軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人狼飯

350話

ワジャル公アマニの体調が気になったので、俺は昼食の予定を変更した。

「パーカー、行方不明中の報告を頼む」

「ああ、うん。僕が調査に出発した直後に、沿岸諸侯軍が進軍を開始しただろう?」

パーカーは戦闘に巻き込まれることを懸念し、同時に傭兵隊を警戒したという。

「傭兵隊が来ると調査どころじゃないから、逃げるついでに調査を済ませてしまおうと思ったんだ」

彼は調査を継続することにして、王都エンカラガの上流にあるワジャルまでたどりついた。

王都より上流に傭兵隊が来ることは当面ないだろう、と判断したらしい。

「そこで街の噂や古い遺跡、民間伝承なんかを調査してたんだけど、そしたらワジャル公の体調が悪いと聞いてね。これはいけるんじゃないかと」

どうやら最初は恩を売りつけてコネを作ろうと思ったらしい。

「聞けば聖河病らしいから、僕にも何かできるんじゃないかと思ったんだ。ただ……」

「ただ?」

「アマニ殿は父君から太守の座を譲られたばかりらしいんだよ。苦労しているその姿が、君の奥さんと被ってね。放っておけなかったんだ」

「……そうか」

そういう理由だと、もう怒るに怒れないじゃないか。

ワジャル公アマニが、そっと微笑む。

「パーカー殿がおいでになったとき、私はかなり体調を崩して寝込んでいました。パーカー殿が家畜の肝を煮たり焼いたりしてくださったおかげで、ずいぶん良くなりましたよ」

優しい微笑みだ。顔立ちは全然違うが、確かにどことなくアイリアに似ている。

「ですがその、肉が苦手な私には肝は……あまり食べることができず、無理をすると戻してしまいますので……」

パーカーが溜息をつく。

「味も匂いもわからないことを、今ほど恨めしく思ってたことはないよ。僕はもう、誰かを救うことができないんだ」

「そんなことはないさ。少なくとも重篤な症状になるのは防げたんだ」

味覚を失ったパーカーが、見ず知らずの異国の人のために食べ物を作った苦労。

温かい心がなければ、そんなことはできないはずだ。

俺は兄弟子のことを、また少し尊敬する気になれた。

そこに凶悪なモヒカン大男が、のしのしやってくる。

「おう、どうしたどうした!? 俺の力が必要ってことは、一戦始まるのか!?」

「いや、一戦してもらうのは、かまどの前だ」

俺はベルーザ陸戦隊のグリズ隊長にアマニを紹介し、事情を説明した。

「せっかくのもてなしだ。体に良くて、アマニ殿に美味しく召し上がっていただけるものがいい」

「ほう、そういうことか」

巨漢はニヤリと笑い、ごつい腕を組んで何度もうなずいた。

「よっしゃ、任せときな」

「ただし条件がある。使う食材は鶏のささみだ」

「旦那、アマニ様ってのは肉が苦手なんじゃないのかよ」

「だから食わせるんだ。あと煮るのは禁止だ。滋養が煮汁に出てしまう」

