作品タイトル不明
32話
満景が一年A組の教室に戻ると、まだ他の生徒は一人も戻ってきていないようだった。
その確認を行ていると、黒板にでかでかと文字が書かれていることに気付いた。
『本日は、これで解散。机の上にある教科書を自宅へ持って帰れ 鬼瓦』
その文字の通りに、各々の机の上には何冊かの本が置かれている。
満景は自分の席へ向かい、本をボストンバッグにしまっていく。
国語や数学などの普通の教科書に交ざって、術具製作手引きという本があった。他にも、代表流派という本がある。
流派の方の教科書を開いて中を確認すると、日本でメジャーな流派の一覧があり、どうやら歴史と術式がさわり程度に書かれているようだ。
「まだ霊能者として素人なB組向けの教科書だろうけど、今まで学んできた流派より他の流派の方が肌に合う人が出てくるかもしれないね」
事実、満景は実家の狗神作りに適応できず、占いの館の占い師たちからそれぞれに手ほどきを受けた。そして幾つかの流派が自分の肌に合っていると感じて、今でも教わり続けている。
A組の生徒は悪霊と戦えるだけの技量を持っているらしいが、学校の授業を通して別の流派の方が性能を伸ばせると分かれば、そっちの道を選ぶ人もいても変ではない。
自分の肌に合わない流派を続ける方が、悪霊と戦う際に危険になり得るのだから。
満景がそんな事を思いながら教科書をボストンバッグに詰め終えると、ようやく他のA組の生徒が教室に戻ってきた。
現れたのは、相変わらずのへの字口で眉を寄せた顔になっている、力雄だった。
力雄も満景と同じく制服姿なのだが、その上着のポケットというポケットに、クラブのチラシがくしゃくしゃな状態で詰め込まれている。
力雄は、まるでチラシがないかのような態度で、自分の席へと移動すると椅子に座った。そして、そのままじっと動かなくなった。
満景は、ボストンバッグに教科書を仕舞い終えたので教室を出ようとするが、ふと力雄のことが気になって声をかけることにした。
「黒板に書いてあるとおり、今日の学校はこれで終わりらしいよ。あと、沢山チラシを貰ったみたいだけど、どこかのクラブに入る気だったりする?」
力雄は、声をかけられたことに驚いたのか、身体を一瞬硬直させてから言葉を返してきた。
「教えてくれて、ありがとう。実家で毎日の祭祀があるから、クラブは入れない。相撲クラブがあれば、入る許しは出たかもしれない」
「相撲? 力雄は相撲が好きなのか?」
「好き、ではある。人と取るより、祭祀として神と取る方が多いけど」
相撲と神が一緒に出てきたことに、満景は疑問を持った。
「神様と相撲を取るのが、力雄の神社の祭祀ってこと?」
「奉納相撲。神前相撲。一人角力。呼び方は様々ある」
「へぇ。神様相手に相撲をするんだ。なんだか良いね」
満景の頭の中では、わいわいと神と人とが相撲をとる光景が浮かんでいた。
そんな能天気な仕草をどう感じたのか、力雄の口から溜息に似た声が漏れてきた。
「人は神に勝てない。特に、うちの神様は剛力無双だ」
「力雄も強そうに見えるけど、そんなに?」
「天岩戸を投げ捨てた神が、うちの祭神だ。力では、どうあっても勝てない」
何の神か言われて、それは相手が悪いと、満景も思ってしまう。
そして力雄がこうも筋骨隆々なのは、その神と相撲を取ってきたからなのだと納得もした。
「それじゃあ力雄は、クラブに入る気はないんだね。それならどうして、席に座ったままなんだい? 黒板に書いてある通りに、あとは教科書を持って帰るだけだよ? もしかして、他の生徒と待ち合わせしているとか?」
その質問に、力雄は何故か力なく首を横に振ってきた。
「その、疲れてしまって、休憩しているんだ」
「疲れた? そうは見えないけど?」
「……気疲れしたんだ。沢山の人に囲まれて」
なるほどと言い分に納得したところで、満景は改めて驚く。
見た目が厳つくて豪胆そうな力雄から、人に集られて気疲れしたという感想が出てくるとは思ってもみなかったからだ。
しかし力雄の発言を加味して改めて様子を見ると、力雄の目元に疲れの影があることが分かった。
どうやら本当に気疲れを起こして、席に座って体調の回復を図っているらしい。
ここで、満景に直感が働いた。
力雄は見た目通りの人間ではないのではないかと。
「もしかして力雄って、実は内向的な性格だったりする?」
この質問に、力雄は大きく体を硬直させた。
どうやら図星のようだ。
力雄が満景に顔を向けて、じっと見てくる。
傍目からすると睨んでいるような見た目だが、内向的な性格だという点を加味して見直すと、言いふらさないように懇願しているように見えてくる。
「心配しなくても、誰にも言わないよ。人の秘密は口にしないことにしているから」
「……感謝する」
力雄は目に安堵の感情を浮かべて、少しだけ頭を下げた。
満景も、安心してと身振りしてから、教科書が入って重たくなったボストンバッグを背負って教室を去ることにした。
廊下を歩いて正門へ向かっていると、クラブ勧誘という被害を受けた新入生たちがぞろぞろと校内に入ってきた。
満景は、その生徒たちと出くわすと移動が困難になりそうだからと、人が来なさそうな方の階段へと移動することにした。