作品タイトル不明
632話:赤炉の進化2
前世でSLと呼ばれた蒸気機関車。
僕が生きてた時代では、本物を見る機会なんてほぼないものだ。
それでも、一種のロマンとして観光の目玉にもなっていた。
石炭と水で水蒸気を生み出し、煙を吐いて走る黒い車体。
曳くのは客車の他にも、石炭車や給水車というものもあると聞く。
「へー、つまりアズは、ふいご動かす代わりに車輪動かしたいのか」
前世の知識を誤魔化しつつ語った僕の説明に、ネヴロフはそうまとめた。
まぁ、存在しない物のロマンを感じてくれとは言わないよ。
興味を持って、レールや赤炉を見てくれてるだけで十分だ。
もっと考えて発言するエフィが口にしたのは疑問だった。
「そんなことが可能なのか? 確かに赤炉の火力は高いが、百人も乗せて走るなんて」
「そこはあくまで想定だからね。そこまで行けるかはまだ未知だ。だからこそ、可能性を提示するのが第一になる」
その程度でも、今の錬金術科ならできると思うんだよね。
そして、金属の荷台を引くくらいなら、機構さえ作れれば可能なはず。
それだけのものは、ロムルーシから情報を得てるし、さらに前のファナーン山脈で水蒸気を使った時から可能性はあったんだ。
そしてこの工房では、蒸気の力で動く機構と、トロッコのような荷台の活用もしてる。
僕の前世を元にした発想が飛躍してるだけで、可不可で言えば可能なんだ。
僕の説明に、可能性の実現に一助を成してくれたウー・ヤーが頷く。
「アズはふいごの時から助言をしてくれた。あの回転の形も指示してる。その頃から考えていたのか?」
「考えなくはなかったけど、回転するような形にしたのは、力としてより自然に、無駄なく伝える形という意味もあるよ」
蒸気で作れる動きは直線的で、蒸気の膨張と収縮を利用するからどうしてもそうなる。
その直線的な動きを滑らかに、無駄なエネルギーとして消失させることなく活用すると考えれば、自然と回転が安定と継続には向いていたんだ。
結果、車輪を回す動きに適応できる、いい実験をしてたのがネヴロフ。
そこにレールを持ち込んだのは、うん、形になって来たしできるかなぁって、ちょっと先走ったかも。
けどネヴロフの村で蒸気を使って石を砕いてた時から、蒸気機関って言ったら蒸気機関車だよね、とは思ってた。
「想像できないのだけれど、この床の鋼鉄と、そっちにある鋼鉄の箱を使うのね?」
今まで関わってなかったイルメは全然で、ラトラスも困惑が強いようだ。
「もしかして、馬車の馬代わりに赤炉を使う感じ? 勝手に回るんでしょ、それ」
「そして回るところに車輪を繋いで、車輪の上にその鋼鉄の箱を乗せて、鋼鉄の道に乗せる?」
エフィはやっぱり、本当に走るか不安そうだ。
「僕もまだ想定の範囲で実験前の段階だ。それに、本当に走らせるための機構はこれから作ることになる。だから、まずは一つ一つ確認して行こう」
そう言って僕はレールの上に鋼鉄の箱と言われた車体を乗せる。
これはこの工房で使われる金属製品を運ぶためのもので、重いけど、動き出したら勢いに乗って楽だって評判らしい。
もちろんすでに使い慣れたウー・ヤーとネヴロフが手伝い、レールの上なら鋼鉄でできた重いものも動かせると証明できた。
「物はこうして動く方向に力が働く。同時に、手をすり合わせるとその力を止める別の力も発生するのと同じように、反対に引く力があるんだ」
摩擦や抵抗を話しつつ、力を与え続ければ動き続けること、そのために車輪のように回るのは効率的だということなんかを話す。
そして直接人間が動かすよりも、蒸気の力に頼るほうが馬力があることも。
「さぁ、蒸気の力を見せようか」
僕の呼びかけでネヴロフが赤炉にふいごを動かす回転装置をつける。
ウー・ヤーも手伝い、わかりやすいように回転数を記録する打点の機構を用意した。
僕はその間に、進む距離と回転の関係を説明する。
「車輪の幅が掌サイズある。けどそれが回ると、この始点からくるっと回った円周全てが進む距離になる。この車輪の回転数が多いほど、車輪が進む距離も長くなるのはわかるね?」
実際のところ、回転数はあまり重要じゃない。
だって、スピード出しても危険だし、速度は力の強さにもなるから、関連物、特にレールの耐久性も不安な今は、低速でも進むことを重視したい。
かつてロムルーシでイマム大公からも実験結果を聞いた。
その時に荷重が大きすぎて、ぽっきり折れたレールを見たんだ。
