軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終わりなき戦い

374話

娘の名前は「フリーデ」に決定した。夫婦会議の満場一致による可決だ。

ここに至るまでの長く果てしない戦いについては、今はもう思い出したくない。

特に師匠がしつこかった。

しかし古王朝時代の「かわいい名前」を今つけられても困る。

「フリーデ」はアインドルフ家に伝わる由緒正しい名前であり、同時に我が王フリーデンリヒターとも重なっている。

アインドルフ家の名鑑を見たとき、もうこれしかないと思った。

フリーデンリヒター様の半分ぐらいでいいから、高潔で聡明な人物になって欲しい。

そんな願いも込めている。

娘が生まれた翌々日。

俺はアイリアの病室で、彼女に免疫力を高める魔法をかけていた。

元々は解毒の魔法だが、武器に塗られる毒には汚物のように感染症を引き起こすものもある。そのため一般的な解毒の魔法では、免疫力も高まるよう術式が組まれている。

アイリアの体調はとてもいい。さすがは魔王様だな。

ただし手術直後にカイトが測定したところによると、アイリアの魔力は十カイトほど減少していたらしい。

魔法による外部からの処置が間に合わず、生命維持のためにそれだけ消耗したのだ。

つまり普通の妊婦にあの手術を実施していたら、死亡していた可能性が高い。

もっと研究する必要があるな。

そして俺たちが見つめるのは、すうすう眠っている我が娘だ。

「三代目魔王の娘で、二代目魔王に取り上げてもらって、初代魔王に祝福された子か……」

俺がそうつぶやくと、アイリアが微笑む。

「なかなかあることではないですよ。得しましたね」

「そういう考え方もあるかな」

普通の子がいいんだけどなあ。

しかしこれで、占星術師ミーティの予言も理解できた。

死者の影とは、フリーデンリヒター様の影だったのだ。あれが本当に霊なのかは俺にもわからないが、確かに俺はあの夜、亡きフリーデンリヒター様と会った。

俺はアイリアとそんな話をしながら、ふと心配していたことを口にする。

「予言というのは、それ自身が予言を成就させようとすると聞いたことがある。予言された不幸を回避しようとして、逆に予言の結果を招いてしまうこともあるらしい」

こればかりはやり直しようもないので検証する方法がないが、そういう説もあるのだという。

「だからもしかすると、この子は自然なお産でも生まれてきたのかも知れない……」

予言については、正直なんとも言えない。

なんとも言えないが、とにかく娘は無事に生まれてきたし、アイリアも元気だ。

そしてアイリアはすっかり元に戻ったお腹を撫でながら、静かに微笑んでいる。

「こうして無事だったのですし、いいのですよ。長引かせていたら、どうなっていたかわかりません」

「そう言ってくれると少し救われるな……」

俺は立ち上がり、赤ちゃん用の寝台に寝ている我が娘を見つめた。

赤くてしわくちゃで、そしてとても小さい。

「前世では嬰児を『赤い子』を意味するアカンボウという名で呼んでいたが、確かに赤いな。アカチャンとも呼んでいた」

「アカチャン、ですか。なんだか可愛い響きですね。特にあなたの口から出てくると」

アイリアがくすくす笑っている。

フリーデは俺と同じ黒髪で、顔立ちは俺とアイリアを足した感じだ。

黒髪は金髪に対して優性の遺伝だから、アイリアの金髪は負けちゃうんだよな。もったいない。

しかしフリーデ、お前はアイリアに似て美人だな。俺の顔のパーツからも、いいとこだけ上手にもらってきている。

きっと将来モテモテだろう。

俺は嬉しくなってきて、フリーデの手をそっと握った。眠ったまま、フリーデは俺の指をにぎにぎと握り返す。

「やっと会えたな、フリーデ。君のお父さんだよ。父親になるのは初めてだからお手柔らかに頼む」

するとフリーデは目を閉じたままだが、にこっと笑った。

新生児微笑だ。

そういえば、この子もモロー反射するのかな……?

いや、するだろう。人狼の赤ん坊もモロー反射するし、クウォールの王子もモロー反射した。

つまりこの世界の人類も人狼も、前世の霊長類と同じような進化をたどってきたと考えられる。

俺がチラリとアイリアを見ると、彼女はまだ笑っていた。

「また何か、前世の学識を思い出したのですね?」

バレてる。

「君にはかなわないな……」

俺は小さく咳払いし、どれから披露しようか少し考える。

新生児が父親似になりやすい話は、理由がアレかな?

新生児微笑の話も、ちょっと情緒がない。

そんなことを考えていると、フリーデが目を覚まして小さな声で泣きだした。口を開いて、あーあーと必死に泣いている。

だがまだ、小さな声だ。声がか細い。

パーカーの言う通り、本当に儚い存在だな。

かわいい泣き声だ。

俺たちが思わず微笑んだ瞬間、フリーデから強烈な衝撃波が発生した。

「ウアアァーッ!」

これが新生児の泣き声か!?

