軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

猫人、就職する

290話

ヌエの件が片づいて二日ほどすると、猫人たちの支配地域に多聞院の役人たちが押し掛けてきた。

ワの一般市民は猫人を「神通力を持つ神秘的な種族」だと思いこんでいるので、下っ端の役人たちもびくびくしている。

さすがにフミノたちは平気そうだが、それでも珍しげにしげしげと猫人たちを眺めていた。

「ヴァイト殿、また御活躍されたそうですね」

多聞院の現場指揮官としてやってきたフミノが、俺を見てにこにこ笑っている。

俺は曖昧な笑みでごまかした。

「アソン殿が途中で仕事を放り出してしまった、その後始末を少し手伝っただけだ」

アソンは砂漠化の原因と思われる魔法の道具を回収してきたが、これをワの国内に持ち込むことは躊躇した。

せっかく魔術的な結界を作ったのに、その内側にこれを入れてしまったら何にもならない。

そこで猫人たちに秘宝を預けて、解決策を探して……そのまま行方不明になってしまった。

残された猫人たちはアソンの帰りを待ち続け、待っているうちに豊かな森ができたので、ゴロゴロしながらさらに待ち続けることにした。

その結果が、今回の事件という訳だ。

「アソン様の御遺志は、我々多聞院が責任をもって成し遂げねばなりません」

フミノがグッと拳を握りしめて訴えたが、それに関して俺は言うべきことがある。

「ミラルディアから専門家を呼び寄せたので、少し調査させてほしいのだが」

「多聞院の調査では御不満ですか?」

「自国の利益になりそうなことには首を突っ込みたい、というのが外交官の人情だろう?」

これだけ広大な砂漠を作り出す装置だ。情報は押さえておく必要がある。

その後、秘宝の扱いについては多聞院と少し交渉したが、「危険があった場合はミラルディアとワが共同で対処し、ミラルディアも保管の義務を負う」ということで決着した。

「いいんですか、こんな約束してしまって?」

交渉を担当したアイリアが心配そうな顔をしているが、俺は笑う。

「偉大なる魔王陛下に頼めば何とでもなるさ」

こっちには古王朝時代の魔術師ゴモヴィロア様がおられるからな。優秀な魔法道具職人もいる。

確か師匠、ずっと前に成層圏の辺りまで転移したことがあると言っていた。もし破滅的な事態が起きたら、宇宙の彼方に投棄してしまおう。

そうこうするうちに、俺が頼んでおいた人員がミラルディアから駆けつけてきた。

「おうヴァイト、オレに見てほしい魔法の道具ってのはなんなんだよ? オレは暇じゃねえんだぞ? なあ、早く見せろよ! うわ、この大根でかいな! 食ってもいいのか?」

「ヴァイトさん、やっぱり俺がいないと困りますよね! 任せてくださいよ、何でも調査してみせますから!」

兎人の魔法職人リュッコと、探知術師のカイトが、俺の両側からまくし立てている。

久しぶりだから仕方ないが、それにしても騒々しいな。

だがそれ以上に、おかしな顔ぶれが一緒についてきている。

「ウォーロイ、貴殿に来てくれと頼んだ覚えはないぞ?」

「まあそう言うな、決闘卿ヴァイト。他国の様子は自分の目で見ておきたい」

当たり前のような顔をして威風堂々と突っ立っているのは、ロルムンドを追われた流浪の皇子ウォーロイだ。

ウォーロイは道中で買い込んだらしい十文字槍を担いで、着流し姿で辺りを見回している。なかなか似合っているが、意外とミーハーだな、こいつ。

「キマイラ退治と聞いて駆けつけたのだが、相手はどこだ?」

「もう倒した」

「はっはっは、相変わらず手が早いな!」

バンバン背中を叩かれる俺。

そして左右からはリュッコとカイト。

なんだか急に身動きしにくくなった気がする。

俺は咳払いをしてから、魔王の副官として指示を下した。

「カイトはアソンの秘宝について調査を開始しろ。得られた情報はリュッコが分析し、収容に必要な手順をまとめてくれ」

「はい!」

「おう、任せときな」

それから俺はウォーロイを見て、小さく溜息をつく。

「貴殿は……そうだな、後で多聞院との交渉に同席してもらう」

「うむ」

ミラルディアとロルムンドとの関係をアピールすれば、外交交渉でさらなる譲歩が得られるかもしれない。

「ウォーロイ、貴殿の護衛にジェリク隊をつける。彼らの指揮権は俺のものだからな、勝手に動かすなよ」

「わかっているとも」

絶対わかってないだろ。

何かと戦いたくてうずうずしている顔だ。

ウォーロイは十文字槍の石突きを地面にトンと突いて、小さく咳払いをする。

「ときにヴァイト卿」

「なにかな」

「その『ヌエ』というのは、もういないのか?」

「いても貴殿には絶対やらせんからな」

今あんたに死なれると困るんだよ。

我が陣営は問題児だらけだ。

そして我が陣営以上に問題児なのが、猫人たちだった。

アソンの秘宝が失われれば、彼らの食っちゃ寝ライフも終わりを迎えることになる。

