作品タイトル不明
159:毒のカダ
「ーーーーー!!」
海坊主の高潮が迫りくる。
それは飲み込まれれば、全身を引き裂かれて細切れにされる魔性の水であり、一滴たりとも街に通していいようなものではなかった。
だが、港の全てを飲み込むような規模で来ている高潮を全て防ぐ術など、ワタシにもヘルムス様にも無かった。
出来るのは、自分の身を守る事が精々だった。
と言うより、こんな規模で来る攻撃に対処できるのは、防御に適したトリニティアイだけだった。
「波は当機が防ぎマス。みーめ・あんかーずたちは原因の排除をお願いしマス」
そんな絶望的な状況で真っ先に動いたのはスケクロだった。
いつの間にかワタシたちのすぐ前にまで戻って来ていたスケクロは、港を構築しているコンクリートのような物体に自らの足を突き刺すと、迫りくる波を見据える。
「『ぐれーてすとばりあー』」
「「「っ!?」」」
領都の海に面する部分、その境界を塞ぐように、長くて高い魔力の障壁が展開される。
それはまるで領都を囲う城壁のようでもあった。
その障壁と高潮がぶつかり合う。
だが、障壁は小動もしない。
巻き込まれた魔物たちが細切れにされていくのに、障壁には傷一つつかない。
圧倒的な……それは正にレリックの名に相応しい光景であった。
「ヘルムス様!」
「分かっています! 私が足になりますので、ミーメ嬢は攻撃をお願いします!」
しかし、こんな規格外の防御は、四属性混合による出力上昇を含めてもなお、長続きする事はあり得ない。
スケクロが内包している魔力は恐ろしい勢いで削られていく事になり、魔道具であるスケクロにとって、それは自分の命を削るに等しい行為だった。
それが分かっているからこそ、ヘルムス様は事前に作り出していた水の船を急いで浮かび上がらせていく。
ワタシはそれに乗り込み……。
「俺も同乗させてくれ。息子としてクソ親父のケツくらいは拭いてやらないといけないんでな」
「失礼。私もこの事態の遠因ではありますので、同行させてください」
「状況を鑑みて乗せますが、足手まといになるようなら落としますのでそのつもりで」
ワタシに合わせるように、『石抱きの魔術師』様とサキさんも水の船に乗り込む。
ワタシだけでは火力が足りるとも限らないので、この助力自体は非常に助かる。
ただ、急に人数が倍増すると言う状況に水の船の大きさが足りなくなってしまったので、ヘルムス様は呆れた顔をしつつも水の船を大きくして、全員が安定して立てるだけの大きさにした。
「では、全速力で突き進みます。色々と覚悟をするように!」
「「!?」」
「……」
スケクロの障壁を越えられる高さにまで浮かび上がったヘルムス様の水の船が進み始める。
その速さは王都からメクセル村に向かうまでの、ワタシの闇人間によって運ばれた時と同じかそれ以上。
この世界の船の常識を大きく超えた速さで、『石抱きの魔術師』様もサキさんも驚きの顔を見せる。
が、二人も、そしてワタシも直ぐに攻撃の為の詠唱を始め、魔術を行使していく。
「お前が何かは分からない。だが、クソ親父由来にせよ、お前自身にせよ、同朋殺しの罪を数えきれないくらいに重ねている事だけは間違いない。だったら、その罪はお前に重く重くのしかかる! 潰れろ! 『パニッシュメント』!!」
「ーーーーー……!?」
「っう!? なんだこの重さ……あのクソ親父め……こんな重さ初めてだぞ……!」
先手を切ったのは『石抱きの魔術師』様。
海坊主の体へと見えない何かが重く重くのしかかって、街に向かって進み続けると共に、水の船に向かって伸ばそうとしていた腕を海面に叩きつけると共に、海坊主自身もその場に縫い留めてみせる。
ただ、『石抱きの魔術師』様の脂汗を浮かべた表情からして、潰し切る事は叶わず、拘束についても長くは保たなさそうだった。
「義兄様。合わせられる範囲で合わせてください」
「分かった!」
「未明の夜空なれど、流れる星は有り。星に掛ける願いは妄執打ち砕く事。天より来たれ……『ウィッシュスター』」
「ーーーーー~~~~~……!?」
「この程度では駄目ですか!」
続けて魔術を放ったのはサキさん。
トリニア教のシンボルへと祈るような仕草を見せつつ放たれた魔術は、紫色に輝く流星と化して水の船に追従。
体内に人間の水死体が幾つも見える海坊主とのすれ違い様に、流星がその体へと叩き込まれて、周囲に心だけが震えるような奇妙な衝撃波が響き渡る。
『石抱きの魔術師』様の属性も合わせた実質四属性魔術であるが、流石に急すぎて混合が上手く行っていないらしい。
攻撃を受けた海坊主は苦悶の声のような物を上げているが……これで倒れるほどではなさそうだ。
「破滅よ此処に。『 いのれるならいのれ(アントニウス) 』」
「!?」
だからワタシも準備した魔術……『 いのれるならいのれ(アントニウス) 』を海坊主に向かって放つ。
ワタシが手にしたショットガンから放たれた弾丸は海坊主に無事に届き、その内に秘めた黒い炎を展開し、海坊主の体を……魔力を内側から焼いていく。
海坊主は叫ぶ事も出来ずに悶え苦しんでいる。
それは魔力で身体を構築し、魔術によって自身を維持している悪霊系統の魔物にとっては致命的な一撃。になるはずだった。
「ーーーーー!!」
「っ!? 飲まれた!?」
海坊主は燃えた部分を切り離すことによって、黒い炎から逃れて見せた。
体積を幾らか減らしたものの、まだまだ大きく、勢いよく伸ばされたその手は水の船の進路を遮っている。
