軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロンリーウルフ

224話

これ以上ぐずぐずしていると戻ってきたときより人数が増えそうなので、俺は早めにロルムンドに戻ることにした。

本当はそのまま帰還したかったのだが、クラウヘン太守ベルッケンが「せめて一日ぐらいは歓待させてください!」と悲鳴のような声をあげたので、ありがたく一泊だけさせていただく。

そして夜。

ベルッケンが用意してくれた宴席は予想通り、人狼たちの慰労会になった。

「ミラルディアの飯はやっぱりうまいな!」

「ロルムンドの飯もうまかったけどな!」

ガーニー兄弟が焼いた豚肉をほおばっているが、焼いた豚肉はどこで食ってもそれなりにうまいと思う。

年輩の人狼たちは、そんなバカ兄弟を見てニコニコ笑っている。

変身すれば無敵の人狼でも、やはりロルムンドでの暮らしは体にこたえたのだろう。

またすぐに戻らなければならないが、今日ぐらいはくつろいでもらおうか。

俺も太守ベルッケンの隣で、遠慮なく食わせてもらう。

焼いた薄切り肉に岩塩をつけて食べてみると、確かにうまい。岩塩自体が天然の調味料になっているせいだ。

含有されているミネラル的な何かがアレなんだろうか……全然わからない。

でもこれは確かに、南部の人が欲しがるのもわかるな。

感心していると、酔っぱらったラシィがふらつきながら、両手にジョッキを持って近づいてくる。

「ヴァイトさーん! 飲んでますかー!」

「飲んでないぞ」

酒は嫌いじゃないし下戸という訳でもないが、責任者が酔ってたらまずい。

「私はねー、飲んでますよー!」

見ればわかるよ。

んごんごとジョッキを傾け、ラシィは満面の笑みを浮かべる。

「ヴァイトさん!」

「なんですか」

彼女の目が据わっているので、俺は思わず敬語になる。

「ヴァイトさんはー! 鈍感すぎると思いますよー! そうだそうだー! 私、いいこと言ったー!」

彼女の脳内では、大勢のラシィが拍手喝采しているらしい。

意外と酒癖悪いな、こいつ。

カイトのほうをちらりと見ると、彼はブドウのジュースをちびちびやりながら知らん顔をしている。

どうやら傍観者を決め込むつもりらしい。

ひどい副官だ。

ラシィの絡み酒はますますヒートアップしていく。

「おとめごろろはー! どんかん……びんかん……じゅんかん……じゅんすい? じゅんすいなんですよー!」

言語野が怪しくなってるぞ。

彼女の様子が心配なので、俺は会話の内容まで気が回らない。

「あいりゃーさんとー!……あとだれだっけ?」

知らん。

「どっちがいいんですか!」

いや、比較対象が提示されてないんですが。

困ったな。

ラシィは寄り目がちになりつつ俺の顔をじーっと見ていたが、そこにカイトがやってくる。俺同様、彼も素面だ。

「ラシィ、そのへんにしておけ。ヴァイトさんが困ってる」

「えっ? あ、あの? ちょっと、カイトさん……」

「いいから」

引きずられていくラシィからは、酔いがあまり感じられない。

あいつ、泥酔したふりして俺に何か問いただそうとしてたな。

乙女心か。

俺は乙女じゃないからな……。

そんなことを考えていると、ウォーロイ皇子が俺のところにやってきた。

「ヴァイト卿、少しいいか?」

「ああ」

ちょうど俺も、彼に話があった。

俺とウォーロイ皇子は宴席を離れ、太守の館のバルコニーに出る。雪が積もっているが、ロルムンドよりずいぶん過ごしやすい。

ウォーロイ皇子は眼下に広がる街を見下ろして、ぽつりとつぶやいた。

「いい国だ」

「そうだろう?」

隣国の皇子に褒めてもらえると、ちょっと嬉しいな。

いろいろあったおかげで、俺もすっかりミラルディアが好きになっていた。

俺はバルコニーの手すりにもたれているウォーロイ皇子に歩み寄り、手近な柱に寄りかかる。

「聞きたいことがあるんだろう? どこから話せばいい?」

俺がそう言うと、ウォーロイ皇子は俺に背を向けたまま肩をすくめた。

「貴殿、本当に人狼なのか?」

「ああ」

シュメニフスキー鮮血伯が大騒ぎしたから、ドニエスク派では俺の素性について調べていたはずだ。

もちろん大したことはわかっていないだろうが、何となく察しはついていたのだろう。

今まで聞かずにいてくれたのは、俺への配慮だ。

「今さら隠すつもりはないのだが、黙っていてすまなかった」

「いや、大した問題ではない。気にするな」

ウォーロイ皇子はこちらを振り返り、手にした杯を傾ける。

「ロルムンドにも魔族の生き残りがいるという噂を聞いたことはある。ひっそりと隠れて生きているそうだぞ」

「初耳だな」

「極星教徒が匿っているらしいが、俺も詳しくは知らん」

極星教。初めて聞く名前だ。

ウォーロイ皇子は俺をちらりと見て、俺の疑問を感じ取ったらしい。

