作品タイトル不明
冒険者アル、失業する①
第15話 冒険者アル、失業する①
アルとコネリーは、罠によってネズミ魔物討伐を完遂した。
街を荒らしていた魔物は一掃され、農民たちは胸をなで下ろし、ギルドでも二人の働きはそれなりに評価された。
――だが、その数日後。
二人は、ギルドの掲示板の前で立ち尽くしていた
。
「……ないな。」
アルがぽつりと呟く。
「……ないな。」
コネリーも同じ言葉を繰り返した。
依頼が、ない。
いや、正確には――
“自分たちに出来る依頼が、ない”。
掲示板には紙は貼られている。
だがそのほとんどが、バジリスク討伐、ワイバーン討伐、盗賊団掃討など、明らかに駆け出しの手に負える内容ではなかった。
たまに「これなら」と思う依頼を見つけても、受付に持っていく頃にはすでに別の冒険者が受注済みになっている。
早い者勝ち。
それがこの世界のルールだった。
「……俺たち、詰んでねぇか?」
コネリーが乾いた声で言う。
アルは答えない。
代わりに、掲示板の端に貼られた“終了済み依頼”の紙を見つめた。
そこには――
『小麦倉庫のネズミ魔物討伐』
という文字があった。
(……俺たちが、全部片付けた。)
その結果。
その依頼は、もう二度と貼られることはない。
つまり――
自分たちの仕事を、自分たちで潰したのだ。
「……皮肉なもんだな。」
アルは小さく笑った。
だが、その笑いはすぐに消えた。
腹の奥が、じわりと冷えていく。
金が、ない。
ポケットの中の小銭を握る。
ちゃり、と軽い音がした。
軽すぎる音だった。
「なぁ、いくら残ってる?」
「……銅貨18枚。」
「……俺も似たようなもんだ。」
宿代、食費、装備の修理。
何もしなくても、金は減る。
なのに――収入は、ゼロ。
「……待つか?」
コネリーが言う。
「依頼が来るのを?」
「ああ……。」
アルはしばらく黙り込んだ。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……待つしかないな。」
その日、二人はギルドの隅で一日中待った。
誰かが依頼を持ち込むたびに、受付に人が集まる。
だが、そのほとんどは中堅以上の冒険者に取られていく。
二人の番は、来ない。
翌日も。
その翌日も。
状況は何も変わらなかった。
「……なぁアル。」
三日目の夕方、コネリーが口を開いた。
「このままじゃ、マジで詰むぞ。」
「……分かってる。」
「もう宿も限界だろ。追い出されるぞ。」
アルは拳を握りしめた。
分かっている。
全部、分かっている。
だが――どうにもならない。
その時だった。
コネリーが、ふと思い出したように言う。
「……ヤマタニのおっちゃん、頼るか?」
アルは顔を上げた。
◆
ヤマタニの元を訪ねると、相変わらずの調子で迎えられた。
「なんだ?またネズミにやられたか?」
「違う!全部倒しちまったんだよ!」
「……ああ、だから仕事が無いのか。」
一発で見抜かれた。
アルは言葉に詰まる。
ヤマタニは腕を組み、少しだけ考えた。
「街道警備は人手が欲しいが……オーガが出るぞ?」
「無理だ。」
即答だった。
「じゃあ無いな。」
「……え?」
あまりにもあっさりとした否定。
アルの肩が、がくりと落ちる。
だがヤマタニは、すぐに言葉を続けた。
「役場に行け。あそこはギルドに流れない仕事も抱えてる。」
そう言って、便箋にさらさらと紹介状を書き上げる。
「これを見せろ。多少は融通してくれる。」
アルはそれを両手で受け取った。
紙一枚なのに、妙に重く感じた。
◆
役場。
清潔で、静かな空間だった。
ギルドとはまるで違う空気に、二人は少しだけ居心地の悪さを覚える。
受付の女性に紹介状を渡す。
「少々お待ちくださいね。」
柔らかい声だった。
だが、待っている時間がやけに長く感じる。
やがて彼女は戻ってきた。
手には数枚の書類。
「いくつかご紹介できる案件があります。」
その言葉に、二人の顔が明るくなる。
だが――
「下水に発生した虫魔物の討伐。」
「ゴミ置き場の虫魔物討伐。」
「下水処理場の虫魔物討伐。」
沈黙。
「……虫ばっかりじゃねぇか。」
思わず本音が漏れる。
受付の女性はにこやかに微笑んだままだ。
だが、その笑顔の奥に“誰もやりたがらない仕事です”という事実が透けて見える。
「報酬は多少上乗せされていますが……いかがなさいますか?」
選択肢は、無かった。
「……やる。」
アルは短く答えた。
◆
下水処理場。
そこは、想像していた以上に過酷な場所だった。
鼻を突く強烈な臭い。
足元はぬかるみ、空気は重い。
「……くせぇ……。」
「……帰りてぇ……。」
本音が止まらない。
管理人の男は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に助かるよ……スライムを食われて困っててね。」
スライム。
汚水を浄化するための存在。
それを食う魔物がいるという。
「……で、そいつはどこに?」
「この中だ。」
案内されたのは、巨大な汚水槽。
黒く濁った水面が、ゆらりと揺れている。
「……入るのは無しだな。」
「絶対にだ。」
二人は即座に結論を出した。
「釣るぞ。」
「それしかねぇ。」
だが――現実は甘くなかった。
餌を垂らしても、反応がない。
時間だけが過ぎていく。
体力も、気力も削られていく。
その時。
水面が、大きく波打った。
現れたのは――
体長数メートルのワーム魔物。
ぬるりとした体が、汚水の中でうねる。
「……最悪だ。」
「……キモすぎる。」
その瞬間――食いついた。
「来た!!」
だが次の瞬間、コネリーの体が前に引きずられる。
「うおおおお!?」
「踏ん張れ!!」
アルが必死に掴む。
足が滑る。
臭いが肺に入り込み、吐き気が込み上げる。
腕が、千切れそうになる。
「離すなぁぁ!!」
「離せるかよぉぉ!!」
全身の力を振り絞る。
だが――
相手は、重い。
異様なほどに重い。
じりじりと、引き込まれていく。
「……このままじゃ、やべぇ!」
「一気にいくぞ!!」
アルが叫ぶ。
「3……2……1……!」
「引けぇぇぇぇ!!」
二人は同時に力を込めた。
水面が大きく弾け、ワームの体が姿を現す。
だが次の瞬間――
「ぶちっ!!」
ロープが、切れた。
反動で二人は吹き飛び、地面に叩きつけられる。
しばらく、誰も動けなかった。
「……無理だろ、これ。」
コネリーが呟く。
アルは天井を見上げたまま、息を荒くする。
腕が震えている。
握力が、ほとんど残っていない。
「……今日は、撤退だ。」
「……ああ。」
「道具を揃える。罠も考える。」
「次は……仕留める。」
その言葉だけは、はっきりしていた。
こうして――
失業した二人の、泥まみれの再出発が始まった。