軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禍福

ナイフの柄が石床とぶつかって偶然鉄琴のような音を出した。セレナがすかさず落ちたナイフを蹴って、勢いよく部屋の隅に滑っていく。

「う……、」

フレンが頽れて、彼の頭が床に激突する前にビートの手がギリギリキャッチする。

セレナがまだ警戒しつつも剣を鞘に納めた直後、ゴンゴンゴンと雑なノックが響きゲイルが扉を開けた。

「失礼!! 工房の女性が不調を訴え厠で繰り返し嘔吐しております、取り急ぎセレナに治癒を、ぅわあ?!」

ゲロ塗れの床と惨状を見て小さく飛び上がった。お茶を出してくれた、俺の持ってきたパンを食べていない女子も下痢症状と嘔吐か。

もうちょい早く報告に来てくれてたら揉めなくて済んだんだがこれはもう仕方ない、事件はタイミングなど見計らってはくれない。

「ゲイル、警備の人に、騎士団に走ってもらって!! 毒もしくは重篤な食中毒の疑いがある、治癒師も来てって!!」

「は、はい!」

「セレナ、お手洗いにいる女性に"解毒"を!」

「ハッ」

俺に危害を加えそうな人間はもういないと判断し、ポーターと目配せしてからセレナはトイレへ。セレナとゲイルは解毒や小さな傷を治すなどいくつかの治癒魔法は使える。下半身丸出し状態で苦しんでいる可能性が高いトイレの女子はセレナに任す。

「ビート、フレンの体は横にして、吐いた物で喉が詰まるかもしんない」

「わ、わかった」

俺は皮の手袋を魔法で出して装着し(素手で吐瀉物に触って大丈夫な毒かまだわからないので念の為に、まあゲロに触りたくないのも普通にある)、倒れたフレンの腹に手を当てて"解毒"をかける。

治癒魔法の"解毒"は解毒と言いつつしっかり効くのは低毒と言われる弱い毒までで、高毒に分類される強い毒に対抗するには効果が薄いのだ。致死性のある毒にはその毒に対応した解毒薬が要る。もしくは……最終手段。

解毒の後、フレンは薄っすら目を開けたが体が痙攣していた。

「フレン、フレン!! 聞こえるか!?」

ビートが呼びかけるが応答はない。ヤバいかもしれない。

治癒師ではないので判断が難しいが、これはもう仕方ない、出し惜しみして死なすよりマシと思って最終手段・『聖女用治癒呪文』を頭の中で唱えた。

解毒を何回か重ねがけしたら何とかなったって言えば誤魔化せるだろ、多分。

ほどなくフレンの痙攣は静まりハッと目を開けた。聖なる魔法は流石万能である。

「ぁ……フレン!!」

「うっ……? は、腹は痛くなくなった……」

「解毒が済んだ、眩暈と悪心はあるかもだけどそれは治癒魔法の副作用だから我慢して!! よし、次……ゲイル、そこの彼に"解毒"をお願い!」

「ハッ」

戻ってきたゲイルに中年男の治癒を頼み、俺はルーヒルと中年女性にひとまず"解毒"をかける。

この三人はフレンほど具合が悪くはなさそうで、腹痛と吐き気を必死に堪えている状態だった。解毒をかけおわるとかなり楽になったようで、家具や壁にもたれかかってはいるが意識もあるし、今のところ命の危険はなさそうだ。フレンも横になってぐったりはしているが、それ以上悪化する様子はない。

――――――――乗り切った。

ホッとして大きく息を吐く。吸うのは一旦鼻にハンカチを当てさせてもらう。部屋はゲロのせいでまあまあ嫌な臭いが充満している。

「……さっきまで何か食べてたんだよね、全員が食べた物はある? もしかしてフレン以外はあんまり量を食べなかった?」

「……! はい……近くの、『双頭の獅子亭』で肉野菜煮込みを買って……そうだ、フレンは一人分しっかり食ってやした……俺達は少し食べた時点で、アマデウス様が来て……」

セレナが戻って来て、見習い女子も一度の解毒で落ち着いたと報告してくれた。

俺の来訪に一同は食事を中断して応接室に来て、見習い女子もお茶の用意なんかもあったし後で温め直して皆で食べようと思ったのか、それ以上手を付けていなかったようだ。

ぞわっと鳥肌が立つ。

これ、皆がその料理完食して俺が時間通りに来てたら、誰か死んでたな。

時間的にも俺が間に合わず、間に合っても五人に聖女用治癒魔法をかけるには魔力が足りなくなる可能性が高い。エナジードレインできるような豊富な魔力の持ち主も近くにいないし。

