軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王の死者と死者の王

351話

ワジャル公アマニとの会談は、その後極めてスムーズに進んだ。

「カルファル公とも相談していたのですが、ポワニ殿はミラルディアは信頼できそうだと話しておられました。特にヴァイト様は、利に聡く情に篤い方だと」

「恐縮です」

俺は食後のハーブティを飲みながら、なんだかくすぐったい気持ちで笑う。

アマニは続けた。

「利に疎い方とは長期的な取引はできませんが、情のない方は信頼できません。傭兵隊長のザカルは利には聡いようですが、情はまるで感じられませんね」

「彼は敵を作り、敵味方の線引きをはっきりさせることで味方を囲い込むという方法を好むようです。彼にとって貴族は手頃な敵ですよ」

ザカルの新兵勧誘の方法などを見ていると、その傾向が目立つ。

雇い主のバッザ公を悪く言うことはさすがにないが、それ以外の貴族は手当たり次第にやり玉にあげている。「貴族どもはクソだが、俺は違う。お前の欲しいものを与えてやれる」みたいな主張だ。

砂糖菓子をつまみながら、アマニは苦笑する。

「手頃な敵にされてしまった側としては、敵のままいてあげるほうが良いのでしょうね。味方になりたいとは思いませんし」

「彼の味方というのはつまり、彼に利用される手駒ということですからね。傭兵たちに同情します」

俺の脳裏に、ちらりとクメルク副官の笑顔が浮かぶ。

彼はザカルの手駒としてよく働いているが、国王暗殺についてはなにも知らない様子だ。

アマニは真顔になり、こう言った。

「聖なるメジレに沿って街が並ぶクウォールにおいて、カルファルとワジャルは上下から王都を支える要です」

新幹線でいえば上野駅と品川駅みたいなものか。

少し違うかもしれないが、俺は勝手に納得する。

アマニは続ける。

「それゆえカルファル公も私も、王家を守るために全力を尽くす所存です。ですが陛下不在の状況で軍を動かすと、諸侯の妙な疑いを招きますので……」

それは俺も困ってるところだ。

カルファル公はバッザ傭兵隊の攻撃を受ける前に、衛兵の大半を巡回の名目で周辺の農村に分散させていた。

元々本気で戦うつもりなどなく、降伏時に「兵が出払っていて籠城はできなかった」という言い訳を作るためらしい。

そこにザカルが空気を読まずに全力で攻撃を仕掛けたため、カルファルはあっという間に陥落してしまった。

カルファル衛兵隊の大半はそのまま周辺の農村に駐留しており、ワジャルにはワジャル衛兵隊がいる。農村の自警団なども合わせると総兵力は三千ほどになり、ザカルと一戦交えられる規模になるという。

だが今は国王が行方不明、クウォール史上でも例のない異常事態だ。王都の周辺で軍が動けば、民衆も諸侯もクーデターだと勘違いしかねない。

しがらみのないザカルと違って、身動きが取りづらいのがこちら側のつらいところだ。

だがとりあえずパーカーが帰ってきたので、俺はさっそく彼をこき使うことにする。

「パーカー、殺された人物が国王本人か確かめたい。国王の生死は今後の計画を立てる上で非常に重要だ」

王家は沈黙を貫いているので、殺されたのは国王本人とみて間違いないだろう。

だが確認は必要だ。

それに王家側の事情も知っておきたい。

夜になるのを待って、俺はパーカーと共に惨劇のあった廃墟へと赴いた。

アマニも同行すると言い出したので、確認のために一緒してもらう。

傭兵隊の監視をくぐり抜けるのに一苦労だったが、俺たちは無事に廃墟にたどりつく。

「死臭が凄いな」

「服についちまうぞ」

護衛の人狼たちがつぶやくので、俺はアマニが臭気を感じる前に魔法で彼女の嗅覚を鈍麻させることにする。

焼いた肉の匂いでもダメな人だからな。死臭はさすがに無理だろう。

「失礼」

彼女の鼻をちょちょいとつつき、嗅覚弱体化の魔法をかける。弱体化は強化の裏返し、表裏一体だ。

「これでもう大丈夫ですよ」

「え? ええ……」

事情がわからないアマニは鼻を押さえ、不思議そうな顔をしている。そんな仕草はアイリアを思わせた。

なるほど、パーカーが親近感を覚える訳だ。

惨劇のあった井戸にたどり着くと、パーカーがうなずいた。

「怨念が色濃く漂っているね。これは説得が難しそうだ」

「できるか?」

「もちろんさ」

パーカーはニコッと笑ってみせた。

「僕の話術をもってすれば、死霊だって爆笑するよ?」

「おいよせ、やめろ」

「冗談だよ?」

本当か?

