作品タイトル不明
贈る言葉
「アマデウス様、こちら御覧になりました?」
「あー……ええ、読みました」
「またまたお名前を出されてしまって大変ですわね~~」
「ハハ……」
教室でフォルトナ嬢とお友達が囲んでいるのは、グレゴリー殿とその元婚約者ミシェル・ロントラ嬢、プリムラ様とリーベルトと俺+ジュリ様の六角関係(というかプリムラ様を中心にした関係図って感じ)(全員名前は頭文字だけではある)のイラスト付き新聞記事。
俺は苦笑して横にいたジュリ様を見る。彼女は拗ねたような上目遣いですすっと近付いてきたので、肩に手を置いて軽く抱き寄せてみた。
すると俺の肩に頭をこてんと寄せて満足そうに笑った。
ご機嫌取りを待機していたらしい。お気に召したようで良かった。不機嫌アピールが控えめでかわいい。
にへらと笑い合っていたら「ご両人はこれくらいはもう気にしませんのね」「慣れっこなのでしょうね~」と言われる。
風評被害に慣れっこってのもアレだが。申し訳ないが。
「ロントラ家は恨まれますわね。これでは旧パシエンテ派の者を拾うところも減る一方でしょう」
「新聞記者の毒殺未遂で落ちた信用が更に落ちるだなんて思いませんでしたわね~~」
ミシェル嬢の毒殺計画が世間に知られたのは、これから使用人や騎士として他所の派閥で働く旧パシエンテ派にとって結構な痛手だ。
メイドが勝手にシレンツィオ派の客に毒を盛るなんてことが本当にあったら、主人も堪ったものではないからな……。リスクヘッジとして旧パシエンテ派は雇わない、という選択を取るところが増えるのは間違いない。
因みに俺が毒殺未遂の新聞社に居合わせたことも一連の記事には書かれているが、ミシェル嬢の記事の方がインパクトが強かったためか特段触れられない。
しかしルーヒル達の毒薬のごたごたがプリムラ様の暗殺計画を防ぐことに繋がったのは思わぬ収穫だった。
「グレゴリー・ムルシエ殿も婚約破棄からもう少し期間を空けておけばねえ」
「期間を空けてもどっちみちミシェル嬢から嫉妬されていたとは思いますが、毒殺を決意するところまではいかなかったやもしれませんね」
プリムラ様はものすごく嫌そうにどんよりしながらフォルトナ様達を横目で見た。
「わたくしの前であの男の名前を出さないでいただきたいですわ。……ほんっっっとうに、迷惑です……何で尻軽女のような目で見られなければいけませんの……」
やだよね~~~~~~~~~~~~~~。
わかる……と言いそうになったけどやめておいた。俺も濡れ衣の尻軽風評被害仲間だが、令息と令嬢だと令嬢の方が深刻だろうから……。
「あら、名前すらお嫌になってしまわれましたか」
「……元々そういう、人の気持ちを浅い所までしか想像できていなさそうなところが嫌だったんですわ。あの人……」
プリムラ様は眉間に深い皺を刻みながら小さな声でそうぼやいた。
確かにグレゴリー殿、プリムラ様やジークが嫌がってるのを全然わかってなかったというか、わかろうとしてなかったというか……。良かれと思って行動してるけど他人の気持ちへの感度が鈍いところがあるというか。
言われてみれば、人の気持ちをその都度深く考えていたら自由に複数の異性と恋愛するとか出来ないかもな……。人に迷惑をかけない範囲で楽しめるのだったら問題はないのかもしれんが。
「まあまあ、卒業までの間にリーベルトと存分にイチャイチャしておけばデマも消えるでしょう!」
善意100%でそう言ったらプリムラ様にギンッと鋭く睨まれた。なんで??
冷やかす気持ちが全くなかったとは言えないが、プリムラ様だって俺とジュリ様が婚約したての頃『イチャイチャしろ』って言ってたじゃん!
