作品タイトル不明
194:幼馴染の知らなかった顔
「おや?」
「これ、どういう状況ですか?」
ヘルムス様とワタシはバルコニーから屋敷へと戻った。
そして、舞踏会の会場ではなく、事前に準備されていた休憩室の一つへと向かった。
これはキャシーさんとストリンさんがそちらへ案内されたと公爵家の執事の方から伺ったためだ。
それで案内された先の扉を開けたところ……。
ニコニコ笑顔で正座をしているキャシーさん。
床に正座させられて睨まれているストリンさん。
ストリンさんを睨んでいるペスティア様。
そんな三人に対してどうしたものかと言う表情をしている次期スケルライト子爵や、警備の騎士や兵士の方々の姿もあった。
「帰ってきたようだね。まあ、簡単に言ってしまえば、ストリンがアンタたちの内緒話を覗いていてね。ちょいとばかり叱りつけている最中なのさ」
ワタシたちの疑問にペスティア様が答えてくれる。
そうして言われてみれば、護衛の人たちによる監視と思しき物の中には、魔術による監視も含まれていた。
単純な感知魔術……言ってしまえば、姿や大まかな動きを確認できるだけのもので、音を聞かれる事は無いと確信していたから、特に何もしなかったのだけれど。
「キャシーの方は何故ですか?」
「ストリンが実行犯だとしたら、キャシーは教唆犯だからだよ。ああ、キャシーのメモはそこに在るから、色男、アンタが中身を確認しな。動きしか見えてなかっただろうけど、一応ね」
「分かりました」
ヘルムス様がキャシーさんのメモを確認し始める。
前にワタシとカフェで話をした時にも同じメモに色々と書き込んでいたように思える。
「ううっ。どうしてこんな事に……」
「魔術は力だ。その力を覗き見に使った上にバレたんだから、罰を受けるのは当然だろう。しかも、それが仕事ならともかく、ストリン、アンタのは完全なる興味本位だろうが。この程度で済んで良かったと思いな。いいかい、世の中には知っただけで命に関わる情報てのもあるんだ。王都に行けば、そう言うのだって増える。これに懲りたら迂闊な真似は慎むんだね」
「『闇軍の魔女』様……」
「これについてはペスティア様が全面的に正しいので、ストリンさんは諦めて叱られてください。後、王都全体に限らず、高位の貴族周りは命が惜しいなら探るべきではないです。公の場で聞き耳を立てるのと、密会の場を覗き見るのは似ているようで全くの別物なので」
「はい……反省します……」
ペスティア様とワタシの言葉を受けてストリンさんはシュンとしているが、これについては本当に危険なので、ストリンさんの安全のためにも慎んでほしい。
で、そうなると唆したキャシーさんも問題になるわけだが……。
「ちなみにキャシーさんはなんで笑顔なんですか?」
「満足したからですね。後、お二人ならこのような場で問題になるような話はしないと言う確信もありましたから」
「ま、アタシは今回に限っては見逃すよ。もっと碌でも無い物を見て、取り返しのつかない事になるよりマシだったのは事実だからね」
「まあ、ワタシもヘルムス様に任せます」
「ご寛恕感謝いたします。ペスティア様、ミーメさん」
キャシーさんはトレガレー公爵領の人間で、ワタシたちと直接の繋がりがあるわけでもないので、どうするかはヘルムス様とトレガレー公爵家任せだ。
ただ、キャシーさんとストリンさんの雰囲気と様子からして、ワタシとヘルムス様の動きは知られていても、会話は聞かれていなかったような感じだが……。
「それで、どうですか? ヘルムス様」
「そうですね……。キャシー、私たちの会話は聞いていないのですね」
「はい。聞いていません。トリニア神に誓ってもいいです」
「誓いは不要です。ならば、今回はお咎めなしとしましょう。二人きりで会っていたのを知られても私もミーメ嬢も困りはしませんから。ただ、言いたい事はあります」
