作品タイトル不明
05
面会の席は、国王がアプリコ家を訪れた翌日に儲けられた。
王城の中庭という普通ならば足を踏みいれることさえできないような場所の一角に儲けられたテーブルで、ビアンカとネロは向き合うこととなった。
「ようやく会えたねビアンカ」
向かいの席に座るネロはにこにこと幸せそうな笑みを浮かべている。
舞踏会の時よりも多少は動きやすそうな服装になってはいるが、その美しさは相変わらずだ。
「この紅茶は祖国から持ってきたものなんだ」
「君が好きそうなお菓子を揃えたよ」
「ほら、君が好きだった赤い花がたくさん咲いているだろう」
こちらが口を開くよりも先に、ネロが次から次に話しかけてくる。
その間、その瞳はずっとビアンカに向けられているのが恐ろしい。
(怖い怖い)
目をそらしたいが、目をそらしたら噛みつかれるのではないか。
大型の野生動物と対面しているような緊張感のせいで、せっかくの紅茶やお菓子の味はちっともわからない。
「明るい日の下で見る君はまた格別だね」
うっとりと目を細めるネロに、ビアンカはごくりと喉をならす。
(このまま流されちゃ駄目。ちゃんとしなければ)
意を決して背筋を正したビアンカは、口を開いた。
「あのっ」
「なんだい?」
「ど、どうして私なのでしょうか?」
「?」
ネロが意味がわからないとでも言いたげに首をひねった。
「どうして、って……」
「私とネロ様はあの場で会ったのがはじめてです。お話をするでもなく、目が合っただけであんな……もしかして、ネロ様はどんな女性にもああいう口説き文句をおっしゃっているのでは?」
(言った……言えたわ!)
何度も予行練習をしてきたおかげでつっかえずに口にすることができた。
題して、気の多い男性は嫌なんです作戦だ。
舞踏会の日のネロは、流れるようにビアンカに求婚していた。
あんな滑らかな告白がはじめてのわけがない。
「俺が、他の誰かに目を向けたと思っているのか?」
その場の空気が一気に冷たくなった。
先ほどまで笑みを浮かべていたネロの表情が凍り付き、刺すような視線がビアンカに向けられる。
それは前世の夫が向けてきた冷徹な表情そのもので。
「っ……」
一気に血の気が引き、身体が震える。
泣きたくないのに涙が出そうだった。
やはり。表面上は優しい笑顔を浮かべていても、本性は何も変わっていないじゃないか。
そんな失望で胸がいっぱいになりかける。
だが、次の瞬間、ネロは勢いよく頭を下げた。
「すまない!」
「ひえっ」
急に声を上げたネロにビアンカは情けない声を上げる。
「怖がらせるつもりはなかったんだ。君に疑われたのが悲しくて……」
先ほどから一変し、急に捨てられた子犬のような顔になったネロが何度も頭を下げる。
「お、おやめください!」
隣国の王子に頭を下げさせているなど、人に見られたらどう勘違いされるかわかったものではない。
「私も言葉が過ぎました……どうか、お許しください」
「いや。確かに君の言うとおりだ。不安に思うのも当然だろう」
ようやく顔を上げたネロが、悲しげに眉根を寄せる。
「信じて欲しい。俺が結婚したいと、一生を共にしたいと願ったのは後にも先にも君一人だ」
絞り出すような真剣な声だった。
「あの日……君を見た瞬間、なんとしても求婚しなければと思ったんだ。これは運命だと感じた。本来ならば段階を踏んで求婚すべきだったのに」
悔やむように頭を振るネロの姿をビアンカは呆然と見つめる。
これは一体誰だろうか。
先ほどから笑ったり怒ったり悔やんだり。
ネロが前世の夫であると確信していた自分の方が間違っていたのではないかと思えてくる。
もしかしたら本当に、ただビアンカを見初めてくれただけで、ネロが前世の夫というのはビアンカの勘違いかもしれない。
前世の記憶に怯えるがあまり、どことなく雰囲気が似ているネロと夫を重ねてしまった可能性は否定できない。
あの「一緒に死んでくれ」という物騒すぎる言葉は、パニックのせいで聞き間違えただけかもしれない。
そんな風にさえ思えてくる。
「すまない。勝手なことを言っているのはわかっているが、求婚のやり直しさせてくれ」
「ネロ様……」
「ビアンカ。どうか俺と結婚して欲しい。一生大切にすると約束する」
あまりにもまっすぐな告白だった。
美しいネロに真正面からそう言われて、心臓がどきりと高鳴る。
これが心からの言葉ならば、曖昧な理由で無下にするわけにはいかない。
真剣にこの求婚と向き合い、返事をしなければ。
「え、えと……」
どう返事をすべきかを迷っていると、ネロがぐいと上半身を曲げビアンカに近づけてきた。
「君と暮らす屋敷には高い塀を建てて外から見えないようにして、護衛をたくさん雇おう」
(……ん?)
聞き間違いだろうか。
何かおかしな言葉が聞こえた気がする。
「もちろん、結婚後は俺がずっと傍にいるよ。公務は最低限にして、屋敷でできる仕事だけにする」
「あの……?」
「君に仕える使用人は女性だけにしよう。我が国には女性の騎士も多いからね」
「そう、なんで、すね?」
「ああ。目が覚めてから眠るまで……もちろん眠っている間も君の安全は保証するよ。欲しいものは何でも用意してあげる。危険な目に遭って欲しくないから外には出て欲しくないけど……どうしてもという時は俺と一緒に出かけようね。ずっと傍で守ってあげるから」
(やばいおかしい)
違う意味で血の気が引いてくる。
ネロが前世の夫かどうかはもはやどうでもいい。
先ほどからネロが口にする結婚後の生活は、どう考えても普通ではない。
だが、びっくりしすぎて曖昧な相づちを打つことしかできない。
「だから、安心して嫁いでおいて」
(ちっとも安心できませんけれども!?)
許されるなら大声でそう伝えてあげたい。
だがすべてを本気で口にしているらしいネロに、そんなことを言えるわけもなく。
「と、とにかく一度家に帰って家族と相談してみます。この国では娘の結婚は父親に決定権がありますので、私の一存では」
ちなみに半分嘘で半分本当だ。
平和なカルポスでは恋愛結婚が推奨されているため、結婚相手についてはよほどの理由がない限りお互いの意志が尊重させる。だが貴族である場合では、家長である父親の許可がない限り結婚証明書が発行されないのだ。
「……そうか……」
ネロは途端にしゅんと肩を落としてしまう。
「わかった。では少し待つとしよう」
よかった。猶予がもらえた。
ほっとしたのも束の間、ネロは再び美しすぎる笑みを浮かべる。
「では明日、君の家にお邪魔するよ。父君に直接話をさせてくれ」
死刑宣告にも近いその言葉にビアンカはびしりと固まることしかできなかった。