作品タイトル不明
痩せ細った少年
第25話 痩せ細った少年
馬車に揺られながら、ぼんやりと流れる景色を眺めていた。
木々は季節の境目に立っている。
緑から黄へ、黄から紅へ――
その移ろいは、ただ“紅葉”と呼ぶには惜しいほど繊細で、どこか儚い。
その色味が、グラデーションが好きだった。
――だから、気づいた。
路地裏の影。
だらんと伸びた骨の浮いた脚。
「馬車を止めろ!」
止まりきる前に飛び降りる。
近づく。
少年だった。
軽い。
抱き上げた瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
「ドクターの診療所へ!急げ。」
診療室の扉を開け放つ。
「ドクター!この子を診てくれ!」
「……ん? おや社長じゃないか。まあ一杯――
」
酒瓶を傾けたまま、気の抜けた声。
「そんなの後だ。」
「この子を診てやって欲しい。」
短く返す。
「うん。そうか。では診てしんぜよう。」
ドクターの手が辺りを探る。
「鞄……あれ、鞄はどこいった……。」
「先生、ここです!」
見習いが差し出すが、手元がおぼつかない。
「ドクターかなり酔っ払っていますね。目を覚まさしてやりましょう。」
ヤマタニは水差しを掴んだ。
無言で、頭からかける。
「冷てぇ!」
「これでも酔いが覚めなければ、水樽ごと水をかけてやりましょうか?」
「覚めた、いや、もうけっこう。」
「酔はさめたから。大丈夫だ。ひぃ。つめてーな。」
ぶつぶつ言いながらも、目が変わる。
さっきまでの濁りが、すっと消えた。
「どれどれ、貸しなさい。」
少年を受け取る手つきは、確かだった。
診察が始まる。
静かになる。
やがて。
医者は、わずかに息を吐いた。
首は振らない。
だが、それで十分だった。
「……まだ、息はあるな。しかし…。」
ヤマタニが言う。
「ああ。息はある。助けてやってくれ…。」
それだけで、動いた。
ベッドに寝かせる。
毛布をかけるより先に、胸に手を当てる。
弱い。
消えかけている。
「……おい。」
押す。
一度。
もう一度。
軽い。
嫌になるほど軽い。
「戻れ。」
声は低い。
押す。
息を送る。
また押す。
何度か繰り返す。
反応は――ない。
「……っ。」
もう一度。
押す。
ほんのわずか。
少年の喉が、かすかに鳴った。
気のせいかもしれない程度の音。
それでも。
手は止まらない。
もう一度。
押す。
……返ってこない。
「社長さん。」
医者の声。
低い。
「もう、静かに眠らせてやろうや……。」
「まだだ。」
即答ではない。
一拍置いてからの言葉。
「まだ、温かい。」
医者は何も言わない。
ただ、見ている。
もう一度だけ。
胸を押す。
――反応はない。
それで、分かる。
ゆっくりと、手を離した。
力が抜ける。
そのまま、しばらく動かない。
「……そうか。」
小さく、落とす。
医者がそっと、まぶたを閉じようとする。
その手を、ヤマタニが止めた。
自分で、閉じる。
軽い。
やけに軽い。
「……最後にスープだけでも飲ましてやりたかったな…。」
ぽつりとこぼれた。
誰に向けたものでもない言葉。
室内の者たちは、黙って頭を垂れた。
外では、紅葉が揺れている。
変わらない景色の中で。
枯れた木の葉がひとつだけ散って、静かに地面に落ちていった。