軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それを優しさと呼ぶことを、白石楓はまだ知らない

「本当に、収益化しても、よかったんでしょうか……」

日療の事務所で、私は三鷹さんと話をしていた。

先日送った経費申請にちょっとした不備があって、それで事務所に寄ったのだ。オンラインで直してもよかったけれど、対面の方がやりやすいってのと、あとはこの人に相談したいことがあったから。

ちなみに、今着ているのは探索用の装備ではなくただの私服。リスナーたちが言うところの、いわゆる楓ちゃんってやつだ。

いや、公認はしていないしする気もないんだけど。なんだよ楓ちゃんって。ただの私服だよ。

「まだ気になりますか?」

「えと、はい」

「そう気に病まないでください。あなたに向き不向きがあることは、リスナーの皆様が一番よくご存知です。その上でご支援いただいているのですから、大丈夫ですよ」

「でも……」

「白石さん。無理に気持ちに応えようとしなくてもいいんです。ただ、あなたを支援したいと思っている方々がいることを知っておいてあげてください。それだけで十分ですから」

三鷹さんはそう言ってにこにこと微笑む。

見ていると安心するような優しい笑み。それを見ていると、少しだけ不安が和らぐような気がする。

だけど。

「えっと……。そうじゃ、なくて……」

「他に、まだ何か?」

「だって。これって、問題、解決してなくないですか……?」

「おや」

彼女は、微笑んだまま薄く目を開いた。

「収益化ってのが、どれくらいになるかは、わからないんですけど。きっと、一月で何千万円ってことは、ないと思うんです」

「まあ、そうですね」

「それだと、救助活動にかかる費用には、全然足りませんよね?」

私の平均視聴者数はだいたい三千人ちょっと。救助活動中は増えたりもするけれど、それはあくまでも瞬間的なものにすぎない。

前に比べたら格段に視聴者も増えたけど、大手配信者ってほどじゃない。そんな私が収益化したところで、一回あたり何百万円という救助費用を賄えるとは思えなかった。

「ほほう……。なるほど、なるほど」

三鷹さんは顎に指をあてた。

「私、変なこと言いましたか……?」

「いえ、驚いただけです。その話については、もう少し後でしようと思っていたんですけどね」

「なにか、あるんですか?」

「実を言うと説明していなかったことがあります。ごめんなさい、白石さん、お金の話は苦手そうにしていらしたので、つい伏せちゃいました」

「大丈夫、です。教えてください」

「ええ、もちろん。白石さんの仰るとおり、配信を通じて得られる収入では救助活動の費用を補填するにはまったく足りません。充てたところで焼け石に水でしょうね」

「え、じゃあ、どうするんですか?」

「どうもしませんよ。手ならもう打ちましたから」

三鷹さんはにこりと微笑む。

「鳩を、飛ばしたんです」

その顔は、さっきまでの優しい笑みとはまったく違う、怜悧な打算の笑みだった。

「大事なのは知ってもらうことです。以前の配信で、私は大きく分けて二つのことを話しました。迷宮内での救助活動には大きな費用がかかることと、救助活動を継続するには支援が必要なこと。この二つ、誰に対してのメッセージだったと思いますか?」

「えっと、リスナーたち、ですよね?」

「いいえ、違います。あれは他の探索者の方々に送ったメッセージです。リスナーというのは配信界隈を巡る回遊魚ですからね。彼らに訴えた言葉は、時間をかけて他の探索者様に伝わります」

そ、そうなの……?

いやまあ、それもそっか。私のリスナーだって、私の配信だけを見ているわけじゃない。

私が配信をつけていない時は他の配信を見に行っているかもしれないし、逆にお気に入りの配信者が配信していないから私の配信を見に来ているのかもしれない。たぶんきっと、そういうことだ。

「配信者というのは良くも悪くもリスナーの声を無視できません。それに、私たちの活動を真に必要としているのは、リスナーではなく探索者です。メッセージがきちんと伝われば、おそらく何かしらのリアクションはあるだろうと見込んでいます」

「え、と。他の探索者から、救助費用を取る、ってことですか?」

「それはダメですよ。我々がやっているのはあくまでも慈善事業です。救助した相手に直接費用を請求することなんてできません。心付けを受け取る分には構いませんけどね」

ほぇ……。

なんか、むずかしいこと、いいだした。

「とは言え、これはまだ最初の一手。ジャブみたいなものですけどね。多少の効果はあるでしょうが、本格的に成果を出すにはもう何手か必要だと考えています」

「えっと、えっと、待ってください。最初から、他の探索者に援助してもらうつもりだったって、ことですか……?」

「はい、そのとおりです。探索者というのは大きな資金力を有していますからね。リスナーから広く寄付を募るのも大切ですが、どうせならお金のあるところを狙ったほうが効率的じゃないですか」