それはそう。
話の内容まで知られたら確かに困るが、二人きりで会っていたのは知られても困らない。
だって、ワタシとヘルムス様は婚約者なので。
まあ、あの光景を大々的に広められたら、流石にちょっと恥ずかしいかもしれないが。
「何でしょうか?」
「何時頃から、このようなメモを?」
「貴族院に通う頃にはもう始めていました」
「そうですか。私はつくづく貴方の事を何一つとして知ろうとしなかったようですね。それこそ幼馴染と名乗るのも烏滸がましいほどに。そうは思いませんか? キャシー」
「それを言うならわたくしもでしょう。夫と婚約を結び、愛を育み、子が生まれて……その中で気が付きました。貴方とわたくしの間には本当に何もなかった。何もなかったのに、わたくしは幻想の貴方を追っていた。なら、お互い様と言う事で、逆に幼馴染と呼び合えるかもしれない。そう思いませんか? ヘルムス」
とりあえずメモの中身には問題なかったらしい。
その上でヘルムス様とキャシーさんが交わしている会話は……こう、何と言ったらいいのか分からないが、見ていて微妙にモヤっとする。
何もないのだけれど、何もないと言うある意味で特別な空気を感じる。
恋愛のれの字も無いから嫉妬したりはしないのだけれど。
「くれぐれも気を付けてください。スケルライト子爵家やトレガレー公爵家に迷惑をかけるようならば、相応の対処をしなければいけませんので」
「安心してください。わたくしの友人たちは個々の家の事情なんて求めていません。なので、事情を盛り込む必要はありません。わたくしはただ、知り得た素敵な状況を借り受けるだけです」
「そうですか。なら好きなように。私は困りませんので」
「ありがとうございます。ヘルムス様」
しかし、キャシーさんは一体何のためにメモを取っているのだろうか?
女性貴族で子爵家夫人となると、お茶会での話題に使ったりするのだろうか?
いやでも、それなら個々の家の事情はむしろ求めるはずで……分からないから、流してしまうか。
ヘルムス様も困っていないようだし。
なお、この場で一番ホッとした表情を浮かべているのは、キャシーさんの旦那様である次期スケルライト子爵である。
うん、当然と言えば当然ではある。
「話がまとまったのなら、この場は解散としようかね。アタシはちょいと馬鹿弟子に倫理ってものをもう少し叩き込まないといけないから、失礼させてもらうよ」
「うえっ!? し、師匠。待ってー……!? 足が痺れ……えっ!? これどうなって!? えええぇぇぇっ!?」
ストリンさんの首根っこを掴んだペスティア様が、そのままストリンさんを背負うようにして部屋の外へと出て行く。
ストリンさんに纏わりつくような形でペスティア様が何かしらの魔術を使った気配はしたので、何かはしたらしい。
たぶん、第二属性も活用した魔術なのだろうけど……流石に一瞬過ぎて、ワタシにも何をしているのかは分からなかった。
「ではわたくしもこれで。ミーメさん、お手紙待ってますね」
「あ、はい。王都に戻ったら送らせていただきます」
続けてキャシーさんたちも退出。
ストリンさんと違って、足が痺れた様子もなかったし、最後まで淑女の微笑みを崩す事はなかった。
なんというか、強い。
貴族女性としての強さを感じる。
「さてミーメ嬢。私たちもそろそろ引き上げましょうか。舞踏会の方も、直に散会し始めるはずなので、戻っても今更と言う話になるでしょうし」
「分かりました。それではエスコート、よろしくお願いします」
「はい、喜んで」
最後にワタシたちが退出。
残った警備の方々に礼を言ってから、部屋を後にして、ワタシたちが寝泊まりする公爵家のプライベートスペースにまで戻る。
こうして、舞踏会は多少のトラブルはありつつも、恙なく終わりを迎えたのだった。