内臓が揺さぶられるようだ。

「きゃっ!?」

「大丈夫だ、俺がついている!」

アイリアが悲鳴をあげ、俺はとっさに彼女を抱きしめる。

衝撃波は純粋な魔力で、ほんの一瞬発生しただけだ。

物理的な威力は伴っていなかったようで、部屋の内装は何ともない。俺もアイリアも特に異常はない。

だがこれは「ソウルシェイカー」じゃないか!? 変身もせずに咆哮を!?

俺の娘、俺の必殺技を生まれながらに身につけてるぞ。

それだけじゃない。

部屋を満たす魔力が魔族特有の気配を帯び、ゆっくりとうねり始めた。渦を巻いている。

渦の中心にいるのは、寝台に仰向けになったままのフリーデだ。

フリーデの体内に魔力が吸い込まれていく。

魔力を少し吸ったら落ち着いたのか、フリーデは普通の赤ん坊のようにあーあーと可愛らしく泣き始めた。

「師匠の『魔力の渦』だ……」

魔力を吸収する赤ん坊なんて前代未聞だ。

「フリーデ……大丈夫? 何ともありませんか?」

アイリアがフリーデを抱き上げると、フリーデはすぐに泣きやんだ。か細い手足を曲げて、小さく丸まる。

ここだけ見ると普通の赤ん坊だ。

だが絶対に普通ではない。

俺はアイリアと顔を見合わせ、すぐにうなずいた。

「師匠を呼んでくるから、部屋には誰も入れるな。さっきの威力の咆哮をくらったら、普通の人間だとしばらく動けなくなる」

「わかりました。あっ、おっぱいが欲しいの?」

何も言わなくても、アイリアはフリーデの要求がわかるらしい。

胸元をはだけ、娘に母乳を与え始める。フリーデはおとなしく授乳中だ。

あれならしばらくは、ソウルシェイカーはぶっ放さないだろう。

俺は廊下に出ると、アインドルフ家の侍女たちに大魔王陛下を捜していることを伝える。手分けして大至急捜そう。

すると廊下の向こうから、モンザが走ってくる。

「隊長、人虎の子たちがミラルディアに到着したって! 港でさっそく大乱闘やらかしちゃって、ベルーザ市民が七人負傷したらしいけど」

なんでベルーザに入港してくるんだよ。

あいつら港を間違えたな。

「あとね、ベルーザ市民がエルメルジアたちを見て大喜びしちゃって、人虎の子たちが身動きできないみたい。歓迎されてるってさ」

それで喜ぶベルーザ市民もどうかしてる。

確かに褐色美女が人虎に変身して暴れたら、色っぽいのが好きなベルーザの連中なんかは嬉しいだろうけど。

「これって、隊長が迎えに行ったほうが良くない?」

「今それどころじゃない。うちの娘が俺そっくりなんだ」

するとモンザが首を傾げる。

「いいことじゃない? 嬉しいでしょ?」

いや、そうではなく。

事情を説明しようとしたとき、今度は竜人族のクルツェ技官長がやってくる。

「クウォール王国カヤンカカ地方への調査隊を編成しました。ただ、調査用機材を運べる船が見つかりません。それと主戦力のカイト殿が、どうしても行きたくないとダダをこねておられまして……」

どいつもこいつも。

さらにリューンハイト衛兵隊のウェンゲン隊長まで駆け込んできた。

「ヴァイト殿、キノコみたいな連中が新市街で狼藉を働いています! 茸人族と名乗っていますが、民家や商店の軒先で胞子をばらまいて……」

ああ、西の大樹海からようやく到着したか。

「茸人族にとっては、木材も食肉も書物も『生き物の死骸』なのだ。死骸はわけ隔てなく苗床にするのが彼らの礼儀らしい。区別がつかないだけで彼らに悪意はないんだよ、ウェンゲン殿」

とはいえ、大至急止めないとまずいな。

ミラルディアも近隣諸国もようやく落ち着いてきて、無事に娘も生まれたというのに、全然ゆっくりできないな。

だがたぶん、これが俺の人生なのだろう。

これからも魔王の副官として、この日常という名の戦いが続くのだ。

ずっと。

俺は小さく溜息をつくと、事態を解決する手順を急いでまとめた。

娘のことも心配だが、今までに乗り越えた試練に比べたら、こんなものは何でもない。

「よし、片っ端から片づけていくぞ。だが最優先で師匠を探せ。魔王軍の一大事だ」

* * *

こうして俺の「地味な副官」としての戦いの日々は、終わることなく続いていく。

そしてフリーデが生まれたあの夜以降、俺がフリーデンリヒター様の夢を見ることは二度となかった。

「人狼への転生、魔王の副官(本編)」【完】