作品タイトル不明
167:トレガレー公爵
トレガレー公爵家の本邸は、以前に訪れた事もある公爵家の王都屋敷によく似た雰囲気をしていた。
ただ、王都屋敷よりも舶来の品は少なく、王国内で生産された品が多いように見えるのは、此処が国外からの客人を招く事も多く、アピールするべき物が異なるからだろう。
「「「お帰りなさいませヘルムス様。ようこそお越しくださいましたミーメ様」」」
そして、入り口の扉をくぐったワタシたちを出迎えてくれたのは、王都屋敷の時と同様に綺麗に整列し、一糸乱れぬ動きで以って礼をした侍女と執事たちだった。
王都屋敷の時には少し怯んでしまったが、あの時の事で耐性がついたからだろう。今回は動揺せずに済ませる事が出来た。
なお、ワタシに向けられる視線に敵意や悪意はなく、どちらかと言えば、励ますと言うか、興奮と言うか、そう言う感じの気配を感じる。
「みんな、出迎えありがとう。久しぶりの再会を祝して交流も図りたいところだが、まずは父上にするべき報告をしたい。父上はどちらに?」
「公爵様は執務室に居られます。お二方が今日訪ねられる事は承知しておりますので、案内させていただきます」
「分かった。ミーメ嬢」
「はい。よろしくお願いします」
ワタシはヘルムス様にエスコートされる形で、老執事の後に付いて行く。
ちなみに集まった侍女と執事の方々も、ワタシたちの姿が見えなくなると共に、静かにそれぞれの仕事に戻っていく。
こっちは『人間』属性での感知だが……。うん、街中では、こっちの感知は切っておくか。
逆にトラブルになりそうだし。
「旦那様。ヘルムス様とミーメ様がお出でになられました」
「分かった。開けてくれ」
やがてワタシたちは執務室につき、部屋の中に入る。
部屋の中には複数の人が居た。
一人掛けの椅子に座っているのは、藍色の目を持つ、ヘルムス様が年を取ったら似た雰囲気になるのだろうと思わせる男性。トレガレー公爵様その人だ。
その背後には護衛や側近であろう、推定騎士、魔術師、文官が一人ずつ立っていて、ワタシたちを案内してくれた執事もその中に加わる。
「お久しぶりです。父上」
「ああ、久しぶりだな。ヘルムス。元気にしていたようで何よりだ。さて、積もる話もあるがその前にだ」
ヘルムス様が楽しそうに、トレガレー公爵様が穏やかな雰囲気で言葉を交わす。
ただ、話を長引かせることはなく、直ぐにワタシの方へと視線を向けて、椅子から立ち上がる。
「初めまして、『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズ殿。儂の名前はチャップ・フォン・トレガレー。そこに居るヘルムスの父であると同時に、陛下から公爵の爵位をいただき、此処トレガレー公爵領を治めさせてもらっている。仲良く出来れば光栄だ」
「ワタシのような若輩者に対して、ご丁寧にありがとうございます、トレガレー公爵様。既にご存じのようではありますが、改めて。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。こちらこそ仲良くさせていただければと思っております」
「ミーメ殿。とお呼びしても?」
「構いません。トレガレー公爵様」
トレガレー公爵様は慣れた様子で、ワタシは習ったことを思い出しつつ出来る限りに丁寧に、礼をした。
その様子をヘルムス様は嬉しそうに眺めている。
うん、とりあえず失敗はしなかったようだ。
「うむ。ではミーメ殿。その、折角の機会であるからこそ尋ねさせていただくが、ヘルムスはどうだろうか? ご迷惑などおかけしていないだろうか?」
「いいえ。そのような事はありません。むしろ助けていただく事ばかりです。先日の侯爵領の一件でも大いに助けていただきましたし、それ以前についても、ヘルムス様には公私に渡って助けていただく事ばかりです」
「そ、そうか。ヘルムスが役に立てているようで何よりだ」
