作品タイトル不明
臆病者の要塞、完成
第71話 臆病者の要塞、完成
サンブレロ街に――城が完成した。
それは、優雅さとは無縁の城。
“攻めさせないため”に作られた、臆病者の要塞だった。
ヤマタニ男爵の新たな屋敷。
そこには、徹底した防衛思想が詰め込まれている。
城壁、堀、虎口、狭間、脱出口。
あらゆる侵入を想定した構造が、幾重にも重ねられていた。
屋敷そのものは簡素だ。
贅沢な装飾は一切ない。
「飾りは後からでいい。まずは、生き残ることだ。」
本人はそう言って、実用を優先した。
分厚い城壁の上からは外周を見渡すことができ、攻撃も可能だ。
内部は警備兵の詰め所や武器庫として使われる。
北門と南門には跳ね橋が設けられている。
容易には侵入できない。
仮に門を突破したとしても――そこで終わりではない。
その先は虎口。
三方を囲まれ、上から攻撃される“殺しの空間”だ。
この城は防衛するというよりも、敵を引き込み皆殺しにする城だ。
さらに、馬車での進入路はクランク状に曲げられている。
速度を出せず、突入もできない。
城壁の四隅には、四基の物見櫓。
全方位を監視できる構造だ。
西洋の城を基礎にしながら、日本の城の防御思想も取り入れている。
和と洋それらが混在し、ひとつに融合した――奇妙で実用的な城だった。
完成の報せを受け、ヤマタニたちは現地を訪れた。
「……思っていたより、ずいぶん大きいな。」
ヤマタニは城を見上げ、感嘆する。
「ご主人様が城壁をしっかり造るよう指示されたので、この規模になりました。」
工事を担当したショーンが、どこか申し訳なさそうに答えた。
「いや、これでいい。警備隊も騎士団も増える。広い方が都合がいい。」
「恐縮です。」
そこへ、ケイトが口を開く。
「しかし……かなりの費用がかかっているのでは?」
さすがに経理担当らしい視点だった。
「備えあれば憂いなし、だよ。」
ヤマタニは肩をすくめる。
「前みたいに、誘拐や襲撃を受けるのはごめんだからな。」
「ヒラリーの言う通り、先行投資ですね。」
「ああ。トラックやバスも順調に売れている。借金はすぐ返せるさ。」
さらにヤマタニは続ける。
「外輪船の事業も始まる。収益は、まだ伸びる。」
彼の言葉に、誰も反論しなかった。
実際、ヤマタニの手がける事業は、すべて黒字化している。
だが――投資額もまた、桁違いだった。
ケイトは胸の内で、静かに息を吐く。
(大丈夫……のはず。)
確信と、不安。
その両方が、同時に膨らんでいく。
完成した城を見上げながら、ケイトは思った。
この場所は、きっと守られる。
だが同時に――
(これだけの規模……何かが起きる前触れでは?)
風が、城壁をなぞるように吹き抜けた。