作品タイトル不明
182:ギガントスイムクラブ
「ヘルムス様! あの蟹はワタシがこちらに引き寄せて狩りますので、生存者の救助をお願いします!」
「ミーメ嬢! 生存者の救助は私がします。ですので、申し訳ありませんが、あの魔物の相手は一先ずお願いします!」
ドラゴン並の大きさを持つ、第二属性持ちの蟹。
それの出現を認識したワタシとヘルムス様は同時に自分のやるべき事と、相手にやって欲しい事を話すと、一瞬だけ顔を見合わせてから直ぐに動き出す。
「では、お願いします」
「はい。ヘルムス様も気を付けて」
ヘルムス様が空中に小さな水の船を作り出すと、それに乗り込み、両断されて今正に沈みつつある船に向かって飛んでいく。
蟹の魔物は……たぶんだが、人を襲っているな。
海面を漂いつつ、ハサミを海面と口の間で何度も往復させている。
ただ、蟹の力が強大だからか、他の魔物は逃げ出しているようで、蟹に襲われなければ、救助自体は間に合いそうだった。
「宮廷魔術師『闇軍の魔女』として、この場に居るワタシ以外の全員に命じます。今すぐにこの場から避難してください。此処を戦場にします」
「くっ……。分かりました。護衛としては悔しいことこの上ないですが、どうかご武運を」
「頼んだぜ宮廷魔術師様。悔しいが俺たちじゃ足手まといにしかなれねぇ!」
「どうか俺たちの街を守ってくれ!」
「お前ら急げ! この人たちの邪魔をしたら末代までの恥でしかねえぞ!」
ワタシの言葉に護衛の方は渋々と言った表情で従い、漁師の人たちは迷いなく従って動き出す。
この動きの差は、護衛の方は護衛としての矜持が邪魔しているのに対して、漁師の方々は先に見せたワタシの釣りの腕を信頼してくれているからだろう。
ただどちらも動き出せば速く、釣り場に居る人間は直ぐに減っていき、ワタシ一人だけになる。
「闇よ。影よ。死せる人々の影法師よ。不知火が如く、海上に立ちて、魔を招き寄せよ」
そうして一人になったところで、ワタシは魔術を発動。
海上に『闇』と『人間』で作った闇人間を何体も、船がある場所と釣り場を繋ぐように立たせると、それらから死に掛けの人間の気配……つまりは、蟹にとって、とても美味しい獲物の気配を釣り餌のように漂わせる。
「!」
「よしっ」
蟹が反応した。
目の前の人間よりも、ワタシの魔術の方が美味しいと誤認してくれたのか、体の大半を海上に出したまま、こちらに向かって横滑りし始め、実体のない闇人間をハサミで掴もうとしつつも移動する。
途中でヘルムス様とすれ違うものの、そちらへの興味もなく、素通りしてくれる。
うん、これで一先ずの山場は超えた。
ならば、次にしなければいけないのは蟹を狩るための考察だ。
「相手は第一属性が『水』。色合いからして第二属性は『金属』に関係のある概念……」
蟹はドラゴン並に大きい。それだけ大きいという事は、ドラゴンほどではないにしても、大量の魔力を持っていると考えられる。
蟹なので甲殻は堅く、攻撃が通る場所は関節に限られるだろう。
海底を歩かずに泳いでいるのは、そういう種類の蟹だからで流していい。
瞳の色、船を両断した時の現象、蟹と言う生物の知性から考えるに、第二属性は……たぶん、『鋏』とか、その辺だと思う。
「ーーーーー!」
「ワタシにも気づいたか」
こちらに近づいてくる蟹が、ハサミから刃状の水を幾つも放ち、ワタシに向かって飛ばしてくる。
ワタシ自身は回避しつつ、威力確認のために闇人間に受けさせたが、あっさりと両断される。
どうやら、一発一発がドラゴンのブレス並の威力があるようだ。
ついでに釣り場も切り刻まれて、安全地帯を守る鋼鉄の壁も何度か受け止めたところで壊されてしまった。
「ーーーーー!!」
蟹が上陸。
陸地に繋がる道を封鎖するように立ち、ワタシの事を睥睨すると、両方のハサミを振り上げ始める。
「来い。『 ひとのまのもの(ジャガーノート) 』」