「ま、まあ、それはプリムラ様の嫌じゃない範囲で……」
リーベルトが困ったような笑みでそう言うとプリムラ様は(ハッ!)となった。
「い、嫌だとは思ってませんわ。……恥ずかしい、だけで……」
「! そ、そうですか? それなら……良かった」
赤面してしどろもどろになってる二人。初々しい。
プリムラ様の睨み顔は照れ隠しだったらしい。羞恥からツンになりかけるけど、誤解を招かないように頑張っている。決闘の日(厳密にはリーベルトが骨折から復帰した日)からずっと、二人の胸には揃いのブローチが光っていた。
「――――で、なんですが……ジュリ、よろしければこちらを」
何が「で」なのかというとグレゴリー殿からの連想なのだが、彼の名を口に出さない方がいいみたいなのでわかりにくくなった。
差し出したのは簪の入った細長い箱。
ただし商人ズズウから買った物ではなく、それに似せて新しく作った物だ。
簪に罪はないのだが、毒殺に関わった怪しい商人から買った物をプレゼントするのは少々気が引けるし、万が一簪の素材に変な材料が使われたりしていても困るので、工房に「こういう感じの物を」と頼んでよく似たデザインの物を作ってもらった。
飾り石は紅珊瑚と水晶、桜色の貝殻で出来た花。職人の「二股にした方が使いやすいと思う」という意見を聞いて軸は二股に。
上等で安心な素材を使った品の良い物に仕上げてもらったので、結果的には良かったと思う。
「……! とても綺麗な花ですわ……嬉しいです」
花を贈っているつもりだという意図が伝わったようで、ジュリ様は簪をうっとりと眺めた。気に入ってもらえたようでほっとした。
「これから貴方に贈る無数の花のうちの、記念すべき一本目ですね」
「……一生大事にしますわ。家宝にします」
「かっ……それは光栄ですが、そこまで値の張る物でもないので是非普段使いにしていただけたら……」
装飾品としてはまあまあのお値段ではあるが、公爵家の家宝面するには流石に分不相応である。
普通に使ってくれたら嬉しい。
「あの、実は私もデウスに今日、贈り物を……」
簪の箱を入れる代わりにジュリ様が鞄から出してきたのは、ハンカチだった。
赤の絹に、スカルラットとシレンツィオの紋章が銀糸で刺繍されている。
「あ……! また作ってくださったんですね……!」
「前の物より上手く出来たと思うので……きっと、今度はもっとちゃんと貴方を守りますわ」
ルーヒル達の毒殺未遂の現場に偶然居合わせて救護に加わったことは、俺としては(人が死ななくて済んで)(毒殺を図った人達を捕まえることも出来たし)どちらかといえばラッキーな出来事だったと思っているが、周囲からしてみれば同情に値する災難だ。ジュリ様も話を聞いた時はヒヤッとしてしまっただろう。御守りとしての気持ちを強めに込めてくれたようである。
「前のハンカチも、守ってくれたと思ってますよ。……今度こそ一生、大事にします」
身体検査の時、あのハンカチが出て来たおかげで誘拐犯側が油断した、というのはあると思うのだ。ビートの嘘を見抜く力に信用を置いていたにしても、何も出てこなければもう少し俺を調べた可能性はある。
ハンカチというちょっとした成果が、靴に仕込まれていた発信魔道具を見逃させた……という見方もできるんじゃないかと。
感謝している。
「……っ~~~〇×ぁbgp:pb……! (∩´∀`)∩」
「×〇b;jΛ;bgs~~~~~ッ!! ヽ(^o^)丿」
「sbぁpΘksΨgbkp~~~~っ! \(>∀<)/」
どこからか謎の言語が聞こえると思ったら、教室の隅でエーデル様(先程二組から来た)とアルピナ様とエンリークが何やら盛り上がっている。謎言語ではなく聞き取れないくらい早口の小声だった。
「"信奉する会"が飽きずにはしゃいでますわ」
「他人のイチャコラでよくあそこまで興奮できるものですわね。わたくしはそろそろ慣れてしまいました」
なんて言いながらフォルトナ様達はのんびりと笑った。
※※※
秋になり、延期していたマルガリータ姉上の結婚式がスカルラット伯爵邸にて行われた。
次期領主である伯爵令嬢の慶事にあたって、100日間税金が一部免除になったり軽犯罪者には恩赦が与えられたりしている。お祭りムードの町には人が集まり活気づいていた。
繊細なレースを重ねた純白のドレスに赤い髪が映える。首飾りと耳飾りには、ファウント様の髪の色に近い淡い緑の宝石が煌めいていた。
「とっても綺麗です、姉上」
普段容姿を褒める言葉をなるべく女性に使わないようにしているが、こんな時くらいは率直に褒める。姉上はドヤ顔になった。
「フン、当然よ」
「本当にお綺麗です、姉上! 一瞬別人かと思いました」
ジークがニコニコしながらそう言い放ち、空気が一瞬止まる。
「……普段は綺麗じゃなくて悪かったわね」
「えっ?! いえ、そういう意味ではなく、いつもよりもっと綺麗だって意味です!」
「……そういうことにしておいてあげるわ」
「本当ですよ?!」
「そう。ジークリート……お前は昔から時々言葉の選び方が下手なのよ、第二王子殿下の下へ行くまでに直しなさい。お前の評価はスカルラットの評価にも繋がるのよ、わかっているのでしょうね」
長いお説教が始まりそうになったが、ファウント様が訪れたので姉弟の時間は一旦打ち切りになった。
「お迎えに上がりましたよ! ああ……なんて美しいんでしょう、私は今国一番の幸せ者です」
ファウント様はサッと跪いて姉上の手を取り、キスを落としてにっこりと笑う。
先程まで吊り上がっていた眉が情けないほど下がり真っ赤になった花嫁は、弟から見たら確かに別人のように可愛らしかった。
司祭様の前で結婚に同意し、花婿が花嫁のベールを上げる。
ロージーの結婚式の時みたいに心細くはならなかったが、姉上の幸せそうな顔を見るとやはり目頭にじんとくるものがある。感慨深い。婚活していた時の姉上の様子が走馬灯のように脳内に流れて行く。……良い婿が来てマジで良かった。
父上は眩しそうに目を細め、第一夫人はハンカチで目元を拭っている。第二夫人は普段通りの愛想笑いだと思うが、ジークは心から嬉しそうにしていた。