軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04

そして翌日。

いつの間に眠っていたのか、心配そうな表情を浮かべたメイドに起こされた時にはすでに日が昇っていた。

顔を洗い普段の服に着替えながら「やっぱりあれは夢だったんじゃない」となんとか自分に思い込ませようとしていると、自室のドアが控えめにノックされた。

「はい」

「……おはようビアンカ」

「お父様?」

顔を覗かせたのは父であるアプリコ伯爵だった。

少し癖のある赤毛と青い瞳。威厳は感じないが愛嬌のある顔立ちが愛しい父が、なぜかうっすらと顔を青くさせ眉を下げていた。

「どうしましたの?」

普段ならば朝食の席で挨拶をするのに、なぜわざわざ部屋に来たのか。

しかもそんな顔で。

頭をかすめた嫌な予感に冷や汗が滲む。

「ビアンカ、昨夜、何があったんだ」

単語を区切るような問いかけに、心臓がぎゅっと縮み上がる。

「どうして、そんな、ことを」

こちらもぎこちなく返事をすれば、部屋に入ってきた父が視線を左右上下にせわしなく動かしながら近寄ってくる。

「具合が悪いと言って帰ってきただろう? 会場で、なにか事件にでも巻き込まれたんじゃないのか?」

そうなの。隣国の第二王子様に初対面でとつぜん求婚されてしまったの。しかもその人は、前世で私を殺した夫なのよ。

(――なんて言えるわけがない)

そんなことを口にすればあらゆる意味で大騒ぎになってしまうだろう。

前半は純然たる事実だが、後半については正気を疑われてしまいかねない。

「ええと。事件と呼んでいいのかはわからないのですが、私にも理解できないことが起きて……」

どう説明すべきかと言葉を探していると、父が「ふう」と重く息を吐いた。

「実はなビアンカ。お前にお客様が来ている」

ひゅっと喉が鳴る。

(まさか)

思わず窓に向かって回れ右しそうになるが、次に父が発した言葉にビアンカは足を止めた。

「国王陛下がお前に会いたいそうだ」

「…………はい?」

***

普段、親しい友人か商談で使っている応接間に国王陛下がいる。

目の前に広がるあまりにもシュールな光景に、やはりこれは夢の続きなのではないかとビアンカは思わず己の手の甲を抓ってみる。

「痛い」

「ビアンカ! 何をやっている!」

娘の奇行に父が声を上げたが、国王は「よいよい」と朗らかな笑みを浮かべた。

父よりもふた回りほど年上である国王は、白い髪に白い髭という優しそうな見た目をしている。

事実、常に国民を優先する治政をする方なので、全国民に慕われている。もちろんビアンカも国王のことを心から敬愛しているので、こうやって直接拝謁できるのは光栄の極みだ。

(なんで国王陛下が)

本来ならば喜ぶなり感動する場面なのに、昨日の出来事のせいで嫌な予感しかしない。

とはいえ礼儀を尽くさないわけにはいかないので、ビアンカは父と共に深く頭を下げた。

「国王陛下にはご機嫌麗しく」

「そう硬くならずともよい。急に押しかけたのはこちらだ。頭をあげなさい」

形式的なやりとりをした後、ビアンカと父は国王陛下が座るソファと向かい合わせの席に並んでこしかけた。

いったい何を言われるのかとドキドキしながら黙っていると、国王が「ふむ」と声を上げた。

「アプリコ伯爵。ビアンカは今年でいくつになる?」

「18歳になりました」

「なるほど。婚約者か婚約者候補などはおらぬのか?」

「今のところ……もしや、娘に縁談でもあるのでしょうか」

(お父様! 余計なこと言わないで!)

縁談という単語にビアンカは眉を吊り上げるが、父は国王しか見ていない。

国王は父の言葉をきいて訳知り顔で顎髭を撫でつけはじめた。

「縁談……まあ、そうだな」

父の顔が一気に華やぐ。

「それは光栄です! ビアンカは年頃だというのに、相手を見つける気配もなく……陛下のご紹介であればビアンカも納得するはずです」

「ほっほっほっ。そうかそうか」

勝手に盛り上がる二人を見つめながら、ビアンカは背中を冷たい汗が伝っていくのを感じていた。

昨日の今日で国王から直々の縁談話。

そんな都合のいい話があるわけがない。

「実はのぅ、昨晩の舞踏会でビアンカを見初めた者がおるのじゃ」

「なんと! どこのどなたでしょうか!」

父が思いきり身体を前のめりにさせる。

ビアンカは逆に身体を思い切りのけぞらせた。

「隣国オランジュの第二王子、ネロ殿だ。ビアンカを一目で気に入り、その場で求婚もしていると聞いているが、どうだ?」

国王のどうだ? はあきらかにビアンカに向けての問いかけだった。

父の視線が横顔に突き刺さるのがわかった。

(う、うう)