パーカーは持参した香を焚き、井戸に蜂蜜酒を供える。

なんだか本当に死霊術師っぽいな。

「我が声に驚くなかれ、我はパーカー。遠きミラルディアの地より来たる、死霊術師なり」

以前とは違う、優しく語りかけるような声だ。

香の煙が広がってくると、死臭もずいぶん薄れた。さらにパーカーは酒瓶の封を切り、蜂蜜酒を井戸に注ぐ。

「非業の死も残したる未練も、今は遠くに去りて消えゆくばかり。されど我はその未練を汲みて、汝が声に耳傾けん。いざ語れ、我こそはパーカー。死者の声を聞く者なり」

なんか雰囲気変わったな。

この優しい感じ、師匠のやり方に似ている。

兄弟子殿も成長してるんだな。

俺がそんなことを思っていると、古井戸に光る霧のようなものがゆらゆらと現れた。

その霧の中にときおり、例の青年の姿が明滅している。

「陛下!?」

アマニが急に叫んだので、霧はスウッと消えかかる。

俺は慌てて、彼女に告げた。

「すみません、大事なことを失念してました。死者は肉体を持っていませんから、生者の放つ力強い声は暴風と同じなのです」

「そ、そうなのですか……。それは失礼いたしました。ですがあのお姿、紛れもなくパジャム二世陛下です」

あの姿は死者自身の記憶だ。だから多少美化されていることもあるが、霊の生前の姿といっていい。

どうやら殺されたのはパジャム二世本人のようだ。

パーカーは真顔で語りかける。流暢なクウォール語だ。

「ミラルディアを統治する大魔王の弟子、死霊術師のパーカーにございます。突然のお呼びだて、誠に申し訳ありません」

白い霧はゆらゆら揺れながらも、微かに声を発する。

「よい……苦しゅうない……ここはどこか……余はどうなった……」

死者が見ている世界は、我々生者とは全く違う。

彼の意識は今、暗闇の中をさまよっているはずだ。

「陛下はバッザ傭兵隊長ザカルに殺されたと聞き及んでおります。相違ございませんか?」

パーカーの声はどこまでも優しい。

白い霧はじれったくなるほど長く沈黙していたが、やがて声を発した。

「そうだ……思い……出した……。余はザカルと名乗る狼藉者に殺されたのだ……。ヴァイト卿と会うはずが……騙された……」

白い霧がどす黒く濁ってくる。

まずい、悪霊化しそうだ。

俺はとっさにアマニをかばったが、パーカーは落ち着いた様子で王の霊を慰める。

「そのヴァイト卿をこちらにお連れしております。陛下、ヴァイト卿に事情をお話しなさいませ」

俺に?

パーカーは俺の動揺など素知らぬ様子で、歌うように告げる。

「この者は北の大陸で無敵を誇った、英雄の中の英雄にございます。智・仁・勇、いずれも天下無双の猛将、必ずや陛下の無念を晴らしてくれましょう」

おいおい。

だが王の霊は黒く濁るのを止め、灰色の霧となって揺らめく。

「見えぬ……どこだ……。ヴァイト卿はどちらにおわす……」

こうなるともう、俺も知らん顔はできない。

俺は亡霊の前に右膝をつき、頭を垂れる。

「パジャム二世陛下。ミラルディア魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフ。ここにおります」

霊との対話は師匠のもとで少し学んだ。

死霊術師の制御下にある霊となら、俺も問題なく意志疎通ができる。

王の亡霊は白い霧の中に生前の面影を映しながら、俺に尋ねてくる。

「会いたかったぞ、魔王の副官よ……。貴殿が余を謀殺した訳ではないのだな?」

「そのようなこと、断じていたしておりません。私がカルファルまで参りましたのも、この争いを仲裁するため。陛下にお会いし、お諫めするためにございました」

すると王は霧の中で首を傾げる。

「諫める……?」

死んでしまった人に厳しいことは言いたくないが、死者に変な嘘や言い訳をしないほうがいいことを俺は経験で知っている。

死者に対してはバカ正直が一番いい。彼らはもう、失うものが何もないからだ。

だから俺はこう言った。

「港への強引な課税は諸侯や民衆を苦しめます。銀貨は無から生じる訳ではありませんぞ。諸侯や民衆が汗水垂らして築いた財を、やすやすと手に入れられるとお思いにならぬことです」

アマニが俺の背後で、人間が緊張したときの匂いを漂わせている。

王に意見するなど、怖くてできないのだろう。

だが俺はミラルディアの者だし、さらに言えば魔王軍の将だ。異国の人間の王など、生きていようが死んでいようが畏れる理由などない。

人狼の武将らしく、俺はニヤリと悪役っぽく笑う。

「私は陛下のような方を幾度も打ち破ってきましたぞ。陛下をお諫めするためなら手段を問わぬつもりでした。ですが……」

もうそれが叶わないことを思い、溜息をつく。

「あくまでもそれはクウォールの政情を安定させ、ミラルディアとの交易を維持するためにございます。陛下のお命を奪っては、政情の安定どころではありません」

王の霊は俺の言葉をじっと聞いていたが、やがてこう返す。

「そうか……では全て、余の軽率さが招いた結末なのだな……」

その通りなので、俺は無言で頭を垂れる。

パジャム二世の霊は、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

「余は貴殿と会談できれば、事態は解決すると思ったのだ……」

死せる王は自らについて、ゆっくり語り始めた。