軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

審議の日

審議の日が来た。

私は龍臣様にまた抱えられて、神域から界渡りをして神祇省の審議の場に向かう事になってしまった。一応、抱えられて登場するのは恥ずかしいので先に人間界に送っていただけないか、別々に会場に向かう事は出来ないのかとお伺いしたのだが。これ以外にない。と言い切られて、連れて行ってもらう立場の私は、来た時と同じく大人しく龍臣様にお任せする以外になかったのである。

そうして龍臣様に抱きかかえられて姿を現す事になった審議の場は、重々しい雰囲気に包まれていた。

龍臣様が初めてお姿を現したあの日の広間は、神座復帰を祝うために、花や供物や薄絹で飾られていた。けれど今日の審議場には、そうした華やかさは一切ない。

そこに龍臣様に横抱きにされた私が一緒に現れた事で、その場にいた人達が混乱している事がうかがえた。無理もない。逆の立場だったら私も驚いて目を見開くだろう。

「鳴神命とともに、神界に繋がる鏡から……」

「では、あの娘が鳴神命に神界に招かれたというのは本当だったのか」

「それでは、神嫁は……」

龍臣様と一緒に現れた私の姿を認めてヒソヒソと騒めく人々の声が途切れ途切れに耳に届く。私は極力自分に集中する視線に顔を向けないようにして、龍臣様が下した腕の中からそっと歩み出た。

そこは、神鏡を据えた白木の台の正面だった。どうやら私達は今この鏡の中から出て来たらしい。

その左右に、大神宮から来た神官と、神祇省の上位役人達が並んでいる。奥には、帝のお姿もあった。もう、龍臣様さえ現れればいつでも審議が開始できるという状況だったようだ。

神鏡の正面には、一段高く、高欄で仕切られた畳の敷かれた空間がある。そこに置かれた机の上には、今日調べられるらしい御札が並べられていた。

……そこにある御札に登録された名義と、実際に書いた者である起符者が本当に正しいのかを、これから調べるのだ。

その事実が、私の胸に重くのしかかった。

多分、いいえ確実に、そのほとんどが私が書いたものだろうから。

でも、御札に記された名前は私のものではない。私は家にいた時、自分の名前で御札をほとんど書いていなかったのだから。

私は龍臣様の少し後ろに座る事になって、小さくなってそこに腰を下ろした。

実は龍臣様は、当然のように私の隣へ座らせようとした。

けれど、神祇省の方々にいい顔をされず、私も慌てて遠慮して、最終的には龍臣様の後ろに控える形になったのだ。

父と母と澪、それに要は私と対峙するように向かい側に座っていた。晴親さんと鷹宮家の方々も、神祇省の方達と一緒に席にいる。

母は、上品な薄紫の衣を着ていた。澪は、淡い水色の染めの着物を着ている。龍神様との対面の日ほど華やかではないけれど、水神の加護を持つ娘らしい、清らかで儚げな装いだった。

泣き腫らしたような目元を見て、まるで私が酷いことをして澪を虐めているような、わざとそう見えるようにしているのではないかと疑う気持ちになってしまう。

そう思ってしまった自分が嫌だった。澪は妹なのに。

私はまた、澪を悪く見ようとしているのではないか。そう考えかけて、膝の上で握った手に力が入る。

「千咲」

低い声が、すぐ近くで響いた。龍臣様だった。

視線は正面へ向けたまま、私にだけ聞こえるほどの声で言う。

「息をしているか」

「……しています」

「そうは思えぬ」

私は小さく息を吸った。確かに、少し息を止めていたらしい。

大丈夫だと、そう言いかけて言葉を止めた。

龍臣様は、私に何と言ってくれたのだったかを思い出した。

「……怖いです」

小さく言うと、龍臣様は少しだけこちらを見た。

「そうか」

それだけだった。けど怖がるなとは言われない。その一言だけで、少しだけ呼吸が楽になった。

そうして、審議は神祇省の上位祭祀官の言葉で始まった。

「本日の審議は、鳴神龍臣命が探し求めた娘、ならびに鳴神龍臣命が指し示した御札の名義人と起符者の相違について、正式に見定めるためのものである」

審議場の空気が、さらに張りつめる。

「まず、御影澪殿の名で納められていた御札について、検非違寮鑑識方による筆跡鑑定の結果を聞く」

その言葉を聞いた瞬間、母の表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。

私の気のせいかもしれない。でも、母はその鑑定師が進み出た時、ひどく落ち着いて見えた。

検非違寮鑑識方の筆跡鑑定師という方は、灰色の髭の生えた年配の男性だった。普段は、台帳などの文字の記録に残る犯罪の捜査に携わっている確かな目を持った方なのだという。犯罪捜査。そう言われて私は更に怖くなった。

