作品タイトル不明
販売と苦労と失敗
第8話 販売の苦労と失敗
開発と販売はうまくいった――はずだった。
だが、あまり売れなくなってしまった。
最初の数日は物珍しさもあって売れた。
人々は足を止め、興味深そうに商品を手に取り、笑いながら金を払っていった。
だが今は違う。
露天に並べた商品は、昼を過ぎてもほとんど減らない。
人は来る。だが、見るだけで去っていく。
――慣れられたのだ。
夕方。
ヤマタニは余った在庫を鞄にしまい、椅子や展示台をたたんで家に帰る。
周囲の店はすでに片付けを終え、笑い声すら聞こえてくる。
今日もよく売れた、そんな声だ。
自分だけが取り残されているようだった。
商いとは気を長く持たなければならないとは思う。
だが――
苦労の結果がこの有様では、少し落ち込まずにはいられない。
(何が悪い……?)
品質か。値段か。売り方か。
あるいは、もっと根本的な何かか。
頭の中で何度も繰り返すが、答えは出ない。
むしろ考えれば考えるほど、全てが間違っているような気さえしてくる。
家に帰ると、夕飯までに石鹸の追加を作ることにした。
手を止めれば、不安に押し潰されそうだった。
材料を入れ、火にかけ、ゆっくりと混ぜる。
何度も繰り返してきた工程だ。
体が覚えている作業は、唯一、頭を空にできる時間だった。
あとは型に流して固めれば完成だ。
――そのときだった。
休憩中に手にしていたお茶葉が、指先から滑り落ちる。
ぱさり、と軽い音。
そして次の瞬間、茶葉は石鹸の樽の中へと沈んでいった。
「しまった……!」
慌てて掬おうとするが、もう遅い。
溶けかけた素材に、茶葉がじわりと広がっていく。
濁り、香りが変わり、見た目も崩れる。
これでは売り物にはならない。
ああ、なんという失敗か。
ヤマタニはその場で立ち尽くし、やがて力なく頭を抱えた。
「あ〜あ……。」
何度も繰り返した試作の努力が、一瞬で水泡に帰す。
そんな気分だった。
(またか……。)
小さく呟く。
うまくいきかけたと思った矢先に、崩れる。
積み上げたものが、あっけなく崩れる。
まるで、自分の人生のようだった。
それでも、彼は知っている。
諦めれば、そこで終わりだと。
明日はまた改良を重ねるしかない。
売れない理由を探し、試し、潰し、また試す。
それしか道は残されていない。
――だが。
ぐう、と腹が鳴る。
「……ヤバい。」
もうパンを買う金が無い。
頭では分かっていた。
売上が落ちている時点で、こうなることは。
だが、現実として突きつけられると、重さが違う。
腹が減った。
胃の奥がじくじくと痛む。
体の力が抜けていくのが分かる。
「――また守れないのか?」
ぽつりと、言葉が漏れた。
誰に対してなのか、自分でも分からない。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
水をガブガブ飲んで誤魔化す。
冷たい水が腹に落ちていくが、満たされることはない。
ただ、虚しさだけが残る。
夜。
腹の虫が鳴いて、なかなか眠れなかった。
静かな部屋に、その音だけがやけに大きく響く。
天井を見つめながら、過去がよぎる。
前に社員に渡す給料が足りなかった。
自分の給料から社員の分に足す。
それでも足りず、頭を下げ、支払いを先延ばしにした。
(あのときも、こうだったな……。)
追い詰められ、削るのはいつも自分だった。
ローン支払いを払えば、あとは何とかなるさ。
何とかなる。
そう心に言い聞かせた。
だが――
本当に、そうだったか?
何とかなると思い続けて、
何とかなったことは、どれだけあった?
むしろ、何とかしてきたのは――
ただ、無理を重ねただけではなかったか。
それでも。
「……何とかするしかない。」
小さく呟く。
誰も助けてはくれない。
なら、自分でどうにかするしかない。
売れない理由を見つける。
失敗した原因を潰す。
一つずつ、積み直す。
空腹と不安に押し潰されそうになりながら、
それでも目を閉じる。
――まだ終わっていない。
そう、自分に言い聞かせる。
眠りは、なかなか訪れなかった。
だがその胸の奥には、かすかに残った火が、まだ消えていなかった。