「いいんですか、それって」

「悪いことはしてませんよ。寄付は強制ではなく、あくまでもご厚意です。我々の活動を支援したいと思った方が、自発的に寄付をするという形は何も変わりません。ただ、特定の対象に強くそれを訴えかけようとしているだけで」

ええ……。

それはそうなんだけど、いまいちすっきりしないっていうか……。

だって、つまりはリスナーを利用して圧力をかけて、寄付を誘引しようってことじゃないか。

まあ、たしかに悪いことはしていないし、相手にとってもメリットのある話ではあるんだけど……。

「納得できませんか?」

「その……。ちょっとだけ」

「難しく考えないでください、白石さん。私たちが守ろうとしているのは、どこかの誰かの幸せです。その事実は何も変わりません」

「誰かの、幸せ……」

「それは探索者本人だったり、応援しているリスナーだったり、所属する事務所だったり、あるいは友人やご家族や大切な人だったりするかもしれません。それに恩義を感じたどこかの誰かが、次の誰かの幸せを守るために力を貸してくれる。それって素敵なことじゃないですか?」

それは、その、えっと……。

……そういう風にも、言えるかもしれない。

結局のところ、私たちがやろうとしていることは人助けだ。誰かの命を救うために、私たちは自分にできる最善を尽くしている。その事実は何も変わらない。

そして、その活動には支援が必要で、三鷹さんは効率的に支援を集めようとした。

やり口は少しだけアンフェアかもしれない。それでも、本質は見失っていないはずだ。

「打算は必要ですよ、白石さん。理想だけでは救えません。本気で誰かを助けるというのは、そういうことですから」

三鷹さんが正しいのはわかる。だけど、私にはまだ、そこまで割り切って考えられそうになかった。

「……三鷹さんって、大人ですね」

「あら」

三鷹さんは口元に手を当てた。

「夢を追うのに大人も子どももありませんよ。こういったやり方を知っているだけで、私だって、誰かを助けたいという気持ちに嘘はありませんから」

「三鷹さんの夢って、なんですか?」

「そうですね……。そのままお返ししちゃいましょう。白石さん、あなたの夢はなんですか?」

私の夢、か……。

実を言うとよくわからない。人を助けるのは当たり前のことだと思っていただけで、これといった理想や信念があったわけじゃない。

だから私は、ただ目の前の人を助けることしか考えていなかったのだけど。

あの魔力収斂の時に、たくさんの人たちの覚悟に触れて、朧気ながら思い描いた景色があった。

「私は、明日が、より良くなったらいいなと思います。だって、誰だって、最高の明日が見たいじゃないですか」

「よい夢です」

三鷹さんはにこりと微笑む。

「私も同じですよ。まだ、何もかもうまくいっているとは言い難い状況ですが、この先にあるものにはきっと大きな価値があると信じています」

……うん。きっと、この人は悪い人じゃない。

三鷹さんは三鷹さんのやり方で誰かを助けようとしている。だったらそれは、私と何も変わらない。

「三鷹さん。私、がんばります。私たちの夢、一緒に叶えましょう」

「なるほど。白石さん」

そして彼女は、にこにこと微笑んだまま、私の額をちょんっと小突いた。

「こんなのに騙されちゃダメですよ」

「え、ええ?」

「白石さん、ほわほわしてますからね。悪い人にころっと騙されちゃいそうで、お姉さん心配です」

「ええー……」

頭を抑えて目を白黒させる。なんで、待って、どういうこと?

「やりがいだけで満足しないでください。実利もきちんと追ってください。自分のことを救えなかったら、結局何も救えないんですから」

「え、え、え? どういうこと、ですか?」

「白石さん、クイズしましょっか。ここまでのお話の中で、矛盾していることが一つあります。さて、なんでしょう?」

いや、急にそんなこと言われても……。

なにかおかしなことがあっただろうか。三鷹さんの話は、全部筋が通っていたような気がするんだけど。

「ヒント、収益化」

迷っているとヒントが出された。

……あれ、ちょっと待って。収益化と言えば、引っかかることがあったような。

「あの、三鷹さん。収益化から得られるお金じゃ、活動費を補填するには、まったく足りないんですよね」

「そう言いましたね」

「活動費は、他の探索者からの寄付で賄うつもり、なんですよね」

「その通りです」

「……収益化って、なんで通したんですか?」

「はい、正解です」

三鷹さんはぱちぱちと手を叩いた。

「収益化はあなたのためですよ。あの配信は元々あなたのものですからね。そこから得られる収益に関して、日本赤療字社は手を出すつもりはありません。好きなように使っちゃってください」

