軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

毒にも薬にも

『双頭の獅子亭』の取り調べ当初は、食材を調べたところ食用キノコとよく似た毒キノコ・ニュイ茸の混入があり、そのせいで起きた事故……のように見えた。

被害者は平民だし通常だったらそれで捜査は打ち切られていただろうが、俺の得た怪しい商人の帳簿の話とルーヒルが掴んでいた情報をまとめて提出したため、薬学研究室まで上がって微に入り細を穿つ調査が行われた。ちょくちょく寄付金出してるからな、俺の申し出を無下には出来んだろう。

――――この国ではカンパーネと呼ばれている毒花。

地球でいうところの"狐の手袋"ことジギタリスにそっくりな花だ。強心薬の材料にもなる。

メインはこのカンパーネで、それに痛覚の麻痺・緩和の効果がある馬の角や白マンドラゴラを絶妙な配合で合わせることで、中毒症状の程度やタイミングを調整した毒薬。

成分の中には調べても何だかわからなかったものもあったという。この国にはない生物とか植物かもしれない。

本当にニュイ茸を食べた場合、平民の場合早急に水を飲んで吐いて、薬草があれば服用して耐える。よほど運が悪くなければ数日で回復する。

しかしこの秘薬は緩やかに効くのに毒性が強いため、毒キノコのせいだと思って胃を洗って耐えていても回復せず、高い割合で死に至る。即死せず毒だと疑われにくく、手当てしても死ぬ可能性が高いという厄介な代物だと判明した。

マンドラゴラは魔物に分類されている、奇声を上げる人型の薬草である。

確か地球の伝説のマンドラゴラは引き抜く時の悲鳴を聞いたら気絶するとか死ぬとか言われていたが、幸いこちらの世界のマンドラゴラの悲鳴を聞いても死にはしない。ただひたすらうるさく、しかも足がしっかりした個体だったら走って逃げるので捕獲は慣れてないと地味に大変で、専門の業者がやる。

捕まえたら首(に見える辺り)を素早く包丁で一刀両断するのがセオリー。そうすると動かなくなるそうだ。絵面がちょっと残酷。

マンドラゴラは白が雄で黒が雌、白は甘い匂いで黒は悪臭がするらしい。教科書で読んだ時(逆じゃないんだ……)とか思ってしまった。全ての雄に謝れ。

因みにルーヒルの掴んでいた情報とは、

『人目を避けながらわざわざ異国の商人を招いて、こっそりと取引をした貴族達がいる。何かを購入したことは確かだが使用人にもその詳細は知らされず、主人達自らが金庫に入れ管理している……一体、それは何なのか――――?

見出しは『異国から来た"謎"』。

大予想!! 例えば猿の手、人魚の干物、持ち主を取り殺す宝石……』

――――などなど、古今東西の呪術に使われた珍品の伝説と絡めたオカルトチックな記事になる予定だった。ちょっと読みたい。

ルーヒル達を狙った貴族は判明し、逮捕された。しっかり帳簿で見たパシエンテ派だった。

フェデレイ新誌の『青髭はどこにでもいる?』記事の中の一例になった当人だったという。記事の貴族であることがバレて『聖女の敵』認定された貴族家の二の舞になり、今以上の苦境に追いやられることを恐れ、ルーヒル達を消そうと目論んだのだった。

この『カンパーネの毒』はカーセル伯爵の部下(少し前に死亡)が帝国の商人から買い付けていた物で、その部下の仲介がなくなったので商人ズズウが元々の買い手を探って接触してきた。

この毒を手に入れて使っていたのは他の派閥の貴族もいたかもしれないが、ズズウはカーセル家の繋がりからパシエンテ派貴族に目星をつけて取引していたとみえて、逮捕されたのはパシエンテ派ばかりだった。

ルーヒル達に毒を盛った実行犯、『双頭の獅子亭』の料理人も一人逮捕された。

もう何年も勤めている二十代独身で勤務態度も悪くない男だったが、博打好きで周囲の人間に借金があった。しかし周りの者は特に問題視していなかった。借金と言っても大した額ではない――――と思っていたから。

本人しか把握していなかったが、男は少額の借金を何十人もの知り合いからしていて合計すればなかなかの大金だった。

そこを貴族の影に嗅ぎ付けられた男はルーヒル達の毒殺を依頼され、前金を受け取り、実行。依頼してきた影からは『食中毒ということになるから逮捕されない』と説明されていた。ニュイ茸を食材に紛れ込ませたのは影がやったようだ。

俺が一つ驚いたのは、帳簿にあった元ロントラ子爵、ミドネス・ロントラの名前。

最近聞いたばかりの名前だったからだ。彼の娘・ミシェルはグレゴリー・ムルシエ伯爵令息と婚約破棄に至った令嬢である。

平民落ちしたミドネス・ロントラは、知己の商会の代表に自身を役職に就かせるよう要求したが素気無く断られ、逆恨みした結果毒殺を目論んだ。

購入したのはミドネスだったが、娘のミシェルも部屋にその毒薬を所持していた。ミシェルはそんな毒など知らないと主張したが、怪しいと見た騎士団によって自白薬が使われた。

