軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「名称としては不足だね。僕なら“迷宮喰らい”と名付けるかな」

「皆様。配信は切りましたでしょうか」

蒼灯さんの呼びかけに、参加者たちはめいめい頷いた。

迷宮二層に設置された、探索者合同キャンプ場。その中心にある、キャンプ場運営テントの中に、私たちは集まっていた。

「この話し合いは非公開とさせていただきます。例の魔物の情報は後ほど一般に公開する予定ですが、この場では忌憚のない意見交換ができるものとお考えください」

集まっているのは、全部で七人。

探索者の私と蒼灯さん。探索者協会の双葉さん。学者の天井さん、植村さん、生駒さん。それと、オンライン参加で真堂さん。

キャンプ場運営に携わる主要メンバーと有識者だ。

「それでは始めましょうか。例の魔物――仮称にして、“魔物喰らい”の対策会議を」

全員の準備が整ったことを確認して、蒼灯さんは会議を始めた。

テントに設置されたプロジェクターには、私とヤツが遭遇した際の配信アーカイブが映されている。別途、魔力量や身体情報の資料も手元に配られていた。

「最初にお伝えしておきますが、例の魔物は確認例がありません。まったくの、未知の魔物とお考えください……」

口火を切ったのは、生物学者の生駒さんだ。

ぼさぼさとした頭の、少しどころではなく陰気な気配を放つ彼女は、独特のペースでのんびりと話す。

「過去の記録を漁りましたが、同種はおろか近縁種の存在も観測例がありません……。魔力波長も非常にユニークな形をしていますが、類似する魔物はありませんでした……。まるで、突然に降って湧いた新種のように見えます、です。へへ……。奇妙な生き物、ですねぇ……。一体どこからやって来たんでしょうねぇ……」

「何か、わかっている情報は?」

「わからないということが、わかりましたねぇ」

「……なるほど。まずは、一歩前進だな」

「やりましたねぇ」

植村さんの言葉を、生駒さんはどこか楽しそうに聞き流した。

植村さんは気迫に満ち溢れたおじさまだ。本業は植物学と聞いているが、彼は食い入るように映像記録を見ていた。

「魔物を食らう魔物の存在は珍しくない。迷宮の中にも生態系はあり、食物連鎖も存在する。しかし、これほど無節操に、手当たり次第に食い散らかす魔物とはな」

「あ、でもぉ……。迷宮四層に住む屍鬼は非常に攻撃的な生態をしていて、捕食よりも戦闘を好むんですねぇ……。アレが暴れると、周囲から魔物が消えることもありますよぉ……。ふふ、ふふふふ。危ない子なんですけど、おててがかわいいんですよねぇ、おててが」

「大変興味深いが、また後で聞かせてもらおう」

「もちろんですよぉ。私のテントに、いろんな魔物のおてての写真があるので、後で一緒に見ましょうねぇ」

「……楽しみにしている」

植村さんは苦い顔をしていた。

「いいえ、生駒さん。今の話、もう少し聞かせてもらいましょうか」

天文学者の天井さんが口を挟む。

天井さんは、学者のお三方では一番のご高齢だ。にこにこと朗らかなおじいさんだけど、迷宮の空を見る時は子どものように目を輝かせる。時々天文学の講義をしてくれる、探索者人気の高い学者さんだった。

「その屍鬼が暴れると、こんな風に死屍累々の惨状が広がるんですかね?」

「あ、いえ。こうはならないですねぇ。だって、屍鬼がどんなに暴れたところで、倒された魔物はぁ……」

「魔石を残して、消える。そうですよね?」

天井さんの指摘に、生駒さんは頷いた。

「なぜ、“魔物喰らい”に襲われた魔物たちは、死体が残っているんでしょう?」

通常、倒された魔物は魔力に分解されて消滅する。あとに残るのは魔石だけだ。

しかし、例の魔物の餌食となった魔物たちはそうはならない。いつまで経っても分解されることなく、死骸のまま横たわっていた。

「魔物が死後に分解されるのは、体内に含まれる魔力の作用によるものだと考えられています……。そのプロセスがぁ、何らかの原因で阻害されているのでは、ないでしょうかぁ……?」

