軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160:カカシの祝福

「ヘルムス様。スケクロの所へ」

「分かりました」

海坊主を倒したワタシたちはスケクロの居る所へと向かう。

スケクロが張ってくれていた障壁はいつの間にか消滅しており、周囲には沢山の人が集まっている。

中にはスケクロの事を祈り崇めている様子の人まで居た。

ただ、そうしていても問題は無いのだろう。

港湾の魔物は海坊主の攻撃に巻き込まれてほぼ壊滅済みであったし、残りの魔物は陸の方も含めて逃走を始めている。沖の方に在った不審な動きも消えている。

きっと、海坊主と言う膨大な魔力を有する魔物が倒れた影響で、スタンピードそのものも鎮圧されたのだろう。

「みーめ・あんかーず。この度はご協力ありがとうございマス。貴方たちのお陰で、街は救われまシタ」

「礼を言うのはワタシたちの方です。スケクロ……いいえ、スケアクロウゴーレム・ナンバーエイト。ワタシたちに出来たのは魔物を倒す事まで。貴方が居なければ、街を守る事は出来ませんでした」

ワタシはスケクロの前に立つ。

そして、港湾の地面に足を突き刺したままのスケクロに向かって一礼をし、スケクロもそれに応じるように腰を曲げる。

「ありがとうございます。当機は主から託された役目を無事に果たせたのデスネ」

「はい。間違いなく果たしたと思います」

スケクロの中に残っている魔力は……少ない。

「……。主の拵えた魔物除けのカカシが全て壊されてしまった以上、当機が次に眠れバ、目覚める事はもう無いでしョウ」

「そう……ですね」

だが、魔力切れ以前の問題として。

スケクロの起動条件は、魔物除けのカカシが壊される事。

この条件がもう一度満たされる事は無い。

主に命じられれば話は別かもしれないが、その主はもう当の昔に亡くなっている。

仮にスケクロの主と全く同じ属性を得た魔術師が居たとしても、それは属性が同じなだけであって、詳細は異なるから、主にはなり得ない。

つまり、スケクロにとって次の眠りは死とほぼ同義と言っても差し支えない。

「そんな……」

「スタンピードが起きたばかりなのに……」

「私たちを守ってくれないのですか……」

その事に気が付いたのか、ワタシたちの周囲に居る一部の住民たちが嘆き、憂いる。

スケクロはワタシから視線を外すと、そんな住民たちの方へと顔を向ける。

「人々よ。主が終の棲家として選びし地に住まいし人の子らよ。嘆き悲しむなとは言いません。しかし、憂い諦める必要はありません」

それはスケクロの演説であり遺言だった。

その事を理解したワタシは、聞いたままに話す闇人間を領都の各所へと向かわせる。

ヘルムス様も水の管のような物を素早く準備しているし、ドバート様の風のハトもいつの間にかやってきている。

「貴方たちは此度の災いを乗り越えたではありませんか。武器を持てる者は武器を以って。魔術を扱える者は魔術を用いて。魔に目覚めていない者ですら己に出来る事を懸命に果たした。何も出来ずに震えていただけの者とて、戦う者の邪魔をしないと言う役目は十分に果たしているのデス」

領都中にスケクロの言葉が響き渡る。

「貴方たちは、ただそこに在るだけのカカシでは無かった」

いつの間にか『石抱きの魔術師』様とサキさんも、スケクロの前で祈るように跪いている。

「当機が助力できるのは今回ばかりデス。ですが信じています。貴方たちならば手を取り合い、目を合わせて、言葉を交わすことで如何なる難事であっても乗り越える事が出来る。貴方たちは当機のように命じられた通りにしか動けないカカシでは無いのですから」

スケクロの姿はまるで高名な司祭が説法を行っているかのようだった。

けれど、誰もが静かに、身動ぎ一つせずに言葉を聞き続けている。

嗚咽の声一つすら聞こえてこず、多くの人々が静かに涙を流す。

「どうか、どうか守り抜いていただきタイ。我が主が眠る事を選ばれたこの地ヲ。貴方たちの為にも、貴方たちの子々孫々の為にも、人の地にし続けていただきたい。当機の事を思ってくださるのなら、どうかこの思いを継いでいただきたい」

人々のそんな姿に安堵したのだろうか?