「極星教というのは、北ロルムンド土着の異教だ。長年争ってきた輝陽教に弾圧され、表向きは存在しないことになっている。地下に潜っているから、総数も実態もわからん」

興味深いな。

輝陽教はひとつの価値観で民衆をまとめ、社会の統率力を高める教義を持つ。反面、異教徒との軋轢が多い。

静月教は多様性を認め、緩やかで境界の曖昧な集団を作る。争いごとは少ないが、団結力は求めない。

さて、極星教はどんな宗教なんだろうか。

ウォーロイ皇子も詳しいことは何も知らないそうだから、こちらで調べてみる必要がありそうだ。

「で、ヴァイト卿。貴殿は人狼だが、何を信仰している?」

「特に何もないな。魔族は魔王崇拝者がほとんどだが、俺は崇拝していた訳では……」

そう言いかけて、俺はふと考える。

「……いや、先代の魔王陛下を崇拝していたかもしれないな。今の魔王陛下は俺の師匠だから、崇拝とまではいかないが」

ウォーロイ皇子は俺をじっと見つめていたが、ニヤリと笑う。

「女の話でも眉ひとつ動かさない貴殿が、今はっきりと動揺したぞ。よほど先代魔王を慕っていたようだな?」

「いや、まあ。……そうだな」

先王様は俺と同じ転生者だし、人柄も好きだった。

しかしなぜそこで女性の話題が出てくるんだ。

「だがこれは、女性の話とは関係ないだろう?」

するとウォーロイ皇子は真顔になって、俺に質問してくる。

「本当にお前、男色家じゃないんだよな?」

「違うと言ってるだろう」

「じゃあ好みの女を言え」

「好み……」

考えたこともなかった。

ウォーロイ皇子はあきれ果てた顔をしている。

「貴族は子孫を残し、それを教育して統治者としての人脈や知恵を受け継がせるのも義務だぞ。清廉すぎるのも程々にしておけ」

「そうかもしれないが、今は色恋を考えている余裕はないな」

まずはミラルディアの安定が最優先だ。大勢の恋人や夫婦を守るのが今の俺の役目で、俺自身に恋愛は必要ない。

しかしウォーロイ皇子は溜息をつく。

「俺の兄貴みたいなことを言うな。義姉上を亡くしてからの兄貴は、まるで貴殿のようだったぞ」

ウォーロイ皇子は杯の酒をぐいっと飲み干すと、拳で口元を拭う。

「よけいなお世話だとは思うが、女心というものにも少しは目を向けてやれ」

「貴殿の言いたいことは多少わかるのだがな」

仕事柄、俺もずいぶんと知己が増えた。若い女性も多いし、みんな俺に親切にしてくれる。

ときには「あれ、もしかして異性として好かれているのかな?」と思うこともある。

しかしそう思っていたら実は完全な勘違いで、とても悲しい目に遭ったことがあるので、警戒が必要だ。前世の話だが。

思い出すだけで嫌な汗が出てきた。

そもそも俺は人狼だ。

人間と恋愛関係になっていいものかどうか。

でも逆に人狼の女性と恋愛するというのも、ちょっと躊躇はある。

人狼たちは変身後の姿にも惹かれあう。

例えばファーンお姉ちゃん。人狼隊のみんなに言わせれば、「ファーンお姉ちゃんは変身後が最高に美人」らしい。

でも俺は変身後のファーンお姉ちゃんは迫力がありすぎて、どっちかというと苦手だ。

美的感覚もそうだが、闘争本能の強さも俺には少し荷が重い。

うちの里の結婚式だと、新郎新婦が人狼に変身して親族友人総出で狩りに行くからな。「初めての共同作業」は、猪だの大鹿だのを夫婦で噛み殺すことだ。

俺は遠慮したい。

俺の外側は人狼で、中身は人間。しかも異世界からの転生者で、前世の記憶持ちだ。何もかもが異質すぎる。

俺自身、ヴァイトという存在をどう受け止めていいのかわからない。

でもわからないからといって座って考え込んでいても、永遠にわからないままだろう。

だから俺は仕事をしながら、俺ってなんなんだろうなと常々自問しているところだ。

「俺の中で結論が出ていない以上、その問題は今すぐには解決しそうにもないな」

俺が眉間に皺を寄せると、ウォーロイ皇子が首を傾げる。

「どうやら貴殿、人に言えない悩みがありそうだ」

さすがはドニエスク家の男、人の心を容易に見抜くな。

俺はうなずく。

「ああ、相談できる相手もいないから困っている」

ウォーロイ皇子はうなずき返したが、「じゃあ俺に話せよ」などとは言わなかった。

「俺にも人に言えん悩みはある。これが人に言える悩みになったときに、俺ももう少し大きな男になれるのだろうがな」

なるほどな。

それにしても、ウォーロイ皇子の人に言えない悩みってなんだろう。

聞きたくなっちゃうじゃないか。

するとウォーロイ皇子はニヤリと笑って、悪ガキみたいな顔をした。

「おっと、教えんぞ。お前だって教えてくれんのだからな」

それはそうだけど。

ウォーロイ皇子は頭を掻き、それからこう言った。

「こればかりは少々厄介な悩みでな。いつか話せるようになったら、真っ先に貴殿に打ち明けてやろう」

ますます気になるが、俺は無言でうなずくしかなかった。