作品タイトル不明
631話:赤炉の進化1
僕たちは最終学年になった。
イルメのように就活生として残るという人もいる。
ただそのイルメが言い出したエルフの国への旅に、なんでか全員乗り気で、特に僕は移動の手配のために参加を強く推されてしまった。
(僕が一番関係各所への手回しに時間と人手使うんだけど…………)
(音楽祭よりも卒業制作に重点を置くことには意義があります)
うん、セフィラも乗り気だね。
僕は錬金術科の廊下を一人で歩いてるから、セフィラは他人の耳を気にせず話しかけてくる。
今は後輩の教室からの帰りで、音楽祭に並々ならぬ情熱を持つ虎獣人のウィーリャに、僕は補助だけと伝えに行った帰り。
ショックを受けられたけど、音楽科と協力すること、錬金術を主役にするわけじゃないこと、向こうに含蓄と主導権があることなんかを言い含めて頷かせた。
正直疲れたよ。
「ただいま、なんとかウィーリャは頷かせた。僕たちは裏方で、舞台装置の制作を手伝う形だけで、計画から指揮は後輩がやるって話をつけて来たよ」
「その様子だと、だいぶごねられたね、アズ」
ラトラスが長い尻尾を緩く振って笑う。
「話聞いてたショウシやイデスも反対してきてね。僕が指揮すると思ってたって」
そういうと、エフィが肩を竦めてみせた。
「それじゃ去年と変わらない。フォローできる内にやっておくのがいいだろうな」
「なんにしても、どっちもやれるならやろうぜ、楽しみだな」
ネヴロフは大変さよりも楽しさに目が行くみたいで、前向きさはいいと思う。
ただ音楽祭についてはそれで話切り上げ、僕たちは移動を開始する。
向かう先は学園都市の隣、工房街だ。
「技師の大親方が、自分たちの卒業制作のために工房を一つ貸してくださる」
向かう先について説明するウー・ヤーに、イルメも確認を口にした。
「元から赤炉の実験をしていた所ね? あそこなら火を盛大に使えるわ」
まずは工房へ行って、大親方に挨拶の顔見せを済ませる。
「ウヤにはある程度教えてあるから指示には従うように。ネヴィの奴は説明無理だろうが、間違ったことはそうそう言わねぇ。しっかり話し合ってやれ」
注意をしながら、チラッと僕を見る。
これ、無茶しそうになったら止めてほしいってこと?
まぁ、精霊の靄を入れて高火力を出す赤炉は、未だに底が見えないし、安全は確保したいとは思ってる。
ただ、大親方の忠告は別の意図があった。
「お前らは、入学して早々爆発事故起こしてるのは聞いてる。同じこと起きて、痛い目見ることがないよう、しっかり腰紐は結び直せよ」
集中を切らせるなとお叱りがあった。
暴発事故って、誰が起こしたんだろう?
工房に移動して、僕はようやくなんの話か思い至る。
「あ、僕がロムルーシ留学に行ってた時の話か」
「そうそう、スティフ先輩が異臭騒ぎ起こして、錬金術科は毒作ってるって言われたやつ」
懐かしそうに言うラトラスだけど、そのせいでアクラー校も大騒ぎだったんじゃ?
しかもステファノ先輩が絵の具の材料落として刺激臭を広げたの、蒸気の実験で暴発させたからだよね?
