作品タイトル不明
168:公爵夫人と食客
「お久しぶりです。母上」
「初めまして。公爵夫人様」
談話室を訪れたヘルムス様とワタシは、直ぐに挨拶をした。
その上で、ワタシは談話室に用意された茶会用の机に着いている三人の女性へと視線を向ける。
「丁寧な挨拶ありがとうございます。ミーメ様。私がヘルムスの母、コルエ・トレガレーです。仲良くしてもらえると嬉しいわ。ヘルムスはお帰りなさい。周りの人たちに迷惑を掛けるような事はしていないかしら? 私の耳には色々と届いているのだけど」
「こちらこそよろしくお願いします。公爵夫人様」
「迷惑などかけていませんよ。母上」
一人目は緑色……植物属性の目を持つ女性で、物腰穏やかで優雅な振る舞いを見せている。
本人の名乗った通り、この人がヘルムス様の母親で現公爵夫人でもあるコルエ様のようだ。
「それで母上。そちらのお二人は?」
「我が家に招いた食客です」
ワタシたちの視線が残り二人へと向けられる。
老婆の方は堂々とした様子で、茶を味わっている。
少女の方はオドオドとし、視線をあちらこちらへと行き来させている。
二人とも黒色……つまりは闇属性の目をしているが、老婆の方は左目の色を隠蔽して黒く見せているようだった。
誰なのかの予想はつくが……まあ、まずは本人たちの言葉を待とう。
「そうだね。同僚のようだし、しっかりと名乗らせてもらおうか。アタシの名前はペスティア。平民だから姓はないが、陛下からは『黒帳の魔女』の二つ名を戴いている。つまり、宮廷魔術師の一人であり、アンタたちの先輩になるわけだね。とは言え、アタシが王都に立ち寄るのは数年に一度程度、こっそりとだから、知らなくて当然だろうけどね」
そう言うとペスティア様は自身の左目にかけた隠蔽の魔術を解除する。
現れたのは金色に輝く瞳。
その輝きに、ヘルムス様は随分と驚いているようだった。
しかし、この人がディム様から以前聞いた、第二属性に目覚めたけれど、貴族からのやっかみが酷くて王城を去った人なのか。
王城を去ったはずなのに、宮廷魔術師を名乗っている辺りに、色々とありそうだけど……。
今ここで聞くような事ではないか。
ペスティア様もワタシの名乗りから何か聞きたそうにしているし、話す機会はいずれあるはずだ。
「ほら、次はアンタの番だよ」
「は、はひっ!? う、ウチの名前はストリン・フォン・メクセルと言います。十四歳です! そ、その、『闇軍の魔女』様のお陰で糸じゃない物を糸に出来るようになりまして、それで公爵様の下までペスティア様に連れてきてもらいました。よろしくお願いしま……アダッ!?」
「「……」」
「はぁ……」
「あらあら」
最後の一人、ストリンさんが席から立ち上がり、どもりながらも挨拶をし、最後に勢いよく頭を下げた結果、机に頭をぶつけてしまった。
結構いい音がして、痛がっている。
ただ、初めてではなさそうで、ペスティア様は呆れているし、コルエ様も微笑ましい物を見ている様子だ。
「母上。もしかしなくてもこのお茶会は……」
「ストリンの練習です。彼女の今後がどうなるかは分からないけれど、礼儀作法を身に着けておいて困る事はないもの。ただ、ストリンは今までにこう言う事を一切習っていないの。だから、このくらいの失敗は気にしないで頂戴。ミーメ様もお願いね」
「分かりました」
「礼儀作法の難しさはワタシもよく知るところですから、気にする事などありません」
実際、礼儀作法は本当に難しい。
ワタシだって、ヘルムス様に付けてもらった講師の方の手をまだまだ煩わせているくらいだ。
そんな物を前世知識と言う下駄も無しに学んでいるのがストリンなのだから、寛大な心は持って当然である。
と言うか、ワタシより年下な時点で、厳しい目を向ける理由なんてない。
なお、指導の内容から察する限り、ストリンさんはその内に陛下や正妃殿下の前に出される事もありそうである。
今話したら、ストリンさんが卒倒しかねないので、話さないが。
「ところで母上。私たちは先日の作戦の際にメクセル村に一時滞在しまして、そこでメクセル男爵からストリン嬢の事も少しばかり聞くと共に可能ならば後ろ盾になって欲しいとも言われているのですが……どうなのですか?」