「ーーー~~~!?」
だが、蟹が何かをする前に、ワタシの魔術によって現れたジャガーノートが蟹の関節目掛けて右手の斧を振り降ろし、ハサミの片方を根元から断ち切ってみせる。
「ーーーーー~~~~~!」
「抑えろ、闇人間。バラバラにしろ、ジャガーノート」
ジャガーノートの攻撃とワタシの余裕具合から、蟹は自分が誘い込まれた事に気づいたのだろう。
釣り場から逃げ出そうとした。
しかし、それよりも早く、蟹の脚一本につき一体の闇人間がしがみ付く事で動きを鈍らせる。
そして、ジャガーノートが斧を一度振り降ろす度に蟹の脚が一本ずつ切り離されていき、蟹は身動きが取れなくなっていく。
「ーーーーー!」
だがそれでも諦めるにはまだ早いと言わんばかりに、蟹は泡を吐くように、口から小さな水のハサミを幾つも飛ばしてくる。
狙いはジャガーノートではなくワタシ。
たぶんだが、ジャガーノートも闇人間もワタシが操っていて、ワタシを倒さなければいけない事を察している。
ついでに、切り離された脚の代わりを水で作り出そうとしているし、水流を作り出す事で逃げる準備もしている。
中々に芸達者である。
「守れ。闇の頭蓋骨」
しかし、ワタシには通じない。
水のハサミは、ワタシが頭蓋骨を模して作り出した闇の壁に弾かれる。
「トドメを刺せ。ジャガーノート」
「!?」
蟹が逃げ出すよりも早く、ジャガーノートは蟹の口に左手に持ったショットガンの先を突き入れると、何度も引き金を引く。
ショットガンから放たれた弾丸は甲殻を突破できない為、蟹の胴体の内側で暴れ回り、内臓をズタズタに引き裂いていく。
「ーーーーー……」
「ふぅ……」
やがて蟹は動きを止め、周囲で展開されていた蟹の魔術も停止。
絶命した。
「ヘルムス様は……大丈夫そうですね」
ワタシは蟹が完全に死んだことを確認した後、ヘルムス様の方へと視線を向ける。
ヘルムス様は巨大な水の船を作り出し、海上に設置すると、その中へと要救助者と荷物を取り込む事で救助を進めているようだった。
また、港からは続々と応援の船も駆けつけているようだった。
あの分ならば、最初の一撃で即死していたり、助ける暇もなく海底に沈んでしまった人以外は助けられる事だろう。
「それにしても、この蟹は一体どこから……」
ヘルムス様が大丈夫ならとワタシは改めて蟹を見る。
蟹は全体の大きさがドラゴン並だったので、体のどの部位も相応に大きく、脚を叩いた感じでは身もしっかりと入っているようなので、食いがいは間違いなくあるだろう。
ただ内臓は……止めておいた方が無難だろう。
甲殻は堅く、二属性持ちと言う事もあって、その価値はドラゴン並になるはず。
特に瞳、ハサミ、泳ぐために特殊な形になった脚、これらの部位の価値は高い物になるだろう。
だが、これほどの蟹が一体どこから現れたのだろうか?
元から入り江に住んでいたり、領都の近くに居た可能性はない。
こんな化け物蟹が、人の近くを住処にしていたら、人は住んでいられない。
目撃証言や船が沈んだという話については……後でヘルムス様に確認してみないと確かな事は分からないし、これから来るのかもしれないが、たぶんなかったと思う。
つまり、領都から遠く離れた海に居た個体となるが……。
「駄目だ。ワタシの海に関する知識量じゃ、情報が足りない」
うん、分からない。
何も分からない。
とりあえず、今のワタシがやるべき事はだ。
「闇人間。蟹を陸地へと運んで」
仕留めた獲物をきちんと確保する事である。
釣り場の周囲には、蟹の血とワタシの魔力に引かれたのか、既におこぼれ狙いの魔物が集まっているようなので。
その後、陸地に戻ったワタシが蟹の下処理をしていると、そこへ公爵様の使いが現れて、蟹は無事に回収された。
また、ヘルムス様も救助を終えて無事に帰還。
状況が状況と言う事で、ワタシたちは一緒に屋敷へと戻ったのだった。