もし汽車が猛スピードで進む中、レールが破損したらなんて想像すれば、大惨事でしかない。
「まずは赤炉を使って車輪を動かすことができると実感してほしい。その上で、目指すは重いものを人間の力を借りずに長距離運ぶことだ」
説明する間にウー・ヤーとネヴロフが準備を終える。
そうして、赤炉に精霊の靄と火を入れた。
火はエフィが魔法でつけてくれる。
そして温まり蒸気が溜まって行くと、徐々に回転装置が回り始めた。
「少しずつ回る間は、少し手をかけてその力強さを確認してもいい。けど、回転が早くなったら怪我するから手は出さないで」
そうして秒一回くらいの回転の間に、蒸気の膨張と収縮で回転する器具が引っ張られる力強さを感じてもらう。
もちろん、キロ単位の力が出るから人がそう簡単に抵抗できる力じゃない。
そうして温度が上がると目に見えて回転が速くなり、ネヴロフは楽しげに赤炉の温度をさらに上げていく。
ウー・ヤーも蒸気を力にするために水を供給し続けた。
「わ、わ、すごい回転になってるけど、まだ赤炉の温度上げるの?」
ガチャガチャが音を立て機構が回る中、ラトラスが不安の声を上げる。
それにエフィが目の色を変え始めていた。
「いや、まだ上がる。ネヴロフ、少し貸してくれ。ほど良く空気を入れるんだ」
「あら、だったら私が手伝うわ」
エフィに続いてイルメまで、熱を上げる赤炉のほうへ行く。
そうして火と風を赤炉に追加し、勢いを強めた。
炉だからある程度炉の内部を閉鎖しておかないといけない。
けど温度を上げるために、ネヴロフが稼働中に開閉して中を見られる鋼鉄の戸をつけていた。
そこから定期的に、温度を下げないよう火と風を追加していく。
本来なら石炭入れるんだろうけど、赤炉は何故か燃え続ける。
中の靄って、本当になんなんだろうね?
「すごいな。今までにない回転数だ。だが、さすがに危なくないか?」
ウー・ヤーは打点を確認しつつ、軋みを上げて回る機構と、噴き出す蒸気に目を向けた。
「うん、さすがにこれはまずい」
「え、じゃあ、あの三人止めないと!」
僕が肯定すると、ラトラスが慌てて声を上げた。
けど返った答えは思いのほか弾んだもの。
「「「まだいける!」」」
「あ、駄目だ。赤炉の温度の限界求めようとしてる」
呆れて息を吐くけど、僕もそこで気づいた。
体内から吐き出した息より、周囲の空気が熱いんだ。
うん、つまりは内臓よりも周囲が熱くなってる。
しかも水蒸気も発生中。
これはまずい。
「三人ともストップ! これ以上は暑さで、って、ウー・ヤー!?」
「あ、暑すぎてウー・ヤーが倒れたな。これ以上は死ぬぜ」
暑さに弱いウー・ヤーが倒れたのを見て、ネヴロフはすぐさま赤炉の熱を放出する。
途端に激しい水蒸気が辺り満たし、サウナのロウリュウ並みの体感温度の高まりを感じた。
いや、みたいじゃなく、今工房はサウナ状態だ。
熱さと視界の悪さでイルメもエフィも続けられず、僕たちはウー・ヤーを引き摺るように慌てて工房の外へと駆け出す。
「「「「「ぷはー!?」」」」」
明らかに空気の温度と湿度が違う。
そのせいでまるで初めて息するように、全員が音を立てて呼吸をした。
「ふぅ、はぁ。水汲んで頭からかぶらねぇと、俺たちも倒れるぜ」
「言ってる場合か。アズ! すぐに水を撒くぞ」
ネヴロフの遅すぎる警告に、エフィが魔法を使うよう指示する。
僕も慌てて水を頭上に展開した。
途端に、バケツをひっくり返したような水が降り注ぐ。
そこにイルメも風を吹かせて体感温度を下げてくれた。
肌で感じるほどの気化熱は、ほのかに湯気も上げる。
これは相当ほてってたな。
そうして思い出したように汗を一気にかきだした。
顔にかかる水を袖で拭って横を見ると、ラトラスがびっしょり濡れて毛がしぼんでる。
まるでしょぼくれた猫で思わず噴き出した。
「ぷ、すごく、細…………」
「いや、アズも髪の毛ぺったんこだからね」
「どうしてネヴロフはまだ毛が縮んでいないの?」
ラトラスが言い返すと、イルメが水をはじくネヴロフの毛皮に気づく。
それを見たエフィの側で、水を被って正気づいたウー・ヤーが身を起した。
「はは、みんなひどい恰好だな。だが、これならもっと水を撒いても大差はないだろう」
ウー・ヤーがさらに水を追加して撒くと、全員が濡れ鼠のひどい恰好になる。
普段とは違うひどい恰好をお互いにさらし、僕たちの間では誰からともなく笑いが漏れたのだった。