「なんだよそりゃ、ずいぶん細けえな……」

グリズ隊長が腕組みしたまま、首をひねる。

「肉嫌いに肉を食わせるとなると、一苦労ですぜ。なんせ俺は肉が好きだから、肉嫌いの好みなんてわかんねえ」

「心配するな、俺もわからん」

アマニの話によれば、肉の匂いも味も食感も好きではないとのこと。

「こりゃ本当に一苦労だ」

「だから本職に来てもらったんだよ。俺の手には負えん」

「俺は陸戦隊の隊長ですぜ?」

「ベルーザ食堂の店長だろ?」

そう言われると、巨漢はニヤニヤ笑った。

まんざらでもないらしい。

「じゃあまあ、いっちょやりやすか」

モヒカンの戦士はエプロンを取り出した。

分厚い胸板にエプロンを着けたグリズが、慣れた手つきでささみの筋を包丁で取り去る。

「リューンハイトでベルーザ料理屋をやってみてな、意外だったのが『磯臭え』って反応だったんですぜ」

ベルーザは港街だが、リューンハイトは内陸の街だ。

冷蔵庫もないし物流も徒歩や馬だから、みんなシーフードには慣れていない。

「海魚や貝の干物でさえ苦手だってんだから、もうどうしようもねえ。最初は苦労したさ」

筋を取ったささみを、まな板の上でグリズが刻んでいく。みるみるうちに、鶏肉がネギトロのような細かいミンチになっていった。

「調味料や材料、あとは調理法も変えてみたりしてよ。おかげで鍛えられましたぜ」

「なるほどな」

ベルーザ陸戦隊がリューンハイトで勝手に経営している料理屋は、新市街の名所になっている。

「今回は味に匂いに歯ごたえ、それに後味。いろんなものを消さなきゃいけねえ。なら原型を留めないぐらい破壊してやるのが一番だ。挽き肉にしてやる」

微妙にモヒカンっぽい。

ささみのときとは対照的に、今度はタマネギと根菜を粗めに刻んでいく。

「タマネギと根菜は粗みじんがいい。シャキシャキした歯ごたえを囮にして、ささみ特有の歯ごたえを偽装しやす」

こいつが言うと何かの悪事にしか聞こえないが、料理だよな?

グリズは卵を片手で割り、殻を使って器用に卵白と卵黄を分ける。卵白をつなぎに使うつもりのようだ。

彼が卵白を泡立て始めたのを見て、俺は質問した。

「歯ごたえはそれでいいとして、味と臭みはどうする?」

「臭みは簡単ですぜ。川魚の泥臭さを消すのに、香草や香辛料をいろいろ仕入れてきやしたからね。クウォールミカンの葉にしやしょう。ミカンの香りになりやすからね」

ミカン風味のミンチか……。

グリズがぽつりとつぶやく。

「正直、俺は入れねえ方が好きなんだが、料理ってのは食べるヤツのために作るんだからしょうがねえ……」

正論だな。

「野菜の香りとミカンの葉の香りで、ささみの淡泊な肉の香りすら無慈悲に抹殺する」

「ああ」

「さらに果実酒でとどめを刺す。しっかり息の根を止めやす」

やっぱり悪事の密談を聞いてるようにしか思えないんだが、その表現なんとかならないのか?

