作品タイトル不明
新商品と売上トラブル
第13話 新商品と売上トラブル
お茶入りのロウソクと石鹸は、安定して売れていた。
最初は物珍しさで手に取られていたが、今では「香りが良い」と評判になり、繰り返し買う客も増えている。
ヤマタニは、その流れを確かな手応えとして感じていた。
(次は、一段上の層を狙う。)
彼は新商品に着手する。
花の香りを閉じ込めた石鹸。
いわば高級品だ。
鈴蘭やバラ、野に咲く草花から香りを抽出し、油に移す。
だがこの工程は手間がかかり、時間も必要だ。
大量生産はできない。
(なら、価値を上げる。)
限定百個。
希少性を持たせ、価格で差別化する。
「欲しい者だけが買う商品」でいい。
ロウソクにも改良を加えた。
火を灯せば、鈴蘭のような香りが静かに広がる芳香型。
ただ明るくするだけの道具から、“空間を楽しむもの”へ。
さらに――
金持ち向けの商品として、仕掛け玩具の開発にも踏み出した。
木工職人に外装を依頼し、自身は内部構造を担当する。
歯車とクランクを組み合わせ、単純だが確実に動く仕組みを組み上げる。
小さな庭を巡る人形。
猫とネズミが追いかけ合う、愛嬌のある動き。
ゆっくりと、だが確実に動くそれは、この世界では見たことのない代物だった。
価格は金貨五枚。
誰もが買えるものではない。
だが、だからこそ価値がある。
(いずれは、もっと大きな仕組みも作れる――。)
歯車がかみ合い、動き出す瞬間。
ヤマタニは、自分の中にある“作る喜び”と“売る手応え”が結びついていくのを感じていた。
順調だった。
少なくとも――この時までは。
ある日の夕方。
帳簿を確認していたヤマタニの手が、ふと止まる。
――合わない。
売上と在庫が一致していない。
ほんのわずかな差。
だが、見逃せるものではなかった。
(記入ミスか?)
もう一度、最初から確認する。
数字を追い、在庫を照らし合わせる。
それでも――
合わない。
しかも、その差は日を追うごとに広がっている。
(……違うな。)
これは偶然ではない。
繰り返されているズレだ。
ヤマタニは静かに帳簿を閉じた。
怒りは、なかった。
代わりに浮かんだのは、妙な納得だった。
(管理が甘いと、こうなる。)
任せきりにしていた。
確認もせず、仕組みも作らず、信頼だけで回していた。
それが綻び始めている。
「……二人とも、ちょっといいか。」
店員の娘と、もう一人の大人の男を呼び出す。
部屋に入った瞬間、空気が変わった。
「売上と在庫が合わない。理由はわかるか?」
静かな問い。
先に反応したのは娘だった。
「いいえ、私はやってません!」
即答だった。
声は強く、揺れがない。
ヤマタニは一瞬だけその目を見る。
逃げていない。
次に男を見る。
男は視線を逸らしていた。
「おれは、その……。」
言葉が続かない。
沈黙が重く落ちる。
「……正直に言え。」
低く、押し殺した声。
男の肩がわずかに震えた。
やがて観念したように、口を開く。
「……少しだけだ。」
ぽつりとした言葉。
「ほんの少し……だから……。」
話を聞けば、売上から少額を抜き取っていたという。
最初は一度だけのつもりだった。
だが、誰にも気づかれなかったことで、繰り返すようになった。
“少し”が積み重なり、今のズレになっている。
ヤマタニは黙って聞いていた。
怒鳴ることもできた。
殴ることもできた。
だが、そうはしなかった。
(やるべきは、それじゃない。)
問題は「盗んだこと」だけではない。
「盗める状態だったこと」だ。
顔を上げる。
「……お前は一度、解雇だ。」
男の顔が一瞬で青ざめる。
「ま、待ってくれ! 頼む! 金は返す! 働いて返すから!」
必死だった。
声が裏返り、言葉が崩れる。
床に手をつき、頭を下げる。
ヤマタニは視線を外し、娘の帳簿を見る。
整った字。
抜けのない記録。
今回のズレを浮かび上がらせたのは、この帳簿だ。
(信頼できる人間は、こういうところでわかる。)
そして――考える。
この男を切るのは簡単だ。
だが、今の状況で人手を失うのも痛い。
何より、この件をどう扱うかで、今後の組織の形が決まる。
ヤマタニは、ゆっくりと口を開いた。
「……条件付きで残す。」
男が顔を上げる。
信じられないという表情だった。
「給金から返済。金の管理からは外す。」
淡々と告げる。
「帳簿は二重に確認する。監視もつける。」
逃げ道はない。
「……それでいいなら、働け。」
男は何度も頷いた。
「やります……やらせてください……!」
その声には、先ほどまでとは違う必死さがあった。
ヤマタニは最後に、静かに言った。
「次はない。次は衛兵だ。」
短い言葉。
だが、重かった。
部屋の空気が張り詰める。
娘は何も言わず、そのやり取りを見ていた。
ただ、帳簿を抱く手に、わずかに力が入っている。
ヤマタニは帳簿を閉じた。
商売は広がっている。
商品が増え、金が動き、人が増える。
だが――
(人は、ミスもするし、不正もする。)
それを前提にしなければ、いずれ崩れる。
信頼だけでは足りない。
仕組みが必要だ。
管理。
監視。
役割分担。
それらを整えてこそ、事業は続く。
ヤマタニは静かに立ち上がる。
(次は、人の選別と配置だな。)
そう考えながら、部屋を出た。
その一歩が――
組織としての転換点になることを、彼はまだ知らなかった。