作品タイトル不明
閑話89:アーシャ
イルメの精霊談議は、結局口束の呪文があると、エフィの前では突っ込んで聞けず。
さらにエフィの抱える決闘問題について話は移り、別の話へと変遷した。
「そういえば、エフィは国許から人が来ていただろう。あれはなんだったんだ?」
ウー・ヤーが言うのは、僕が戻ってから登校した日、エフィはそんな理由で休みだった。
エフィ自身が逃げ隠れしていたせいで話題にもならなかったけど。
「そういえば、レクサンデル大公国はあの後どうしたの?」
ラトラスも、競技大会の後のことを気にする。
あの時には、競技場の一部が崩落したり、皇子暗殺未遂があったり。
さらには王女暗殺未遂まで起きたし、立て続く事件で最初の事件が薄くなってた。
それでも僕たちもあわやって言う状況だったし、他人ごとじゃない。
「追悼式や対策委員会の発足なんて、色々動きはあったんだが」
エフィ曰く、そういう話はレクサンデル大公国出身者か、関係国の学生の間でしかされてないそうだ。
それで言えば、僕たちレクサンデル大公国とは無縁。
錬金術科の先輩にも後輩にも関係者いないから、全く聞かずにいた。
けど魔法学科にいる友人と話してたエフィには、情報入ってたらしい。
「まず、捕まえたニヴェール・ウィーギントという貴族」
「あの仲間に捨てられたやつか」
ネヴロフが容赦ない。
そうなんだけどね、さらに言えばたぶん仲間とも思われてないけどね。
それでもってさらに裏の事情の上では、祖母に当たる人に捨て駒にされたんだけど。
あのニヴェール・ウィーギントが捕まったことで、皇太后は孫の助命という言い訳で各方面と連絡を取ってた。
それが宮殿を占拠するという、大それた企みを本格化させる契機にもなったんだよね。
「基本的に知らぬ存ぜぬ。自分は被害者だとか言ってるらしい」
「あら、私たちの目の前で皇子を暗殺しようとあれだけ騒いでいたのに」
肩を竦めるエフィに、イルメも呆れる。
僕からすれば、あの闘技場の崩壊にも噛んでるけど、そっちは証拠がない。
それに崩れたのは立見席で、言ってしまえば被害は下々の者。
それよりも皇子暗殺という大それた企てのほうが、国として優先度が高い。
「仲間が帝国側に捕まったというのを聞いても、笑っていたそうだ」
「仲悪そうではあったよね。見捨てられたんだし」
ラトラスは、反省のない様子に尻尾を打ちつけて皮肉る。
イルメは大公国側の思惑を考えるようだ。
「そんな取り調べをして、何を聞き出したいのかしら? それなりに身分のある血筋の貴族だったのでしょう? 帝国に引き渡さないの?」
「そこは、我が国が無関係であるという発表のためだな。だが、向こうも保身に走ってる。あと帝国側から、別の事件での余罪についても引き渡し要請があってるらしい。アズは覚えてるか? 俺たちが入試の時の事件」
「あの、刃傷沙汰でしょ」
もちろん知ってるし、なんだったらそのきっかけになっちゃったし。
そこにニヴェール・ウィーギントが噛んでるって言うのも、父の側近のおかっぱから聞いてた。
つまりはニヴェール・ウィーギントの引き渡しを帝国側からも要求されて、暗殺未遂起こされた国としては色々困った立場。
大公国は無関係ですとニヴェール・ウィーギントから言わせたいけど、帝国からの圧であまり痛めつけて喋れなくさせることもできない。
「それで、エフィがどう関わっているんだ?」
ウー・ヤーが最初の、大公国からの訪問者について話を戻す。
確かに捕まえることはしたけど、聞き取りなんかは何も関わってないし。
エフィも国側からの印象が悪いし、今さら関わらせるとも思えない。
「その辺りの政治の緊張感と、全容解明されない不満とが国にあってな。空気を変えるために俺を英雄的な位置に押し上げて、話題を変えようという目論見で人が来た」
「わー、今さら」
思わず言うと、エフィも含めた全員で頷く。
事件から半年以上経ってるからこそ、上が危惧するぐらいに不満も膨らんでるんだろう。
エフィは両手を肩の高さに上げてみせた。
「どう考えても巻き込まれるのは面倒だ。だから錬金術科の貢献あってこその準優勝、皇子の暗殺未遂阻止だと推したら、呆気なく引いた」
「それはそれで腹立つなぁ」
ラトラスが尻尾を打ちつけつつ不満を漏らす。
ウー・ヤーは考える様子でエフィを見た。
「そうした話なら、何かエフィに益のある話も一緒だったんじゃないのか?」
「まぁ、たぶん…………婚約の話がそれだったんだろうな」
「あら、婚約者はいなかったの?」
お年頃で他人のラブレターにも興味を示したイルメが食いつく。
前は精霊以外に興味ない勘次だったし、これって一年以上こっちで学んで感化された感じかな?
