軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

辺境伯の2代目

第32話 辺境伯の2代目

西の帝国との国境、その間に連なる険しい山脈には、蛮族が住み着いている。

ヤマタニがいるアキタリス王国の西部一帯は、元は蛮族が支配していた土地だった。

だが過去の抗争によってその支配は覆され、蛮族は山脈へと追いやられたのである。

土地を奪われ、誇りを砕かれた彼らの恨みは深い。

ゆえに蛮族は、事あるごとに山を越え、アキタリス王国へ侵攻してきた。

しかし――

西の辺境伯ランドルフは、それらを幾度となく退けてきた名将である。

地形を読み、敵を誘い、最小の損害で勝つ。

それが彼の戦だった。

だが、その男も今は――

オリガン辺境伯の城、寝室。

「父上はご病気の身。蛮族はこのアルバートに全てお任せ下さい。」

寝台の傍らで、若き嫡男アルバートは胸を張っていた。

ランドルフは枕に身を預けたまま、ゆっくりと息を吐く。

「すまぬ……。だが、お前はまだ戦闘経験が浅い。」

「部下たちに任せておけば問題はない。」

「はい、父上。」

素直に頭を下げる。

だがその胸の奥では、別の思いが渦巻いていた。

――いつまでも守られる側ではいられない。

父はもう戦えない。

ならば自分が立つしかないのだ。

「なぁに……父上はああ言うが。」

部屋を出たアルバートは、小さく笑う。

「蛮族など、あっという間に蹴散らしてやる。」

その自信に、確かな裏付けはなかった。

ただ――若さと、焦りだけがあった。

ある日。

「報告!蛮族が南西から領地に侵入してまいりました!」

ついに来た。

その報せを聞いた瞬間、アルバートの目が輝く。

「よし、俺が出撃して撃退してやる!」

待ち望んでいた“機会”だった。

兵を率い、南西の砦へと向かう。

そこには、父の腹心――レオナルドが守りについている。

「これはアルバート様。お早いお着きで。」

落ち着いた声。無駄のない礼。

「うむ。して蛮族の状況は?」

「はい……以前より統率が取れております。」

わずかに言葉を選びながら、レオナルドは続ける。

「迂闊には手を出さない方が懸命かと。」

その言葉に、アルバートは眉をひそめた。

「歴戦の猛将のお主が、たかが蛮族に何を警戒している?」

「しかし、用心には越したことは――。」

「用心深いのは結構だ。」

アルバートは言葉を遮る。

「だが、戦いは主導権を握ってこそ勝つものだろう?」

レオナルドは一瞬だけ沈黙した。

「……。」

「まぁ、よい。俺が行って蛮族を蹴散らしてやろう。」

「お待ち下さい!アルバート様!」

その制止は、届かなかった。

南西の平原。

既に蛮族は布陣している。

「蛮族だ!一気に突撃して蹴散らせ!」

アルバートは迷いなく命じた。

副官が叫ぶ。

「お待ち下さい!策もなく突撃は――。」

「進め!」

その一言で、すべてが決まった。

騎兵が地を蹴る。

砂煙が舞い上がる。

蛮族は弓矢で応戦するが――

やがて隊列を崩し、撤退していった。

「見たか。」

アルバートは馬上で笑う。

「蛮族など、この程度だ。」

その勝利はあまりにもあっけなかった。

だからこそ――疑わなかった。

砦へ帰還。

「レオナルドよ。蛮族を蹴散らせて来たぞ。」

「他愛もなく、奴らは逃げ去って行った。」

「アルバート様、お疲れ様でございます。」

あまりにも淡々とした返答。

それが、かえって気に障る。

(……もう少し、驚いてもいいだろう。)

そう思いながらも、口には出さない。

自分が結果を出したことに変わりはないのだから。

翌日。

また蛮族が現れた。

まるで昨日の続きを望むかのように。

「今日も同じように蹴散らすまでだ。」

レオナルドが何か言いかける。

だがアルバートは聞かない。

「突撃!」

再び、同じ展開。

蛮族は応戦し、そして撤退する。

「今度は昨日みたいにはいかないぞ。」

アルバートは前を睨む。

「さらに追撃だ!」

「お辞め下さい!アルバート様!」

副官の声は切実だった。

だが――届かない。

逃げる敵を追う。

その先に何があるのかも考えずに。

両脇を森林に挟まれた地形。

敵はそこへ誘い込むように退いていく。

「アルバート様、危険です!」

「もう追撃は十分です!」

「何を言う。」

アルバートは吐き捨てる。

「敵にダメージを与えていないではないか。」

そして――踏み込んだ。

その瞬間。

ドン……ドン……と、低い音が響く。

太鼓。

合図だった。

次の瞬間――

矢が、降った。

「罠です!!」

左右の森から、一斉射撃。

前方の敵は反転し、襲いかかる。

「なっ……!」

さらに後方にも敵影。

完全に、囲まれていた。

「アルバート様!陣形を組み直し、敵一辺に突撃を!」

副官の叫び。

だがアルバートは――

「何を言うか!今は防御だ!」

その判断は、遅く、そして鈍かった。

兵は次々と倒れていく。

矢が突き刺さる音。

馬の悲鳴。

人の叫び。

戦場が、崩れていく。

(……こんなはずでは。)

初めて、自信が揺らいだ。

(父上なら……どうした。)

答えは出ない。

もはや――これまでか。

副官はそう覚悟した。

その時だった。

退路側で、悲鳴が上がる。

蛮族の陣が――崩れた。

「――遅れて申し訳ありません。」

低く、落ち着いた声。

レオナルドだった。

彼の軍が、背後から蛮族を急襲していた。

さらに――

左右の伏兵にも別動隊が突入する。

まるで最初から、すべてを読んでいたかのように。

敵陣は一気に乱れた。

「今です!」

その声で、アルバートは我に返る。

「……突破する!」

残った兵をまとめ、突撃。

辛くも包囲を破り、脱出に成功した。

砦へ帰還した時。

兵は――半数に減っていた。

誰もが無言だった。

アルバートもまた、言葉を失っていた。

(レオナルドが来なければ……。)

全滅していた。

それは疑いようのない事実だった。