軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狩猟王ヴァイト

289話

俺も今まで、いろんなヤツと戦ってきた。

だが虎というか猫科の魔物と戦うのは、たぶんこれが初めてだ。

ヌエが吼える。ヌルッとしたしなやかな動きのせいで、次の行動が読みづらい。おまけに猛烈に速かった。

「うおぉ!」

凶悪な爪の一撃を読み切り、前脚を受け流すことでかろうじてかわす。

前世で猫パンチをくらって慣れていたのが、多少役に立ったかもしれない。

俺の黒い狼の毛を、攻撃の余波がかすめていく。風圧だけでも人間ぐらいならよろめかせるだけの力があった。受け流す腕が痛い。

直撃をもらえば人狼でも二、三発で動けなくなるな。

一応高速治癒などの呪文はかけてあるが、回復が追いつかなくなりそうだ。

だが逃げ回っていても、永遠に決着はつかない。そのうちクリーンヒットをもらってしまう。

こいつを倒すしかない。

繰り出される爪の下をかいくぐり、パンチを放つ。

「うおりゃあぁっ!」

どこに当たったかはわからないが、いい手応えがあった。拳を深く押し込み、骨まで砕けろと力をこめる。

「大将!」

「隊長!」

ジェリクたちの声が聞こえてくるが、今はそれどころではない。

本当は連携して戦うつもりだったんだが、ヌエがかなり手強いから俺一人でやったほうが安全だ。牽制だけしていてもらおう。

「二人とも、常にこいつの背後をとれ! 注意を散らすんだ!」

「おう!」

しかし幾度かの攻撃の応酬の末、俺は妙なことに気づいた。

ひとつめは、ヌエは背後からの牽制に全く動じていないことだ。

ジェリクたちがヌエの背後に迫ると、しっぽの蛇がシャーッという威嚇音をたてる。

するとヌエ本体が背後を確認する。

視覚や思考は共有していないようだが、ヌエは常に後方への見張りがいる状態らしい。

もうひとつは、ヌエへのダメージが蓄積していないことだ。

俺はさっきから何度もヌエにパンチやキックを叩き込んでいる。いくら魔物でも、これだけ殴られれば動きが鈍ってくるはずだ。

ところがそんな様子が全く感じられない。ヌエの動きは疾風のように素早く、その一撃は風圧を伴うほどに強烈だ。

魔力の流れを見たところ、どうやらこいつは俺の「ソウルシェイカー」に支配された空間からでも魔力を吸収しているようだ。

ずるいぞ。その魔力は全部俺のものだ。

こうなってくると、「自分は周囲から無尽蔵に魔力を吸い上げて好きなだけ回復し、相手の魔力は枯渇させて倒す」という俺の戦術が通用しなくなってくる。

この森の中は超高密度の魔力が流れているから、相手がこれを回復に回しているのなら決着がつかない。

「おい大将、大丈夫か!?」

「いや、大丈夫なことは大丈夫なんだが……」

ヌエの爪と噛みつきを続けて受け流しながら、俺は途方に暮れる。

この程度の魔物、今さらどうということはない。油断したら俺も一瞬でボコボコにされてしまうだろうが、もっと恐ろしい連中は過去にいくらでもいた。

しかしこれ、どうやって倒せばいいんだろうか。

蹴っても殴ってもヌルヌル回復していくぞ。

こんなことなら魔撃銃を持ってくればよかったな。ワに詳細を知られたくなかったので持ってこなかったが、ちょっと後悔する。

そう思いながら何度目かの攻防を開始したとき、周囲が騒がしくなってきた。

「あっ、あそこだ!」

「ヴァイトさんが戦ってるぞ!」

「うわ、あれなに!? でっかいなー!」

「ひゃー怖い!」

鎌や鉈で武装した猫人たちが、ニャーニャー騒ぎながら現れた。ようやく追いついたらしい。

でも戦力にはなりそうにもないな。

だが猫人たちが現れた瞬間、ヌエの動きが突然おかしくなった。

周囲の猫人たちを見て、落ち着きを失ったようにうろうろし始めたのだ。俺との戦いは続けているが、もう注意が散ってしまっている。

「なんだ?」

俺はヌエの動きを観察し、ハッと気づいた。

「そうか!」

俺の予想が正しければ、こいつでケリがつく。

俺はヌエに飛びかかると、慌てて逃げようとしたヌエの脇腹にしがみついた。これは賭けだ。

「くらえ!」

俺は使い慣れた呪文をひとつ、ヌエの体に送り込んだ。

直後に俺を振り払ったヌエは、反転して俺に攻撃しようとする。

だが突然、恐ろしい悲鳴をあげた。

「フギャアアアァ!」

ごろごろと転げ回り、四肢をめちゃくちゃに振り回す。口からは泡を噴いていた。

どうやら予想が当たったようだ。

「みんな後退しろ! 動きが止まるまで近づくな!」

俺は猫人たちを下がらせ、ヌエの動きを用心深く観察する。

するとジェリクが警戒しながら近づいてきた。

「なあ大将、ありゃどうしちまったんだ?」

「あいつに高速治癒の魔法をかけたんだ。それが今、あいつの体内で暴走してる」

俺は自分の傷を治しながら、幼なじみの親友に笑いかける。

「あいつのしっぽの蛇は、頭と意志を共有していなかった。別の生き物なんだ。翼もそうだ。空は飛べないにしても、羽ばたけばジャンプの補助ぐらいにはなる。なのに全く使わない」