「ふむ。その原因について、仮説はありますか?」

「それはぁ、まだないんですけどぉ……」

わからない、か。

あの魔物は明らかに普通じゃなかった。ただ強いだけの魔物ならたくさんいるけど、積極的に魔物を捕食して、しかも死骸を残す魔物なんて聞いたことがない。

「私は、逃げたことが気になりますね」

次に口を開いたのは蒼灯さんだ。

「魔物というのは非常に好戦的かつ敵対的で、人間を見るや否や襲いかかってくるのが普通です。まあ、中には交戦を避ける魔物もいるにはいますが……」

蒼灯さんは私をちらっと見た。

たぶん、ルリリスのことを言っているんだろう。たしかにあの子は人間との交戦を避ける稀有な魔物だ。

「それは、白石嬢と戦ったら無事では済まないとわかったからではないか?」

植村さんが言う。

「だとしたら、その判断ができる程度の知能があるってことですね。普通の魔物でしたら、格上だろうと容赦なく突っ込んでくるので」

「なるほど……。並の魔物以上に頭も回る、か。厄介だな」

「ええ、できることなら戦いたくないですね。交戦を避けられたのは、私たちにとっても幸運でした」

……知性のある魔物、か。

それ自体は珍しい話じゃない。魔力量の多い魔物の中には、知能が高い種族もいる。ルリリスがそうであるように。

だけど、そういった魔物は、敵に回すと決まって厄介なものだ。

「わからないことだらけですが、何はともあれ決めなくてはなりません」

蒼灯さんはぱしんと手を叩く。

「件の魔物の危険性を踏まえた上で、私たちはこのキャンプを撤収するべきでしょうか。その点、皆様いかがお考えでしょう?」

この会議の趣旨はそれだ。

キャンプ場の近くで、極めて強力な魔物の存在を確認した。だから私たちは、撤収するか否かの判断を下さなければならない。

「あ、あの……。一つ、質問しても、いいですか……?」

蒼灯さんのかたわらにいる少女が、恐る恐る手を挙げる。探索者協会の双葉さんだ。

彼女はこのキャンプに派遣されてきた、探索者協会の新人職員だ。過度に臆病な性格で、私以上に引っ込み思案だが、蒼灯さん曰くあれで仕事はできるらしい。

「そもそも、なんですけど。白石さんが、倒しちゃうってわけには、いかないんですか……?」

「と言うと?」

「だ、だって、白石さんって、六層魔物の討伐記録があるんですよね? その魔物も、白石さんが倒しちゃえば、何の問題もなくなるっていうか……」

それは……。

私も、そう思うんだけど。

「ダメだ」

答えたのは私ではない。

オンラインで会議に参加している、真堂さんだ。

「六層クラスの魔物は極めて危険だ。交戦を避けるに越したことはない。戦闘というのはあくまでも最終手段と考えてくれ」

「え、あっ、すみませ……!」

「わかったな、白石くん」

真堂さんは、双葉さんではなく、私に呼びかけた。

「……どうしても、ですか」

「当たり前だ、馬鹿者。あんなのとほいほい戦おうとするな」

「でも、私、やれます」

「できるできないの話ではない。やるなと言っている」

「むー……」

実を言うと、私と真堂さんはこの件ですでにやりあっていた。

障害があれば切り開く。困難があれば打倒する。それが探索者としての考え方だ。

敵がいるなら倒せばいいじゃん、というのが私の意見。だけどそれは、真堂さんに止められてしまっていた。

「見誤るなよ、白石くん」

不服そうにしていると、真堂さんはきっぱりと答えた。

「今はまだ、そんなリスクを背負う時ではないだろう」

それは……。

その通りではあるんだけど……。

「まあまあ、白石さん。私としても交戦するのは反対です。何事もなければ、それが一番じゃないですか」

蒼灯さんもそっち側らしい。残念だ。

……もう一回、あの魔物と戦ってみたかったんだけどなぁ。

「ということで、戦うのは最終手段にしましょう。第三の案は歓迎いたしますが、基本的には撤収するか否かのどちらかで――」

「おーい、楓ー? いるかー?」

蒼灯さんが司会を進めようとすると、テントに闖入者があらわれた。

黒いローブと黒い帽子の少女。ルリリス・ノワールは、テントの中をきょろきょろと見回す。

「彼女は?」

「例の子だ。ほら、あの」

「ああ。お客人、ですか」

「害はないと聞くが……」

天井さんと植村さんは、小声でそんな会話を交わす。生駒さんは興味津々とルリリスを観察し、双葉さんはささっと蒼灯さんの後ろに体を隠した。

ルリリスのことは、探索者や一般の方々にもきちんと説明してある。

迷宮配信には透明性が求められるし、彼女の正体は私か蒼灯さんの配信を見ていた人なら誰でも知っている。隠し事ができないなら、こちらから打ち明けたほうがいい。

って、蒼灯さんが言ってた。

私はそのあたり、実はあんまりよくわかってないんだけど。蒼灯さんがうまくやってくれたようで、今のところ大きな問題は起きていない。

「……お前ら、何やってんの?」

「ルリリス。今は大事な話し合いをしているので、用があるならまた後で」

「うわっ、呪禍じゃねえか!?」

テントの内幕に投影されている“魔物喰らい”の映像を見て、ルリリスは大きな声を出した。

「……あ? なんだこれ、絵が動いてんのか? どういうからくりだ?」

「あなた、この魔物を知っているのですか?」

「そりゃ知ってっけど。呪禍だろ? マジ面倒くせぇよな、あいつ。食い意地張ってる上に食い方が汚えし、追っ払おうにも無駄につええし。あんま相手したくねえよなー」

私たちの視線がルリリスに集まる。

七対の視線を一気に浴びて、ルリリスは不思議そうな顔をした。

「あれ。私、なんか言っちまったか?」