男性は、いくつもの御札を手元に並べ、慎重そうな顔で筆跡を見比べる。

それから、はっきりと言った。

「既に詳細な鑑定結果は提出しておりますが、改めて申し上げます。御札の筆跡は、御影澪殿のものと見て間違いありません」

審議場が小さくざわついた。

「やはり御影澪殿の書かれた御札で間違いないのだな」

「良かった、救国の巫女殿の評判に傷はつかなかったのだな。御札を代筆させていた疑いがかかるなど……」

「では何故龍神様は姉の方をお連れしたのだ」

澪が書いた。そう言われて、私は自分の事が信じられなくなって膝の上で手を握った。

御影澪のもの。

そう言われると、やはり私の方が間違っているような気がしてしまう。

だって、鑑定師は専門の方だ。

その人が、澪のものだと言っている。澪が書いてと頼んで、指示して書いたものなら……澪のものなのだろうか。

「神祇省に保管されている御影澪殿名義の過去の御札とも、文字の形、筆の運び、線の癖、止めや払いの形、いずれも完璧に一致しております」

鑑定師は続けた。

そう、そうなのだろうか。帝が指示して建立された神社は「帝が建てた」と皆言うだろう。例え帝本人が金槌や鋸をふるったのではなくても。ならばあの御札も全て、澪が書いたと扱われるものなのだろうか。

私はぼんやりとそう思いかけていた。

「ゆえに、筆跡上は、これらは全て水神の加護を授かった御影澪殿が書かれたものと判断できます」

その言葉に、私は目を伏せた。

でも、だって、同じに決まっている。どれも私が書いたのだから。

澪の名で納めた過去の札も。今日並べられている札も、同じ筆跡だと言われるのは当然だった。

「やはり」

晴親さんが小さく言った。けれど、その声は審議場に届くには十分だった。

「澪の札ではないか」

澪は、少しだけ顔を上げた。泣きそうだった表情に、安堵の色が浮かんでいる。

周囲の空気が変わったのを見て、母も胸を撫で下ろすように息を吐いた。

父は、厳しい顔をしたまま私を見た。その目が言っている。

どういう事だ。やはりお前が何かしたのだろう、と。

私は……何も言えなかった。しかしその時、龍臣様が口を開いた。

「違う」

ただ一言。それだけで、審議場のざわめきが水を打ったように止まった。

鑑定師の顔が強張る。

「しかし、鳴神命。筆跡は」

「筆跡の話などしていない」

龍臣様は静かに言った。

「人間が見ているのは、目に見える文字の形だけだろう。俺が見ているのは、込められた祈りそのものだ」

審議場に、冷たい緊張が走る。龍臣様は、並べられた御札の一枚へ手をかざした。

当然、御影澪と名が記されている水守りだった。

龍臣様の指先がふいと空中を撫でる。そうして何某かの神術を発動させた瞬間、そこにあった御札の文字が淡く光った。

最初は水の印が。

次にそこに書かれた詞が。そして最後に、御札全体から細い光の筋が立ち上がる。

その光は、水に浮かぶ泡のように宙を漂った後、まっすぐこちらへ……私の方へ伸びてきた。

「え……」

光の筋が私の胸元へ繋がって、思わず声が漏れた。

痛くはない。

何の感触もない。ただ、自分の奥にある何かと、温かいものが繋がった感覚があった。

さらに、別の御札が次々に光る。全て御影澪の名前で書かれた私の御札だったのだろう。それら一枚一枚から細い光の筋が生まれて、その全てが私へ繋がっていった。

審議場が、今度こそ大きくざわめいた。

「これは……」

「御札の光が、御影千咲殿へ……」

「すべてか?」

「澪殿の札ではなかったのか」

私は動けなかった。

光の筋が何本も、私へ繋がっている。それは責められているようでもあり、ようやく帰ってきたようでもあった。

私が書いた御札。私が込めた祈りが。名前だけが違っていたもの達が、今、私を指し示している。

「霊紋が誰のものか、人の目にも分かるようにしてやった」

龍臣様が言った。

「筆跡など、変えようと思えばどうとでも変えられる。だが、霊紋は違う。祈りを込めた者の魂の痕跡は、別人にはならぬ」

大神宮から来た神官達が、身を乗り出すように御札を、そこから出た光の筋の先を見ていた。それは次第に空気に溶けるように消えてしまったけれど、神祇省の役人達も、ざわめきを抑えきれない。

