作品タイトル不明
184:スイムクラブを糸に
「ミーメ。ギガントスイムクラブの肉はとても美味しかったよ。アレだけ美味い肉はアタシは初めて食べた。しかし、それだけにカニみそが食べられない状態だったのが残念だったねぇ。アタシは昔、スイムクラブを食べた事があるんだが、脚肉がアレだけ美味かったなら、カニみそも極上の品だったろうに……」
翌日。
ペスティア様の部屋を訪れたら、挨拶もそこそこに、こんな話を振られた。
ストリンさんは……少量のギガントスイムクラブの甲殻を前に唸っているので、暫くは放置して大丈夫そうか。
ちなみにヘルムス様は本日不在。ギガントスイムクラブ関係の後始末がまだ終わらないらしい。
なので、今日のワタシは屋敷内に一日中留まる予定である、
「そんなに美味しかったのですか?」
「美味しかったね。食ったのは15年ほど前だが、今でも思い出すよ。スイムクラブを丸ごと茹でて、それを食べるんだが、とにかく味が濃くてねぇ。酒ともよく合って、本当に美味しかった。ああ、胴体を殻ごと火にかけて、そこに酒を注いで煮るのも良かったね。イチオシさ」
「なるほど。ただ……」
「ああ分かってるよ。ギガントスイムクラブは人を食った直後だったし、仕留める時に口から中身をかき混ぜるように攻撃して仕留めるしかなかったんだろ? 仕方がないさ。カニみそを得られなかった事に対して本気で文句を言いたいなら、最低でも戦闘中に甲殻を真正面から叩き切れるくらいでないと、文句なんて言えないよ」
「理解して貰えて何よりです」
「それはそれとして、勿体ない精神は出ちまうけどね。ああどうして、あの日アタシはその場に居なかったのか……。その場に居れば、食った物を全部吐かせて、食えるようにするくらいは出来たってのに……」
「あはははは……」
ペスティア様は本当に悔しそうにしている。
ただまあ、それはもう、たられば、と言う奴なので、仕方が無いと流す他ないだろう。
ワタシだって、狩人として内臓まで確保できるならしたかったのは事実だし。
「……。ペスティア様、魔物を食べるのが好きだったりします?」
「魔物を食べる、ではなく、地方ごとの美味い料理を食べる。のがアタシの好きな事だね。それくらいのご褒美が無ければやってられなかったと言うのもあるが……。ああ、気になるなら王城の図書館で探しな。偽名を使っているが、各地方を探った時の情報自体は残してある」
「なるほど。分かりました」
ワタシはペスティア様から使っている偽名を教わっておく。
時間があれば調べてみよう。色々と有意義な情報もありそうだ。
「さて、ストリン。アンタは何時まで唸っているんだい?」
「うむむむむ……はっ!? え? あ、何ですか? 師匠、『闇軍の魔女』様?」
「進捗どうですか? だそうですよ。ストリンさん」
「えーと……」
それでは本日の本題。
ストリンさんによるギガントスイムクラブの甲殻の糸化についてである。
ずっと唸っていたようだが、さて、ストリンさんには出来るのだろうか?
