軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

潜む異端者たち

232話

人狼隊五個分隊二十人を護衛にして、俺とパーカー、それにマオは帝都を出発した。

帝都の城門を出るとき、ちょうどボリシェヴィキの紋章旗を掲げた騎馬とすれ違う。

「あれ、ボリシェヴィキ公の部下じゃない?」

モンザがそっと言うので、俺は首を横に振った。

「紋章が違う。あれはジョヴツィヤの部下だ」

紋章の中に当主を現す図案がないから、ボリシェヴィキ公の紋章ではない。代わりに三男を示す図案が入っている。

こんなところで彼の部下と出会うのは、おそらく偶然ではないな。

俺は自分の馬をゆっくり歩ませながら、ジョヴツィヤの部下らしい騎士をじっと見る。

すると騎士は無言で俺に会釈した。混雑の元なので下馬の礼は取らないのが、帝都での通例だ。

と、そのはずみで鞘飾りの鎖が石畳の上に落ちた。シャランという音が鳴る。

それを見たモンザが苦笑する。

「ありゃ、うっかりしてるなあ」

「ん? ああ……」

俺もとりあえずうなずいたが、騎士が全く慌てていないので不思議に思う。

鞘飾りの鎖は、決闘の申し込みで使う大事な礼装だ。

偶然でも外れればマナー違反になる。状況次第では軽い処罰を受けるだろう。

しかし騎士は全く動じることなく、軽やかな動作で下馬し、やけにゆっくりと鎖を拾う。

それも俺を見ながらだ。

そして最後にもう一度会釈すると、馬に乗って何事もなかったかのように去っていった。

俺は鞘飾りの鎖と、さっきの騎士の行動について考える。

前世で読んだ三国志の一場面に、なんか似たようなのがあったな。

相手に危険を知らせるシーンだった気がする。

やっぱり、そういうことだろうか。

俺はモンザにそっと告げた。

「道中、襲撃に警戒しろ」

「えっ!? なんで急に!?」

「今のはジョヴツィヤからの警告だ。彼は立場上、俺とあまり連絡を取れないから、ああいう方法で教えてくれたんだ」

モンザは目をぱちぱちさせる。

「意味わかんないんだけど……?」

人狼には、こういう無言の意志疎通はわかりづらいだろうな。

俺は苦笑して、適当にごまかす。

「俺にはわかるから、俺がみんなのリーダーをしてるんだよ。みんなにこっそり伝えておいてくれ」

「わかった」

するとパーカーが口を開く。

「襲撃は僕たちじゃなくてエレオラに対してかもしれないよ? 大丈夫かい?」

ああ、その可能性もあるか。

まあでも大丈夫だろう。

「今のうちにエレオラに伝令を送っておこう。ただ居残り組の人狼隊にはエレオラの警護も命じているから、あっちは大丈夫だと思う」

「それもそうだね」

「それに今の彼女には、ロルムンド人の部下や支援者が大勢いるからな。エレオラに刃向かえるヤツはこの国にはいないよ」

皇太子のアシュレイですら、エレオラにはもう頭が上がらないのだ。

マオが苦笑する。

「ドニエスク家の反乱鎮圧で、エレオラ殿は兵士と民衆の心をつかみましたからね。彼らにとって戦争を早く、それも勝利で終わらせてくれる指導者は、それだけで崇拝の対象です」

マオは紛争の影響を一番受けやすい交易商だから、民衆の気持ちがよくわかるのだろう。民衆の代表だな。

「まあ私としては、もう少しゴタゴタしていてくれれば、色々儲けられたのですが……」

前言撤回、こいつは悪党だ。

パーカーが興味を持った様子で、その会話に首を突っ込んでくる。

「マオ、君は慣れない異国で、どうやって儲けてたんだい?」

「私は岩塩を商う交易商ですから、鉱物にも多少詳しいんですよ。鉱物は腐りませんし、地域による価格差が大きい商品です」

彼の話によると、ミラルディアではほとんど産出しない鉱物を安く大量に仕入れ、それをせっせと坑道で運んでいるという。

「特に宝石や貴金属は、実用性がなくても希少価値だけで売れますからね。こちらでは二級品でも、ミラルディアでは高く売れるでしょう」

「どうせならせめて鉱物資源にしてくれないか」

俺が文句を言うと、マオは首を横に振った。

「それは私にはできません。分を越えます」

「どういう意味だい?」

パーカーが首を傾げると、マオは薄く笑った。

「実用性の高い鉱物をミラルディアに持ち込めば、それがやがて生活に不可欠な資源になるかもしれません。しかし今後ロルムンドの政情が不安定になれば、その鉱物を仕入れることができなくなります」

なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

まさか前世の石油みたいなことにはならないだろうが、用心に越したことはないな。

だからマオの言い分は理解できたが、ちょっと不思議な気がした。

「お前にしては珍しく、良識的なことを言うじゃないか」

するとマオは肩をすくめた。

「私もミラルディアに籍を置く、正規の交易商ですから。売った後のことまで責任を持たないと信用に関わります。眺めるだけの宝石なら、一度限りの特売でも構わないでしょうけどね」