鑑定師は顔を青くしていた。母は固まり、澪は唇を震わせている。

「これは陰謀です」

澪が神祇省の役人達を見回しながら突然言った。

その声は震えていた。けれど、必死に語り聞かせようとしているのが分かる。

「鳴神様は、お姉様を贔屓なさりたいのでしょう? だから、そんなふうに御札を光らせて、お姉様の手柄にしようと……ひどいです。私が水神様の加護をいただいて、たくさんの仕事をしてきたのはたしかな事なのに」

突然意見を変えたように見える澪に、私は混乱した。小さく嗚咽を漏らしながら涙を流す澪を見て、私が何かしてこの状況を企んだのではと思ったのか父と晴親さんが睨んでくる。

「なるほど」

その澪の涙に一切動じていない様子の龍臣様が低く呟いた。

「俺の寵を得る事はもう無理だと悟って、人間の世での名誉を守る方向へ舵を切ったのか。賢いな」

私はそれを聞いて、胸が痛くなった。

ああ……そうか。霊紋が見える龍臣様の事は誤魔化せない。

だから神祇省や世間に向けては、私が龍臣様を騙したか、龍臣様が間違ったという事にしたいのか。

でも。そのために、また私の込めた祈りは塗りつぶされてしまう。

「お姉様は、運良く龍神様に気に入られたからって……」

澪は涙を浮かべた。

「こんなふうに、私の御札が築いた信頼まで奪うなんて、酷い」

晴親さんが、澪を庇うように身を乗り出した。

「その通りです。鳴神様が神術を使えば、どのようにも見せられるでしょう。人間には霊紋など分からない。澪は長年、水神の加護を持つ娘として認められてきたというのに」

審議場の一部から、戸惑うような空気が流れた。

神を疑うわけではない。けれど、神術で見せられたものを、人間の制度の中での判断にそのまま受け入れていいのか。そんな揺らぎがあった。

龍臣様は、澪を見る。その視線だけで、澪の肩がびくりと震えた。

「ならば、ここで書け」

静かな声だった。

「え」

「御影澪。お前がこの札の起符者だと言うのなら、同じものを書いてみせろ」

審議場の空気が変わった。

龍臣様が示したのは、「この札を書いたものを探し出せ」と差し示した時の水守りの札だった。

澪の名義で、神祇省から雲州の水神の総本社に納められていた、今日の審議にも持ち出された御札。

水を穏やかに巡らせ、川や田畑や井戸、水路を守るためのものだ。

簡単に書ける御札ではない。けれど、水神に関わる仕事に携わる巫女なら、書く機会はとても多い。澪の立場なら書けて当然と判断されるものだった。

そう言われた澪の顔が、さっと白くなる。

「こ、ここでですか」

「そうだ」

「でも、こんな場で急に言われても。私は、精神統一してからでないと」

「俺という水を司る神の前で心が整わぬ者が、水神の加護があると語るのか」

龍臣様の声は冷たかった。澪は唇を噛んで、何か言葉を探しているようだった。

母が間に入るように慌てて言う。

「鳴神様、澪は突然の事で動揺しております。普段ならば」

「普段ならば書けると言うのなら、少し時間をやる」

龍臣様は、神祇省の役人達を見た。

「筆と札紙を用意しろ」

龍臣様は、一切の逃げ道を作らせる気がないようだった。

命じられた神祇省の役人達が、清めた筆と墨と札紙を用意した。

澪は促されて、たっぷりと時間を置いたあと震える手で筆を取る。審議場中が、その手元を見ていた。

私も見ていた。

澪がどう書くのか、知らなかった。だって、澪が本当に御札を書くところを、私はほとんど見た事がなかったから。

私が頼まれて書いていた数からすると、澪の名前で納められた御札はほとんど私が書いていただろう。それでも、これほど頻繁に求められる御札を水神の加護がある澪が書けないわけはないはずだ。

