がにこにこ笑う。

「じゃから、そう心配するでない。大賢者モヴィちゃんがついておるぞ」

「ありがとうございます、師匠」

「うむうむ」

なぜか御機嫌な師匠だった。

そして俺は今、どういう訳か副侍女長のイザベルを特訓している。

「ゴアアアァッ!」

変身し、軽く吼える俺。これはまだ「ソウルシェイカー」ではない。

しかし人狼の雄叫びは、それ自体に他の生物を恐怖させる効果がある。

案の定、イザベルは歯を食いしばって膝をついた。

「くっ……!」

俺は即座に吼えるのをやめ、アインドルフ家の忠実なメイドを気遣う。

「イザベル、もうやめておこう。気力で魔力に対抗するなんて不可能だ」

だがイザベルは首を横に振る。

「いえ、対抗してみせます」

事の発端は、フリーデの泣き声だった。

魔力を吸い込んでしまうのは何とか封じたが、ソウルシェイカーをぶっ放すのはどうしようもない。

フリーデの未熟なソウルシェイカーでも、侍女たちをしばらく金縛りにするぐらいはできる。

おかげで侍女たちの疲労が激しい上に、保育にも支障が出ていた。

しょうがないので俺とアイリアと師匠が交代でフリーデの面倒を見ているのだが、三人ともミラルディアの重鎮である。

そこで「鋼の副侍女長」「不屈のイザベル」と異名を持つイザベルが、世話係への参加を申し出てきた。

そしてこの特訓に至る。

「イザベル、やっぱり無理だ」

「いいえ!」

ぐっと拳を握りしめるイザベル。

普段は冷静で澄まし顔の完璧才女だが、アイリアやフリーデが絡むと途端に熱血になるな。

アイリアの幼少期から仕えているだけあって、忠誠心が尋常ではない。

イザベルはバトル漫画の主人公のように、よろめきながら立ち上がった。

「アインドルフ家の侍女たる者、アインドルフ家のお世継ぎのお世話ができなくてどうします? 他の侍女たちに範を示すためにも、私は負けません」

無茶だって。

彼女が頑固者なのを知っている俺は、説得をあきらめた。

こうなったらとことん付き合おう。

「わかった。ではまず自分の前に、見えない盾が浮かんでいると想像しろ。それを手で支えるつもりで身構えなさい。体が動けば心も動き、心が動けば力が動く」

「はい、旦那様!」

この数ヶ月後、イザベルはフリーデのソウルシェイカーぐらいなら何とか耐えられるようになった。

魔術師の基礎トレーニングを応用したので理論上は可能なのだが、本当にできてしまったことにびっくりだ。

俺は改めて、人間の底力というものを思い知らされた。やっぱり人間は素晴らしい。

ただ他の侍女たちは挑戦してもダメだったので、人間というかイザベルが凄いだけなのかもしれない。

なおこの顛末は俺が考察して論文にまとめたので、ミラルディア大学の書庫に保管されている。

こうしてまたひとつ、文明が進歩した。