スケクロはゆっくりと両腕を掲げ始める。

「大いなるトリニアよ。主たちが崇めるトリニアよ。当機の声が聞こえているのであれば、どうか彼らを見守っていただきたい。祝福を授けていただきたい。ぐろりあぶれいど王国に安寧と栄光と繁栄を与えていただきたい。あのような災禍を再び起こさぬためにも」

それは希う言葉だった。

トリニア神から何かが返ってくるような事は無い。

けれど、スケクロが抱く、人々の未来を願う声は、誰の耳にもはっきりと届いて、刻まれた。

「みー……め・あんかー……ず」

「はい」

魔力切れが近いのだろう。

スケクロの声に違和感が生じ始めている。

「当機を……主の研究所に……お願いします。眠るならば……あの地で眠りたい……」

「分かりました。来い、ジャガーノート」

ワタシは姿だけジャガーノートにそっくりな闇人間を生み出すと、スケクロの足を地面から抜き、抱えさせる。

これだけの事をした英雄を運ぶのだから、運ぶ者にだって相応の格は必要だろうとの判断だ。

そして、人々に見送られつつ、慎重に移動を始める。

後についてくるのは、ヘルムス様、『石抱きの魔術師』様、サキさんの三人だけだ。

「みーめ・あんかー……ず」

「なんですか?」

ワタシにだけ聞こえるようにスケクロが囁く。

「今の世は……良いですね。こんなカカシ一本の為に……これほど多くの人が悲しんでくれる。あの時とは……大違いだ……」

「あの時?」

「聖地トリニアが……魔境に沈んだ日です……あの時は……本当に酷かった……。天が割れ、地が裂け、太陽が幾つも生まれては、海も嵐も荒れ狂う。鉄の雨が降る事もあれば、雪と華が咲き乱れた時もあり、当機の仲間も、主の友たちも傷つき倒れて……最後には大量の魔物と共に現れた闇が、全てを地の底へと引きずり込んでいった……」

「……」

「みーめ・あんかーず。貴方がとりにてぃあいであるからこそ伝えましょう。とりにてぃあいに至る方法は知っていても決して広めてはなりません。広まれば、必ずやあの時と同じことがまた起きます。そして、あの時のように収められる保証もない。だからどうか……」

「分かっています。ワタシも広める気はありません。そして、もしも良からぬ者が手にしたのなら……その時はワタシの出番だと思っています。魔術は力であり、道具ですので」

「感謝します。みーめ・あんかーず。お陰で当機はゆっくりと……眠れ……そ……」

それがスケクロの最後の言葉だった。

スケクロはもう言葉は喋らず、視線を動かすこともなく、魔力は完全に尽きていた。

「……。偉大な先達でしたね」

「そうですね。スケクロ自身も、スケクロを作った主とやらも、偉大な方だったのは間違いないでしょう。なにせ五百年、魔物に備え続けていたのですから」

やがてワタシたちは侯爵家の本邸に着いた。

本邸の制圧は既に終わっているようで、戦闘音の類はしない。

周囲には多くの人々が集まっていて、スケクロを崇め悲しむような姿を見せている。

そんな中でワタシたちは侯爵家の中を進み、聖アンザンシの拠点とやらへと入る。

拠点の中は誰かが急いで処置してくれたのか、既に血の一滴、瓦礫の一つもなく清められている。

「ミーメ様。こちらへお願いします。私が見た時にはこちらにスケクロ様は設置されていましたので」

「分かりました」

拠点の一角に設置されている装置にワタシはスケクロを置く。

この装置は……たぶんだが、周囲の土の栄養などからスケクロの主と同質の魔力を作り出し、スケクロに魔力を補充する装置だったようだ。

だが、侯爵の手の者が魔物除けのカカシを壊す際に巻き添えを受けたのだろう。

既に魔道具としての機能は停止しているようで、少なくともワタシが直せる可能性は無さそうだった。

かくして、スケクロは覚めない眠りについた。

暴君が呼び起こした魔物から力尽きるまで街を守り続けた偉大なる英雄として。