トレガレー公爵様は当然のことながら、ワタシがトリニティアイである事を知っている。
なので、ヘルムス様がワタシの助けになっているかや、望みを叶えられているかが不安なのかもしれない。
だが、ワタシ個人としては、ヘルムス様には大いに助けられている。
普段の雑務もそうだが、先日の『海坊主』のように、ヘルムス様の助力が無ければどうにもならなかった場面だって少なからずあるくらいなので、是非とも安心して欲しい。
「父上、イストフィフス侯爵領の件について詳しく話しても?」
「いや、そちらについては、言ってしまえばもう終わった件だ。早急に対応しなければならないような話でも無い限りは、夜で構わん」
「分かりました。では夜に改めてお伺いさせていただきます。ミーメ嬢、報告は私一人でも大丈夫ですので、任せてください」
「分かりました。お願いします」
きっと仕事が忙しいのだろう。
見てみれば、執務室の机の上には書類が何枚も積み重なっているし、文官の方も色々と抱えていらっしゃる。
うん、これは早急に辞した方がよさそうだ。
「ヘルムス。公爵領にはどの程度の期間、滞在する予定だ?」
「二週間。と言うところです。主に休養と観光ですね。ミーメ嬢を領都の方々へと案内しようと思っています」
「分かった。護衛の騎士と兵士は出すから、外へ出る時は連れて歩くように」
「必要ですか?」
「戦力的には不要だろう。だが、万が一と見栄がある。此処は港町であるし、ジャーレン・シフキャートの件を忘れたわけでは無かろう?」
「……。その通りですね。では、お願いします。ああ、ミーメ嬢に着けるのはもちろん女性でお願いします」
「当然だ」
ただ、必要な話はしなければならない。と言う事で、トレガレー公爵様とヘルムス様は期間と護衛についての話をしている。
でも実際、港町だから、油断はならないのだろう。
港町と言う事は、グロリアブレイド王国以外の国の人も居る可能性があるし、他国の人と揉めたら、ちょっとした揉め事でも大事になりかねない。
そう考えたら、お互いの為にも護衛は必須だろう。
しかし、この辺の話はヘルムス様なら分かっていて当然の事なので、ワタシに伝えるためにも、敢えてこの場でやっている気もする。
「それと父上。母上とオイラー兄上はどちらに?」
「コルエは談話室に居て、そちらで客人をもてなしている。そうだな、この後はまずそちらへミーメ殿を連れて挨拶をしに行くと良い。コルエも喜ぶ事だろう」
「分かりました」
「オイラーは外で職務中。ただ、タルビーナの出産も近いのでな。会うのなら念入りに身を綺麗にしてからにして欲しい。万が一が起きる可能性は可能な限り下げるべきだ」
「その通りですね。では、そうさせていただきます」
コルエと言うのが、トレガレー公爵夫人の名前なのだろう。
そして、オイラーと言うのが長男で、タルビーナと言うのが次期公爵夫人になるのだろう。
コルエ様が別の客人をもてなしているのに、ワタシとヘルムス様を向かわせても構わないという言葉に若干の違和感は感じるものの、そこは意図してのものだろう。
タルビーナ様……妊婦が身内に居るのなら、万が一が起きないようにするべきと言うのは、本当にその通りなので、場合によっては手紙などを使って挨拶をするに留めた方が良いのかもしれない。
こう見えて、ワタシもヘルムス様も先日まで清潔とは言い難い現場に居た身だ。
途中の街でちゃんと綺麗にはしたが、それはそれ、これはこれって奴である。
まあ、不要だとは思うけれど、後で公爵家に向けて放たれている呪いの類が無いかはチェックしておこう。
「それでは父上。また夜に」
「では失礼させていただきます」
「うむ。ヘルムスは夜に。ミーメ殿は是非、我が領で健やかに楽しんでいただければと思う」
ヘルムス様とワタシはトレガレー公爵様の前から辞すと、いつの間にか来ていた侍女の方の案内で談話室へと向かった。