その結果、ミシェルがプリムラ・ロクティマ伯爵令嬢の暗殺を企んでいたことが発覚。

ミシェルは数か月後からとある侯爵家のメイドになることが内定していたが、いつか侯爵家が主催したお茶会にプリムラ様が現れた時に狙い撃つため毒を手に入れた、と自白した。

「~~~~~~プリムラがッ、アマデウスの愛人のくせに婚約者もいるあの性悪女がグレゴリー様に色目を使ったせいで婚約が破棄になったのよ!! あの女さえいなくなればきっとグレゴリー様は目を覚まして私を迎えに来てくださるんだから!! 邪魔しないで!! 全部全部あの女のせいなのよ!!!」

―――――――自白の後にそう泣き叫んだという。

グレゴリー殿がプリムラ様に求愛した話は耳に入ってたんだろう。婚約破棄に至った経緯にプリムラ様は無関係なのだが、彼女がグレゴリー殿を誘惑したと思い込んでいたようだ。

それか、責任転嫁だとはわかっていても自己憐憫の果てに恨む対象を作り出してしまったか……。

順調にいけばいずれは伯爵領の騎士団長夫人になるはずだったのに、家の事情で婚約は破棄され貴族学院も退学し、メイドにならざるを得なくなった境遇には同情の余地があるかもしれないが……未遂とはいえ明確に毒殺を目論んだとなれば逮捕は免れない。

毒薬を購入した貴族とミシェルは修道院送りになり、料理人とミドネスは監獄送りとなった。

そして元ロントラ子爵ミドネスは北に護送される際に、

「これはシレンツィオ派の陰謀だァ!!! アマデウスの誘拐の時から変だったんだ!!! おかしいだろう、無傷で戻るなんて!! パシエンテ派だけがここまでの苦渋を味わわねばならぬなんてェ!!

奴らは教会を操ってコレリック家を貶めて、パシエンテ派を潰したかったんだァ!! アマデウスが全部仕組んだんだ、シレンツィオ派は必ず地獄の炎に焼かれるぞぉ!!!」

……と暴れながら喚き散らしたらしい。親子って感じがするな……。

それは八つ当たりでしかない喚きだったが、鬱憤が溜まっているパシエンテ派に訴えるものがあったらしく。

『彼の言った通りシレンツィオ派の陰謀だったのではないか?』『アマデウスの誘拐は狂言だったのではないか?』という言説は広まり、長く囁かれた。

ムルシエ家とロクティマ家への風評被害が発生することを鑑みて、ミシェルの自白内容はこの二家と関係者のスカルラット家にのみ伝えられた。

……はずだったが、大捕り物になった結果どこかから洩れた。

プリムラ様とグレゴリーとミシェル嬢、俺とリーベルトも巻き込まれてスキャンダラスな噂になって広まり、仮名で新聞記事にもなってしまった。

俺とジュリ様は「このままではプリムラ様の眉間の皺が消えなくなるのではないか」と心配した。

※※※

「……グレゴリーが気に病む必要はないわ。求愛の決闘だって正式に婚約が破棄された後のことだし、婚約期間にお前がミシェル嬢を蔑ろにしたということではないのだから。今回のことは我々に非はありません。堂々としてなさい」

王都の騎士団からミシェル・ロントラ逮捕の報告を受けたムルシエ伯爵は息子にそう言ったが、グレゴリーは沈んだ表情で足元を見ていた。

「婚約していた時は、勿論彼女と一生添うつもりでしたし粗雑に扱ったつもりはありません。でも、……自分でも気づかない、プリムラ嬢への視線や表情など、疑念を抱かせる材料が全くなかったとは言い切れないな、と……。婚約破棄直後に求愛の決闘を申し込んだことも、きっとミシェル嬢の矜持を深く傷付けてしまったのでしょう……」

「……女の勘は侮れないものね。ミシェル嬢と何事もなく結婚していれば、そんな疑念も解消されて、次第に信頼し合える夫婦にもなれたのかもしれない。……でも、残念だけど、そうはならなかった。希望的観測が予想もつかないことが起きてダメになる……人生にはそういうことが沢山あるわ。だから、反省するのはいいけどあまり気にし過ぎないことよ」

母の励ましに息子は微笑んで見せた。

「ありがとうございます、母上。つきましては、今用意してくれている見合いの予定は全部なかったことにしてください」

「……えっ!?」

「母上が俺のために持ってきてくれた縁談だとはわかってますが……しばらくは婚約せずにいたいんです。いつか、運命が味方してくれる女性に出逢えることを信じて」

「……わかったわ。運命の女神がどうであれ、母はお前の味方よ、いつでもね」

こうして親族による婚約の勧めがなくなった結果、グレゴリーは社交界に名を馳せる遊び人に成長するのだった。

成長した息子を見たムルシエ伯はさっさとグレゴリーを婚約させなかったことをほんのちょっと後悔した。