「全員掴まっていてください!」
「「「!?」」」
ヘルムス様の言葉と共に足首から下が船に埋まり、それと同時に船が高速で回転。
速度と回転によって海坊主の手を弾きつつ、水の船は距離を取る。
そして、十分に距離を離したところで、出来るだけ速度と距離を維持しつつ、水の船は回頭を始める。
「ミーメ嬢、大丈夫ですか?」
「ワタシは大丈夫です。助かりました、ヘルムス様。サキさんたちは……」
「お、お構いなく……」
「だ、大丈夫だ……」
どうやら一先ずは凌いだらしい。
「ーーーーー!」
「ミーメ嬢、出来るだけ早く倒す手段を構築していただけると助かります。何時まで避けられるか分かりませんので」
「分かりました」
だが直ぐに海坊主の追撃が飛んでくる。
腕を振り回し、一つ一つがワタシの背と同じくらいに大きい水の塊を飛ばしてくる。
ヘルムス様は巧みな操船によって水の塊を避け、どうしても避けられない物はヘルムス様か『石抱きの魔術師』様の魔術によって防ぐことで凌いでいく。
「ーーーーー!」
「まずいですね。街を守っている壁の方にもヒビが入り始めています」
海坊主はワタシたちだけでなく、街にも高潮による攻撃を続けている。
障壁を破れれば、街と人々を飲み込んで大量の魔力を得られるからだろう。
スケクロはまだ耐えているが、サキさんの報告通りなら時間は残り少なそうだった。
「……」
それらの光景を見つつワタシはどうやったら海坊主を倒せるかを考えていく。
『 いのれるならいのれ(アントニウス) 』が通じなかったのは、火が全身に回るまで時間がかかるせいだろう。
だから、海坊主を倒すためには、もっと速く、あるいは引きずり込むような魔術を使わなければいけない。
しかし、『 おさきまっくら(モイライ) 』は駄目だ。
通じるか分からないのもそうだが、明らかにドラゴン以上の魔力を持つ海坊主を爆破したら、港どころか領都丸ごと吹き飛びかねない。
即興で作ると、構築が甘くなって威力が落ちるか、上手く噛み合い過ぎて制御不能になるか。どちらにしても困った事になる。
けれど、他に有効な魔術となると……。
「理屈上は行ける……かな?」
一つだけ行けそうなのがあった。
本来の使い方とはだいぶ異なるものだが。
「ヘルムス様。お願いします」
「分かりました。『石抱きの魔術師』殿」
「おう、全部弾いてやる」
「では、私は出来るだけ認識させないようにします」
水の船が海坊主に向かって突っ込み始める。
海坊主は水の塊を今まで以上の密度で飛ばし始めるが、それは『石抱きの魔術師』様の魔術によって軌道を逸らされ、弾かれていく。
その攻撃の隙間を縫うようにサキさんの魔術が放たれて、海坊主の攻撃の狙いが甘くなる。
「『闇軍の魔女』ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」
そんな中でワタシは詠唱を始める。
「求めるは身魔乱す事。それを為すために鍵は開く。扉は開けて、歪みは壊して、全てが砕かれるまで毒を撒き続ける」
少しだけ赤紫色が混じった灰色の霧が、ワタシの手の内に生じる。
「闇は覆い隠す。痛みも、歪みも、何もかも。全てを隠して、忍び寄り、一つの闇にする」
そこへ赤紫色が混じった黒色の霧が合流し、粘性のような物を帯びていく。
「人は調べ、知り、無秩序に増すことで闇を払っていく、あらざるべき姿を目指して」
赤紫色の霧がその量を一度増してから、闇そのもののように黒くなり、霧全体が悍ましい気配を放ち始める。
「その 水(み) に触れし者を、その 水(み) に秘めし力の限りに歪ませ、曲げて、蝕み、腐らせよ。逃れ得ぬ死の運命へと誘う事こそが、その 水(み) の使命であり、汝を魔たらしめる」
これは『 ぜったいあんせい(カダ) 』を変性させたもの。
毒と薬は紙一重と言う言葉の通りに、毒として生み出された魔術。
いや、死の呪いだ。
「宣告は為された。『 ひとはしぬ(カダ) 』」
ワタシは一見すれば黒雲のようにも見えるそれを、海坊主とのすれ違い様に浴びせかけた。
効果は……劇的な物だった。
「ーーーーー~~~~~……!?」
「っ!? 効果は……あったようですね」
「これはいったい……」
「おいおいなんだありゃあ……」
海坊主が叫び声を上げる。
雲に触れた部分がモザイク状に、ノイズのように、バグったように別の何かに……白や赤、ベージュ色を主体とした物に変換される。
そうして変換された物を海坊主は直ぐに細かく刻み、自分の一部にしようとする。
だが、細かくすればするほど、逃れようと藻掻けば藻掻くほど、変換は加速度的に促進されていき、海坊主の身体を構築する水も魔力も失われていく。
やがて海坊主の身体は小さくなっていき、高潮として街に迫っていた部分すらも雲に引きずり込まれるようになっていく。
変換された物も次の変換の材料として消費されるようになり、縮んでいく。
「……。改めて、永遠にさようなら、侯爵様」
「……。あばよ、クソ親父」
サキさんと『石抱きの魔術師』様が何を見出して、こんな事を言ったのかは分からない。
ワタシの目から見て確かなのは、最終的に海坊主はその全てを雲の中へと引きずり込まれ、雲が晴れた時には何も残っていなかった。と言う事実だけである。
「討伐完了ですね。ヘルムス様」
「ええ、そうですね。ミーメ嬢」
海坊主は何も残すことなく消滅した。