軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183:何処から泳いで来た?

「ギガントスイムクラブのバターソテーでございます」

その名と共にワタシたちの前に運ばれてきたのは、見た目だけならば前世知識にある巨大カニカマとやらをバターを使って炒めたような肉の塊だった。

それをワタシも、ヘルムス様も、公爵夫妻様も、ナイフとフォークを使ってステーキを切り分けるかのように切り分けてから、口に運ぶ。

さて、肝心の味は……。

「美味しいですね……。蟹の味も魔力の味も濃厚で……ドラゴンステーキにも並ぶくらいだと思います」

「同感ですね。この圧倒的な存在感に並び立てる魔物はドラゴンか、美味しさに特化した魔物くらいでしょう。素晴らしい味です」

食べている全員の表情が喜びに満ちている事からして明らかだろう。

うん、それにしても本当に濃くて美味しい。

小細工の類が一切通じないのは料理人泣かせではあるけれど、食べる側としては口に含むたびに溢れ出す圧倒的な蟹の奔流に喜びしか感じられない。

「これなら残りの身はやはり冷凍保存をしておいて、舞踏会と祭りに出してしまうのが正解か」

「そうですね。そうする事で、我が家の権威や今後の安寧を示せますし、下手に残しておくよりもよほど良いと思います」

ではこの辺りで、ワタシが狩った蟹の今後について。

まず、ワタシの手によって解体と下処理が済まされた蟹は、その大半がトレガレー公爵家に適正価格で買われていった。

そして、脚に詰まっていた蟹の身の一部は今こうして調理に出され、他の可食部についても公爵家の名の下に振る舞われる事が正に今決まった。

「ミーメ嬢。改めて感謝を。貴方のお陰で領都が救われただけでなく、公爵領そのものも潤いそうです」

「ありがとうございます、ヘルムス様。ですが、公爵領の為にもなるなら、ワタシとしても願ったり叶ったりと言うものです」

それで残りの部分だが……内臓は直近で人を食っていたので、基本的に廃棄。

魔道具の素材となるエラ、目、ハサミ、全身の殻については、目についてはワタシの物として確保したが、他の部位については公爵家が買った範囲に含まれている。

公爵家としてはストリンの糸化が通じるのなら、ハサミか胴体の殻辺りを糸化して、それで王家に献上するマントの一つでも織れないかと考えているらしい。

ワタシが蟹の目で何を作るのかについては……まあ、また後で考えよう。

10センチくらいある巨大な目で、しかも大量の魔力を持ち、片方は『水』、もう片方は推定『鋏』と言う第二属性を含んだ貴重品なのだ。

大事に使いたいところだ。

「それでヘルムス様」

「そうですね。情報の共有をしましょう。お互いに気になっている事も多いでしょうから。父上もよろしいですか?」

「勿論だとも。儂からも話しておきたい事はある。ああそうだ。あの蟹の名称だが、ギガントスイムクラブに決まったので、報告書にはそう記載してもらいたい」

そうして腹がある程度満たされたところで、情報の交換会が始まった。

「ではまずはワタシから」

口火を切ったのはワタシ。

と言っても、蟹……ギガントスイムクラブとどう戦ったのか以外話となると、解体の際には一般の解体器具では歯が立たずにワタシの魔術で殻を切らなければいけなかった事。

しかし、大きさの割には殻が柔らかかった可能性が高い事。

このくらいしか、ワタシから話せる事はないわけだが。

だが、この情報も公爵様にとっては重要だったのだろう。

公爵様は満足そうに頷く。

「では次は儂から。海の魔物に詳しい者によれば、イストフィフス侯爵領よりさらに北の海にはスイムクラブと言う名前の、ギガントスイムクラブにとても良く似た外見の魔物が生息しているらしい」

公爵様によれば。

スイムクラブは人の肩幅くらいの大きさを持つ蟹型の魔物らしく、大きさの割には殻が柔らかく、群れで出現して確保も比較的容易である事から、出現地域では丸ごと茹でて食べているのだとか。