しかし、そう思ったのに、澪が書き進める御札は正しい御札の姿とは違っていた。

書きなれていないからか、水の印の形が歪んでいる。途中でそれに気づいたのか、一度筆が止まって墨が少し滲んだ。

正しく神の名を記さなければいけないのに、漢字を間違えている。

何より、込めた祈りがきちんとした道になって神様に通じていない。それは、見ているだけの私の目にも分かった。

御札は、書かれている。けれど、ただ似た形を何とか成しているだけだった。

澪は最後まで書ききれずに途中で筆が止まった。手が震え、涙が落ちて文字が滲む。

「……できません」

小さな声だった。

「急に言われたからですわ。こんなに皆に見られていたら、できるわけが」

審議場が静まり返る。龍臣様は、私を見た。

「千咲」

名前を呼ばれて、体が強張る。

「同じものを書け」

私は息を呑んだ。

この場で。皆の前で。母も、父も、澪も、神祇省の役人達も、大神宮の神官達もいる前で……今澪が書けなかった御札を書くなんて。

当然、自分の名前でだ。そう考えると、膝の上で手が震えた。

怖い。

けれど、龍臣様が静かに見ている。

その目は、私に無理を強いるものではなかった。お前ならできると、ただ信じている目だった。

「……はい」

私は立ち上がって、用意された文机の前に歩いていった。

澪が書きかけた札紙とは別に、新しい札紙が置かれる。私がそこに置かれていた筆を取るだけで、たくさんの視線を感じた。

母の視線。父の視線。……澪の視線。

それが突き刺さるように思えて、手が震えそうになる。

でも私は息を整えた。これは、誰かに勝つためにやるのではない。澪を陥れるための札でもない。

ただ、人を守る札をいつものように書くだけだ、とそう考えた。

守りたいと願う心を、形にするものだよ。そう言っていた祖母の言葉を思い出す。

書く機会の多い御札だ。思い出そうとしなくても、手が覚えていて勝手に動く。

水の印を正しい位置に置き、詞を正しく記す。水守りを使う土地の神の名を書きながら祈りを捧げ、最後に自分の名を書く。

御影千咲。

すると、札紙が淡く光ったのだ。

審議場に、小さな息を呑む声が広がる。

光は、水面に差した朝日のように澄んでいた。龍臣様の神域で書いた時ほど強くはない。けれど、真っ直ぐで、揺らぎがない。

今、名をお借りした土地の神様と、すっと道が繋がったのが分かった。神官の一人が思わず立ち上がった。

「……これは」

別の神官が、澪の書きかけの札と、私の札を見比べようとするが、比べるまでもなかったようで、その顔には苦いものが浮かんでいた。

それは、その場にいる誰の目にも明らかだっただろう。

龍臣様は静かに言った。

「水を司る俺の社にも、御影澪と記された札は多く納められていた。水神の加護を持つ娘として重用されていたのだろう」

澪が、びくりと肩を震わせる。

「しかし、そのすべてが、これらと同じように千咲が書いたものだった。そうして千咲に己のやるべき仕事を任せすぎて、巫女として札を書く事も忘れたようだな」

審議場の空気が、重く沈んだ。

母の顔色が変わる。澪は、失敗を見つかった小さな子供のような顔で俯いていた。

それを聞いた父は、何が起こっているのか理解できないように、澪と母と私を順番に見ていた。

「これは……どういう事だ」

父の声が震えている。今まで……母や澪が、私に御札を書かせていた事を父は知らなかった。私は言った事がない。当然、母や澪も伝えていないだろう。

母の名で、澪の名で、御影家の名で、私がどれだけの札を書いていたかを。その事が、今ようやく父の前にも形を持って現れたのだ。

「澪」

父は、澪を見て、信じられないという声色で問いかけた。

「今のは、どういう事だ。お前は、この札を書けないのか?」

「ち、違います」

澪は慌てて首を振った。

「今日は急に言われたからで……たしかに、お姉様には少しだけ手伝ってもらっていましたけど……」

「少しだけ?」

父の眉が寄る。

「私は忙しかったの! 水神の加護の事で呼ばれる事も多かったし……晴親さんとのお付き合いもあって……だから、時々お姉様に手伝ってもらっていただけで……」

視線を彷徨わせた澪は、助けを求めるように母を見た。

けれど次の瞬間、澪の口から思わぬ言葉が出る。

「お母様だって、お姉様に書かせていたわ!」

そう暴露された母の顔が引きつる。

「澪、何を」