妙なところで義理堅いな、こいつ。

悪党は悪党だが、少なくともただの悪党じゃないな。

マオはそう答えた後、ふと質問してくる。

「そういえば鉱山関係者から、登山用具に関する興味深い話を聞いてきましたよ」

「登山用具?」

「ええ、鉱脈を探す山師たちの商売道具です。彼らの使う道具は二百年だか三百年だか前に、ドラウライトという人物が編み出したものだそうです」

ドラウライトか。

マオの話によると、雪山を渡り歩く山師や猟師たちは、例のドラウライトという逃亡奴隷の残した道具を使っているという。

「三百年ぐらい前はこの辺りも魔物だらけで、山に登ろうなんて物好きはほとんどいなかったそうです。寒さと魔物の両方を警戒しないといけませんからね」

「まあそうだろうな」

もちろん登山道具などもほとんど開発されておらず、当時は雪山に登るのは完全な自殺行為だったという。

しかし奴隷剣士ドラウライトは当時存在していなかった登山道具をいくつも作り出し、不可能と思われていた山脈越えを成し遂げたのだ。

追っ手の軍勢も、まさか彼の一行が山脈を越えて逃げるとは思っていなかったらしい。追撃隊は軽装のまま山に入って、それっきり誰も戻ってこなかったという。

「例えば羊毛の服です。普通、羊毛は余計な脂を取りますが、ドラウライトは羊毛の脂をなるべく残して服を作りました。なぜだかわかりますか?」

脂か。脂といえば、水を弾くな。

「雪で濡れるのを防ぐためだろ? 濡れれば一気に体が冷える。登山では命取りだ」

「その通りですよ。……ていうか、なんでそんなに察しがいいんです?」

「大賢者の弟子だからな」

便利な言い逃れ方法だ。

と思ったのだが、パーカーが帽子の陰でブツブツつぶやいている。

「僕にはわからなかったよ……」

「あんたはもう体冷えないだろ? 感覚の違いだよ」

「そう、かな?」

こいつ、まだ首を傾げてる。

いいからあんまりこだわるな。

俺は話題を変えるために、マオに続きをうながした。

「他には?」

「え、ああ、はい。後はロープと鉄の杭を使う方法を考えたり、日光が雪に反射して目を焼くので、それを防ぐ半透明の目隠しを作ったり、色々だそうです」

やけに近代的だな……。

もしかしてそいつ、転生者じゃないか?

ドラウライトは当時としては珍しくもない戦奴の出身だ。一説によれば闘技場にいたというから、登山とは何の関係もない。

それが身近にあるものだけで、結構本格的な登山道具を作ってしまったらしいから、どうも不自然な印象が残る。しかも近代的だ。

防水ウェアを作るためにこっそり水獣を狩りに行った逸話もあるそうだが、もう怪しすぎる。

時代を先取りしまくっている例ならエレオラがいるが、彼女とはちょっと違う気がする。

エレオラはあくまでも理詰めで研究し、今の技術の延長線上にあるものにいち早くたどり着いただけだ。基礎はあったから、いずれ必ずそこにたどりつく。

しかしドラウライトの場合、登山に対する基礎知識はない。そもそも彼は武器の扱い方以外、何も教育されていないはずだ。

不自然すぎる。

これぐらい不自然な例は今までになかったので、ドラウライトが転生者のような気がして仕方がない。

もちろん大昔の人物だからとっくに死んでいるはずだが、彼が転生者なら、俺や先王様の前にも転生者がいたことになる。

もっとも前世の三百年前に、そんな近代的な登山技術があったのかは知らないが……。

ロルムンドを脱出し、北壁山脈を越えた後のドラウライトについては何もわかっていない。

ミラルディアの最北端の街、最も古い北部の街とされる山岳都市ドラウライトに、その名を留めているだけだ。

名前の由来を知っている人もいないという。

これは俺の推測だが、奴隷剣士ドラウライトはミラルディアにたどりつけなかったのだと思う。

きっと彼は仲間を逃がすために、北壁山脈に散ったのだ。

そうでなければ、新天地ミラルディアで指導者的な立場の英雄になっているはずだ。

その後もドラウライトの足跡をたどって大勢の奴隷たちが逃亡を開始したので、共和制ロルムンドはガタガタになった。

帝国誕生後は奴隷の逃亡を防ぐため、「ミラルディアは魔物がはびこる恐ろしい土地で、逃亡した奴隷たちは恐ろしい目に遭った」というデマを流している。

さらに帝国は将来の紛争に備えて山岳師団を創設。山岳地帯を軍が監視するようになったため、奴隷の逃亡は激減した。

人の行き来もほとんどなくなり、ロルムンドとミラルディアは別々の道を進んでいくことになる。

そして今に至っている。

英雄ドラウライトは志半ばで倒れたが、彼は歴史を変えたのだ。

俺は馬を歩ませながらずっと考えていたが、そんな結論にたどりつく。

「マオ、興味深い情報をありがとう。その件について、何かわかったらまた教えてくれ」

「え? ああ、わかりました」

マオがうなずいたとき、モンザがスッと俺に近づいてきた。

「隊長、右の森になんかいるよ?」

「ああ、なんかいるな」

俺も少し前から、ちょっと違和感を覚えていたところだ。

いつしか俺たちは帝都をかなり離れ、切り開かれた森の中に入っていた。左右は深い森。

襲撃にはちょうどいい地形だな。

ジョヴツィヤの警告もあったから、ぼちぼち来ると思っていたぞ。

俺はニヤリと笑う。

「狩りを始めよう。打ち合わせ通りだ」

「あは、楽しみ!」

モンザがいい笑顔でうなずいた。