「え、ええ……? なんで、どういうことですか?」

「前に言いましたよね。お仕事、させてくださいって」

三鷹さんはいたずらっぽく片目を閉じた。

「探索活動のサポートは事務所の仕事です。白石さん、最近ずっと安い武器ばかり使ってたじゃないですか。いつまでもあんなもの使ってないで、そろそろちゃんとした武器を買ってくださいよ」

「……もしかして、騙しました?」

「人聞きが悪いですね。私は最初から、配信収入を徴収するなんて一言も言ってませんけど」

ええー……。

いや、その、たしかにそうだけど。でも、あの言い方だと当然そうなるものだと思っていたっていうか。

活動費のためだと思って通した収益化だったのに。もしそうだと知っていたら、私は絶対に反対したんだけど……。

……ああ、だからか。くそう、やられた……。

「ちなみに、SNS上で公開した告知には、そのあたりのこともきちんと書いてます。日療の支援をしたければ募金を、白石さんの活動を支援したければサブスクライブを、といった形で。なので、ちゃんと読んでいる方は承知の上だと思いますよ」

「そんなの知らないですよ……」

「白石さんにも事前に説明したんですけどね」

「え、いつですか?」

「あなたがテンパってた日に」

…………。

この人、本当は、性格悪いんじゃないか。

SNSのアカウントなんて持っていないし、あの日は配信のことで頭がいっぱいだった。そんな時に説明されたって、覚えていられるわけがなかった。

「なんだか、全部嘘なんじゃないかって思えてきました」

「そんなことはないですよ。これ以上の裏はありません」

「本当ですか……?」

「はい。少なくとも、この件に関しては」

「他の件で、あるってことじゃないですか」

「まあ、悪い話ではないですよ」

ほら、やっぱりあるじゃないか。一体腹に何個抱えてるんだこの人は。

「募金が集まりましたら、その成果を主張して臨時予算を引っ張ってくるつもりです。そうしたら、まずは戦力の拡充からですね。あなたの他にもヒーラーを雇用して、救助体制を整えましょう。さて白石さん、そのためにはどうすればいいと思いますか?」

「え、え、えと。また配信で、協力を呼びかけるとか……?」

「いいえ、違います。正解は雇用条件の改善です。人を動かす一番わかりやすい言葉は、結局のところお金ですからね」

ええー……。

はっきり言うなあ、この人。私はお金じゃなくて理想に共感したからこの仕事を受けたんだけど……。

「その一環として、あなたの給与も上がりますよ。段階的に調整するので少々お時間はかかりますが、最終的には探索稼業と比べても遜色ない水準にまで引き上げることをお約束します」

「え、ええ? 私はいいですよ、そんな」

「そういうわけには行きません。というか、ですね。正直に言うと、そもそも当初の想定が甘すぎたというか……」

「想定って、何のですか?」

「あなたのお給料です。特殊勤務手当を山盛りにしたつもりだったのですが、それでも探索者の水準に遠く及ばないことが後からわかって……。日常的に生死のリスクを背負うお仕事を、世間一般の基準で推し量ることが間違っていました」

「普通のお仕事と、そんなに、変わらないと、思いますよ?」

「……そう言えるのは、あなただけかもしれませんね」

そうなのかな……?

たしかに、怪我したり死にそうになったりすることも、たまにはあるけれど。その分あんまり人とお話しなくてもいいから、私としてはトントンだと思っていた。

命のリスクと、人とのコミュニケーション。私だったら前者を取る。

「ともあれ、私たちの目的は、あくまでも人を助けることです。その本質は何も変わりません。ですが、そのためには表も裏も使い分ける必要があります」

「難しく、ないですか……?」

「大丈夫ですよ、それは私の担当ですから。ただ、そういうものであることは知っておくといいでしょう」

そう言って、三鷹さんは優しく微笑む。

「この仕事は正義というものを常に問われるお仕事です。何が正しくて、何が正しくないのか、一つ一つ考えるようにしてみてください」

……もう何がなんだかよくわからないけれど、一つだけわかったことがある。

この人は確かに善人だ。信頼はしてもいいと思う。だけど、下手に信用したら手のひらの上で踊らされる。

真堂さんの忠告の意味を、私は今さらになって理解した。