「候補は上がっていた。卒業後には候補から選んで、結婚する予定だったし。だが、俺がやらかしてから全員いなくなった。家も婚約者を探すようなこともせずに謹慎状態だ」
入学体験でやらかして、入学後は錬金術科に負け、さらには編入した。
もう同等の家との結婚は絶望的というのがエフィの考え。
これは本人がどうこうじゃなく、周囲の大多数の考えや見方が影響してるだろう。
僕もその点は、似たような立ち位置だ。
「前からの知り合いというか、もう幼馴染だな。入学前からの付き合いだ。そいつが婚約者に名乗りを上げたとかでな。何考えてるんだか」
「けどそれ、エフィが英雄にならないってなったんなら、なくなったんじゃ?」
ネヴロフは半分わからない様子で聞く。
うん、貴族の間の空気感なんて、未だにわからないよね。
関わる貴族が僕やエフィみたいな訳ありばっかりだと。
エフィはなんだか目を泳がせて答えない。
これはエフィのほうもまんざらじゃないのかな?
なんて見てたら、エフィが僕に水を向けて来た。
「アズはどうなんだ? 錬金術科に入学して婚約者から文句なんてないのか?」
「あぁ、婚約者に立候補した女の子から、錬金術科について何か言われてる? まぁ、エフィの才能だとそうだよね。魔法に関しても評価し直す動きがあるなら魔法学科に戻れって言われても」
「どうなんだ?」
話を逸らそうとしたら、エフィが逃がしてくれない。
僕は頭に浮かびそうになるオレンジの髪を振り払って、なんでもないように答えた。
「いないよ。僕が婚約したり結婚したりは、きっと跡継ぎの弟の後になるんじゃないかな」
実際そんな感じだろう。
だって結婚は成人の証でもある。
テリーより早く成人する僕が、さらに成人として活動する名目になるパートナーを得るなんて、政治的に動くと警戒されてしかるべきだ。
余計な勘繰りや政争を起こさないためにも、僕はテリーの後がいいんだろう。
ただそうなると、学園にいるうちは無理だし、テリーを待つ分相手にも待ってもらうことになる。
さらには僕が皇子として継承権を有する限り、一事が万事そういう感じのはず。
子供のことも、その進学のことも全部テリーを窺うことになるだろう。
正直、僕なんて結婚相手として下の下だ。
「本当に人間は十代で、もうそういう話をするのね。気が早いわ」
「いや、獣人だと早いともう俺の年齢で結婚して子供もなんてざらだよ?」
長寿なイルメに、比較的寿命の長くないラトラスがいう。
獣人は種族にもよるんだろうけど、ラトラスからしたら学園入学は婚期を遅らせるっていう考えらしい。
ウー・ヤーを見たら目が合った。
「自分は国許を離れているからな。そうした家に紐づいた話は、全て白紙だ。卒業後に国許へ帰って家に戻り、兄の配下になるなら世話もしてもらえるだろうが」
こっちはこっちで、結婚が完全に家ぐるみで個人の裁量じゃない扱いか。
そこは帝室も同じはずだけど、あの父と妃殿下だからなぁ。
立場的に政治に絡む部分を投げ出しはしないだろうけど、本人の希望をできるだけ聞いてくれそう。
「つまりウー・ヤーは結婚相手こっちで探すの?」
「それでもいいが同族がいいな。やはり体感温度の違いが生活の合わなさに繋がる」
「わかる。被毛があるとないじゃだいぶ違うんもんね」
僕が聞くとウー・ヤーとラトラスが頷き合ってた。
それを聞いてネヴロフが嬉しそうに言う。
「俺は故郷に結婚相手いるから、嫁入りしてもらう家作るところからだな」
言葉の意味を一瞬取り落として、思わず無言。
クラスメイトたちも同じく無言。
「…………結婚相手?」
「おう、卒業して立派な錬金術師になったら結婚しようって約束したんだ」
「それ、おうちの人も公認?」
「そりゃそうだよ。親に言わないと、家のこととか困るだろ?」
すでに親公認の上に、結婚の先のマイホーム計画まで。
まさかネヴロフが一番進んでるとは。
種族の違いなのか、身分の違いなのか、ともかくネヴロフは思ったより大人のようだ。