また、蟹のような甲殻を持つ魔物は生きた年月に比例するように、際限なく大きくなっていく傾向にあるらしい。

「なるほど。つまり、ギガントスイムクラブは、スイムクラブが長い年月をかけて成長した先の個体。かもしれないわけですか。父上」

「儂はそのように考えている。ミーメ殿はどう思う?」

「あり得ると思います。断定までは出来ませんが」

なるほど、そう言う事なら確かに“ギガント”スイムクラブと言う名前が相応しいだろう。

スイムクラブにあまりにも似ているし、けれど一緒にするには、第二属性持ちと言うのはちょっと問題がある部分なので。

まあ、その内に個体名にするのか、種族名にするのかについては決まる事だろう。

ちなみに、魔物でも第二属性に目覚める事はある。

条件さえ満たせば、人も魔物もトリニア神にとっては関係ないらしいので。

とは言え、第二属性に至るまでの早さや確率については、その魔物の知性次第な面も大きいので、人の第二属性以上に珍しい事は確かだが。

「後はそうだな……。この話を持ってきた部下によれば、ギガントスイムクラブは逸れの類ではないか。との事だ。今まで見られなかった事もそうだが、もしも群れているなら、今頃は二体三体と次が現れていないとおかしいそうだ」

「逸れなのは助かる事ですね。もしもアレが二体三体と現れるのなら、ワタシとしても困ったところですし」

「同感です。アレが何体も居たら、領都の入り江は確実に奪い取られ、奪還するには膨大な手間暇がかかる事になったでしょうから」

逸れと言うのは……何かしらの理由で、魔物が本来の生息地を生態に関係なく離れて彷徨う現象を指す。

何故逸れたのか分からないのは気味が悪いところだが……。ギガントスイムクラブの生息地は海中なので、何があったのかをワタシたちが知れる事は無いだろう。

それよりも重要なのは、基本的に逸れは単独行動であり、追従する者が居ないという点だろう。

本当に居ないのかの確認は今後時間をかけないと分からない事だが、居ないでくれた方が、この場に居る全員にとって助かるのは確かだった。

「では最後に私から。救助に成功した人間と積み荷の名簿と、航海の記録をまとめた物が出来ています」

「ふむ。確認しよう」

「船員の証言としては、突然の事であり、何が起きたのかすら分からない者が殆どだったようです」

「なるほど。でもそれは当然の事ですよね。ワタシたちもそうでしたし」

「そうですね。正直なところ、アレに対処できる者はほぼ居ないと思います」

ワタシは蟹に襲われた船についての情報を一読した。

だが、特に不自然な点は見受けられないと思う。

死人が何人か出ているのは仕方がない事だし、積み荷だって直ぐに沈んでしまった物が回収出来ないのは当然の事だから。

勿論、死者や沈んだ物にこそ原因が紛れている可能性は否定できないけれど、それを言い出したらキリがない。

なんというか、外海に比べれば魔物が少なめであるらしい入り江内と言う事で、魔物除けを緩めてしまった船が偶々襲われたようにしか見えなかった。

「ふむ。イストフィフス侯爵領。それと、そこからさらに北の伯爵領にも寄港して、積み荷を得ているのか。そして、領都に戻ってきたところで襲われた、か。厄介な。何かを積んでいた可能性自体は否定できないのか」

しかし、低くとも可能性自体はあるらしい。

理屈や海と言う環境の事を考えれば、ほぼ間違いなく偶々なのだけれど、公爵様としては必然を考えない訳にはいかないのだろう。

だから、公爵様はとても悩ましい表情をしている。

「ヘルムス。儂は追加調査をしつつ、舞踏会まで様子を見る。それまでに何も起きなければ、今回の件は不幸な事故であった。そう言う話で終わらせよう」

「分かりました。ではそのように」

「ミーメ殿。申し訳ないが、時折で構わないから、ヘルムスと共に海の様子を見て貰えないだろうか?」

「構いません。屋敷に籠もり過ぎるのも良くないと、今日言われたばかりですし」

「ありがとう、ミーメ殿」

そんなわけで、舞踏会が開かれるまで、ワタシとヘルムス様は定期的に海の様子を見る事になるのだった。

たぶん、調査と言う名の休憩にしかならないだろうけど。