ルーヒルはどこか哀しげな、皮肉げな笑みを浮かべた。

「『獅子亭』は昔から使ってる信用できる店だったんですが……誰か買収されちまったかなぁ……」

「……騎士団がちゃんと調べてくれるよ」

「なんて御礼を言っていいやら……俺ら、アマデウス様に一生頭が上がらねえっすね……」

「一生じゃなくていいよ。あ、さっきの依頼の広告料を普通の金額にしていいなら、恩は明日忘れていいから……」

冗談っぽく本気で言うとルーヒルは目を見開いた後呆れたような顔になって、壁にもたれていた体をずるりと床に倒し寝転んだ。

「……話し合いの時言いかけて失礼かと思ってやめたんですけど……アマデウス様ってもしかして、馬鹿が付くほどのお人好しでやんすか?」

「一回やめたんならここで言うのもやめとこうよ」

まあ悪い意味で言ってるんじゃないとは雰囲気でわかるけども、馬鹿はよくないよ馬鹿は。

「愛し子だからお人好しなのか、お人好しだから愛し子になったのか……きっと、神は愛し子が絶望するような試練を与えねえんだ。俺達はそのおこぼれを預かったんでしょうな」

「まあ……確かに神様から幸運が与えられてるのかなぁって思うことはあるよ。でも……人に恵まれて助かったことの方がなんだかんだ多いと思うし……ルーヒルが積んだ徳が、運になって巡ってきたんだよ、きっと。ペティロ卿もなんかそんなこと言ってた、自分のやったことはいつか自分に帰ってくるんだって……」

ぼんやりした言い方になってあんま締まらなかったが、言いたいことは伝わったようでルーヒルは口元を緩めた。

「…………俺の母は、とある貴族の分家のメイドをしてて、そこの旦那に乱暴されて子を孕んで、でもその子が流れちまった結果、頭がおかしくなっちまいましてね。感情の蛇口が壊れたっつうのかな……父と俺で何とか世話しましたが散々な毎日でした。後になって思えば正妻から変な薬を盛られたのかもしれねえなって。ああ、その旦那と正妻は税金の横領を密告された結果牢に入って、牢から出た途端盗賊に襲われて死んだんですけどね」

―――――――重い話を世間話の延長みたいなノリでサラッと打ち明けられた。

密告はルーヒルの暗躍か? 盗賊に襲われたのは偶然か? こわい。気になるけど訊けない。

人生は自業自得、みたいなことさっき言ったけどもしかして地雷踏んだか……?!

そんなつもりではなくて……。悪いことの後は良いことがあると思いたいもんだけど、ほとんどの人はプラマイゼロとはいかないよなぁ、そうだよなぁ……。

「しかしクソ旦那が死んだところで母が治るわけでなし……ーーーー母が死ぬ前の数年だけは穏やかだったんすけどね。俺を産んだことも結婚したことも忘れちまってて。……そんなわけで、アマデウス様みたいな、色んなところで種ばら撒いてそうな貴族は俺の天敵だったんでやんすけどねぇ…………弱みは掴めずに命を助けられるなんて、間抜けも良いとこでさぁ」

そう語るルーヒルは哀しんでいるかと思えば嬉しさも混ざっているかのような、何とも言えない笑みだった。

俺の発言に怒っているわけではないようだ。過去を開示することでもう天敵ではない、と伝えたい……のかな。

彼が命を懸けて成し遂げたい貴族への復讐とは、種違いの弟妹になるはずだった水子と母親への弔い……なのかもしれない。

「……いい情報を教えてあげましょうか。世間ではあれこれ言われてますけど実のところ俺は、種をばら撒いたことはまだ、一度も、ありません」

『何言ってんだこいつ』という顔をされる。信じてないな。

色情狂だという誤解を解けるかな……と嘘真偽判断可能少年の方を見るとめちゃくちゃ驚いた顔をしていた。初めて会った時と同じ顔だ。

ビートを見て俺の言葉が真実だと悟ったルーヒルもめちゃくちゃ驚いた。

「……ぇえっっっ?!?! 童貞ッ?!!?」

「声がでかい」

童貞は別に恥ずかしいことではない……が、大声で性的なことを暴露されたらまあ普通に恥ずい。やめてほしい。

「何でっすか?!!?」

「な、何でって何?! 十三歳の時から婚約者一筋だからですけど何か?!??」

そんなちょっと気の抜けたやり取りをしているうちに王都の騎士と騎士団付きの治癒師が駆け付けてきて、事情を説明すると騎士が直ちに『双頭の獅子亭』へ向かった。毒が入っていたと思われる料理は回収され調査に回される。

被害者ではないが貴族(俺)が現場にいたし毒の可能性が有力と主張するつもりなので、ろくに調べず食中毒として処理されることはあるまい。

ルーヒルの持っていた情報と合わせて帳簿に載っていた貴族の名を騎士団に共有すれば、毒薬について公的な捜査に入れるだろう。

被害者達は治癒師に診てもらい、"解毒"がきちんと効いているようなので後は暫く安静にすれば大丈夫だと言ってもらえた。