ヘルムス様の言葉に、コルエ様もペスティア様も笑みを浮かべる。
一方、ストリン様は指導役らしい侍女の方から、丁寧で分かり易い指導をしてもらっていて、こちらを気にする余裕はなさそうだ。
だからだろう。
「繊維状でなかった魔物の素材を糸化するストリンの魔術は素晴らしい物です。私も加工の様子から現物まで見せてもらいましたが、間違いなく魔物素材の活用方法において、新たな境地を開いたと言えるでしょう。トレガレー公爵家として全面的に支援する事は既に確定しています」
「なるほど。やはりそれほどでしたか」
コルエ様はストリンさんの事をべた褒めしている。
「勿論、素材の糸化。と言う形で、闇属性の魔術の新たな可能性を示してくれたミーメ様についても、私は感謝しています。この技術が広がっていけば、闇属性に対する偏見も少なくなるかもしれません。それはあらゆる面において素晴らしい事です」
「ありがとうございます。そう言っていただけるなら、思いついた甲斐もあったというものです」
そして、ワタシの事もべた褒めしてくれた。
「ただ……」
「ただ?」
「トレガレー公爵夫人。その先はアタシから話そう」
「そうですね。お願いいたします」
しかし、褒めるだけでは済まないらしい。
コルエ様が退くと共に、ペスティア様がワタシに厳しい視線を向けてくる。
「『闇軍の魔女』。アンタに悪気が無いのは分かっている。だが、あまりにも常識から外れた、影響が大き過ぎる話をそう簡単に流さないでおくれ。アンタにとっては大したことがない波でも、末端の人間にとっては溺死しかねない大波になっている事もあるんだ」
「それは……はい。漏らした時にヘルムス様からも怒られました」
「だろうね。それと『船の魔術師』。アンタはアンタで、ちゃんと自分の部下たちの手綱を握って、後で何が起きたのかをしっかりと確認しな。アタシが偶々メクセル村に居て、保護したからいいが、そうでなかったら、どこぞの馬の骨にストリンの事を持っていかれた可能性だってあるんだよ」
「……。はい。以後、気を付けさせていただきます」
ワタシもヘルムス様も揃って怒られる事になってしまった。
だが、ここで怒られるのは仕方がない事だろう。
これはそう言う話なので。
それにしても……この怒られ方の感じ。何処か懐かしい気もするな。
えーと、そう、十年くらい前、ワタシが六歳だった頃。
魔術師としての心構えを教えられた時に似たような怒られ方をした気が……。
「二人とも、今回の件を良く反省して、次はこんな事が無いように……」
「あの……」
「ん? なんだい?」
ワタシはもしやと思いつつも、手を挙げて、ペスティア様に問いかける。
気になって仕方がなかったからだ。
「ペスティア様。十年くらい前に王都に居て、闇属性の子供に魔術を教えませんでしたか?」
「あ? なんだい藪から棒に。十年前なんて……」
「……」
ペスティア様がワタシの顔をまじまじと見つめる。
ワタシもペスティア様の顔を改めて見る。
そして、ワタシもペスティア様も確信した。
「これは驚いた。アタシが覚えている中で最も不出来な部類に入る教え子……いや、クソガキが、今や宮廷魔術師で、しかも、今までになかった闇属性魔術の発想者とはねぇ……」
「あはははは……ご無沙汰です……。あの時はご迷惑をおかけしました……」
ペスティア様は十年前にワタシが魔術師としての心得を教わった流れの魔術師その人だった。
「なるほど。だったらちょうどいい。迷惑をかけたって思いがあるんなら、元々その気だったろうけど、アンタもストリンの事を助けるんだよ。ストリンは妹弟子……いや、捉え方によってはアンタの弟子そのものなんだからね」
「あ、はい。それはもう、頑張らせていただきます」
「ししょ……ミーメ嬢!?」
なお、ここで一番の叫びを上げたのはヘルムス様で、そんなヘルムス様に対して最もプレッシャーを放っていたのはコルエ様だった。
貴族らしからぬ振る舞いだったので、これは仕方がない事だろう。