軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談/甘い企て

外伝2話

フリーデが生まれて一ヶ月が経った。

前世で言えば「新生児」の期間が終わったことになる。赤かった肌もずいぶん白くなり、人間っぽくなってきた。

フリーデは短いサイクルで睡眠と覚醒を繰り返し、起きている間は泣いているか母乳を飲んでいるか、どっちかだ。

まだコミュニケーションらしいものはない。

クウォールの諸侯会議は、パーカーとマオが奮闘したらしい。

彼らの提案により、諸侯会議は今後も存続することになった。ちょうどミラルディアの評議会のような形だ。今後はクウォールも王と議会が共存する国になりそうだ。

当面は諸侯会議が幼い王子を補佐するので、即位後も新王は諸侯に頭が上がらないだろうな。

その後どうなるかは王子の成長ぶり次第だ。

そしてその会議の場で、ザカルが率いていた傭兵たちは王家直属の屯田兵として正式に雇用されることが決定したという。新しく農地を開拓し、サトウキビの巨大農園を作るらしい。

「これが『王宮糖蜜隊』の紋章か」

クウォールから届いた手紙には、サトウキビと剣をあしらった紋章が描かれていた。なかなか格好いい。

フリーデをあやすアイリアが、手紙をのぞき込んでくる。

「屯田兵になることに、傭兵たちがよく応じましたね」

「屯田兵といっても一応は王家直属の武官だから、傭兵たちも納得したんだろうな。農作業が嫌なヤツには、製糖作業や警備をさせるそうだ」

国家公務員としての安定した収入。

そして王家直属という名誉と社会的地位。

収入と社会的地位が保証されていれば、ちゃんと真面目に働ける者は山賊の真似事なんかしなくても済む。

うまいこと考えたな。

「クウォールは今後、ミラルディアやワに対して砂糖輸出で財政を潤していくつもりだ。王家直営のサトウキビ農場があれば、王家も自分で稼げるようになる。課税で揉めることも減るだろう」

するとアイリアが微笑みながら、こう続けた。

「そして砂糖の供給量が増えることで、我々が買う砂糖の価格は値下がりする。そうですね?」

「その通りだよ、敬愛する魔王陛下」

このへんはマオの入れ知恵だろう。

悪辣なマオをパーカーがいさめるというスタイルで交渉を進め、この案に落ち着いたらしい。

いわゆる「良い警官、悪い警官」というヤツだな。

砂糖の仕入れに関する協定を見たが、かなり狡猾だ。

ミラルディアは毎年一定量の買い取りを約束する代わりに、買い取り義務分は相場より少し安く仕入れる権利を持つ。買取量が多いため、この差額分の利益だけでも相当なものだ。

他にもトラブルが起きた場合はミラルディア側が有利に話をまとめられるよう、用心深く取り決めをしてある。さすがは悪徳商人だ。

「我々はクウォールから砂糖を安く仕入れ、ミラルディアやワで大量に売りさばく。両国の砂糖生産は微々たるものだから、砂糖市場をほぼ独占できるな。ボロ儲けだ」

俺が笑うと、アイリアは首を傾げた。

「しかしこんなに大量に輸入して、本当に消費しきれるでしょうか?」

「大丈夫だよ。人間は甘いものには勝てない。消費量はこれからどんどん増え続けるだろう。菓子文化の普及のために、ミラルディア大学に製菓職人の養成課程を作ってもいい」

転生者の俺にとっては、ついに我が世の春が訪れたことになる。

ミラルディアの甘味は素朴すぎて物足りないんだよ。

一方、砂糖大根の栽培が盛んなロルムンドは、なかなか良かった。

我が国のスイーツも、あれぐらい甘くなると嬉しい。

アイリアはフリーデをベッドに寝かしつけると、俺を振り向いて苦笑した。

「前世のことを思い出しているのですね?」

「ああ。前世の甘味は素晴らしかった。庶民でさえ、砂糖たっぷりの菓子を思う存分食べられたからな。こちらの貴族たちよりも豊かな食生活を送っていたよ」

砂糖や卵やバターが高価なせいで、菓子類はどれもとびきりの贅沢品だ。

ミラルディアの場合、クッキー一個が千円ぐらいすると思っていい。

無慈悲すぎる値段だ。

「やっと平和になったんだ。この平和を維持して、みんなで美味しいもの食べてのんびり暮らしたいな」

「そうですね」

魔王と副官の会話とは思えないが、俺とアイリアの偽らざる気持ちだ。

そうだ、今のうちに菓子作りを練習しておこうかな?

いつかフリーデに、「お父さんの作るお菓子おいしい!」って言われたいし。

ふふ、悪くない。

悪くないぞ。

フリーデの世話は大変だったが、幸い俺は育児を手伝った経験がある。

俺はフリーデを沐浴させながら、思わず苦笑した。

「人狼の隠れ里にいたときは、近所の赤ん坊をよく世話してたよ」

仰向けになった赤ん坊の胸に薄い布を掛けておくと、赤ん坊は安心する。

沐浴布には、魔力の吸引を防ぐ魔除けの刺繍が施されている。いつソウルシェイカーをぶっ放すかわからない。

木製のたらいに浮かんだフリーデは、瞑想する行者のような顔でくつろいでいる。風呂好きな娘だな。

フリーデの首はまだ据わってないから、後頭部と背中を同時に保持する必要がある。慣れれば片手で簡単にできる作業だ。

その光景をのぞき込みながら、アイリアがつぶやいた。

「前世でも、よくこういうことをしていましたか?」

「いや、前世では赤ん坊に触ったこともなかったな……」

そう考えると、転生後に獲得した知識や技術も結構大きい。

「それはそれとしてアイリア、君は書類仕事がまだ終わってないだろう? 早く目を通してサインしてくれ」

「わかっています」

ちょっと拗ねたような顔をして、机に戻る魔王陛下。

頼れる副官がこうして姫君の世話をしているのだ。その間に執務をして頂かないとな。

するとフリーデが、ちっちゃな口をむにょむにょと動かした。脱力して欠伸をする。

「お、気持ちいいのか? 風呂好きで助かるよ、フリーデ」

俺が思わず笑った瞬間、水面にこぽこぽと泡が浮いてきた。

「……おならした」

アイリアがイスをガタッと蹴って立ち上がる。

「えっ!? 見たいです」

「君は書類だ」

すごすごと戻っていく妻の背中を見て、俺はなんだかおかしかった。

この時期の赤ん坊は短いサイクルで睡眠と授乳を繰り返すため、母親はほとんど眠れない。

貴族の家庭では乳母を雇うのが一般的だが、なんせソウルシェイカーをぶっ放す赤ん坊だ。

仕方ないのでアイリアが全部授乳を担当している。

せめて育児休暇が取れればいいんだが、魔王陛下にそれは難しい。

だから本当に重要な仕事だけはアイリアにお願いして、後は俺や他の者がやるようにしている。

でもアイリアの仕事、もうちょっと減らせないかな。

考えながら沐浴を終え、ふとアイリアを見る。

彼女は机に向かったまま、うとうととうたた寝をしていた。元気そうに振る舞ってはいるが、やはりかなり疲れているんだな。

あの魔王軍の機密書類は俺が処理しておこう。

俺は湯上りのフリーデに、そっとささやいておく。

「お母さんは疲れて寝ているから、今は泣かないでくれよ」

それが甘い考えであることも理解しつつ、俺は左手で娘を抱きながら右手でペンを取った。