だがグリズ隊長の表情は真剣そのもの、眉間にしわを寄せて、知識と経験を総動員させているようだ。

「後は味だ。砂糖たっぷりの甘だれに絡めてみやしょう。余裕があれば衣をつけて揚げるんだが、こんなとこで揚げ物は作れねえし」

「すまんな、野外料理で」

「なあに、ベルーザ陸戦隊はどこでも旨いものを食うのが信条ですぜ! 世界一旨い飯を食ってるから、世界一強い!」

ミンチをこねながら、凶悪なモヒカン隊長はにっこり笑ってみせた。

世界一旨い飯、か。

そうだな。健康に良くても、まずかったらだんだん食べなくなるよな。

ナイアシンは確か水溶性だったと思うので、煮てしまうと煮汁に溶けだしてしまう。

だが待てよ。

それならいっそ、煮汁ごと飲むようなものにすればいいんじゃないだろうか。つまり吸い物だ。

それに肉や魚以外だと、キノコが意外とナイアシンが多かったような気がする。

こちらの世界のキノコがどうなのかはわからないが、どのみちだしを取るのに使えるからやってみよう。

俺も少し興味を覚えたので、完成したつくねだねを少し分けてもらう。

つみれとして使わせてもらおう。

とりあえず湯を沸かし、だしを取るところから始める。

「アマニ殿はキノコはお好きかな?」

「ええ。あまり食べませんが、嫌いではありません」

「それは良かった」

クウォールで好まれるキノコの干物を何種類か入れて、だしの味に奥行きを出す。

つみれは一口サイズに小さくすくい、ナイアシンが溶け出すことを期待する。いっそ具は食べなくてもいい。

最後に隠し持っている醤油で香りをつけて完成だ。

味見をしたが、微妙に足りない味がする……。かつおだしが抜けてるせいだろうか。

まあいいだろう。アマニは魚が苦手だ。

後は香りをなるべく感じないよう、冷ましてから飲んでもらうとしよう。

俺は涼しい木陰でテーブルに布を敷き、ワジャル公アマニを呼ぶ。

「ということで少しお時間を頂いたのですが、何とか完成しました」

「は、はい……」

予想外の展開すぎたのかぼんやりしているアマニに、俺は笑いかける。

「これが聖河病の治療に役立つ、薬膳料理です。少し苦手かもしれませんが、健康のためにも是非召し上がってください」

密談にやってきたら食事療法を受けるとは、さすがに彼女も予想外だったのだろう。

しかしそこは太守、にっこりと微笑む。

「急な来訪にも快く応じてくださり、しかもこのようなもてなしまで。感謝に堪えません」

俺はとっておきの営業スマイルで応じる。

「兄弟子の努力を無駄にしたくないだけですよ。お口に合えばよろしいのですが」

アマニは恐る恐るといった様子でキノコの吸い物を一口飲み、それから驚いたような顔をする。

「肉の香りがほとんどしません。キノコの香りと、それからこれは何でしょうか、魚醤に似ていますが、もっと優しい……」

「大豆を発酵させた調味料です。肉の臭みを消しますし、魚醤と違って生臭くありません」

「なるほど……クウォールにはない味ですが、とても良い香りです」

異世界から伝来した吸い物を飲むワジャル公。

つくねも気に入ってくれたようで、そちらも甘だれに絡めてもぐもぐ食べていた。

「野菜のせいか、挽き肉の味や食感はそれほど気になりません。ミカンの香りが爽やかですし、たれが甘くて美味しいです。これでしたら食べられます」

「そいつは良かった。作り方は後で紙に書いておきますぜ。お雇いの料理人に渡しておくんなせえ」

鍋を洗うエプロン姿のモヒカンが、ニヤッと笑った。

軍人をやらせておくには惜しい男だな。

アマニは出された料理を全て食べて、ほっと溜息をつく。

「とても美味しい食事でした。これでしたら、毎日でも無理なく食べられると思います」

「それは良かった。食事さえ気をつけていれば、聖河病を恐れる必要はありません」

俺は笑いかける。

「聖河病が治ったら、アマニ殿のお好きなものを御一緒しましょう。それまではどうか、くれぐれも御自愛ください」

するとアマニも笑う。

「贅を尽くした饗宴にはさほど心動かされませんが、このおもてなしには本当に心を揺さぶられました。私の身を案じてくださった優しさが、ひしひしと伝わって参ります」

彼女は空になった皿に視線を落とす。

「ヴァイト様はミラルディア女王の伴侶、貴人中の貴人であらせられます。私のような異国の者のために、手料理でもてなしていただけるとは……。私の生涯において、消えることのない誉れとなりましょう」

そんなに誉められると嬉しいけど、さすがに居心地が悪い。

「大仰ですよ。私は平民の出、それも人間と敵対していた魔族です」

俺は照れ隠しに笑うしかなかったが、外交官としてこう続けた。

「私もパーカーも、ミラルディアの者たちは皆、クウォールに親しみを感じております。この国に平穏をもたらすお手伝いをさせていただければ、来た甲斐もありますよ」

これだけだと嘘っぽいので、もう一言付け加える。

俺は芝居がかった仕草と口調で、アマニに意味ありげに微笑んでみせた。

「ついでに砂糖などの交易で、少し儲けさせてください。我が国はそれで十分にございます」

領土的野心などは一切ないということは信じてもらいたい。

そのための一言だ。

アマニはきょとんとしていたが、やがておかしそうにクスクス笑い出した。

「不思議な方ですね、ヴァイト様は」

「クウォールの方は皆、そう仰います」

なんでだろうな。