作品タイトル不明
楓ちゃんの休日(強制)
普通に考えれば、真堂さんは怒っているはずなのだ。
この前の脱走のこともそうだけど、特に大きいのは呪禍の件だ。
あの時私は、真堂さんの指示を無視して呪禍との戦いを続けた。結果的に勝てたとは言え、あれは明確に命令無視だった。
一歩間違えれば死にかねなかった危険な判断。しかし私は、そのことについてまだ、何一つお咎めをもらっていない。
別に、怒られたいってわけじゃないけれど。何もなしってのも気が引けて、そのことがずっと、しこりのように私の胸に残っていた。
そんなことをもやもやと考えていると、三鷹さんからこんな連絡が届いた。
「白石さん。退院日が決まりましたよ」
「え、いつ、ですか?」
「明日です」
「明日!?」
というわけで。
突然に決まった退院日にあわせ、ばたばたと荷物を片付けて、私は自宅に帰ってきたのであった。
一ヶ月ぶりに解放されて、うんしょと背を伸ばす。
やはり自由とはいいものだ。こうして退院した今、私はどこにいってもいいし、何をしてもいい。なにせそれが自由ってやつだから。
そんなわけで、自由な私は、意気揚々と迷宮に向かったのであった。
「ちょっと待て、白石くん」
探索者協会の施設で、迷宮に入場する手続きをしていると、真堂さんから電話がかかってきた。
「え、あ、はい。どうか、しましたか……?」
「協会から連絡が来たんだが、なぜ君は迷宮に行こうとしている」
「ダメ、ですか……?」
「退院したその日に行くやつがいるか」
電話口からは、本気で呆れた声がした。
「だって、早く、潜りたくて」
「一ヶ月も入院していたんだ。家のこととか、色々あるだろう」
「ええー……」
そんなこと言われてもなぁ……。
キャンプぶりに帰ってきた我が家は、たしかにひどいことになっている。いろいろ片付けて掃除をしないと、あの部屋では眠れないだろう。
だけど今は、それより早く迷宮に行きたかった。
「それは、えと。今日は、迷宮で寝たら、いいかなーって……」
いつもの感じで反抗しちゃってから、ふと気づく。
これは、今度こそ怒らせたかもしれないぞって。
「…………」
長い沈黙。それから、真堂さんは、諭すように言った。
「白石くん」
「は、はいっ」
「病み上がりなんだ、今日くらいはゆっくり休むといい」
「え、あ、はい。わかり、ました……?」
電話はそれで切れる。
そう言われた以上は、おとなしく従うんだけど……。
「んー……?」
今回も、そんなに怒られなかったな、っていうか……。
なんだかちょっと、物足りないっていうか……。
いや、いやいやいや。ちょっと待て私、一体何を考えている。
怒られたくない。別に怒られたくなんかないぞ。怒られずに済んだなら、いいことじゃないか。
これは、そう。肩透かしだ。期待していたことが起こらなくて、ちょっと戸惑っただけなんだ。
あれでも、それだと私、怒られるのを期待していたってことに――。
「てーい」
柱に頭を打ち付けて、思考を強制終了させた。
「いったたた……」
頭を抑えてうずくまる。協会の人たちに、ぎょっとした目で見られていた。
……………………よっし。
考えるの、やーめた。
*****
部屋の掃除も片付けも、一時間もあれば終わってしまった。
私の自宅はマンションのワンルーム。家具は必要最低限しかなく、部屋の片隅には探索用のグッズが無造作に積まれている。
我ながら殺風景な部屋だとは思うけれど、寝て起きるだけの場所なので、これで困ったことはほとんどない。
休んでろとは言われたけれど、この部屋にいたってやることはない。
早々に退屈を持て余した私は、さっさと街に繰り出した。
市内を歩き、電車に揺られながら、ふと考える。
今の社会では、一般に魔法技術は迷宮の外に持ち出してはならないものとされている。
武器やシリンダーは協会の専用ロッカーに保管する決まりになっているし、魔石や次元ポーチのように、魔力を有するアイテムについても同様だ。
たとえ探索者と言えど、迷宮から一歩外に出てしまえば、剣を握ることも魔法を使うことも許されない。
それなら、今の私はどうなのだろうか。
手元にシリンダーはないけれど、魔力核を使えば魔法を編める。
風走りを使えば電車よりも速く走れるし、その気になれば空だって飛べる。街中では絶対に使っちゃいけない魔法だって、使えてしまう。
本当は、私もロッカーに保管するべき危険物なのかもしれない。
「……大丈夫」
誰もいない電車で、一人つぶやく。
「この力は、正しく使うから」
なんだか、居心地が悪い。
別に悪いことをしたわけじゃないんだけど、私がここにいるのは正しくないような、そんな気がする。
迷宮こそが私の本当の居場所なんじゃないかって。そんな考えが、頭をよぎった。
それから。
魔法を使わず、人間らしく電車に揺られて、私は目的地にたどり着いた。
町外れにある迷宮産業特区。魔法技術研究のために作られたこの地区は、特例的に魔法技術の持ち出しが許可されている。
と言っても、厳重な管理がされていることには変わらない。魔法を自由に使えないのは、この場所でも同じだ。
相変わらず居心地の悪さを感じたまま、特区を歩く。見えてきたのは、特区の外れにある小さな工場だ。
家族経営の工場らしく、工場の隣にそのまま住居部分が併設されていた。
住居部分にある、素朴なインターホンを押してしばらく待つ。
たっぷり二分は待っただろうか。そろそろもう一回押すべきかと迷っていると、奥の方から小走りの足音が聞こえてきた。
「今開けます!」
中から出てきたのは作務衣に革手袋の青年。作業中だったのか、顔には油汚れがついていた。
「お待たせしてしまいすみません。何分作業中だったもので」
「あ、その、えと」
「探索者……というわけではなさそうですが。うちの工房に、何か御用でしょうか?」
「え」
彼は私の顔を見て、頭に疑問符を浮かべていた。
いや、その。知らない仲ではない、はずなんだけど。
「……あの、九重さん」
「はい、九重ですが……。なぜ、僕の名前を?」
名前を呼ぶと、彼は不思議そうな顔をしていた。
「えと……。白石、です」
「へ……? もしかして、日療の白石さん?」
「は、はい……」
なんだか気まずくなってしまったが、今一度状況を整理しよう。
ここは九重工房。鍛冶師の九重陸さんに頼みたいことがあって、私はここを訪れた。
そして、当然のことではあるが。
ここは街中なので、私は武器ももっていなければ、白衣も腕章もつけていない。
「……私服だと、わかりませんか?」
「い、いや、その」
私にしては珍しく、相手のほうが言葉に詰まる会話だった。