作品タイトル不明
サンブレロ学校
第69話 サンブレロ学校
サンブレロ学校が開校した。
だが――
それはヤマタニが思い描いていたものとは、あまりにも違っていた。
校舎は小さい。
壁は質素。
机も椅子も、どこか寄せ集めのようだ。
本来なら――
立派な校舎。
一流の教師陣。
誰もが憧れる学び舎。
そんな理想の学校を、自分の力で建てるはずだった。
だが現実は違う。
競馬での大敗。
会社の資金を切り崩し、さらに寄付を募って―― ようやく形にしたのが、この学校だった。
小さく、ささやかな学び舎。
「……でありますから、この学校は本日をもって開校となります。諸君らの今後の活躍に、心より期待します。」
壇上で挨拶しながら、ヤマタニはどこか空虚だった。
(こんなはずじゃなかった……。)
教師陣もまた理想とはほど遠い。
鉱物講師が農学を教え、ドクターが医学を担当し、発明家が理科と数学、絵描きが美術を受け持つ。
(……孤児院と、何が違うんだ?)
しかも、その孤児院は校舎のすぐ隣にある。
ヤマタニは授業の様子を見に行った。
――そして、愕然とする。
黒板には、簡単な足し算。
子どもたちは指を折りながら数え、石板に数字を書き、懸命に答えを出している。
(こんなの……孤児院でやっていたことと同じじゃないか……。)
胸の奥に、失望が広がる。
(これが……学校?)
「ヤマタニ社長。こんなところにいたんですか?」
振り向くと、クレナが立っていた。
「みんなの姿、ちゃんと見てあげてください。ほら。」
言われるままに、もう一度教室を見る。
子どもたちは、真剣だった。
誰一人、よそ見をしない。
ふざける者もいない。
立ち歩く者もいない。
ただひたすらに、石板に書かれた目の前の問題と向き合っている。
指を使ってでもいい。
ゆっくりでもいい。
――今の自分にできる、精一杯で。
その姿に、ヤマタニは言葉を失った。
(レベルが低い……?)
(違う……。)
(違うだろう……!)
胸の奥にあった何かが、音を立てて崩れた。
「ああ……。」
思わず、声が漏れる。
「俺が……間違っていたみたいだ。」
「何をですか?」
クレナが首を傾げる。
「俺は、立派な建物や教師ばかり見ていた。」
「でも、本当に見るべきだったのは――。」
ヤマタニは、教室を見つめた。
「子どもたちだった。」
クレナは、少しだけ微笑む。
「……今さら気づいたんですか?」
「……ああ。」
苦笑するしかなかった。
「クレナ。教えてくれてありがとう。」
「そんな大げさなことじゃありませんよ。」
クレナは、いつものように軽く受け流す。
だがヤマタニには分かっていた。
ずっと子どもたちを見ていたのは、彼女だ。
自分は――見ているつもりで、何も見ていなかった。
再び教室を見る。
そこには、未来に向かって必死に手を伸ばす子どもたちがいた。
(ああ……。)
(これが――学校か。)
立派な建物でも、一流の教師でもない。
学ぼうとする意志こそが、学校を学校たらしめるのだ。
ヤマタニは、静かに頷いた。
そして心の中で誓う。
(この場所を……もっと良くする。)
(この子たちのための、本当の学校にしてみせる。)
その決意だけは、どんな立派な校舎にも負けないものだった。