「だってそうでしょう? そう言っていたじゃない」

「それは」

母は言葉を詰まらせた。審議場がまたざわめき、父は戸惑いのこもった目で母を見た。

「菊乃」

その声には、先ほどより深い動揺がある。

「お前も、千咲に札を書かせていたのか」

母は、一瞬だけ目を逸らした。けれど、澪の言葉は否定しなかった。

「家の仕事を娘が手伝うのは、当然でしょう」

声は上品だった。けれど、わずかに震えている。

「私が忙しい時に、手習いも兼ねて手伝わせただけです。家族内の事ですわ」

父は、その言葉で何かを察したのだろう。

父の目に、ほんの一瞬、愕然とした色が浮かんだ。けれど、その色はすぐに消える。

代わりに塗りつぶしたのは、家の体面を守ろうとする当主の顔だった。

「……そうです。家族内の手伝いをさせたに過ぎません」

父の言葉を聞いて、私は胸の奥が冷えていくのを感じた。

「家族を支えるのは、当然の事でしょう。千咲がしていたのは、札作りの補助です」

父はそう言って、神祇省の役人達へ一言一言訴えかけるように言葉を続ける。

「千咲が手伝っていたのは、ただの家族内の役割分担であり、不正ではありません」

母がすぐに頷いた。

「そうです。家族なのだから、正当な手伝いの範囲ですわ」

澪も、涙を拭いながら乗った。

「私は忙しかったから、少し手伝ってもらっただけです。お姉様も、家族の役に立ちたいと言っていました」

言っていない。

反射的にそう思ったけど、似たような事は言っていたのかもしれない。

家族の役に立てて嬉しいです。

拾われてきた子と言われないように、汚名返上のためにも頑張ります。

拾ってもらった恩を返します。

私はそうやって笑ってきた……澪達にとっては本当に、私が進んでやっていたように見えていたのだろうか。

頭がぐらりと揺れそうになった……その時。

「ふざけるな」

晴親さんが声を上げた。彼は澪を庇うように前へ出て、私を睨みつける。

「姉のくせに、妹を陥れるとは。澪が少し手伝わせた事を利用して……それを大げさに、まるで自分の手柄であるように振る舞うなど、恥を知れ」

私の胸が、また痛くなった。

私は、ほんの少し澪の仕事を手伝って……それを利用して龍臣様に取り入って、澪の手柄を奪おうとしている……そう見えているのだろうか。

いいえ、手伝いではなくて、御札を書いたのは私です。

澪の、母の名前で書くように言われてたくさん御札を書いてきました。

ただそれだけを言えばいい。

なのに、睨まれると私の心が反射的に謝りそうになってしまう。私が笑ってこの場を収めるような事を言えばいいと、そう考えてしまうのだ。

すみません、大げさになってしまって。

お母様の言う通り、私がしたのは家族の手伝いだけです。

きっと私、少し勘違いしてたんです。

……そう言えば、収まるかもしれない。御影家も、澪もお咎めを受けないかもしれない。

その時、龍臣様の手が私の手に触れた。強く掴まれたわけではない。ただ、そっと包まれただけだった。

でも、その温もりで、私は思いとどまった。無理をして笑わなくていいと、そう言われている気がした。

龍臣様は静かに前を見ている。

母も、父も、澪も見据えている。けれど、手だけは私を支えてくれていた。

怖い。とても怖い。でも、言わなければならない。

私の祈りを、なかった事にしないために。私は息を吸い込んで前を向いた。

「私が」

声が震えて小さく消えそうになった。審議場の視線が、私に集まる。

母の目が鋭くなって、澪が泣きそうな顔でこちらを見た。

私は、龍臣様の手を感じながら、もう一度息を吸った。

「私が、その札を書きました」

審議場が静まった。自分の声が、やけに大きく響いた気がする。

「数枚ではなく、そのほとんどを……私の名前ではなく、母や澪の名前で書くように言われて、代わりに書いたものを母や澪のものとして納めておりました」

言った。言ってしまった。

私が決定的な言葉を口にした瞬間、審議の場の空気が変わった。

それまでのざわめきとは違う。困惑でも、戸惑いでも、疑いでもない。

何かを見誤っていた事に、その場にいた全員がようやく気付き始めたような音が滲んでいた。

私はそのざわめきを聞きながら、膝の上で手を握っていた。龍臣様の手は、まだ私の手に優しく触れている。

私は初めて、家族に求められても笑わなかった。笑って、私が傷付いた事をなかった事にしなかった。