それは大親方も注意するよ。
「あれって、エフィもやってたの?」
「あぁ、ネヴロフの説明がわからなかったから、やって見せろと言ってな。…………正直、短絡的だったと反省している」
「あの時は蒸気の力もわかっていなかったからな。今回は、威力の予測をつけて安全策を講じないといけないだろうな」
ウー・ヤーが実際に道具作りとかを習ったからこそ反省を口にする。
イルメも頷いて、過去を反省した。
「正直、水の力とやらを甘く見ていたわ。金属を曲げるほどだなんて思わなかったのよ」
「金属って、え? 怪我人はいなかったんだよね? どれだけの規模の爆発起こしたの?」
留学後は忙しかったのもあって、今さら詳しく聞くと、予想以上の蒸気を溜めて暴発させたことがわかる。
蒸気圧で、金属の蓋が半壊したそうだ。
そのせいで、金属が破れる爆発音が響いたとか。
「…………今回は、そういうことがないようにしようね」
僕がロムルーシから戻った時には、蒸気の実験は禁止されてて、今までも駄目だった。
腕試しの時には、事前にやる範囲をヴラディル先生とネクロン先生に報告して許可取る形にしてたんだ。
けど今回、卒業制作を揃ってやることになって、僕がヴラディル先生に談判した。
蒸気の実験をやりたいと。
今までの行事の貢献や、成功を加味されて許可が出たけど、やっぱり学園ではだめ。
場所と安全はしっかり確保するようにとも言われて相談をしたら、ウー・ヤーとネヴロフが大親方に話しを持って行って、工房を借りることになったんだ。
「それにしても、借りてるのに誰にも報告しなくても、本当にいいのか?」
工房に入って準備を始めるエフィが、実験の内容を何処にも漏らす必要がない好条件を疑う。
それには、工房に多く出入りしてるネヴロフとウー・ヤーが揃って答えた。
「どうせ卒業制作で発表するからいいって、アズが言ってたぜ」
「大親方もそう言われればそうだって言って許可していたな」
うん、僕が関わると自動的に学園の情報は王城にも上がるからね。
僕が第一皇子だと知ってる大親方は、僕が他人の排除を指示したことにも察しがついたんだろう。
工房の関係者の出入りまで禁じて、僕たちの好きにさせてくれることになってる。
「それじゃ、まずは何処から手をつける? 蒸気を溜めるタンクの新造?」
計画を立てようとするラトラスに、イルメが異議を唱えた。
「赤炉の最高火力を計測するほうがいいのではないかしら?」
何をするかは、大親方が言ったようにみんなで話し合い。
そうしてやるべき項目はすでに決めてたけど、そう言えば順番は決めてなかったね。
僕はまず、壁際に寄せられた机を出して、囲むようにみんなで座った。
机の上に出すのは、教室で話し合った項目。
そして、錬金炉を改良した赤炉の図面と、赤炉の心臓である精霊の靄が入ったビーカー。
「この赤炉について、全てを卒業制作として出せないことはわかってる?」
前提を聞いたら、半数がそうだったって顔。
ネヴロフとウー・ヤーは実験をすでにここでやってるから抜けてたようだ。
けどイルメは完全に気が急いてるせいだろうな。
「これは精霊たちとの約束で表に出せない。だったら卒業制作で赤炉と言い出したのはなんでだ、アズ?」
ウー・ヤーが精霊の靄が入ったビーカーに手を置いて聞く。
「だからこそ、また違う物を作って、基幹技術と完成品の活用をわける。僕たちが発表するのは、完成品の活用についてだ」
ピンとこない中で、ラトラスだけは思いついたようだ。
「もしかして、ネヴロフの故郷で皇子がやったっていう、岩盤浴みたいな? あれ、錬金術としては熱とか蒸気に関わるけど、完成品はお風呂の類だよね」
「うん、そこを参考にさせてもらおうと思う。岩盤浴の大本は、山の熱っていう別のもの。けど結果として出されてる岩盤浴の説明で、そこは触れなくてもいいからね」
熱と蒸気を力にするっていう説明と完成品を出す、そう知ってイルメは拳を握った。
「それなら精霊さまとの約束を破ることなく、卒業制作にできる。すごいわ、アズ。精霊さまのお力が関わる発表なら国に持ち帰って成果にもできるじゃない」
「それは、結局精霊のことを伝えられないから駄目じゃないのか? いや、関わると言うだけなら言えるのか?」
エフィは制約の範囲を測りあぐねて呟くように言う。
そうして意見を出し合い、ともかく僕たちは共通認識を確立。
その上でネヴロフが核心を突いた。
「アズはもう完成品考えてるんだよな? じゃあ、完成品のために必要な実験を赤炉でやろうってことか」
うん、技師の下でやって来た経験で理解はしてるみたい。
けどそれを自分の言葉で説明は難しいって、結局三年目でも変わらないよね。
そう考えると卒業制作っていう結果を出せばいいって、ネヴロフには合ってるかも。
「ネヴロフはきっと理解しやすいと思う。あと、ウー・ヤーもここでやった実験を見てるからすぐにわかるよ」
そう言って、僕は個人で持ってきた図面を開く。
見てすぐウー・ヤーは気づく。
「これは、炉に風を送るふいごを動かすための装置に似てるな」
「それなら一度見せてもらったな。あの炉に火を入れると回るやつか」
例示されて理解したエフィに、ラトラスは図の見慣れないところを指す。
「けどこの車輪がついたのは何? ここが回るの? 動くの?」
「あら、この箱に車輪がついたもの、さっき大親方の近くにあったわね」
イルメが気づいて、書かれているのは、この工房にあるものを寄せ集めた何かだとわかった。
そう、この実験に使うものはほぼここに揃ってる。
つまり、あとは実用化するために組み合わせて動かすだけだ。
「僕が錬金術科の卒業制作として作りたいのは…………蒸気機関車だ」
高温の炉、蒸気を回転に変換する機構、レール。
足りない物はまだ多い。
それでもできるかもしれないところまで来てると思う。
だったら、自分以外に扱いを知る仲間がいる今、やらない手はないと思うんだ。