作品タイトル不明
193:ミーメの過去
「そうですね。折角だから色々と話させてください」
「分かりました。聞きましょう」
ワタシは自分の中に異世界の知識がある事を認めた。
それは、両親にも話した事の無い事だったが、ヘルムス様がワタシを守るための答え合わせをしたいと言うのなら……ワタシはそれを信じようと思う。
そう思えるだけの積み重ねはあるのだから。
「ワタシが自分の中に異世界の知識がある事を認識したのは、自我が目覚めるのと同時でした。二歳の頃、目が覚めたようにポンっという感じですね」
「なるほど」
「目覚めた当初は大変でした。知識にはあるのに、現実には存在しない物があるだけでなく、その逆も沢山ありましたから」
今思い返してみても大変だった。
ワタシだけでなく両親もだが。
なにせ、二歳にしては利発すぎるし、落ち着いていたし、周囲の子供とは反りが合わないし、両親視点では訳の分からない事を喚いているし……いや本当に、ワタシの両親はよく、こんな子供を見捨てずに育ててくれたと思う。
「ただ幸いにして、ワタシには異世界の知識はあれど、知識の元になったであろう誰かの感情や記憶は無かったので、少しずつこの世界に慣れていきましたね」
「知識と記憶は別なのですか?」
「ええ、別ですよ。記憶喪失の人でも喋れたり、物の名前は分かったりするのと同じ理屈です。たぶんですが、ヘルムス様の仰った異世界の知識を呼び込む儀式魔術とやらが、そう言う仕様になっているんだと思います。その方が妙なものを呼び込む可能性も下がりますからね」
「妙なもの……ですか。いえ、この点については今は置いておきましょう。と、話を遮ってしまってすみません」
「いえ、気になる事があれば、逐一質問してくれても大丈夫です」
実際、知識だけだったのは幸いだったと思う。
今のワタシの人格が知識の影響を受けていないと言ったら嘘になるが、記憶まで流れ込んでいたら、妙な思想に目覚めたり、その身にそぐわない大望を抱いたりといった悪影響を及ぼしていた可能性は決して低くはない。
「それで……そうですね。ワタシは五歳の頃に魔力に目覚めて、前世の知識に無い物だったからこそ魅了されて、とにかく気になって……ひたすらに弄繰り回していた覚えはあります」
「魔力が知識に無かった?」
「ええありませんでした。どうやらワタシの持つ知識は魔力が空想や妄想の類であると認識、実証され、代わりに科学と呼ばれる学問を基に発展した世界由来の物でしたので」
「科学……学問……。なるほど。ミーメ嬢、科学と言うのは、魔力程には個人的な性質に依存しない技術と言う認識で合っていますか?」
「合っています。だからこそ、ワタシは『八顕現』のような考え方に至りましたし、第二属性が『人間』になったのだとも思います。人間の構造も知識の中には含まれていて、それはこの世界の人とは大差ありませんでしたから」
「そうでしたか」
魔力に魅了された。と言う意味では、もしかしたらワタシとヘルムス様はよく似たもの同士なのかもしれない。
まあ、その点については今は置いておくとして。
前世知識がワタシに与えた影響は大きい。
前世知識があるからこそ、ワタシは第二属性にも第三属性にも至れた。そのことは間違いないので。
「ところでミーメ嬢。ミーメ嬢は異世界の知識をもっと大々的に利用したりはしなかったのですか? ミーメ嬢の知識の幅を考えれば、商売の一つや二つくらいは出来そうな物ですが」
「それについては……興味が無かった。既に作られていた。作る意味が無かった。作れるものではなかった。作ってはならない物だった。と言った辺りの理由でしなかった事ですね」
「……。ミーメ嬢が理由あってそうしているのなら、この点については聞かない方がよさそうですね」
「そうですね。そうして貰えると助かります」
ヘルムス様が不用意に踏み込まないでいてくれるのは本当に助かる。
興味が無い、既に作られていた、ぐらいなら、何てことはない。
これは要するに、ワタシが興味のない分野の話であったり、アイスクリームやマヨネーズのような既に誰かが作った物の話だから。
作る意味が無かった、と言うのは本当にその通りなので流せる。
この世界に生息する魔物の性質を考えると、熊避けの鈴には何の意味もないと言うような話なので。
だが、作れるものではなかった、については前提となる物理法則が魔術無しの世界の物なので、こちらで真似をした際に、上手く行かない可能性が高い。
と言うか、上手くいかない程度ならまだマシで、最悪大爆発を起こしたりするかもしれないので、詳しくは出したくない分野になってくる。
例えば銃だが、単純に元の製鉄や鋳造の技術が足りないだけでなく、火薬の安定供給などの問題が出てきて、暴発も不発も頻発。
そして、そこまで努力して作っても、たぶんだが碌な事に使われないし、火力が欲しいなら魔術で十分。
本当に出す意味がない。
そして、作ってはならない物だったについては……まあ、本当にその通りなので、これ以上は何も語る必要はないだろう。
異世界の知識を得たのが聖地トリニアで、聖地トリニアが滅んでいる事を思うと、やらかしていそうな気配は凄くするが。
「それから先については……たぶん、ヘルムス様も知っての通りですね。第二属性、第三属性と目覚め、ヘルムス様に『八顕現』の触りを教え、宮廷魔術師となり、今ここに居ます」
「そうでしたか。ありがとうございます。ミーメ嬢。こうして話してくださって」
「いえ」
ヘルムス様が笑顔を浮かべる。
ただ……心が軽くなったのは。どちらかと言えばワタシの方かもしれない。
だって前世知識の事を話したのはヘルムス様が初めてだったのだから。
しかし、だからこそ言わなければいけない。
「ヘルムス様。改めて述べておきましょう。ワタシはヘルムス様に異世界の知識がある事は明かしました。しかし、ワタシを守ろうと言うのであれば、どうかこれらの知識を広めるか否か、その第一のかじ取りはワタシに任せてくれませんか?」
「願ってもない事です、ミーメ嬢。貴方が世の中の平穏を望むような人で良かったと、私は今、心の底から思っています」
「ありがとうございます。ヘルムス様」
ワタシが広める知識は選ばせてもらうと。
もしかしたら、ワタシが先んじて広める事で救える命もあるかもしれないが、そんな知識ならばきっと誰かが……それこそ聖地トリニアの時代にもう広がっているはずなのだ。
だから、ワタシは慎重に知識は選びたかった。
「その上で厚かましい望みですが……どうかワタシの事を守っていただけますか? ヘルムス様」
「……」
その上で、ワタシは恥知らずにもヘルムス様の善意に縋ろうとする。
するとヘルムス様は少しだけ微笑んで、ワタシの手を取り……。
「喜んで守らせていただきます、ミーメ嬢。とは言え、私はまだまだ至らぬ身ですので、時には御助力いただく必要もあるかもしれません。ですが、それでも守れる限り、貴方の全てを守らせてください」
まるで誓いの言葉のように宣言をしてくれた。
「ありがとうございます。そして安心してください。ワタシはとても強いので、武力だけで来る相手ならどうとでもなります」
「ふふっ、そうでしたね」
ワタシは思わず笑みを浮かべる。
ヘルムス様も笑っている。
「ヘルムス様」
「ミーメ嬢」
「愛しています。貴方の事を」
だから、どちらからともなく、愛の言葉を囁いた。
街の喧噪も、舞踏会の音楽も気が付けば聞こえない中、ワタシたちの囁きは闇に溶け込んでいった。