「たぶん出来るとは思います。ただ、ウチの魔力では、この大きさの甲殻を糸にするのは一日がかりの仕事になると思います。とにかく魔力の量が足りなくて、甲殻の中に中々染み込んでくれません」
「ふむ。まあ、第二属性持ちの魔物の素材だからね。一筋縄でいかないのは当然か」
「出来るだけでも十分だと思います。補助で魔法薬とか教えてもいいですが……」
「今はそんな時間はないね。勉強、試作、検証、調整……月単位か年単位の仕事になるよ」
「まあ、そうですよね」
ペスティア様の言葉にストリンさんは残念そうな顔をしている。
ワタシが補助として使う事を考えた魔法薬は、以前に使ったこともある自分の魔力を浸透させるための魔法薬だが……、アレを素材の糸化に合わせて調整するとなれば、確かに一級品になるまでは相当の時間がかかる事になるだろう。
うん、確かに今はそんな時間は無さそうだ。
今はまず、糸化の基本的な部分を確立しないといけない訳だし。
「あのー、師匠と『闇軍の魔女』様はどうしてあんな簡単に糸化が出来ていたんです? 第二属性を活用しているから、だけじゃないですよね? 師匠の魔力量はウチと殆ど変わらないと言ってたはずなので」
「ああ、その事かい。魔術ってのは、属性を混ぜ合わせると、それだけで出力が跳ね上がる性質があるのさ」
「えっ!?」
と言うか、ストリンさんは魔術の基本についても、まだまだ学ぶ事が多そうだ。
属性を混ぜ合わせる事で、魔術の出力が跳ね上がる事もまだ教えられていなかったようだし。
なお、以前にも述べた事であるけれど。
魔術は一属性だけで構築した時の出力倍率を1倍とするなら。
二属性は4倍。
三属性は27倍。
四属性なら256倍。
と言う具合に強まっていく。
とは言え、三属性以上を持つ魔術となると……第零属性である『魔力』を認識しているか、サキさんと『石抱きの魔術師』様がやっていたような特殊な魔術か、そのどちらかは必要になるので、一般的な知識ではないけれど。
「話を戻すよ。あっちの依頼にギガントスイムクラブの甲殻を糸にした物は出せそうかい?」
「んー。無理だと思います。魔力が染み込みづらくて、最初の処理が難しいのもありますが、この感じだと、たぶんその後の糸を紡ぐ時とかも癖があって、ウチが出しても良いと思える品質に出来るのは……ちょっと先の事になると思います」
「分かった。なら、あっちの依頼については、予定通りにシロートガイの方を出す事にしよう。期日を守れないと大目玉を喰らうからね」
「ん、分かっただ」
ストリンさんはギガントスイムクラブの甲殻から手を離すと、シロートガイの貝殻の糸化を始める。
だいぶ手慣れた様子で、スムーズに糸が出来上がっていく。
「そう言うわけだから、ギガントスイムクラブの甲殻の糸化は後回しだね。しかし、特殊な性質だけでも調べておくべきではあるか。となると……」
「分かりました。ワタシの方で、強度以外は調べておきます」
「頼んだよ。アタシじゃどうやっても糸にはならないようだからねぇ」
魔物素材を糸化すると、面白い性質を持っている可能性がある事は既に分かっている。
だが、その性質が必ずしも安全な物とは限らないので……うん、今後の事を考えると、やはりワタシが自分で調べておくべき事だろう。
ストリンさんに掛かるプレッシャーを抑えるために話さないが、ギガントスイムクラブの糸を利用した何かはグロリアブレイド王家にも献上する予定なのだし。
これを調べるのは、宮廷魔術師として当然の事でもある。
「ところで『闇軍の魔女』様。師匠」
「どうかしましたか?」
「なんだい?」
糸を紡いでいるストリンさんが、その状態のままに話しかけてくる。
うん、本当に慣れてきたらしい。
雑談する余裕があると言うのは、そう言う事だ。
「ウチはこうして魔物の素材を糸化しているわけですが、糸以外の形にするのってどうなんですか? 例えば球体にするとか、包丁の形にするとか」
「アタシには分からないね。どうなんだい? ミーメ」
「んー、素材次第。ですかね。ただ、糸ほど劇的な変化は得られないと思いますよ。糸は細く、線も面も自在に作れます。だからこそ、これまでにない形での活用も出来るわけですし」
「なるほど……」
ストリンさんの発想は素晴らしいものではある。
例えばだが、水属性の瞳を圧縮して、濃度の高い水属性の魔力を持つ宝珠にしてしまうとか。火属性の爪や牙を集めて剣の形にする事で、斬った相手を燃やす剣とか。出来るものはあると思う。
ただ……やるのは難しいだろう。
ストリンさんの糸化が属性数を無視したかのように優れた物である事を考えると、宝珠にしろ剣にしろ、どうやればそれを作れるかをよく知った上で再現しなければいけないと思う。
そうなると、そちら方面については素人でしかない人間では、それなりの物しか出来ないのではなかろうか?
「クソガキ」
「分かってますって、ペスティア様」
「んー?」
まあ、それはそれとして、そちらも報告の為に試しに作りはするけれど。
こういう発想があると示してしまったワタシの責任でもあるし。
そして作った物は、ペスティア様に視線だけで言われるまでもなく、知らせる相手は限る事になるだろう。
だからストリンさんには、出来ると断言しなかった上に、話の矛先を逸らすような物言いにしたのだし。
「それではペスティア様、ストリンさん。ワタシはそろそろ失礼しますね」
「そうかい。気を付けるんだよ」
「今日もありがとうございました。『闇軍の魔女』様」
ワタシはこうしてペスティア様の部屋を後にした。
では、早速自分の部屋で試してみるとしよう。