あれは夢だと自分に言い聞かせていた努力が一瞬で泡に消えたのがわかる。

国王の発言を嘘だと否定することなどできるはずがない。

「……さようでございます」

「そうかそうか。返事を聞かぬ間に見失ったとネロ殿が嘆いておってな。現場にいた者たちは、ネロ殿が求婚した相手はアプリコ伯爵家のビアンカに違いないというので、確かめに来たのだ」

誰だ証言したのはと八つ当たりしかけるが、あの場には従姉妹のリリアナをはじめ見知った顔がたくさんいた。

王家から「あれは誰だ」と尋ねられてみな素直に答えたに違いない。

「もし人違いであれば勝手に話を進めるわけにもいかぬからな。婚約者がいる場合や、内々に候補を絞っている可能性もある故、まずは確認にきたのだ」

「国王陛下自ら……! 我が娘がご迷惑をおかけしました」

父は恐縮仕切りで何度も頭を下げている。

合間にはビアンカに「どういうことだ」という視線を向けてくるからとにかくいたたまれない。

「ビアンカ。昨日、なぜネロ殿の前から姿を消したのだ?」

心底不思議そうな国王の問いかけに、ビアンカは言葉を詰まらせる。

なぜと言われれば、それは彼が前世で自分を殺した夫だからなのだが、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。

(いや、逆に言った方が危ない娘だと思われて話を破談にしてくれるかな)

そんな斜め上の考えが一瞬浮かぶが、隣で父がはらはらと両手を組み合わせているのが見えて、ビアンカはふうと短く息を吐いた。

「……目の前にあのような美しい方が突然現れ求婚してきたということが信じられず……驚いて逃げてしまいました。もうしわけありません」

すべて本当ではないが嘘でもない事実を口にし、ビアンカは国王に頭を下げる。

ここでビアンカが妙なことを口走れば、父を初めとした家族に迷惑がかかることは必須。

それだけは望んでいない以上、なるべく波風がたたないように言葉を選ぶしかなかった。

「ふむ。まあ、確かに若い娘にはあまりにも刺激が強かったであろう」

「……はい。なにかの余興か、夢でも見たのかと」

いっそ、夢か余興であって欲しかった。

だが国王がわざわざここまで来たということは、そうではないのだろう。

「なるほどのぉ。事情はわかった。いたしかたあるまい。ネロ殿も、配慮にかけた行動であったと反省してたぞ」

反省。前世の夫からは想像もできない言葉だった。

(あの方はいつも難しい顔をしていたのに)

「ネロ殿は本気でそなたとの結婚を望んでおられる」

国王の言葉にずんと部屋の空気が重くなった気がした。

「このカルポスは小さい。今は安全ではあるが、これからの未来のためにはオランジュとの縁は大切にせねばならぬ」

国民思いの優しい国王は、言葉を選ぶようにゆっくりと喋った。

その瞳はまっすぐにビアンカを見ている。

「……ネロ様に嫁げ、ということでしょうか?」

「ビアンカ!」

言葉を選ばず率直に問いかければ、父が慌てたように声を上げる。

「もうしわけありません、無作法な娘で……」

「よいよい」

国王は気分を害した様子もなく、朗らかに笑った。

「無論、そうしてもらえれば嬉しい。だが、嫌がる若い娘に無理をさせるつもりはない」

「では……」

「とにかくもう一度ネロ殿に会ってはくれまいか。直接話をして、納得できるようであれば話を進めさせて欲しい」

(うう)

ビアンカの意志は尊重するが、可能な限りネロとの縁談を進める方向で動きたいというのがひしひしと伝わってくる。

国王の言っていることも理解できる。

強く縁を結びたい隣国の第二王子が自国の貴族令嬢を見初めたという状況を利用しない手はないだろう。

これでビアンカに婚約者でもいれば断りようがあっただろうが、悲しきかなビアンカは己の選択でそういった相手を作ってこなかった。

こんなことならば、毒にも薬にもならなそうな相手と婚約だけでもしておけばよかったと考えるが後悔は先に立たず。

父も願うような視線をビアンカになげかけていた。

国王に恩も売れるし自国の利益になるし、何よりビアンカの結婚を切望していた父にとってこの話は願ってもないものだろう。

(ああ、もう)

逃げ場はない。

そう悟ったビアンカは情けなく肩を落としながら「かしこまりました」と切なげな声で返事をしたのだった。