俺が話している最中も、ヌエは転げ回って木々をなぎ倒していく。岩にぶつかり血が飛び散るが、ヌエは転げ回るのをやめない。

「そしてあいつは猫人を襲わなかったし、猫人の声に異様な反応を示した。だから気づいたんだ」

俺はジェリクをもう半歩だけ後ろに下がらせながら、つぶやく。

「あいつは猫人の変異体だ。変異が進みすぎてもう戻れなくなっているから、逆に高速治癒で変異を加速させてやった」

残酷な方法だが、俺の魔法ではこれ以外に使えそうなものがなかった。

ヌエの動きが次第に鈍くなっていく。後ろ足の関節が増えて、歩けなくなっていた。背中の翼も五枚になっているが、形がメチャクチャだ。

治癒魔法とは、肉体を元の状態に戻す魔法の総称だ。

だが変異体の場合、肉体に「元の状態」が記憶されていない。常に変異を繰り返しているからだ。

これは腫瘍などでも同様なので、たとえばロルムンドの皇帝バハーゾフ四世の病気は治癒魔法で治すことができなかった。

ジェリクは微かに同情をにじませながら、俺に問いかける。

「なあ大将、こいつを元の姿に戻してやる方法はなかったのかい?」

「ないんだ。『元の姿』が失われているから、現存する魔法技術ではどうにもしてやれない」

脳にまで変異が及んでいたようで、同族とも意志疎通ができなかったからな。

いずれは脳が完全に変異して、あのヌエは猫人も襲うようになっていただろう。

治癒魔法は取り扱いが危険なので、ちょっとルール違反をすればすぐにこうなる。俺が勇者アーシェスとの死闘で勝機をつかめたのも、間違った治癒魔法を使ったからだ。

今回は相手が「ヌエという種族」ではなく「猫人の変異体」だったので、高速治癒の魔法が効いた。

しかし、正視するのがつらい光景だ。

やがてヌエはぴくぴくと痙攣し、動かなくなった。

俺は警戒しながら慎重に近づき、人狼の鉤爪に魔法をかけた。こいつの苦しみを早く終わらせてやろう。

「許してくれ」

決着は一撃でついた。

しかし、この勝利に喜びはなかった。

「やった!」

「ヴァイトさんすごい!」

「人狼って強いなー!」

「狩りの王様だ!」

まだ事情を知らない猫人たちが歓声をあげるが、正直この事実をどう伝えたものか悩む。

だがこのヌエの身元も確認してやらないといけないし、伝えない訳にもいかないだろう。

「実は……」

俺はイズシたち世話役に、そっと事情を伝える。

世話役たちはびっくりしたが、みんなしてヌエの死骸におそるおそる近づいていった。

しばらくウニャウニャ相談した後、イズシが振り返る。

「隣の集落のダンダって猫人に似てるらしいよ。毛並みと目の色がそっくりだって。少し前に行方不明になってたし」

「……そうか」

お前の名はダンダか。

もう少し早く出会えていれば、助けられたかもしれないな。

翌朝、猫人たちによってヌエ……いや変異したダンダは丁重に弔われた。遺骸は共同墓地に埋葬され、慰霊のために立派な「ダンダ塚」が作られる。

「ヴァイトさん、ヴァイトさん」

俺がダンダ塚に手を合わせていると、イズシたち世話役が近づいてきた。

みんな喪服姿で、そして真剣な表情だ。

「昨夜はありがとうございました、ヴァイトさん。猫人族を代表して、ヴァイトさんに『狩りの王様』の称号を差し上げます。猫人族に伝わる、最も格式高い称号です」

「ありがとう」

格式高い称号だから謹んで賜るが、できればもう少しだけかっこいい響きだともっと嬉しかった。

「それと今回の件、ヴァイトさんから魔術師としての意見を聞きたいのですが」

改まった口調で世話役の一人が言ったので、俺は「あくまでも一般論だが」と前置きした上で説明した。

「猫人は魔力との親和性が高い種族だと聞いている。体内に大量の魔力を蓄積できる、大きな器があると考えてくれ」

猫と魔法はこちらの世界でも縁が深い。

「そしてこの土地は魔力があふれかえっている。高濃度の魔力で汚染されている、といってもいい。その魔力を大量に蓄積した猫人の体内で、変異が起きてしまったんだと思う」

魔力は何にでもなるエネルギーだから、何だって起こり得る。

ガソリンや火薬より反応性の高いエネルギーだから、軽々しく貯め込むと命取りだ。

俺はそう説明し、専門家として世話役たちにこう言うしかなかった。

「おそらく今後も、こういった事例は起こり続けるだろう。事件にならなかっただけで、同じ事例は過去にもずっと起きていたはずだ」

変異の大半は生存に不利なもので、簡単に致命的な事態を招く。変異した猫人のほとんどは、人知れず絶命していたはずだ。

ダンダの場合は変異が偶然うまくいって、とんでもない怪物ができてしまった。

それだけだ。

「なるほど……」

世話役たちは難しい顔をして黙ってしまった後、俺に礼を言って、いったん帰っていった。

彼らが「アソン様の秘宝を引き渡すので助けてほしい」と申し入れてきたのは、その日のお昼前だった。