そのためにワの都で働けるよう、俺が多聞院と交渉してやった。古い長屋を格安で提供してもらえることになったし、就職先も斡旋してやろう。

しかし希望職種のアンケート結果が酷かった。

『正午から日没までの勤務で、おやつと昼寝つき』

『楽してちやほやされたい』

『おいしいものをひたすら食べる仕事』

『好きなときにごろごろしてもいいのなら、がんばって働きたい』

『みたらしだんご』

俺は頭を抱えた。

「こんな仕事があったら俺が就きたいよ」

特に最後のは仕事じゃないだろ。みたらし団子になりたいのか、お前は。

とはいえ、仕事をする気になってくれている今がチャンスだ。就労意欲すらなくなってしまったら、さすがに俺も面倒見切れない。

すると応援にかけつけたマオが、アンケート結果の書類をヒョイと手に取った。

「ヴァイト様」

「なんだよ」

「これ、私がなんとかしましょうか?」

ニヤリと笑ったその顔は、悪徳商人の喜びに溢れていた。

翌日。

「いやあ、みなさんは実に運がいい」

マオは腰を落として猫人たちの目線に合わせつつ、にこやかに切り出した。

集められた猫人たちは顔を見合わせる。

「運がいいかな?」

「千年続いた生活が終わっちゃうから、どっちかといえば不運だと思うんだけど……」

だがマオは彼らに考える隙を与えない。

「いえいえ、千年の永き眠りから猫人族の新しい歴史が始まるのです。あなた方は猫人族の中興の祖となるのですよ。ワにとってのアソン様と同じです」

「アソン様と同じ」という言葉に、猫人たちがまた顔を見合わせる。

「アソン様と同じかー」

「アソン様と同じなのはすごいかもなー」

「アソン様と同じだからねー」

騙されてるぞ、お前たち。

マオは俺が普段見たこともないような笑顔の大安売りで、猫人たちに愛想をふりまく。

「ワの都は広くてにぎやか、建物は立派で食べ物も最高ですよ。珍しい料理もたくさんあります」

「それはいいなー」

「早く行ってみたいね」

嘘ではないけど、さっきからマオの「騙そうとする人間の匂い」が凄い。

マオは懐から何かの台帳を取り出し、パラララとめくった。

「猫人族のみなさんは小柄ですから食費も家賃もあまりかかりませんし、そんなに無理して働く必要はありませんよ。それに力仕事は人間がしたほうが早いですから、つらい労働は向いていません」

「いいこと言うなあ、えーと……マオさん?」

「マオさんはいい人間みたいだねー」

とんでもない。

そいつ大悪党だよ。

俺は何か言いたくなるのをグッとこらえ、マオのやりたいようにやらせることにする。

マオは絶好調といった様子で、盛大にまくし立てる。

「猫人族のみなさんの最大の魅力は、その愛くるしい外見です。ワの人々もきっと、あなた方の姿に癒されることでしょう」

「うんうん、人間よりはかわいい自信があるよ」

「そうだニャー」

「まかせてニャー」

語尾が急にニャになった。あざとい。

マオは目を細めて完璧に悪人の笑みを浮かべつつ、こう告げる。

「甘いもの好きですか?」

「大好きニャー」

「きれいなお店は好きですか?」

「大好きニャー」

「かわいい着物は好きですか?」

「大好きニャー」

するとマオはにっこり笑った。

「甘味処の店員、やってみますか?」

「やってみるニャー」

おお、猫人たちがやる気になっているぞ。

果てしなく詐欺臭いが、ここはじっと見守ろう。

とかげのしっぽ切りで辛酸を嘗めたマオなら、猫人たちを悪いようにはしないはずだ。

その後、都に移住した猫人たちは長屋で集団生活を営みつつ、マイペースに働くようになった。

飲食店や小間物屋など、接客業が中心だ。

もちろん甘味処でも働いている。

マオが出資する甘味処「甘猫庵」でも、前掛け姿や割烹着姿の猫たちが、畳の上でウニャウニャしていた。

俺は冷やしぜんざいを食べながら、彼らの勤務態度を観察している。

客がいてもいなくても、彼らは暇さえあればごろごろしているようだ。

確かにそういう約束ではあるが……。

なお調理は人間のベテラン菓子職人たちが担当しているので、俺も安心して冷やしぜんざいを食べられる。

そこにワの女の子たちがぞろぞろやってきた。

「ここが猫さんのいるお店?」

「いらっしゃいませ……だニャー」

「きゃーかわいい!」

「ほんとに猫さんだ! かわいい!」

でもそいつ、寝転がってしっぽ振ってるだけだぞ。

いいのかそれで。

だがどうやらそれが逆に新鮮らしく、女の子たちはわいわい騒ぎながら勝手に席につく。

「みたらし団子と羊羹、あと豆大福をお願いね」

「めんどくさいけどわかった……ニャー」

「あはは、かわいい!」

だらけていたり、失敗したりしても、それが逆にかわいいと評判になっているようだ。うらやましい。

でもこれ、猫カフェみたいなもんだな。

少し心配ではあるが、彼らの仕事がうまくいくよう祈るとしよう。

俺はそう思いながら、冷やしぜんざいをもう一杯頼もうか考えていた。